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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    迷子の子犬&ルイスくんとマテウスくん解決編
    助っ人メルさとマルガくん

    #WT

    Light Never Goes Out -2-厚い雲が垂れ込めた空が、うっすらと地響きのような音を放っている。
    宿を出た二人は二手に分かれ、住人達や酒場の客から情報を集めて合流をすることにしていた。テッドが待ち合わせの三叉路へ着くと、ウェドが道の端にしゃがみ込んで何かを調べている。

    「ウェド、おまたせ。何かあったの?」
    「ああ、ちょっとね。まずお互いの得た情報を共有しよう」

    振り返ったウェドの表情は、いつもより険しい。調べていたのはどうやら何かの植物のようだった。

    「造船廠では五日前、確かに東方の船から犬を連れたアウラ族の女性が下船したのが目撃されている。積荷の木材を造船廠の担当者に受け渡す役目を負っていたようだが、初日に取引を終えて以来姿を見かけていないそうだ。おそらく材木商のフリをしながら、麻薬の出所を探っていたんだろう。そして彼女は…酒場でこれに気がついた」

    ウェドは懐から何かを取り出し、テッドに手渡す。それは可愛らしい花をつけた小ぶりな植物だった。

    「これ、この辺によく生えてるよね。この花が何か…?」
    「よく見てくれ」

    先程ウェドがしゃがんでいたあたりに自生している同じような花と、葉の部分を見比べる。…僅かにテッドが持っている植物は形が異なり、葉や茎が毛羽立っていた。

    「それは麻薬の元になる植物だ」
    「え⁉︎」
    「気付かず普通にテーブルに飾られていたよ。だが犬の鼻はそれを暴いた。彼女はこの花をどこで手に入れたのか店主に尋ね、すぐに立ち去ったそうだ。店に飾る花はいつも花売りから買うもので、どこで手に入れたかはわからないということだよ」
    「ウェド、よく気付いたね…」
    「ま、贈り慣れてるからな」

    ウェドは肩をすくめてみせる。

    「でもそれならこっちの情報も役に立ちそう。集落の方で、花売りに関係する話があったんだ」

    テッドは先ほど集めた情報をもう一度頭の中で整理しながら、話を続ける。

    「近頃ゴッズグリップの近くで綺麗に花が咲くようになったんで、花売りがそれを摘みに行ったんだって。そしたら突然海賊が現れて、殺されかけたって言うんだ。あの辺りは灯台も近いし、埠頭のイエロージャケットの巡回もあって、今まで海賊なんて見なかったって。これ、もしかして…」
    「…なるほど、そのままの意味で灯台下暗しなのかもしれないな。急ごう!」

    ***

    ゴッズグリップ、埠頭へ向かう坂道を脇へ逸れたあたりに、ひっそりとその洞穴はあった。
    岩陰になって外からは見え難く、入口には戸が建てられ、カンテラが揺れている。ウェドは銃に手をかけ、忍び足で戸に張り付き耳をすませた。男達の下卑た野次と、笑い声が聞こえる。その中に混じって、僅かに女性の悲鳴がした。静かな怒りに拳を握り締める。

    …ザリ。

    背後で僅かに鳴った地を踏む音。振り返ると同時に口元が覆われ、ウェドはその場に倒れ込んだ。

    ***

    顔に冷たい水をかけられて、うっすらと目を開きあたりを見回す。粗末な椅子に座らされている。両手は纏められ、天井の梁に吊るされていた。目の前には、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる汚い身なりの男たち。背後で先ほどの女性の悲鳴が聞こえている。
    …こんな光景を見るのも、もう何度目のことだろう。

    「よォ〜色男。お目覚めかな?気分はどうだ、え?」
    「…最悪だ」
    「強がるなよ、最高だろォ?一番良い薬を使ってやったんだぜ。こいつを使えば、どんな屈強なやつでもコロッと思い通りにできちまう。ちょうどそこのオモチャに飽きが来たトコでさぁ!」

    ウェドの目の前にしゃがみ込んだ男が背後を顎でしゃくる。
    …やはり、女性はここで慰み者にされていたのだ。ウェドは心に燃え上がった冷たい炎の揺らぎを静かに見つめた。

    「さて、隠れ家を見つけられちまったんじゃ生きて返すわけにはいかねえ。あんちゃん、ヒモか遊び人かしらねえが、キレーな顔してるからな。まずは俺たちの新しいオモチャになってくれや」

