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    mimi_ruru_241

    @mimi_ruru_241

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    mimi_ruru_241

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    コンビニの深夜シフトに入ってるバイトのダンデくんと、いつもタバコを一箱買っていくキバナさんのお話。

    #キバダン

    バニラフレイバーの常連さん あ、また来た。
     その姿を見るたび、ダンデの頭には「六番」の数字が浮かぶ。彼とその番号は絶対的に紐づいていて、「お箸はいくつお付けしますか」の言葉と同じく、ダンデの体に染み付いたものだった。
     彼はいつも、店内を少しだけ回る。けれど何も手に持たないまま、菓子パンの棚を通ってまっすぐレジにやってくるのだ。
    「こんばんは。今日もタバコ、六番ください」
     にこり、と音でも聞こえそうなほどの綺麗な笑顔。まっすぐ通った鼻梁や、やわらかく垂れる眦、黄金比に基づいた弧を描く唇の美しさは、今が深夜であるとは思えないほどみずみずしい。すっかり見慣れてしまったダンデは「少々お待ちください」と待たせることなく棚から取り出し、カウンターに置いた。
     彼は電子決済を好む。そのスマホには、瓶ジュースの王冠を模したキーホルダーがぶらさがっているので、タッチする時にキンとぶつかる音がする。その度にいつも「これ、よく飲んでたなあ」とダンデは思う。
    「ありがとね」
    「ありがとうございました」
     お礼の応酬をして接客終了。彼は甘い香りを少し残して、藍色でたっぷりと満たされた夜に消える。
     常連客は数多く、ハードクレーマーや挙動不審な客などの強烈な人もいる。けれどダンデの胸に強く残るのは、そういう味の濃いキャラクターたちではない。深夜にやってきて、タバコを一箱だけ買っては甘い香りを残していく、あの美しい人なのだった。
    「ダンデくん、お疲れさま」
     店長が仮眠から戻ってきた。そろそろダンデの休憩の時間だ。簡単な引き継ぎを済ませ、裏に引っ込もうとした時、ふとダンデの頭に疑問が浮かぶ。
    「イケメンはみんな、いい香りがするものなんですかね」
    「またダンデくんが変なこと言ってる。それ、新しい論文のテーマ?」
    「確かに香りは有機化合物で、有機化学は自分の研究室でも一部研究対象にしてるんですけど、おれはどっちかというと、」
    「あー、ごめんごめん。このまま聞いてたらダンデくんの休憩時間無くなっちゃいそうだ。もうここは僕に任せて、休憩室行ってきな」
     ダンデは、研究の話になると数十分は話し続けてしまう。店長は慌てて、この研究熱心な学生をスタッフルームへ押し込んだ。
     スイッチを押されてしまったダンデは、この熱を発散すべく休憩室でパソコンを開いた。学会発表用のスライドをまとめていくうち、頭がしんと冴え渡っていく。体の隅々まで化学式に満ちていくさなか、彼の甘い香りがふと鼻先に蘇った。ほんのわずかに手を止めて、元素記号が迫りつつある脳みその片隅で考える。
     スマホについてるジュースの王冠のキーホルダー、彼もあれをよく飲んでたのかな?

