『ありがとう』 雄英高校七不思議がひとつ、絶対に当たらない自動販売機の謎。
中庭の外れ、ほとんど人が通らない場所にその自販機はあった(一体どうしてこの場所に自販機が設置されたのかというのも謎のひとつである)。数字が揃えばもう一本!という吹き出しの横にあるルーレットで同じ数字が四つ揃うとどれでも好きな飲み物がもう一本無料でもらえるという、学生にはとてもありがたい、そして嬉しい特典付きの自販機なのだが……今まで誰一人として当たったことがないというもっぱらの噂だ。真偽を確かめるべく今まで何十人もの雄英生が挑戦し、そして儚くも散っていったという。あくまで噂だが。
なので今、表示板に四つ並んだ「7」と高らかに鳴り響いたファンファーレに緑谷出久が飛び上がらんばかりに驚いたのも無理のないことだった。
「え、えっ?当た、当たった……?僕が?絶対に当たらない自販機なのに?」
あまりにも信じられなくてあたりをキョロキョロ見回すが周囲には人っこひとりいない。これが夢ではないとほっぺたをつねってくれる人がいないので仕方なく自分でほっぺたをつねりながら緑谷出久は自販機に向き直った。もう一度四つ並んだ「7」を確認したかったからだ。だがそこには、14、という数字が表示されていた。え、と思っている間にも数字は13、12、11と変わっていく。
「え、え、え?カウントダウン?ど、どういうこと?」
慌てて自販機を見回すと、数字が揃えばもう一本!の下に小さく注意書きが書かれていることに気が付いた。
30秒以内に商品を選択してください。30秒を過ぎると当選は無効になります。
「30秒?!っていうことはこの数字は残りの秒数?!わ、あと4秒しかない!!えっと、えっと,
え~と~~~!!」
ええいもう迷ってる場合じゃない!と目の前のボタンを力いっぱい押す。ガシャン!と取出口に商品が落ちてきたことに緑谷出久はほっと胸を撫で下ろした。どうやら無事に間に合ったらしい。けれど、取り出した商品を見て彼はその場に立ち竦むことになってしまった。
「ブラックコーヒー……飲めないや……」
炭酸飲料の緑色のペットボトルと青い缶コーヒーを両手に持ち茫然とする緑谷出久の傍を穏やかな風が吹き抜けていった。
「あ、あい、相澤先生っ!」
そんなふうに担任教師の相澤消太を呼び止めたのは先ほど自販機で当たりを引き当てたばかりの緑谷出久だった。職員室に向かう途中、渡り廊下の真ん中で真っ黒い影が気だるそうに振り向く。
「廊下を走るとは感心しないね」
「す、すみません!!」
ぱたぱたと駆けてきた問題児は急ブレーキをかけその場で背筋を伸ばして起立姿勢を取った。相澤の溜め息に緑谷の喉がゴクリと鳴る。
「用件は?」
短く先を促してやると緑谷はホッとしたように表情を崩しちょこちょこと相澤の傍に寄って行った。
「あの実は、自販機で当たりが出まして……」
「中庭の外れにある自販機でか?」
どうやら相澤も七不思議を知っているらしい。珍しく驚いたような顔をした担任に緑谷出久は「はい!」と元気よく頷いた。
「当たらないって聞いてたんでビックリしてしまって目の前のボタンを適当に押しちゃったんです。そうしたらこの缶コーヒーが出てきて……カフェオレなら僕でも何とか飲めるんですが、ブラックはまだ無理なんです。相澤先生ならお好きかな、と思って、あの、良かったらもらっていただけませんかっ?」
両手に持った青いコーヒー缶をずいっと相澤の前に差し出して緑谷は深々と頭を下げる。まるで告白シーンのようなその光景に相澤はぱちくりとまばたきしてから、ふっと柔らかく表情を崩した。
「ありがとね。今度お返しする」
「お返しだなんてそんな!タダなので!」
無事にコーヒーを受け取ってもらえたことに安堵しながら顔を上げた緑谷だったが、その時にはもう担任の相澤は踵を返して歩き出したところだった。
「じゃああの自販機で当たりが出たらってことで」
青い缶をゆらゆら揺らしながら去っていく相澤に、緑谷はぱっと顔を明るくしてその背中にエールを贈った。
「!ご武運を祈ります!」
(ご武運を祈られてもな)
ガラガラと職員室のドアを開けながら相澤は捕縛布の下でひっそり笑った。回収した小テストの束の上に文鎮代わりに缶コーヒーを置く。すると間髪入れずに隣りのやかましい同僚が相澤に絡んできた。
「おいおいショータ疲れてんのかあ?無糖派のおまえが微糖の缶コーヒーたあねえ?」
「疲れてんだよ。おまえは黙っとけ」
「シヴィ~!!もうちょっとちゃんとコミュニケーション取ろうぜマイフレンド!」
ごちゃごちゃ言っている同僚の声をシャットアウトして缶コーヒーのプルトップを押し上げる。途端に広がった甘いコーヒーの香り。一体いつ振りに口にしたのだろう。苦手だと思っていた妙な甘ったるさも何故か今日は美味く感じられた。
(ほんとに、甘くなったな。俺も)
雄英高校七不思議がひとつ、絶対に当たらない自動販売機の謎。その二度目の当たりをこの男が引くのはそれから三日後のことだった。