どうしてこうなっちゃったんだろう。
思えば、僕の人生はそんなことの連続だ。
例えば今の状況も。まるでお姫様のごとく横抱にされ、ざわめきを伴奏に、道のど真ん中を突き進む。
突き刺さる視線に、羞恥心も限界で、おずおずと口を開いた。
「ねえ、オペラ、そろそろ下ろしてほしいなあ、なんて……思ったり、して」
「だめです」
歯切れ悪い僕の言葉など一刀両断だ。取り付く島もない。
せめて目を閉じ、オペラの肩に頬を寄せ、顔を隠す。くじいた足が痛んだ。けれど、口には出せない。
徐々に喧騒が遠のき、歩みが止まった。ざわめきが遠のき、大通りから人気のない路地に入ったようだ。
ゆっくりと塀の上に下ろされる。そのまま解放されると思いきや、両腿の横に手を置かれた。
「私の……護衛の目の前でひとり突っ走って怪我するなんて、何考えてるんですか」
「ごめん……つい、体が動いちゃって」
「護衛なんていらないってことですか」
「そっ、そんなことないよ!」
そんなことない、と繰り返す言葉はとても弱々しくて、自分でも情けない。
立場、とか、考えたくはないけれど、有耶無耶にできないことがある。バビルの若頭である自分が怪我なんてすれば、その責任は護衛であるオペラが負うことになる。その怪我が、己の軽率な行動にあったとしても。
「ごめんなさい……」
うつむき、呟く。心もとなく、爪先が中で揺れた。
心臓が痛くなるような沈黙の後。ため息をひとつ吐くと、こつりと額がぶつけられた。
「オペラ?」
「……キスしてくれたら下ろしてあげます」
「え!?」
思わず、両手で口を覆った。遅れて、頬が熱くなる。
オペラは微笑むように瞬き、
「できないんですか?」
からかい混じりに囁かれ、負けん気に火がついた。
「できる、けど」
「へえ……」
それじゃあ、とオペラは目を閉じてしまった。きょろきょろと左右を見回すが、誰もいない。手のひらに汗が滲んだ。
別に、初めてじゃあない。
おはようのキスも、おやすみのキスも、何度もした。でも、考えたら、それはいつもオペラからのもので。僕からは、ない、かもしれない。
考えだしたら、心臓がドキドキしてきた。
そっと手を伸ばし、頬に触れる。
息を止め、くちびるの端に自分のそれを押し付けた。キスというより、ぶつかったみたいだけど、場所は決めてないからいいだろう。
「ほら、できたよ!」
これでいいでしょう、と離れようとしたけど、オペラの手が僕の後頭部を包み、幾分、乱暴に引き寄せた。
「残念、ハズレ」
「オペ……ッ」
口を開くより先に覆いかぶさるくちびるが、言葉を奪った。逃げようとした舌を甘く噛まれ、吸われ、舌の根まで探られて、生理的な涙が滲む。
「オペ、ラ……も、や、だあ……」
時折、僕の頬や耳をなでる指先はどこまでもやさしくて、どうしてか分からないけど、泣いてしまいそうになる。
「じゃあ、……あと、六秒だけ……な?」
途切れ途切れの言葉と、潤んだ視界で見えた笑みに、胸にぽっと火が灯る。うん、と小さな返事を口移しで伝えると、強く抱き寄せられた。頬を傾け、より深く重ねて食み合う。拙く舌を絡めて、混ざる唾液をこくりと嚥下する。まるで食事みたいに。
胸に灯った火が溶け出して、唾液と一緒に腹の底に落ちていって、今度はそこが熱くなる。
あと一歩で、歯止めが効かなくなるところで、崩れ落ちそうな体を叱咤し、その胸を両手で押しのけた。
「おッ、おわり! ぜったい六秒以上経ってる……!」
「はーい」
意外にも素直に解放される。塀の上から飛び降り、足の裏がしかと地面につく。が、膝に力が入らず、ぺたりとその場に座り込んでしまう始末。
「大丈夫ですかー?」
気怠げにこちらを覗き込みながら、オペラは濡れたくちびるを舐めた。本能が滲み出るような、無垢な艶かしさ。今すぐ、逃げ出してしまいたくなる。
「手加減してよ……」
手のひらにためらいを握りしめ、せいぜい恨めしく見上げた。
オペラは目を細め、黙ったまま笑うと、脇の下に手を入れて僕を持ち上げた。重力から解き放たれて、呆気なくまた、その腕の中に戻される。
ねえ、イルマ。
そう、甘えるように額が擦り寄せられて、
「このまま抱っこで帰るか、どっか泊まるか、どっちがいい?」
もっと遊ぼうよと、じゃれつくみたいに囁かれる。
わかっているくせに。
精一杯の返事の代わりに、首に回した腕に力を込めた。