ミュ本丸パライソ軸を人伝に聞いた自本丸のソハヤと豊前の話「あんたさ、そういう隙なんかありません、って顔するのやめた方がいいぜ」
ちまちまと縁側で絹さやの筋をとっている豊前江になぁ、と言って声をかけてきたのはソハヤであった。え!?なんのことだよ、と豊前が返すとほら、そういうところと返されてしまう。
ソハヤの言ってることがわからない。豊前は眉を潜めて分かりやすく、分からない!というポーズをとった。江の者はこういう表情をすればすぐにやれやれ、と言って説明してくれるのだ。
豊前の隣に座ってソハヤは絹さやのカゴに手を伸ばした。どうやら手伝ってくれるらしい。
「俺はタヌキジジイの影響もあって周りくどくて外堀から埋めるのも嫌いじゃないが、あんたはそういうの嫌いだろうから単刀直入に言うぜ。豊前江、お前は江の者にお前の物語を語らせているな」
手元に絹さやを持ち、太陽も朝の柔らかい光のはずなのに豊前は突然心臓を掴まれた気がしてヒュッと息を飲む。確かにまどろっこしくない真っ直ぐなソハヤの一撃が豊前の柔らかい部分を貫いた。
「問題、なんてないだろ」
「それは江派のりいだぁ、としての意見かい?」
「そうだと言ったら?」
ソハヤの瞳が真っ直ぐ豊前を見抜く。嫌な目だ、と豊前は思った。確固たる物語のある力の強い瞳だ。そしてそう思ってしまった自分にも嫌気がさした。江のりいだぁ、はこんな卑屈な考えはしないはずなのに。
思考に気取られてソハヤの手が目の前まで来ていることに気づくのが遅れた。速さが専売特許なのに。殴られるのか、かわしきれないか。
むにっ
とても穏やかに、ほっぺたを摘まれただかであった。思わず惚けた顔になる。
「えっ!?アッ?」
「殴られると思ったか?」
「お、おう……」
「じゃあつまり、悪気はあるってか」
揚げ足取りのようなやりとりに豊前江はもう一度顔をしかめる。それにソハヤは今度は困った顔を見せた。
「俺たちは付喪神だろう。俺はあんたを同じ本丸の仲間として心配してるんだ」
言外にソハヤが何を言いたいのか、豊前にはもうわかってしまった。豊前江は来歴のない刀とである。お化けみたいなモノ、と自称するのが正しい曖昧な存在だ。付喪神として、刀剣男士としての顕現は人間の作る、曖昧であるという物語のみだ。勿論江派に纏わる話もついて回るので顕現するには申し分ない力であるが、豊前江本刀はといえば、その酷く頼りない曖昧な物語が得意ではなかった。
他の本丸の刀はわからない。ただこの本丸の豊前江が、顕現当初からそう思っているのは確かで、江派のりいだぁとコテ切が謳う様に語る様で必死に補填している自覚はあった。りいだぁになれば他の刀からも頼られ、存在が補填されるというのも豊前にとってはありがたいことであった。
そうか、あの時か。
豊前は先日の出陣で松井に話しているさまをソハヤに見られていたことを思い出す。
松井などに両手が空いているから頼れと言った。でもそれは松井の来歴ごと抱えさせてほしいという同義であった。存在意義がほしい浅ましい様を見られていたのだ。
「……主に言うか?お前の豊前江は曖昧だって」
「なんでそんな不穏なんだよ。俺は言ったよな、心配だって。あんた、同派に頼られなくなった後はどうするんだよ」
「りいだぁは常に頼られるもんだろ」
「よく言うぜ、他の本丸の松井の話を聞いただけで存在意義が揺らぐ様な刀がさ」
「……」
心当たりがあった。主が話していたことを小耳に挟んだ程度であったが、ある本丸の松井が島原の乱に出陣し、自分の来歴と向き合ったのだと。豊前には想像がついたのだ。自分の支えなど要らず、立ち上がれる松井を。そしてそれを驚くほど恐怖した。嬉しく思わなければならないはずのそれを喜べない自分がいたことに。そんな姿は江のりいだあではない。江派の刀にはそんな姿は見せられないと逃げた先が厨番に無理を言ってもらったこの地味な仕事であった。
「同派だからこそ見せられない弱さってのはあるよ。俺にとってそれは、写しであることとか、三池派では無いかもしれないこととか。俺はタヌキジジイの守り刀である物語が強い個体だ。だからそれ以前の記憶、打たれた時のことは朧げで、不安になる時もある」
ぽつりぽつりとソハヤが話すのはソハヤの弱さの話であった。自分の弱さを話しているわけではないのに豊前はどこか居心地が悪い。ソハヤと豊前の仲は悪くない。しかしすこぶる仲の良いわけでも無いと思っていた。豊前には江派がいたし、ソハヤにも同派がいたからだ。そんなソハヤに見透かされているのも、心配をかけてしまったことも居た堪れなかったのだ。
「隙を見せられないのも、隙を見せたくないのもわかるけどさ。それじゃあ、いつか1人で折れるぞ。
……ほら、無理して言わなくても良いから。
なんてな」
ソハヤの言い回しは以前自分が松井に言ったようなものだ。ー、情けねぇ、と豊前は頭を抱えて降参のポーズを取ると、ソハヤは満足そうに笑って空いている両手を差し出した。