    男達の一人がウェドの髪を乱暴に掴み上向かせる。シャツの襟に手がかかったその時、ウェドは不敵に微笑んだ。

    「…はっ、はは」
    「お、薬がキマっちまったかあ?」
    「まさか!呆れ返ってんだよ。どいつもこいつもやる事が一辺倒だ。飽きが来た、だ?こっちの台詞だぜ」
    「はぁ?」
    「おい、俺にかまけてていいのか?もっと気にすることあるだろ。大事な商品につけた見張りはどうしてる?裏手の小舟のロープは?カンテラの火は?窓の格子はどうだ?」

    畳み掛ける言葉が、男たちを目に見えて焦らせて行く。男の一人が指示を出し、数人が部屋から慌ただしく飛び出して行った。

    「…テメェ、何考えてやがる。何モンだ⁉︎」
    「さぁね、ただの遊び人かな。素敵なレディを引っ掛けにここへきたんだ。一緒に花火を見ようとしたんだが…残念、そろそろ打ち上げの時間だ」

    ウェドがいい終わるや否や、外で大きな爆発音がした。

    「ほらな」

    部屋に残っていた男達も、それぞれ怒声をあげ武器を持ちバタバタと外へ駆け出して行く。残された男が、勢いよくウェドの顔を殴りつけた。

    「テメェこの野郎、後で覚えてお…ぐほっ!」

    罵声を飛ばした直後、男の顎下に膝蹴りが入る。ウェドは吊るされた手首のロープを腕を捻って弛め、するりと縄を抜けて男の背中に着地した。

    「おっと、失礼」

    懐から煙草を取り出し、近くにあったランプから火を取って大きく煙を吐き出す。

    「で、何を覚えとけって?物覚えが悪いもんでね」

    ***

    つい先刻のこと。テッドは高台の上から、標的のアジトへ向かうウェドを見ていた。
    侵入者の存在を気づかせるため、ウェドがわざと光らせた銃口がここからもよく見える。程なくしてウェドの背後に男が二人現れ、雑な動きで飛びかかった。意識を失ったフリをして膝から頽れたウェドを、大柄な男が担いで扉の向こうへ消えて行く。

    「…よし、うまくいった」

    テッドはくるりと踵を返すと、身をかがめて丘の上の岩陰へ滑り込んだ。既にそこで待機していたララフェル族の召喚士が、テッドに目配せをした。

    「どうだった」
    「作戦通り中へ連れてかれた」
    「こんな時間に連絡してきて何事かと思ったが、なんだ、面白くなってきたじゃんか。このメル様にぴったりの派手なおしごとだな」

    二人は視線を遠く先へ向け、花畑の中に立つ影…カナへ頷いてみせる。カナは着物の袂から小さな行燈を取り出して魔法で火を点すと、目立つように左右に大きくゆらゆらと揺らす。
    …と、まもなく軽薄そうな声がした。

    「なんだい姉ちゃん。こんな時間に一人でお花摘みか?あぶないねぇ…オレがベッドまで送ってやろうか」

    カナの背後から男が一人ふらふらと歩み寄ってきた。

    「おら、もっとよく顔見せてくれよ。東方人かなァ〜?カワイイねぇ」

    カナが声を出すことなく、後退りながら男を拒絶する。その間にテッドとメルは素早く周囲を観察した。どうやらこの男以外に人の気配はない。

    「なんだよツレねぇな。夜遅く人通りの無い道に女が一人…そりゃあ犯してくれって言ってるようなもんだろうが!おら!」

    男の手がカナの腕を乱暴に掴んだ、その時。カナの全身から紫色の炎が立ち上がり、一瞬にして大きな狼の姿を成した。ひ、と男の喉が鳴る前にカナの小刀の柄が男の鳩尾に埋まる。倒れ伏した男を見下ろし、眼鏡と前髪に隠れたその奥で紫色の瞳が光った。

