その後の会話。シャワーを浴びて身を清めてスッキリした頭でスーツを着て屋敷の廊下を七海は歩く。
朝食を用意してもらうために人を探す。人の気配を探しながら歩いているといつの間にか目の前に翁がいた。足音も気配も全く無かったため七海は驚いて立ち止まった。どうにもこの翁という人物は読めない。翁は昨日と変わらぬ様子で穏やかに笑っている。
「おや、七海さん。昨夜はお楽しみでしたかな」
翁の言葉に七海は狼狽える。声が聞こえていたのか、もしかしたら誰か見張りがいたのか。珍しく表情に出ていたらしく翁が分かりやすい、と声を上げて笑った。
「なに、悟様が随分と貴方を気にかけていましたし、貴方の悟様を見る目がただの先輩を見るには熱が篭りすぎていましたからカマを掛けただけです」
やはりこの老人は油断ならない。柔和な笑みで隠しているが中身は老獪そのものだ。
翁が一歩踏みだし七海に近付く。翁は七海の頭一つ分ほど背が低いが、七海を圧倒するような威圧感があった。それでも翁は穏やかに笑っている。
「七海さん。貴方はお強いですし。誠実で確かなお人柄だ。私は貴方に悟様をお任せしても良いと思っておりますよ」
そこで翁は一旦言葉を切り真顔になる。七海のスーツの襟を掴み、七海の顔を自らへ引き寄せたかと思うと息が掛かる程の距離で七海に言う。
「ただ、もし、悟様のお気持ちを裏切るようなことがあれば生まれてきた事を後悔させてやるから覚えておけ」
翁は七海からぱっと手を離して七海を解放すると笑顔に戻り、腹が減ったでしょう。食事を用意します。離れで待っていてくだされ。そう告げて七海に背を向けて廊下を去っていった。
七海はいつの間にか詰めていた息を吐いて昨日とは違う汗を背筋に感じて立ち尽くすしかなかった。