三日月と金髪「月、出てるかな」
夕食をとった後、思い出したようにそう言って五条はベランダに面した掃き出し窓のカーテンを開いた。
「あ、出てる、出てる」
言った後、あれ? 五条は動きを止めた。
「どうしました?」
声をかけると、
う~ん…
「昨日さ、三日月と金星が並んでて、綺麗だったんだよ」
七海は立ち上がって恋人の横に並んだ。見上げた空には月が、そしてわりあい離れた位置に金星を、確認することができた。
「…並んではいませんね」
「昨日は並んでたのになぁ。本当にこう…寄り添うみたいにすぐ横に」
「時間によるのかもしれませんね」
「確かに。もうちょい遅い時間だったかも。昨日」
部屋の時計をちらりと見て、五条は言った。
七海、キスしようぜ、五条が言う。
「キスしてる間に月、動くかもしんないし」
「そんな短い時間では無理でしょう」
七海は呆れて言った。
「じゃあさ、」
セックスしようぜ。
七海は恋人の顔を見た。遮るもののない碧い瞳はきらきらと輝き、その下の唇は三日月のように弧を描いている。
「昨日の三日月さ、やけに金色で、お前の髪の色みたいだったよ」
「…三日月に欲情しましたか」
してない、五条は笑って、お前にしてる、今。そう言った。
「なぁ、ここでしようよ」
窓近くのリビングの床の上、月を眺めながらしようと五条は言う。七海は眉を顰めた。
「カーテンは? 開けたままですか?」
「大丈夫だって。灯消せば外からは見えないよ」
大体ここ何階よ? こんなところをひょいと覗けるのは僕くらいしかいないでしょ~
試しに灯を消すと、都会の夜空から差す仄暗い光もあり部屋は真っ暗にはならない。
「な? 情緒あっていいだろ?」
七海はため息をつき、必要なものを取りに寝室に向かった。
◇ ◇ ◇
「……月、どうなってる?」
額に白い髪を貼り付け、蕩けた目のまま五条が聞く。
「位置を確かめながらするんじゃなかったんですか」
七海が言うと、お前がさせなかったんじゃん。
ふふ、と五条は笑った。お前、ムキになってたろ?
「三日月に嫉妬した?」
「まあ、自分以外に気を散らして欲しくないところはありましたかね」
ふふふふ、また五条が笑う。
「なぁ、月。」
七海は立ち上がって、窓の側に立った。
「…雲が出てしまったようですね」
雲に霞んで月はまだぼんやりと位置がわかるが、星は見えない。
「そうなの?」
残念だったなぁ…五条は言って
「お前、彫像みたい」
振り返ると、ようやく半身を起こした五条が床の上にしどけなく座っていた。仄暗い中、離れれば輪郭しかわからないが、肩の線、ふくらはぎから太腿への流れるような線。あなたの方こそ、と七海は思った。
「あ~体痛い」
そんな七海の思いを断ち切るように五条は現実的な声を上げた。
「腰が痛い…」
あと背中も。膝小僧も。だから言ったでしょう? 言ってないじゃん、そんなやりとりをした後、
「…ベッドって偉大だな」
大真面目に五条が言うので、七海は笑ってしまった。
眠いとぐずる五条を宥めながら濡れタオルで綺麗にしてやった。先に寝ててくださいと寝室に送った後、軽くため息をついてリビングの後始末をした。寝室に入ると五条は眠っているように見えたが、七海がベッドに入ると身を寄せてきた。うとうとと半分眠るような声で、ななみ、と話しかけてくる。
ななみ 金色の月
お前に見せたかったな
金星よりも月の方が金色だったよ
満月の黄色い月 見たことあるけど
ああいうんじゃなくて
本当に金色の ぴかぴかした三日月
細くてきらきらしていて
お前に
お前の髪の色の三日月
眠りそうな五条を七海は見ていた。
あどけない稚いその頬を触りたかったが、起こすかと思って我慢した。