     今夜も自動ドアが彼を迎える。面白みのない白い照明の中で、彼は甘い香りの尾を引きながら商品棚の間を歩く。ちょうど客足が途切れていたので、今はダンデと彼の二人きりだった。
     やはり何も持たないでレジ前に立った彼に、ダンデはとうとう「いつものですよね」と見慣れたパッケージをカウンターに置いた。定型文しか口にしない店員が話しかけてきたのだから、そうとう驚いただろう。彼にとってはきっと、絵画の中の人間が突然喋り始めたようなものだ。
     でしゃばったことをした、とわずかに後悔したのも束の間、「ありがと。覚えててくれたんだ」と彼が照れくさそうに笑った。いつもよりも深い目尻のしわの優しさに、今度はダンデがどきりとしてしまった。そうか、そういう笑顔もできるんだ。
    「もしかして、おれって通いすぎかな? タバコの人ってイメージだよね、やっぱり」
    「あの、それもあるんですけど」
     突然訪れた会話のチャンスに、ダンデの声が上ずる。あのきれいな顔がこちらを向いているのだと思うと、どうにも顔が上げられない。「それ、」と彼のスマホを指差す。
    「そのキーホルダーの王冠、⚪︎⚪︎サイダーですよね」
    「え、よく知ってるね。もう生産終了してるし、販売期間も短かったのに」
    「よく飲んでたんです。いつの間にか店から消えてて、すごく寂しかった」
    「へえ、そんなに好きだったんだ」
    「好き、というか……」
     ダンデはキーホルダーを見ながら当時のことを思い出す。合成着色料が遺憾無く発揮された独特の色味と、見た目よりは爽やかな後味。しゅわしゅわと喉を撫でる炭酸の感覚。けれどダンデが気に入っていたのは、中身だけではない。
    「ビンが持ちやすくて、飲みやすかった。あとは、」
    「あとは?」
    「商品棚の中でも、ついつい目に入っちゃうんですよ。ビンの形と、ラベルの色がきれいで。商品がたくさんある中で、こっちだよ、おれを見つけて、って言ってるみたいで」
     と言ってしまってから、はっと口を閉じた。またやってしまった。自分の感覚が、相手の考えとイコールになることはそうそう無い。店長がいつも口にする「またダンデくんが変なこと言ってる」という言葉が頭の中でリフレインする。
     おそるおそる見上げると、彼は想像もしていなかったような表情を浮かべていた。
    「あのさ、それ、ほんと?」
    「え? ええ」
     ぱちん、と彼は手のひらで口もとを抑えた。まるで何かが飛び出してくるのを押し留めているみたいだった。よりいっそう輝き始めた青い瞳は、ダンデをまっすぐに射抜いている。
     彼が、ううん、と上擦った声で唸ったきり黙ってしまったので、やたらと明るい店内放送のアナウンスが耳につく。どうしたらいいのかわからず立ち尽くしていると、彼は「……キバナ」と言った。
    「おれ、キバナって言うんだ。あなたは?」
    「ダンデ、です」とついつい名乗ってしまう。
    「そっか。ダンデ」
     きれいな顔の彼、もといキバナは、大切そうにダンデの名前を数回口にすると、「よろしくね、ダンデ!」と言った。二人の間には、まだ会計も済んでいないタバコが一箱、おとなしく横たわっていた。

     キバナの名前を知った夜から、彼はこれまでよりも頻繁に姿を現すようになった。買うのは相変わらず、六番のタバコを一箱。これまでと違うのは、他に客がいない時は短い世間話をするようになったことだ。
     どうやらキバナは社会人であるらしい。帰宅のついでにタバコを買い足しているということだった。基本的には深夜シフトのダンデとよく顔を合わせるのだから、職場は相当な激務なのだろう。
     ある日、休憩室で店長と雑談をしているうち、常連客の話になった。週に一回からあげを四個買っていく客、漫画雑誌を全て立ち読みしていく客、来店したら靴下を全て買い占める客。そしてダンデは「あと、すごいイケメンが来ますよね」と言った。
    「すごいイケメン?」
    「背が高くて、顔がきれいなんです。必ず六番のタバコを一箱だけ買って帰るんで、覚えちゃいました」なんとなく、お互いに名前を教え合っているということは言わなかった。
     すると店長は怪訝そうな顔をして「そんな人、いたかな」と首を傾げた。
    「僕がレジに入ってる時、そんなイケメン見たことないけど」
    「うそだ。おれのシフトの時、だいたい来てますよ。ちょっと甘い香りがするんです」と店長の記憶を引っ張り出そうとするも、依然として店長は首を傾げたままだった。やがて「ダンデくん、それって幽霊なんじゃないの」と言い出す始末だった。
    「何言ってるんですか。二本の長い足で歩いてましたよ」
    「でもさあ、この土地で昔いくさがあったらしいよ。この建物の建設工事中に怪我人が出たのは、兵士の怨霊のせいかもしれないって」
    「イケメン、いま流行りの服着てましたけど」
    「まあとにかく、僕はその人を見たことはない」
     そろそろ店長の休憩時間が終わる。不服そうな面持ちのダンデに、店長は肩をすくめた。
    「それにしても、ダンデくんがいる時にだけ現れるなんて、よっぽどダンデくんのことが好きな幽霊なんだね」
     そう言って、休憩室から彼の戦場へと繰り出していった。

