豊前が見合いをして凹んだ松井が歌仙の部屋でしばらく過ごしたあと「松井江。そろそろ自室に戻ったらどうだい?」
「いやです……。僕は歌仙さん家の子になります…」
「君の気持ちも判らなくはないよ? けれど、きちんと豊前江と話をした方がいい」
「そうは言っても……」
無理なものは無理なんです。
松井は弱々しく言葉を紡ぐと、炬燵の中に潜りこんでしまった。ほら、炬燵にばかり入っているとコタツムリになるよ。出ておいで。
どうして松井がこうなってしまったかと言うと、話は1か月前に遡る。
主と一緒に政府の定例議会へ言った豊前江に、なんと政府高官から見合いの話がきたのだ。もちろん、主も豊前も始めは断ろうとしたのだが、その方がトップオブ高官と知った主の顔色は青くなった。それもそのはず。断りなど入れたら本丸は解体されてしまう。それほどに権力のある者だったのだ。
形だけならいいんだろ? と言う豊前の言葉に審神者は涙を流して済まないねえと言った。
そこまではよかったのだ。
問題はその後。
主から支給された通信機器に豊前から写真が送られてきたのだが。そこに映っていたのは、豊前にぴったりとくっついている高官の娘の姿だった。そして、全員が気が付いた。この娘、最初から豊前狙いだったと言うことに。むろん、豊前の方はにこにこの笑顔である。豊前本人に悪気がないのは皆判っていたのだが、写真を見た松井がにっこりと笑みを浮かべながら己の通信機器を真っ二つに割ったことで事態は急変する。あの時の松井は恐ろしかったね。僕も怒ると怖いと言われているが、それ以上だったと思うよ。何しろ、笑顔なのに般若がそこに見えたのだから。それからだよ。、松井が豊前との同室を解消して僕の部屋で過ごすようになったのは。もちろん、出陣も遠征も豊前とは別部隊。とことん豊前を避けているらしかった。
ただ……。寝言で「豊前、豊前……」と言っているから会いたいのを我慢しているのは窺い知れた。
豊前が恋しくてすぐ出て行くと思っていたのだが、かれこれ1か月を僕の部屋で過ごしている。豊前には逐一松井の様子を報告しているからいいものの、豊前の方はかなり限界が来ていて仕事にも身が入っていない状態だ。
「まったく……。君はまだ豊前のことを好きなのだろう?」
「好きですよ……。好きですけど、なんかもう後に引けなくなっちゃって」
「君たちときたら。おや……」
日誌を記入していると、主から電話が入った。珍しいこともあるものだ。電話に出ると松井に変わってほしいのことだった。松井、いつになったら新しい通信機器の電源を入れるんだい?みな、心配しているのだよ。
「松井。主から電話だよ。出てくれるかい?」
炬燵に潜っている松井に声を掛けると、炬燵の主はのそのそと出てきた。
「主から?なんだろう。年末調整でミスしても助けないよって言ったのに…。はい松井です…。主、年末調整の受付はもう終わっ……。その声は、ぶぜん?」
「おや」
なるほどね。松井のに電話が繋がらないから、主のを借りて電話をしてきたようだ。僕は聞こえない、聞いていない振りをして日誌の作成に戻ることにした。
『まつ……その、お前の気持ち考えなくてごめんな』
「僕の方こそ、意固地になってて済まない……。豊前が悪いわけではないのに、突っぱねてしまって……その、ごめんなさい」
『……あんがとな。なあ、いまから迎えに行ってもいいか?』
「……ん、待ってる」
通話を終えた松井はりんごのように顔や耳を真っ赤にして、「緊張した…緊張して死ぬかと思った」と何度も繰り返していた。うんうん、素直になるのはいいことだ。豊前のことだから、すぐに僕の部屋に来るだろう。なんせ、疾い足音が廊下から聞こえてくるからね。