    「…穢らわしい」

    カナに付き従う暗色の狼が、気絶した男の襟首を咥えて道の端へずるずると引き摺っていく。

    「あー!もう、気色悪すぎ!」
    「お疲れさん。不用心にも見張りはそいつ一人みたいだな!そろそろぶっ放すか?」

    テッドはウェドの消えていったアジトの方を見る。すぐ近くの海上に、一定の間隔でチカチカと光る何かが見えた。

    「…きた!」
    「よし、来い!デミ・バハムート!」
    「ええと…廻れ、地の底に眠る星の火よ……」

    詠唱を始めた二人を背後に、テッドが勢いよく地を踏む。

    「…っ、りゃぁーーーっ!」

    大きく振り回した斧が円を描き、刈り取られた周囲の花々が舞い上がった。

    「デスフレア!」
    「ファイジャ!」

    大きな爆発音と共に、慌てて離脱したテッドの背後で火柱が上げる。

    「ひぇ……」

    美しかった魔の花畑は一瞬で焼け野原と化し、燃える花びらが雨となって降り注いでいた。

    ***

    キャンドルキープ埠頭、洋上。
    小さな釣り船にランタンが一つ。大きな黒い影がのそりと動き、先に何もついていない釣り竿をあげた。その影からひょっこりと出てきた白い毛玉が、ひょうきんな声を出す。

    「マルガくん、またお魚に逃げられちゃったの〜⁉︎」
    「ああ、残念だ」

    重低音の声が穏やかに響く。マルガの視線は、海の底ではなく地上をじっと見つめていた。海風に耳と尻尾がそよぐ。遠い岩陰に、慌ただしく人の動く気配がある。マルガはランプを引き寄せ、小さな反射鏡を手元で小刻みに動かした。

    「だんだん海が荒れてきたでふっち!陸に上がった方が…」
    「そうしよう。ルルが海に落ちでもしたら大変…ん…?」

    マルガは金色の目をすっと細め、ランプとルルをさりげなく身体の影に隠した。波が不自然にうねっている。海面を辿っていくと、遠くから灯りを消した船が埠頭へ近付いていた。

    「…ルル、あの船…あれに何が乗ってるか、君には見えるか?」
    「そんなのよゆーでふっち!いちにぃさんし…げげーっ、武器を持った連中が十人ちょっとみっちり詰まってるぅ!」
    「そうか、ありがとう」

    マルガは静かにオールを漕ぎ、陸へ向かうその船から離れた岩場に船を付けた。

    「…これは厄介そうだぞ、ウェド」

    ***

    テッド達の耳に複数の男の怒声が聞こえてきた。丘の向こうに人影が見え始めている。テッドは大斧を構え直し、ゆっくりと大きく息を吐いた。

    「行くぞ!前は任せて!」
    「おう!」

    渾身の力を込めて地を蹴り、先頭を走ってきた男目掛けて突進する。斧を盾にして衝突され、男がまるで玩具のように後ろへ吹き飛んだ。気絶して転がった仲間を見て、後続の男たちが怯む。テッドは間髪入れず、大斧を振り回して地面に叩きつけた。ぐらりと地が揺れ、ひび割れて迫り上がった地表は男たちの足をもつれさせた。

    「この野郎!」

    拳を振り上げ飛び掛かってきた男を躱し、背中を斧の柄で叩きつけ、柄を支点に飛び上がって数人の身体を蹴り飛ばす。
    詠唱中のメルへ向かって突進していく男の鳩尾へカナが小刀の柄を突き立て、男が崩れ落ちる。

    「へんっ、チビだからってナメんなよ‼︎」

    続けてやってきた第二陣先頭の足元へ、メルの召喚獣が巨石を投げつけた。押し潰された数人がもがく上から、テッドが岩を叩き割る一撃を落とす。道を遮られた敵陣の後衛が後ずさったところへ、カナの魔法が氷の壁を作った。そこへメルの召喚獣が暴風を送り込む。風はあっという間に男達を取り囲み、カナの放った氷の魔法を乗せると、ごうと唸りを上げて瞬時に空気を凍らせた。急激な温度の低下で動けなくなった男たちの中へ、テッドが斧を振り上げて飛び込んだ。

    「おりゃあーっ‼︎」

    一閃で生じた強烈な衝撃波に、男達が弾き飛ばされる。胴から地に落ちた鈍い音を最後に、辺りが静かになった。

    「なぁんだ、この程度じゃ準備運動にもならないな!」
    「はぁ、うまく連携が取れてよかったよ…」

    後衛の二人がテッドへ話しかけたところで、リンクシェルが鳴った。

    『テッド、聞こえるか。俺だ』
    「ウェド!こっちはあっさり終わったよ」
    『そうか、さすがだな!俺も無事対象を保護したところなんだが、ちょっとまずいことになった』

