監視対象・江の者④「君が、山姥切長義くん、だっけ?」
事務室の前に立つ大きな影。もっさりとした前髪で隠れた目。この俺、本歌山姥切長義は、その読めない表情を見上げて息を呑んだ。
「最近、豊前と松井に随分良くしてくれてるらしいねぇ」
「……まあ、松井には特に世話になっているからね。事務作業とかで」
「今日はその『お礼』に来たんだよぉ」
桑名江。江の刀剣男士の中で一番大柄で、畑仕事を好んでいる。服装も素朴で、穏やかな性格であるように見えるが、洞察力に優れ、理屈っぽい一面も窺える。……真に警戒すべきは、豊前でも松井でもなく、こちらだったか。俺はじっと身構える。桑名は、どう出てくるか。
「というわけではい、これ。遠征お土産の地野菜」
どさり。
身構えている俺に、桑名はたくさんの野菜を手渡してきた。野菜はずっしりと重く、俺は少しよろけてしまった。
「……え?」
手元の野菜と、桑名の顔をつい交互に見てしまう。
「桑名、これは……?」
「えっ? 豊前と松井の二人が世話になってるお礼だけど」
きょとんと小首をかしげる桑名。
「一応、豊前と松井にもお礼言っとくようには言ったんだけどね。僕も山姥切くんには間接的に助けられてるし」
「間接的に?」
桑名が小さく笑った。
「ほらあの、山姥切くんが来るまでは、僕が主にあの二人の世話焼いてたから……」
俺が来たことにより桑名の負担が減った、ということか。
「篭手切に面倒見させるのは気が引けるからねぇ」
まあ、それは確かに。
「この前なんか、松井が僕の雪見だいふくを一個カツアゲしてきて」
「松井が?」
あの松井がそんなことをするなんて、普段の物静かで理知的な様子からはまったく想像がつかない。身内相手だと遠慮がなくなるタイプなんだろうか。
「うん。そしたらすぐ後に豊前が来て、多分松井と分けようとしてた雪見だいふくを一個ポンッと置いてってさ」
「ああ……」
「そういう感じのことが全部僕一人に降り掛かってくるわけだよ。本当に山姥切くんが来てくれてよかった」
俺なんかは監視・観察任務の一環だから割り切れるけど、そうでもないのに振り回されるのは大変なんだろうな。俺は桑名につい同情をしてしまっていた。
「だから、山姥切くんには少しでも健康でいてほしいんだよねぇ」
「あっ、この野菜ってそういう?」
「それもある」
桑名、だいぶ正直な奴だな。
しかしこの量の野菜、どうやって食そう。厨に持っていけば、燭台切あたりが喜んで料理してくれるだろうか。
「葉物なんかは『すむーじー』とかにしても美味しいよぉ」
俺のその考えを見透かしたのか、桑名がオススメの食べ方を紹介してきた。前髪に隠れて目は見えないが、すごくにこやかな表情をしているのがわかる。
「あっ、噂をすれば松井だ!」
俺の後ろへ手を振る桑名。つられて振り向いてみると、松井が少し驚いたように俺を見た。
「珍しい取り合わせだね?」
「豊前と松井がお世話になってるお礼を言ってたんだよぉ。松井も常日頃からそういうのはきちんとしないと」
「フ、わかっているよ」
別にそんな、そこまで気を遣わなくてもいいけれど。コーヒーメーカーも貰ったことだし。
「親しき仲にも、って言うからね。今度、珈琲に合うお菓子でも持ってくるよ」
親しき仲、か。……少し、くすぐったいな。
「あ、感謝の気持ちとして山姥切くんを推し青汁会議に招待するってのはどう?」
「それいいね、賛成」
ちょっと待て、何なんだその会合は。
「僕と桑名で、色々な青汁を飲み比べる会といったところだ」
「2000年あたりのやつから結構飲みやすくなったよねぇ」
名前の通りの活動内容だった。……その会合、豊前は参加してるのか?
「してないよぉ」
「一回誘ったんだけど、青汁を一口飲んだだけで無言になってしまって」
なるほど。
「でも、寡黙な豊前もすごくこう……かっこよくて、好きだなって……思っちゃったな……」
うっとりとした表情で語る松井。よかったな、豊前。一口だけでも青汁を飲んだ甲斐はあったみたいだぞ。
「山姥切くんも、いつでも顔出していいからねぇ」
うん、まずはこの大量の野菜を食べてから考えることにするよ。差し当たっては、スムージーの作り方でも燭台切に教えてもらおうか。