天下五剣しか顕現できない本丸で花を飾るようにソを自室で存在させる典の話「なぁ、あんたはどこに堕ちたい?」
にこ、と目尻だけ下げてソハヤが笑う。自室の、部屋の中で強く焚かれた香は痛覚を鈍られせ、思考を遮り、堕落されるものだ。胴当ても足鎧も、ジャケットまで部屋の隅に追いやられていた。ソハヤはもう何年も戦に出ていない。この本丸では天下五剣以外の出陣は禁止されていた。いや、正しくは天下五剣以外の顕現が禁止されていた。それでもこうやってソハヤが人間体でいるのは大典太の褒美の一つであった。
自室でのみ、生きることを許されている。最初はひどく抵抗したソハヤだったが、自室を出れば審神者に刀解されてしまうので、渋々腱を切って自室に縫いとめていた。手入れをしない足は毎日酷く痛むらしく、彼のために大典太は香を強く焚いていた。
しかしそれはもう、彼のまともな思考まで壊してしまったようだった。
「……お前と堕ちる気はないな」
「俺をこんなふうにした癖に?」
置物扱いは嫌だと当初泣いていた刀は腱を切った時点で置物にすらなれないと涙を枯らしてしまっていた。
「お前をこの本丸で顕現するにはこれしかない」
「だれも顕現しろなんて頼んじゃいねぇ」
「でも俺と共に居られるだろう」
大典太にとってソハヤは兄弟刀である。しかしそれは人間の都合であり大典太自身も、ソハヤ自身も兄弟の記憶など無い。大典太がソハヤを褒美でもらったのは他の刀が似たようなことをやっていて羨ましく思っただけだった。
「あんた陰気とか言いながら自意識過剰なのやめた方がいいと思うぜ」
「……そんなつもりはない」
「無自覚って怖えーの」
腕の力だけで、腱の切れた足を引きずりながら大典太に近づいてくる。大典太がしゃがんで手を出すと首の後ろに手を回す形で正面から抱きついてくる。
「なにがしてぇの、慰みモノにもされないし、不完全な状態でキレイな置物にもなれやしない俺なんか側において。この部屋だって強い匂いで鼻が馬鹿になっちまって、もう気が狂いそうだ。……わかんね。もしかしたら狂ってんのかも」
大典太の耳元でぶつぶつと話すのは独り言のようであった。大典太が答えないのをソハヤは知っているのだ。
まるで子守でもするかのように大典太はソハヤの背中をさする。無意味なあやし、であった。
「アーーーーーー、むかつく。早く俺を犯して辱めてくれりゃあ、情なんて湧かさず呪い殺してやれるのになぁ」
ソハヤの悲痛な叫びは耳に入るが大典太の心には響かない。部屋に帰った時、居ないより居た方がなんとなく寂しくない。花を飾れば床の間が明るくなる。その程度の理由だけなので大典太がソハヤに手を出すことは未来永劫ありえないからだった。