「まつ」
「……ぶせん」
「帰ろうぜ」
「……うん」
「歌仙さん、あんがとな」
「気にしないでくれたまえ。ああ、お礼なら、今度新しく出るフラペチノでも驕ってもらおうかな」
「ああ、任せな」
豊前は松井の前へすっと手を差し出した。その差し延べ方はほんとうに王子のようで、豊前の周辺にはバラが舞っているように見えたから驚きだ。松井は豊前の手に己の手のひらを重ねた。初々しいね。
「歌仙さん、お世話になりました」
「気にしなくていいよ。なにか相談事があったら、僕のところにくるといい」
「はい」
こうして、松井は豊前と部屋に戻って行った。僕の部屋が静かなのは、気のせいではない。
僕はなんだかんだ言って松井との生活が楽しかったのだ。
****
1か月ぶりに豊前との部屋に戻ったのだけれど、僕はどうしても緊張が解けないでいた。そして豊前は僕を抱きしめたまま離してくれない。豊前にはもうこんなことしないから、と説明したのだが……1ヵ月僕を我慢したから充電しないといけないんだって。まあ、それは僕も豊前不足だから気持ちは分かる。
「あの、豊前……。ずっと、音信不通にしてて、その、ごめん」
「もう、いいって。まつがいることの方が大事だよ」
「きみは、優しいね……」
そう、豊前は優しい。だからこそ、政府の娘さんも豊前を気に入ったのだと思う。
「なあ、まつ。俺、あれから考えて考えて思ったんだ。俺に愛されてる自信があれば、こんなことにはならねえのかなって」
「……え?」
豊前はなにを言っているんだろうか。君は、十分すぎるほどの愛情を僕に捧げてくれているというのに。
「写真や建前の見合いで嫉妬したり俺から離れたりしたのは、まだ不安ってことだろ?ゆっくり触れ合って俺の気持ちを知ってほしいし、まつの気持ちもちゃんと知りたい」
「ぶぜん……ありがとう。なんか、君に甘えてばかりになってしまうな」
「甘えていいんだよ。んで、素直な気持ちも全部俺に言ってもらって、喧嘩した方がましだ」
「そっか……。そうだね」
僕たちはまた遠回りをしてしまったようだ。意固地になってしまったら、それこそ豊前を信じていないことになってしまう。それだけは嫌だった。なんだかすごく豊前を愛おしく感じて、僕は体勢を変えて豊前に触れるだけのキスを繰り返した。
「豊前、僕は……。起きたときや眠るときに君が隣にいるのがすごい嬉しい」
「まつ」
「僕は豊前がいてすごい幸せだ」
「……まつ、そろそろ離してくれねえか。変な気起こしそうだ」
「変になっていいよ。僕も、止められる自信はない……」
こうして触れ合う状態だけで、もう大変なんだ。目の前に豊前がいるだけで心臓は早鐘を打つし、体温が上がるばかり。豊前の表情が、少しだけ変わった。僕だけにわかるスイッチ。触れるだけのキスはだんだんと深くなって、気が付けば僕は豊前に抱えられていた。
***
「まつ、もっと全身が見たい」
「っ、ぶぜん、はなし……てっ」
まつは足の指まできれいだな、と言われて豊前は執拗なまでに舌で触れてくる。僕は汚いかから止めてくれと訴えたのだけれど、豊前の動きは止まることはなかった。緊張と期待で、鼓動がさっきより早くなる。こわい、心臓が破裂しそうだ。
今日の豊前はいつもより動きがゆっくりだった。僕自身は既に濡れているのに、豊前は楽しむように愛撫を続けるから、うまく呼吸ができない。ゆっくり目を開けると、熱っぽく息を吐いた豊前と目が合った。
かっこいいなあ。どうやら声に出ていたみたいで、豊前が口角を上げて笑う。