    「え、おれが幽霊?」
     店長との話をかいつまんで聞かせると、キバナは目をぱちくりさせたが、やがて「ちゃんと人間だよ」と大きな声で笑った。ダンデは店長の話を信じていた訳ではないが、彼自身で幽霊説を否定してくれたことで、わずかにホッとした。
    「店長、全然信じてくれないんです。すごくかっこいい人がいるんだって言っても、この世のものじゃないからでしょ、とか言われて」
    「……すごくかっこいい人、かあ」
    「必ず『こんばんは』って言ってくれて嬉しいんですって言っても、適当にあしらわれるし」
    「……嬉しいんだあ」
    「もしかしてキバナさんは、この時間以外には来てないんですか?」
     いきまいて尋ねたダンデの、その勢いは空中に霧散した。
     彼の青い瞳から、静かな光がしんしんと放たれていたのだ。さっきまで大笑いしていた男と同じとは思えない、艶やかな色がそこにある。
    「どうしてだと思う?」
    「え」
    「どうして、この時間にだけ来るんだと思う?」
    「そんなの、」分からない、とは言えなかった。彼から目を逸らすこともできない。まるで蛇に睨まれた蛙みたいに、ひたすら立ち尽くしていた。キバナはゆっくりとカウンターへ手をつき、さらに顔を寄せる。
    「ちょっと怖いこと教えてあげようか」
     ぞくりとしたのは恐ろしいからではない。いつもより近くで見る彼から、匂い立つような美しさが発散されたからだ。空の色に近い瞳や、彼をかたどる曲線は、万物全てにおいての「正解」であるような気がした。圧倒されるダンデの沈黙を肯定とみなしたキバナは、その唇で言葉を継ぐ。
    「おれね、タバコ吸わないんだ」
     彼はいたずらっこみたいに笑った。
    「それでも、週に何度かここでタバコを買ってる。買いに来るのはダンデがいる時間だけ。ねえ、意味分かる?」
     きっとその瞬間、地球の自転はいくらか遅くなっていた。ついでにダンデの頭の回転も止まっている。
     たっぷり数秒経ったころ、ようやく全てが回り始め、たちまちダンデの頬に熱が集まる。え、どういうこと? そういうこと? いや、そんなのあり得るのだろうか。
     そうして、すっかり忘れていた店長の言葉が身体中で反響する。ダンデくんがいる時にだけ現れるなんて、よっぽど──……。
     ぴぴ、ぴこん。電子決済完了の音がダンデを引き戻す。ほとんど条件反射のように、慌ててレシートを差し出した。
    「ありがと」とキバナは何度も見た笑顔で受け取った。けれど今夜は少し違う。カウンターに置いてあったペンを使い、裏に何かを書いている。
    「これ、おれの連絡先。もし良かったら、今度ごはん行こうよ」
     自動ドアが彼を夜へと送り出す。厚いガラスに挟まれた藍色の隙間で、彼は無邪気に手を振っていた。
    「そしたらさ、幽霊とデートに行きましたって自慢できるよ」
     ありがとうございましたぁ、とロボットと化したダンデが呟く。去り際に見えた、キバナの意外と真剣な瞳が網膜に焼き付いている。ダンデは渡されたレシートを握りしめたまま、長い間立ち尽くしていた。
     外では、やたらと綺麗な月が漂っている。



