松井江の大事な大事な朝の時間僕こと、松井江には好きな時間がある。
それは、まだ寝ている豊前の顔を眺めること、薄っすらと生えた髭と、襟足に触れること。豊前が寝ているときにしかできない貴重な触れ合いのため、僕は豊前より早く起きようとするのだけど豊前がなかなか許してくれない。や、まあその行為を許してしまう僕も相当豊前に甘いと言えよう。
今日は久しぶりに豊前より早く目が覚めた。外では雨がさあさあと降っている。そうか、雨音で目が覚めたのか。僕は今日遠征の任務が午後から入っていたけれど、休みになるだろうか……ならないだろうな、なんせ隊長は長谷部だから。日光一文字さんだと、休みになるんだけどね。同じ刀派でも性格が違うから観察のしがいがあると思う。
おっと、話が逸れてしまったね。
豊前はね、僕を腕に閉じ込めたままぐっすりと眠っているよ。豊前は一度眠るとなかなか起きないんだ。戦闘中はとてもカッコいいのに、こういうところは無防備でとても可愛い。
さっそく好きな顔を堪能することにしようか。ほんと、顔がいいんだよね。いや、顔ばかりでないよ?でも、顔が最高に良いのだからずるいよね。
豊前は体毛が薄いと思っていたんだけど、髭はうっすらと生えるみたいなんだ。ほんとに触れないと分からないレベルの薄さ。僕は自分の頬をつけて、ざらざらな感触を楽しむ。
以前、豊前に見つかってしまって二度とするなと言われたなあ。好きだからやめるつもりはないのだけど。
「こうでもしないと、君の髭を独り占めできないじゃないか……」
この気持ちは豊前には分からないらしい。俺の髭のどこが楽しいんだ?と問われたことがあって、君の髭だから愛しいと答えら「ちょっとよく分からないですね」と言う巷で話題の返答をされてしまった。髭も君の一部なんだから愛しいに決まっているじゃないか。
「ふふ、よく寝てる…。前髪も下してるから、さらに可愛いよね」
豊前の髪は硬いように見えて実は柔らかい。男らしさをアピールしたくて、ワックスでいつも前髪を整えているんだって。僕は自分が猫毛だからよく分からない。でも、豊前のカッコよさが増すならそれでいい。
そうそう、襟足も忘れていたね。昨日僕が刈ったばかりだから触り心地は最高だと思うんだ。
「…………」
うん、良い触り心地だ。指でゆっくり撫でたり、上下に撫でたりすればチリチリとした感触が指を伝わってきて震える。これが僕だけの特権だと思うと最高に気持ちがいい。だって、江のメンバーや短刀に人気な豊前を独占できているのだから。
僕がこんなに独占欲にまみれた刀だってことを、恐らく豊前は知らない。
そして僕は目覚めた豊前に言うんだ。「おはよう」って。
眠るときも起きたときも、そして戦闘のときも。君が隣にいると僕は幸せなんだよ。