遠慮のない姫と大魔道士-評価の訂正 二代目大魔道士ポップとパプニカ王国の王女レオナは不定期に会談を行う。あるいは報連相の類であるし、あるいは単なる茶飲み話でもある。
これはまだ勇者捜索中のころのある日。二代目大魔道士が一人で旅をするようになった頃のこと。
中庭に置かれたテーブルセットにて優雅に紅茶を飲みながらの遠慮のない報告の日。
「ってぇことで、ダイの親父さんが戦ってたっていう魔界の入り口っぽいところを見つけてきたので、準備を整えてまずは様子を見てまいりやすっ!」
ふざけたようにしか見えない敬礼をしながらポップはレオナに報告する。言っている内容はなかなかシビアなのだが、まったくそんな風には聞こえない。
「はいはい、気を付けてね。必要があるものは全部用意するからちゃんと遠慮なく言いなさいよ」
どうせ深刻ぶったって、国の長たるレオナが共に行くことはできないのだ。であれば、彼女にできることはポップが動きやすいように惜しみなく援助をすることだけだ。細かなことに何一つ煩わされないように。ダイの捜索に全力を注ぐことができるように。
「ま、入り口とはいえ魔界だし、姫さんのご認識どおり、おれは逃げ出し野郎だから入り口の入り口から逃げ帰ってきたら笑ってくれよ」
いつかを彷彿するような言葉で軽く返す。しかしレオナは軽く瞬きしてから首をかしげる。
「あたし……キミのことを逃げ出し野郎と思ってないわよ?」
「え、おれ割りとそれをネタにされた覚えがあるんだけど」
全てを明確に覚えているわけではないが、ベンガーナのデパートに武器を探しに行ったとき、それから大人数でカールへ気球で向かった時。レオナからはかなり軽い扱いだったような記憶のあるポップはぶつぶつと呟く。
「デパートに行くときはまだキミと並んで戦ったことなかったから。バルジの塔ではあたしはすぐ気を失っちゃったし。あの時点での印象はちょっとまぁ仕方ないわよ、キミって見た目は軽そうじゃない?」
そこに関してポップは否定しない。ハハハと乾いた笑いをこぼすだけだ。レオナは行儀悪く、両手で頬づえをついてポップに向かって言葉を続ける。
「カールに行くときってテランのあとでしょ?本気でそうは思ってないわよ。だってあたしがキミの戦う姿をまともに見たのはベンガーナを経てそれからテランよ」
「ま、確かにちょっとあんときのおれも無様だったな。竜も全部仕留められねぇわ、竜騎衆をくいとめるのに結局ヒュンケルの手を借りたし、それから自爆しかけて敵に情けをかけられて」
ポップはげんなりしながら当時を思い出すが、レオナはそれをみて深く深くため息をつく。
「キミ、そういう自己評価だったのね」
「え?」
レオナはどこか呆れたような表情を浮かべ、それから淡々と告げる。
「単身で竜を数匹食い止めて。テランで味方を騙してまで一人で敵を食い止めようとして。戻ってきたらメガンテをしかけて。不調を隠して見張りに立つし。それからミストバーンやキルバーンに煽られて一人で敵地に乗り込む。当時のあたしにとってキミは、どんなに不利でも一人でも敵に立ち向かっちゃうそれはもう危なっかしい魔法使いよ」
ポップは目を白黒させる。ずっと自分は勇気のない、臆病なやつで。だからなんとかしようと懸命にあがいていた記憶しかないからだ。一人でも敵に立ち向かう魔法使いとは誰のことだと思うのだが、言われてみれば確かに自分のことだ。たしか、単独行動したチウを連れ戻す時もすぐにリターンバックしろとレオナにくぎを刺された記憶がある。
「おれってそう見えてたの」
「そ・う・よ。あと気球でのことは、そうねぇ、敵地に乗り込む前だから、空気を和ませたかったんじゃないかしら。そういうのもあたしの仕事だし。キミかダイ君を起点にすると士気をあげやすいし。……キミの話だとダイ君も凄く喜ぶのよ」
思い出話に花が咲く。それ自体はポップもレオナも嫌いではない。しかしここに足りないもう一人のことも改めて実感する。
レオナは兄弟子には見えない兄弟子に、ほんの少しだけ自分の寂しさを吐露する。
「キミが逃げ出すってのはね、ダイ君から聞いたの」
「そっか」
ポップはレオナの寂しさに触れず否定せず、ただ寄り添う。
「ダイ君ってキミの話をするときは凄く楽しそうなの。ダイ君と話すことのできる時間は少なかったんだけど、そんな中でも何度もキミとの話をしてたの。魔の森で逃げたけど戻ってきてくれた。おれのじいちゃんも助けてくれたって。それはもう楽しそうに言うのよ」
「そんないいもんじゃねぇんだけどな、ダイは言ってなかったか?『ひでぇや』って。実際に逃げ出し野郎だったし」
情けないころの自分を思い出しながらポップは苦笑いを浮かべる。しかしそこに嫌悪はない。その頃のこともポップにとっても大事な想い出になっている。いつかまたダイにからかわれたいと思うくらいには。
「でもキミは戻ったんでしょ。そこがダイ君には大事なのよ。気づいてる?キミは何度も命を懸けてダイ君を助けた勇気ある者なのよ。それはあたしにはできなかったことなんだから」
言い切ってからレオナは口ごもる。寂しさ以外の感情をポップにぶつけたことを自覚したからだ。
そんなレオナをちらりと見て、ポップは腕を組んで首を傾げて考え込む。
「うーん」
「な、なによ」
「こっぱずかしくて否定したいけど、今の姫さんの剣幕をみると否定するのも悪いなって」
とりあえずレオナはポップの額を軽く指ではじく。ポップが妹弟子には仕返してこないのは織り込み済みだ。
「滅茶苦茶いてぇな?!さすがダイの姫さんだ。おれも何度かダイから聞いたぜ、キツイ姫さんの話」
「そ、そうなの?」
「な、3人で思い出話をするのが楽しみだな」
それではと大魔道士は立ち上がり、完璧な作法で姫君に一礼をする。姫君は鷹揚に頷き、頼みますよとそれはそれは優雅に微笑んだ。