君のために謡う歌大倶利伽羅は秋の味覚を味わうために山に来ていた。さて、今日はなにを食べようか。握り飯も持ってきたから、七輪であぶって焼きおにぎりにするのもいい。準備をしていると、目の前に顔のいい男――豊前江が歩いてくるのが見えた。
「……豊前江」
「おお、大倶利伽羅さんよ。島原以外だな」
「そうだな」
「なにしてんだ?」
「お前も食べるか?秋の味覚祭りだ」
「お、いいねえ!さっき、下の川で魚釣ったからこれも食べようぜ!」
豊前江の肩には活きのいい魚がびちびちと跳ねている。男前は服が濡れても気にしないのだろうか。不思議な男だ。
豊前江は最初は大倶利伽羅を「くりさん」と呼んでいたのだが、恥ずかしいから「大倶利伽羅でいい」と伝えてある。
七輪の上にしいたけやしし唐を置いてじっくり焼いていく。この後に握り飯と魚を焼けば十分だろう。
豊前は少年のようにワクワクとした顔で七輪を見つめている。
「……松井江は大丈夫なのか」
「まつか?おう、最近は笑顔も増えたな。鍛錬もがんばってるみてーだし、俺は見守るだけだよ」
「ひとつ、聞いていいか?」
「おう」
「……島原で、お前は松井のためなら赤い血に染まってやってもいいと言ったそうだな。……お前はつらくないのか?」
大倶利伽羅の問いかけにしばしの沈黙が流れた。ちりちりと炭の燃える音がこだまする。しいたけから出た出汁が炭に落ちて、ジュっと短く力強い音を立てていた。豊前は少し考えてから口を開いた。
「……なあ、聞いたことあるか?血に染まった武士の血は碧くなるって話」
「知らんな」
「俺はさあ、まつがそうだと思うんだよ。だから、瞳もリボンも碧だって思うんだ。確かに、あいつが本体のときは一緒にいられなかったけど、今は一緒に行動できる。あいつが倒れそうになる前に支えられることが嬉しいんだ。……ちゃんと見てねえと、この両手から何もかもこぼれていっちまうからな。俺は、まつのためなら正義にも悪にもなれる。真っ赤な血を被るのだって厭わねえ。だいじなやつひとり守れなくてなにが正義だ、闘いだ。歴史も守るが、俺はまつも守るぜ」
「たいした自信だな。だが、お前にはそうあってほしいものだな」
「そうか!?大倶利伽羅さんに言われるとなんか嬉しいぜ!」
「焼けたぞ……食べろ」
「美味そう!いっただきまーす!!!」
「豊前……お前は闇に呑まれるなよ」
「ん?闇?俺はでーじょーぶだよ!豊前江だからな!」
「そうか」
「さいきんのまつの写真見るか!?かわいいんだぜ!」
「いい。自分ひとりで楽しめ」
「そう言わずに!」
「豊前江!さいきん、お前鶴丸に似てきたぞ!」
「まじで!?鶴さんに!?嬉しいなあ!!」
「違う!そうじゃない……!」
風はもう秋の色だ。さわさわと吹くのが心地いい。
いつか、刀剣男士としての使命が終わったときに。松井江の隣に豊前江が飾られていたらいいと、願わずにはいられなかった。