    「ほら、タバコをたかりに来てやりましたよ」
     長い髪をモノクロに染め上げた、個性あふれる同僚に背中を小突かれる。味も知らないタバコの箱を渡すと(ネズいわく「香りはお前が付けてる香水に似てますよ」)、お礼の代わりに「懲りませんねえ」とため息が降ってきた。
    「理解できませんよ。コンビニバイトに惚れ込んで、吸いもしないタバコをちまちま買い続けるなんて」
    「おれさまが幽霊なんじゃないかって、店長に疑われてるらしい」
    「似たようなもんでしょ。そのバイトのコに取り憑いた悪霊だね」
    「歌にしてもいいよ。最近趣味で作ってんだろ」
    「再生数伸びなさそうだからパス」
    「ちぇ、バズったらいくらか貰おうと思ったのに」
    「あんたは本業で稼げ。こないだの新商品の企画、どうなったんです」
    「流れたあ」
    「おっと」
     ネズはわざとらしく口元を抑えた。けれどキバナは気にすることなく、スマホのキーホルダーを取り出して眺める。
    「でも頑張るぜ、おれさま」
     あのコが好きだと言った王冠が、きらりと光った。
    「またダンデに褒めてもらえるものが、──見つけてもらえるものが作れるように、頑張るんだ」
    「案外単純というか、純粋というか……」
    「え?」
    「なんでもありませんよ」
     そんなことよりネズ、初デートどこ行ったらいいかな!? いきなりフルコースのディナーって重すぎるよね!? 無難にカフェでお茶の方がいいのかな!? キバナがすがりつくので、ネズは「うっとおしいっ、自分で考えんしゃいっ」と振り払った。
     ハッピーエンドのラブソングになるまでは、まだまだ遠い道のりである。



    (バニラフレイバーの常連さん/2023.10.8)
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    Replies from the creator

    mimi_ruru_241

    PAST「狂気の合同誌」にて漫画で描いたものの小説版。本のおまけでしたがこちらで供養。
    プロットありとはいえ小説の所要時間は三時間でした。漫画の方は時間かかりすぎて計測できてません。
    初クリスタ、とても刺激的な日々でした。素材とかCGモデルどころかトーンすら使いこなせてなかった。
    狂気の合同誌、本当にお世話になりました。ありがとうございました!
    ないしょのかたっぽ キバナ、イコール、完璧。ガラル中の人々がそう思っている、……らしい。
    「ね、キバナ特集だって」
    「貴重なオフショットも多数、かあ。本屋寄ってみる?」
     壁一面に貼り出された広告を前に、女の子たちが黄色い声を上げている。道端で眠るチョロネコに気をとられていて気づかなかったが、横目でチラと見たそれにはキバナが大写しになっていた。光沢のあるタキシードをかっちりと着込み、腕には大輪のバラを抱えている。ちょっと吹き出してしまいそうなくらいベタな格好だが、その余りあるルックスの良さが全てに調和をもたらしていた。
     すっと通った鼻梁、あまくほどけたまなじり、涼しげな薄い唇。ダークチョコレートの色をしたその横を、おれは立ち止まることなく通り過ぎる。この美しさにほれぼれとするなんて時期は、もうとっくの昔に過ぎ去った。慣れた、というよりも、もっと別のことを知ったから。
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    ※結婚後2人が大分一緒に生活している設定
    やっぱり甘いね 青々とした街路樹はすっかり葉を落とし、冷たい風と共に本格的な冬が今年もやってきた。結婚してからとうに片手以上の年数を一緒の家で過ごし、互いの好きな事、苦手な事を知ることも熟知してきたこの頃。寒さが苦手なキバナは毎日気温計を見ては溜息を吐きながらジムへ出勤している。寒さが比較的平気なダンデは、毎朝少しだけ早めに起きてリビングのヒーターの電源を入れ、ナックルジムのユニフォームをヒーター前で温めるように置く事が習慣になっている。
    「うぅー。あったか…。」
     なんて大きな体を縮めながらヒーターの前を陣取って着替える姿が何だか可哀想だが可愛いとダンデは思っている。

     さて、二人が暮らす家を決める時、ダンデが日向ぼっこが好きなポケモン達の為にとリクエストして作ったヴィクトリアンモデルのコンサバトリーは、日差しが暖かい日は多角形の窓から惜しみなく太陽の光を招き入れてくれる。今日は繁忙期の中では珍しく二人揃っての休み。そしてこの時期には珍しく気温も高く、風もない。最高の日向ぼっこ日和ということで、日向ぼっこ好き代表であるリザードンは午前中のトレーニングが終わった後からはいそいそとコンサバトリーへと向かい、一番日当たりの良い場所にお気に入りのラグを引きぐっすりと眠っている。
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