    少し離れたところで漏れ聞こえる通信に耳を傾けていたメルとカナが、険しい表情でテッドの方へ駆け寄る。

    『洋上のマルガから入った通信によると、港に増援がついているらしい。数は十と少し。武器を持ってる。俺はともかく、女性は歩くのもやっとで満身創痍だ。守りながら突破はできない』

    三人は顔を見合わせると、お互いの意思を察してしっかりと頷いた。

    「わかった。ここはメルさんに任せて、カナとそっちへ行く!」
    『ああ、頼むぞ!』

    ***

    カナの騎獣である大狼の背に跨り、二人は街道を駆け抜けていく。埠頭のそばに見える松明の灯りが、アジトの方へゆっくりと進んでいる。
    街道側へ逸れた岩場のあたりの上空で鳥が旋回していた。二人にはそれがウェドの愛鳥であるアンバーだということがすぐにわかった。

    「あそこか…!」
    「…どうする、テッドくん」

    テッドは頭の中で想定を繰り返していた。
    隠密行動。無理がある。敵も警戒しているだろう。わずかな失敗で見つかるだろうし、アンバーが教えてくれているとはいえウェドたちの正確な位置がわからない以上リスクが大きい。
    正面突破。できなくはないかもしれないが、暗闇で多勢に無勢は不測の事態の対応が難しい。
    戦力分散。ウェドならこれを選ぶかもしれない。気を逸らせ、部隊を分けて、少しずつ撃墜していく。
    でも俺なら…俺に一番適した作戦は…

    「…カナ、俺を信じてくれる?」
    「当たり前でしょ。さあ、どうする?」

    ***

    荒れ始めた波の音と、低い雷鳴があたりに響いている。迫る雷気に引き寄せられたスプライトの発光が、ものものしい雰囲気の男達の姿を照らし出す。男達がアジトのある岩陰へ通じる道へ差し掛かったその時、突然大きな影が行く手を阻んだ。

    「な、なんだっ⁉︎」
    「…──らぁっ‼︎」

    狼の背から飛び降りたテッドが、大斧を振りかぶって男を一人吹き飛ばした。不意打ちの強襲に、男達は唖然としている。

    「ウェド‼︎」

    叫ぶと同時に、カナが天球儀を振り上げる。小さな光球が中空に現れ、まもなくそれが激しい光を放った。

    「ぐおっ⁉︎」
    「くそ!目が…!」

    眩い光が消えていく。あたりが闇を取り戻した時、テッドは背中に温かな熱を感じていた。

    「おまたせ、ウェド!」
    「さすがだ、良い作戦だったな」

    ふと視線を脇へ逸らすと、狼の背に乗ったカナがシャツを羽織った女性を抱えて遠く離れていくのが見えた。背後をちらとみやれば、傷だらけの上半身が目に入る。女性に自分のシャツを着せてやったのだろう。なんともウェドらしい。

    「…寒そうだね、俺とちょっと運動しない?」
    「いいね。暖かい部屋でだったらもっとよかったのにな」
    「ばか!ほら、さっさと片付けちゃお!」

    テッドが言ったのを合図に、二人はジリジリとにじり寄っていた男達の輪へ素早く飛び込んだ。かたや大斧を派手に振り回し、かたやすれ違う男達の腹へ銃弾を撃ち込んでいく。と、大男が太い腕を伸ばし、テッドの長い後ろ髪を掴んだ。

    「ぐ……くそっ…こんなチビに…!」
    「はぁー⁉︎頭きた、もう一発くらえ!」

    胴体に強烈な一撃が入り、男は泡を吹いて天を仰ぐ。その先で、銃弾を打ち込まれた若い男がウェドにもたれかかっていた。

    「うう、し、しにたくない…」
    「麻酔銃だ、死にゃあしない…おやすみ、少年。良い夢を」

    ウェドは男の耳元で甘く囁くと、ずり落ちた身体を地面へ転がした。

    「ま、目が覚めたら冷たい牢の中だろうけどな」

    ズドン、と轟音が鳴り響き、銃をくるくると回していたウェドの手から銃が弾き飛ばされた。やや離れたところにいた痩せぎすの男の手元から硝煙が上がっている。

    「…ワォ」
    「ウェド!後ろ!」

    ウェドの背後で斧の一閃に吹き飛ばされて倒れていたはずの男が立ち上がり、カトラスを振り上げた。
    テッドは持っていた斧をウェドに向かって投げ、地に落ちたウェドの銃に飛びつく。斧を受け取ったウェドが男のカトラスを叩き折って男ごと地に打ち付けるのと、テッドが痩せぎすの男を撃ったのがほぼ同時だった。
    埠頭へ続く街道に、立っているのはもうウェドとテッドだけだ。

