溢れる指先からその想いを紡いで衣擦れの音がする。
雑に身体を這うその両手に思わず眉を顰めた。
「ねぇ、もう早くしてくれる?」
相手はその言葉をどう受け取ったのか、すぐに性急なキスが降ってくる。
一瞬、気が付かないほど少しだけ身体が強張った。
そんな純情は捨てた筈なのに。
頭に浮かぶたったひとりが、こんなときにも忘れられない。
ほとんどの絶望と、微かな安堵で塗られた心が、
長い夜に小さな痛みを残した。
*
「おかえり」
夕闇に紛れて濃く影の落ちたその姿を視界に入れた瞬間、浮奇は小さな叫び声を上げた。慌てて口を手で抑える。
立地からしてかなり安い家賃で住まわせてもらっているこのマンションは、壁が薄いのだ。
「どこ行ってたんだ」
部屋には一切の明かりが灯っておらず、逆光で相手の表情を窺い知ることはできない。
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