妖怪退治屋×妖怪パロ相出♀「なあなあ知ってる?おふろばのシャンプー子さん」
何だそのひねりもへったくれも無い名前。
もっとマシな名前いくらでもあっただろ。
「おふろでシャンプーしてるときに背後に急に現れて、シャンプーしましょうかって聞いてくるんだって」
妖怪業界もネタ切れなのか?
最近、よく分からない妖怪が増えている。
いまいち怖くないというか何というか。
冷蔵庫に賞味期限切れの食品を入れておくとそれを食べに来る妖怪とか。
そんなの害というよりエコだ。
時代なのか?
この後スタッフが美味しく頂きましたとテロップが必要な時代になったのは妖怪業界も一緒なのだろうか。
妖怪業界も苦労してるんだな。
……妖怪業界って何だ。
「それで、お願いしますっていうと、ぱくっと一口で食べられちゃうんだって!」
「こえー!!」
「おまえんとこには来ねーよ!だってそいつは若くてイケメンのとこにしか来ないんだぜ」
「なーんだ」
──じゃあ俺のところにも現れないか。
はあ、とレジ台に頬杖をついたまま溜め息をつく。
ここは駄菓子屋と喫茶店が同居した小さな店だ。
俺はここの店主ってことになってる。
まあ、表向きってやつだ。
裏では妖怪退治屋で通ってる。
妖怪というのは人の噂話が元になっていて、その噂の流行り具合が妖怪の強さと比例する。
そして大体そういった噂話は子どもの口から広まって、親にも伝わる。強大な力をつける前に妖怪を退治するためには、いち早く噂話を耳にする必要があった。
そういう理由での、駄菓子屋兼喫茶店、らしい。
らしい、というのはこの店が先代から押し付けられたものだからだ。妖怪退治屋だった先代が、儂はもう引退するから後のことはヨロシク!と夜逃げ同然に姿を消したのはもう五年も前のこと。正直客商売は性に合わないが、五年もやれば嫌でも板に着くものだ。
ラムネの瓶を開けてやるのも、
サイフォンでコーヒーを淹れるのも、
子どもの喧嘩の仲裁に入るのも、
客の話に相槌を打つのも。
どれも日常になっている。
「ごちそうさまでしたー!」
喫茶店のスペースで駄菓子を食べて行った小学生たちが元気良く帰って行く。
まあ今日のところはひとつ収穫。
シャンプー子さんねえ。
いやもっと他に名前あったろ。
👻 🛀 🚿
その後は特に妖怪の噂話を聞くこともないまま店のシャッターを下ろす時間になった。
今夜は妖怪退治の依頼も入っていないしさっさとシャワーでも浴びて一杯飲みに出るかなと思案する。するすると夜の帳が降りていく空を摩りガラス越しに見上げてから、俺はシャワーの栓を捻った。
冷たかったシャワーが適温になったのを確認して頭からお湯を浴びる。途端に顔に貼り付いてくる髪を掻き上げながら、そろそろ髪を切ろうかなどとのんびり考えた。
シャンプーボトルのポンプを二回プッシュして髪を洗う。ザアザアと続くシャワーの音と排水口にくるくると水が吸い込まれていく音と、それから──。
「……」
ちらりと鏡を見上げる。
曇ったそこに映るのは自分以外に何も無い。
だが背後に気配がある。
視線を下に下ろしていくと、自分の足のすぐ後ろにふたつの白い足が立つのが見えた。
来た。
マジか。
「シャンプーしましょうか」
シャワーに掻き消されてしまいそうなほど小さな声が噂通りの言葉を紡ぐ。
若くてイケメン、の条件はどこにいったんだ。
こちとら髭面のおっさんだぞ。
しかも噂を耳にした初日にのこのこ現れるとはどういうことだ。低級にも程がある。
はああ、と深々溜め息をついて返事をしない俺に、背後のシャンプー子さんは「あの、」とたじろいだ様子で声を上げた。
妖怪がこれくらいのことでたじろぐなよ。
「はい、捕獲」
「わわっ」
がしり、と腕を掴んでその妖怪を浴室の壁に押し付ける。
さてどんな妖怪かとそいつを見下ろしたところで、俺は目を泳がせてしまった。
果たしてシャンプー子さんの正体は
思った以上に幼い女の子で、
しかもその発展途上の身体を惜しみ無く晒していた。
つまり裸だった。
びしょ濡れで素っ裸のおっさんが、
全裸の女の子を壁に押し付けている。
