天賦の才――この体は弱い。そう、思っていた。
* * *
夜狩りの指導の際、魏無羨は琴を使って攻撃をするように指示をする機会がある。
実のところ魏無羨は藍家の琴が放つ攻撃の威力というのをいまいち把握していない。琴で衝撃波を放つ時の基本を知れば子供たちに何かいい助言をしてやれるかもしれないと魏無羨は考えた。
特にやることもなかったというのが一番の理由なのだが、琴の練習に付き合わせてほしいと藍啓仁に願い出てみた。自分の考えを伝えると、思っていたよりも簡単に同行の許可を得ることができた。「遊びではないぞ」と一言忠告は受けたが、理由があるのであればむやみに藍啓仁は魏無羨を邪険にはしない。
岩の上に琴を置いてポロロンと音を鳴らしてみる。美しい音色が響き、魏先輩は琴も弾けるんですね、などと褒められた。ふふんと魏無羨は鼻を高くするものの、皆のように重力を使った攻撃波を打つことができないので少し肩を落とす。
あまり修練の邪魔はしたくなかったが、こればかりは見様見真似では習得できない。
あきらめて藍忘機の元に琴を移動させた。
「なー藍湛。攻撃波の出し方教えて」
「うん」
まずは姿勢から指摘された。そして集中すべき点、基礎を一通り叩き込まれる。
霊力の流れは把握した。
昔の体ではないのだ。一度教えてもらってすぐ放てるとは思わないが、念のため人がいない方向に向かって重力を操る攻撃波を放ってみた。すると青色の光が魏無羨の琴から放たれ、小さな山の一部にボコオ!とぶつかる。藍忘機を除いた全員があんぐりと口をあけた。
「ら、藍湛……忘れてたけど、俺って…昔からよく天才って言われてたんだよ…」
「知っている」
あまりに絶大な威力に放った当の魏無羨自身が驚く。適当に冗談を言いながら、魏無羨はなんであんなすごいのが打てたんだろうと頭の中で考えていた。
霊力を蓄えられる器の大きさ、そして体内を流れる霊脈の広さなどで修士としての強さは決まる。
魏無羨本人がこの体は弱いと普段からぼやいているため、藍忘機はそうなのだろうと信じている。実際に前世の魏無羨の霊脈は広く、そしてあふれ出る水域のように広い器を持っていた。全盛期の魏無羨と今の莫玄羽の体を比較すると、遠く及ばないのは藍忘機がよくわかっていた。普段から魏無羨の霊脈を本人が寝ている間に計っているいるが、やはり突出して優れている体というほどではない。
強い攻撃を放てるほど、霊力を蓄えられる器では無いのだ。
しかし魏無羨の場合は例外で、魂に刻まれた天賦の才が存在しうるのだろうと藍忘機はひとり納得した。魏無羨に触発された藍忘機は自分の鍛錬に集中し始める。
少しの静けさが流れたあと、いっせいに弟子達が立ち上がった。
「魏先輩、今のはなんですか?!」
「密かに琴の練習をしていたのですか?!」
「なぜ山を破壊したのですか?!」
と続々と質問が飛んでくる。藍先生の「座りなさい」の一言ですぐにシン…と静まった。
魏無羨は目の前にいる子ども達に一つずつ答える。
「一つ、今のは藍湛が手伝ってくれたから打てただけ。まぐれだよ。二つ、姑蘇の技を打つのは今日が初めてだ。三つ、あんな大きな衝撃波が出ると思わなかったんだよ」
弟子達は目をキラキラとさせる。魏無羨は普段から藍啓仁に怒られてばかりいるが、実践の時は惚れてしまいそうなほどカッコいい。密かに魏無羨が藍忘機から琴を教わる様子を弟子達は盗み見ていた。
魏無羨が琴を弾く時の集中力の高さは子供たちにも理解できるほどのものだった。きっとあれぐらい集中できれば、自分たちもものすごい攻撃を打つことができる。触発された弟子達はより集中して鍛錬を始めた。
ヒゲを撫で、藍啓仁は藍忘機と魏無羨を見る。
一人だけ、なぜ魏無羨があのような大きな衝撃波を打つことができたのか理解していた。藍家直系の者でもなく、さらには初めて姑蘇の秘術を学ぶ人間があれほどのものを簡単に打てるわけがない。
おそらくは魏無羨の体に藍忘機の澄んだ霊力が多分に溜まり、それが琴から放たれたのだ。
その証拠に、二発目の魏無羨の衝撃波は先ほど放ったものよりも威力が半減している。初回から打てるのはやはり魏無羨の天賦の才に他ならないが、やはり藍忘機の霊力が一番関係している。
しかし、と藍啓仁は頭の両側をもんだ。こめかみが少し痛む。
(あれだけの霊力が魏嬰の体に滞留していたという事は、それだけ忘機が魏嬰に………いや、考えるのはよそう。頭が痛い)
いつか藍忘機が魏無羨に飽きればいいのにと普段から考えていた藍啓仁だが、それは叶いそうにもない。
可愛い甥を手放さなければならないと諦めた瞬間だった。
fin.