    「…ふぅ。サンキュー、テッド。案外やるね、こいつらも」
    「も〜‼︎油断するなよなぁ〜!びっくりしたじゃんか…!」
    「なに、君がいるから大丈夫さ」
    「また調子良いんだから…⁉︎」

    二人の耳に、ワン!と聞き慣れた鳴き声が聞こえた。驚き振り返ると、あの子犬が嬉しそうに息を弾ませて駆け寄ってくるのが見えた。…そして、地に這いつくばりながらナイフを持った腕を振り上げた男の姿も。

    「来ちゃだめ…!」

    テッドの目の前に、パッと鮮血が散る。男が投げたナイフは、いち早く飛び出して子犬を抱きしめたウェドの背中に刺さっていた。

    「ぐ…っ」
    「ウェドッ‼︎」
    「大丈夫だ…おチビちゃん、怪我はないかい」

    ウェドが優しく微笑みかけた腕の中で、子犬が無邪気に鳴く。

    「よかった」

    安堵と同時に痛みに顔を歪めたウェドのすぐ隣で、淡く優しい光が輝いた。いつのまにかテッドが小ぶりな魔道書を手に何か囁いている。きらりと輝く光の粉とともに、可愛らしいフェアリーが姿を現した。

    「…!」
    「へへ…実はこっそり巴術士ギルドで修行してたんだ。本当はもっと上達してから見せたかったんだけど…お願い、フェアリー。力を貸して…!」

    意を決して、震える手でウェドの背からナイフを引き抜く。低く呻いたウェドの声と共に、鮮血が溢れる。傷口を塞ぐように圧迫して癒しの術をかけていくと、流れ出す血が少しずつ勢いをなくしていった。

    (…背中の傷は敵から逃げた証なんて言うけど、ウェドの傷は違う。きっとこうやって、誰かを守ろうとしてついた傷だ。この傷の数だけ、何かを守ってきたんだ、ウェドは…)

    テッドは目を閉じ、目の前のよく見知った背中に触れる。気がつくと、傷口からの出血は止まっていた。

    「うう…今の俺じゃこれ以上は癒せないか…」
    「充分さ。ありがとう、テッド」

    ウェドはテッドの額に自分の額をつけ、そっと頭を撫でた。テッドの心がむずむずとくすぐったくなる。

    「ウェド!テッド‼︎」

    呼ぶ声に振り向くと、駆け寄ってくるルイスの姿が見えた。

    「すまん!例の男が目を覚ましてな。そっちへ気が向いた隙に犬が外へ飛び出して行ってしまって…!」
    「そっちは大丈夫なのか?」
    「マテウスがあの男を背負って一緒に追いかけてきたんだが、途中でカナちゃんと会えてね!女性は無事だったんだな、本当によかった。今は宿へ戻って、まとめてカナちゃんが診てくれてる筈だ」
    「それなら心配ないな。ルイス、悪いがテッドについていってくれないか。犬は俺が見ているから」
    「…よし、任された」

    ウェドはテッドに目配せすると、その手を取って力強く声をかけた。

    「さぁ、ついにクライマックスだ。頼んだぜ、テッド」
    「うん!行ってくる!」

    ***

    ついに降り出した雨が、オシュオン灯台の光を鈍く反射している。テッドとルイスは逗留所の戸を開け、中にいたイエロージャケットの男へ声を掛けた。

    「ああ!こっちにいたんですね!ならず者を捕縛したのですが、埠頭に報告にいったらイエロージャケットの方が一人もいなかったので…」
    「冒険者か。いや、すまないな!今日は造船廠の警備の方へ人が回っていてね。私もほら、この天気だからな。灯台の方へ一度見廻りにきていたんだ。そのならず者はどこに?」
    「まとめて埠頭に。引き渡しをしたいので、来ていただけないでしょうか?」
    「もちろん構わんとも。貴殿らの平和への貢献に感謝しよう」