「惚れ直したか?」
「豊前には毎日惚れているよ……。日を重ねる毎にかっこよくなるからずるい」
「……それは反則。ったく、どこでそんな煽り文句覚えてくるんだよ」
「豊前のせいだよ」
恥ずかしさを隠すように豊前の首に腕を回した。もう身体は豊前を求めていて、すり……と脚を彼の背中に寄せた。耳元で笑う声がすると同時に、期待で内壁が締まる。
はやく、豊前がほしい。
豊前の節立った指が中まで侵攻してきて、それだけで腰が溶けそうになる。中を知り尽くしていることもあって、ピンポイントで突いてくるのだ。すっかりとけた其処に、灼けるような熱が宛がわれた。ゆっくりと豊前が入ってくる。内側からどくどくした。
「ぅあッ……」
「まつ、辛くないか?」
「…うん、大丈夫」
そのまま侵攻してくると思ったのに、豊前は動かなかった。身体の中に熱が籠っているのもあって、ゆるゆると腰を動かしたら「まだだーめ」と腰を掴まれた。
「ぁ、な、なんで……っ」
「今日はゆっくり触れ合いたいんだよ。ほら、分かるか?まつのナカに俺がいる」
「ん……いるね。すごい嬉しい」
「なあ、まつ。ごめんな。俺はまつの優しさに甘えてた。一言伝えていれば、不安にさせることもなかったんだよな」
「ううん、僕こそ、済まない。君との関係を勝手に悲観して、閉じこもって。僕はあのころから今もずっと、豊前が好きだ」
「ああ、俺もだよ。愛してる」
動くからな、と言って豊前がゆっくりと動き出す。豊前に身体ごと揺さぶられるのがすごい気持ちいい。
「まつ、もっと奥までいきてえ」
「えっ、あっ……! だ、だめぶぜんっ!」
「悪ぃ、止まれそうにねえっ」
「っあ――……!おく、もぅ、だめっっ……」
ぐりぐりと奥を突かれて声にならない声が漏れ続けた。こわい、こわい、そんな奥、知らない。信じられないくらい奥まで暴かれれて、呼吸がうまくできないでいた。どこが気持ちいのか分からない。お腹も、頭もおかしくなりそうだ。
***
翌日。僕は豊前に連れられてパーティーに来ていた。今日はかの見合い相手に断りを入れる予定らしい。その場所に僕を連れてきていいのだろうか。今日の服装は歌仙さんが見立ててくれた和服だ。気慣れないのあって、歩くのが大変だ。
「まつ、ほら」
「うん、ありがとう」
「庭園も見て回ろうぜ」
「そうだね」
豊前が手を差し出してきたから、僕はそっと握り返した。なんだかくすぐったい。ゆっくり庭園を見ていると、豊前殿!!と言う大きな声が後ろから聞こえた。振り返ると、いかにも政府の官僚ですと言う男と女性が立っていた。あの女性は確か豊前と写っていた娘。だとすればあの男は……。
「ぶ、豊前殿。その御方は」
「おう、あんたか。先日は世話になったな。今日はうちの松井を紹介したくてな」
「うちの豊前がいつもお世話になっています」
なるほど。豊前が僕をこの場所に連れてきたのはそういうワケだったのか。下手に断るより、僕がいた方が説得力もあると判断したのだろう。
「お父様……私が間違っておりましたわ…私、豊前様と松井様を応援いたします!」
「お前、何を言って!?」
「だって、豊前様は松井様の王子様なんですもの…!二人の恋路を邪魔するなんて野暮ですわ!!」
「お、あんた話がわかるじゃねえか」
「豊前様!ご相談があればいつでも仰ってくださいね!」
こうして、豊前の見合い話は幕を下ろした。
あとで五月雨が教えてくれたのだが、豊前と彼女は僕へのプレゼントを決める際に連絡を取り合っているようだった。彼女が納得してくれたのなら僕はそれでいい。
今度は、僕がどれだけ豊前を愛しているのか示す番だね。