    二人はイエロージャケットを引き連れ、雨の中埠頭への道を下っていく。ぽつりぽつりと交わされていた言葉が段々と少なくなり、坂の終わりあたりでイエロージャケットが足を止めた。

    「どうしたんですか?早く埠頭へ…」
    「いや、その必要はない。大事な取引相手を犯罪者として引き渡されちゃ困るからな、君達にはここで死んでもらう。かかれ!」

    イエロージャケットの男はニヤリと口の端を吊り上げると、甲高く指笛を吹いた。



    ……

    ……しかしなにも起こらない。

    「…⁉︎」
    「え?」
    「ん?」

    もう一度吹き鳴らす。
    返事をするのは吹き荒ぶ風と、雷鳴ばかりだ。

    「あ、もしかして潜ませておいたはずの仲間のことじゃないか?テッド達が叩きのめしたっていう」
    「ああ〜!なるほど〜!あんた、自分が最後の一人だってこと知らないわけ」
    「な、なんだと⁉︎」

    目に見えて狼狽する男を睨みつけ、テッドはその目の前に仁王立ちする。

    「この辺りは乱暴なキキルン族がいることもあって、イエロージャケットの警備は磐石なはず。妙な海賊のこととか、この一帯に不自然なほど花が咲きだしたこと、見逃すはずないよね」
    「近頃じゃ麻薬の密輸を防ぐためにキャンドルキープ埠頭では荷の検めが厳しくなってるとか。それじゃあここからは出荷できないよな。でも外はどうだ?」
    「警備の人員には限りがある。だからあんたは荷の検査と埠頭の防衛にほかのイエロージャケットをあたらせ、自分は外の見回りを買って出た。海賊崩れのならず者と手を組み、麻薬の花を栽培して、別ルートから各地へ向かう船に乗せてたんだ!増援をどこから呼んだか知らないけど、あんたらのおおもとは西ラノシアの海蛇の舌とかなんじゃない⁉︎」

    男は空虚な笑みを顔に貼り付けて、くるりと踵を返した。その喉元を、ルイスの構えた剣の鋒が牽制する。

    「はは…ははは!あんな奴らと一緒にしてくれるな!俺は…俺、たちは…あは、あはははァ!」
    「な…なに…⁉︎」

    テッドとルイスが見ている目の前で、男の身体中がビキビキと音を立て始めた。首元から、指先から、皮膚がめくれあがり、魚の鱗のように剥がれ落ちていく。その全てが終わったあと、ごぽごぽと奇妙な笑い声を残して、男の身体は泥のように地に崩れて溶けていった。

    「なんなんだ…こいつは!」

    テッドは吐き気に口元を抑える。二人が様子を見る間も無く、男だったものは雨に流されて完全に消えた。
    ワン!という甲高い鳴き声に振り返ると、肩にアンバーを乗せたウェドが子犬を連れてゆっくりと坂を登ってきていた。濡れて肌に張り付いたシャツは、おそらく手近に転がっていた男から拝借したのだろう。

    「…逃げられたのか?」
    「いや…」

    テッドとルイスは男の溶けたあたりの地面を見つめ、今起きたことをウェドに話聞かせる。ウェドの瞳が、ほんの一瞬大きく揺れた。

    「…ウェド?」
    「大丈夫か?」
    「ああ、問題ない。男については謎が残るが…今ちゃんとしたイエロージャケットに連絡したところだ、すぐに処理をしてくれるだろうさ。さぁ、俺たちもそれを見届けたら宿へ戻ろう」

    テッドは歩き出したウェドの背中を複雑な気持ちで追いかけた。妙な感覚が心をざわつかせる。この嵐と、雷鳴のせいだろうか。
    足元を一生懸命ついてきていた子犬を抱き上げる。小走りで自分の横に並んだテッドに、ウェドはいつものように優しく微笑みかけている。
    ウェドとルイスのなんでもない会話を聴きながら、テッドは漠然とした不安をかき消すようにぎゅっと子犬を抱きしめた。

    ***

    翌日。
    ある程度回復したアウラ族の男女は、丁寧に礼を言うと子犬を連れてリムサ・ロミンサの治療院へ向かった。やはり二人は麻薬の出所を探りに来た自警団の一員であり、諸々の経緯もウェド達の推測した通りだった。

    宿屋のダイニングで遅めの朝食を終えた一同は、それぞれに寛いだ時間を過ごしていた。


    「それにしても…あの女性、生きていて本当によかったね」
    「こっちじゃ冒険者以外珍しいアウラ族だったのが不幸中の幸いだったんだろう。奴らの興味が薄れていれば、すぐに殺されていただろうからな」
    「あーあ、まったく下衆野郎過ぎて吐き気がするぜ!全員あの胸糞悪い花みたいに消し炭にしてやればよかった」
    「まぁまぁ、メル」

    憤るメルを宥めるウェドを見て、テッドとカナが顔を見合わせる。この男も成長したものだ…。

    「マルガにも礼をしないとな…カナも、すぐに来てくれて助かった。ありがとう」
    「長距離テレポは苦手なんだけど…緊急事態だったからね」
    「いや〜、本当に!カナさんが来てくれなかったら危うく足腰が天に召されるところでしたよ!」
    「マテウスさんのは笑い事じゃないよ…怪我してたのによくあの体格の男性を背負って移動できましたね。ルイスさんも、治療の手助けをありがとうございます」

    カナがマテウスとルイスにふわりと微笑む。

    「あっ、マテウスさん。すごい嫌がってましたけど、完治するまでこの薬は必ずつけるように。わかりましたね?」
    「ウッ……わ、わかりました……」
    「ウェドもだよ」
    「え」

    急に矛先が自分に向き、ウェドが肩を跳ねさせる。さっと席を立とうとしたその両脇を、マテウスとルイスが力を込めて固めた。

    「おい。なんだその微笑みは。おい、よせ。離せ、離せって、やばいって!」
    「背中、怪我してるでしょ。なんでそういうの黙ってるのかなぁ…いい加減にしな」
    「それはだって、ほら、誰だって痛いのは嫌…ちょ、やめ…痛ってええーーーー‼︎」

    ***

    その夜。
    ことの顛末の報告をギルドや軍令部にも終えた二人は、一日ぶりにゆっくりとソファに腰を落ち着けていた。目まぐるしかった時間が嘘のように、温かなミルクの優しさが身を包んでいく。
    唯一違うのは、膝の上の小さな温もりが無くなったことだ。

    「…寂しいかい?」
    「…うん、少し」

    ウェドは膝の上で手持ち無沙汰にくるくると宙をかき混ぜていたテッドの手に、自分の手を重ねた。
    ゆっくりと手のひらが向き合い、指が絡み合う。

    「犬、飼いたい?」
    「うん…うーん……俺たちみたいなのには無理だよ。留守番は寂しいだろうしさ…」
    「そうだな」
    「…でもすごく楽しかったな。幸せだった。犬とか猫とか…子供とかさ、こんな感じなのかなぁ〜なんて、ちょっと思っちゃった」
    「……ふふ、そうだなぁ…」

    ウェドは目を閉じ、テッドの丸い頭に頬を寄せた。

    「いつか傭兵まがいの冒険者から身をひいたら、東ラノシアの小さな島に移り住もう。そこで葡萄やらオレンジやらを育てて、ワインやジュースを作って暮らすんだ。そうやって穏やかに…俺の役目が終わるその時まで…」

    言葉が途絶える。口元に触れ悲しげに何事か考えている様子のウェドを元気付けるように、テッドが優しく声をかけた。

    「…いいじゃん、それ。ウェドの夢だ」
    「夢か。そんなもの、初めて持ったよ。君の夢は?」
    「ウェドの夢が俺の夢」
    「ははっ、それは嬉しいけど…他になんかあるだろ」
    「うーん…ウェドの生まれた島に、行ってみたいな。例え何も残ってなかったとしても、見に行きたい」

    ウェドは困ったように眉を下げ微笑み、テッドの頭を引き寄せて広い額にそっと口付ける。

    「…いつか、きっと見に行こう。君がそう思ったように…君の夢も、俺の夢だよ」

    テッドは小さく笑みをこぼし、ウェドの懐へ身を寄せた。柔らかなまどろみが、ゆっくりと二人を眠りの淵へ誘う。
    ウェドはそこへ落ちる間際、すぅと目を細め、窓から覗く遠い水平線の彼方を見つめた。
    こんなに温かい場所にいるのに、心の奥底の冷たい海に沈んでいく感覚に包まれながら─…
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