うん。
確実に案件だ。
「ええと、君がシャンプー子さん」
「ちっ、違います!僕そんなんじゃないです!」
僕っ娘ロリ。
頭痛がしてきた。
「もういいや、さっさと駆除するか……」
「やああ!ぼっ、僕を害虫みたいに言わないでください!な、なんですかそのスプレー!」
「妖怪に噴射すると三秒で駆除できる、」
「害虫扱い!!!や、違う、違うんです!僕はシャンプー子さんじゃないんです!何か間違って名前を与えられて!!そ、それより服!服貸してください!バスタオルでも!へっ、変態!!ロリコン!!」
じたばたと暴れるシャンプー子(?)にそう罵られて、俺は少なからずダメージを負った。仕方無く腕を離してやり、洗濯済みのシャツを渡してやる。それをいそいそと着たシャンプー子(?)の格好を見て、俺は天を仰いだ。
ゆるゆるで片方の肩まで出ている首元。
膝まで隠れる丈。
萌え袖。
さっきより犯罪臭が上がった気がする。
もうどうにでもなれ。
「シャンプー子じゃないなら何なんだ。妖怪ホイホイに釣られて来たんだから妖怪なんだろ」
シャンプーがついたままの髪を洗い流しながらそう聞く。服を着たからかやけに元気になったシャンプー子は勢い良く俺に詰め寄ってきた。
「何ですか妖怪ホイホイって!!」
「妖怪をおびき寄せる道具」
「やっぱり害虫扱いじゃないですか!!もう僕帰って良いですか!!」
ぷりぷりしながら脱衣場に続くドアを開けて出て行こうとする後ろ姿にやれやれと肩を竦める。
「危ないよ」
「何が危ないんですか、もう僕行きますから、ッ!!」
脱衣場に一歩踏み出そうとした足がビクリと跳ねて、そいつは慌てて浴室へと後退する。
「な、なん……っ」
「結界が貼ってあるから入って来られても出られないよ。こんな罠にも気付かないなんて随分低級なんだな」
浴室で二の足を踏んでいるそいつを尻目に脱衣場に向かって、ガシガシと髪を拭く。悔しそうに俯いたそいつの様子がおかしくなったのはそのすぐ後だった。
「て、低級って……」
ぽつり、と。
言葉と一緒に浴室のタイルへ滴が落ちる。
ぱたぱたと続いて落ちていくそれに、俺はぎょっとした。
「ちょ、」
「わあああ!!!僕は低級じゃないですうううあああ!!!僕っ、僕はっ、よわ、弱くなんかっ、弱くなんか無いんですからあああっ!」
「妖怪が泣くなっ」
よろめきながら下だけ履いて、結界を貼っていた札を乱雑に剥がしそいつを脱衣場へ引っ張り込む。
そばかすの浮いたほっぺたを真っ赤にして大粒の涙を流すそいつに俺は言葉を失った。
こいつ本当に妖怪なのか???
「よっ、妖怪だってっ、ひっ、泣きますっ、害虫扱いやめてくださっ、ひっ」
「妖怪ったって、シャンプー子じゃないなら、なんの……」
「わか、分からな……っ、ひぐっ、うわああああ!!!!」
「いいから泣くな!」
その後何とかかんとか落ち着かせて(店の駄菓子が役に立った)話を聞いてみれば、一人前の妖怪になるための命名式までに妖怪としての特性が出なかったらしい。そこで何かの手違いがあって「シャンプー子」の名を与えられてしまったと言う。
「僕の他にシャンプー子さんはちゃんといるんです……」
「……どうりで、若くてイケメンじゃないおっさんのところにシャンプー子が現れた訳だ」
シャッターを下ろした喫茶店のカウンターで、ココアの入ったカップを小さな両手で包みながらそいつはしょぼくれていた。
「だから僕はシャンプー子さんじゃないです。イズクっていう名前があって、」
「は?」
(名前が、ある?)
命名式で名前を与えられる妖怪に既に名前がある、だと。
こいつ、一体何者だ?
「それに、シャンプー子さんが若くてイケメンのところに現れるのは、シャンプー子さんの好みなのであって僕の好みでは……」
「ふーん」
「あ、」
「え?」
そいつが慌てて口を押さえなければ、危うく聞き流すところだった。
「い、今のは、忘れて、クダサイ」
真っ赤になって震えているイズクと名乗る妖怪。
そんな反応されて忘れられるかよ。
「あの、」
「ん?」
「僕のことを……駆除、しないんですか」
「害虫かよ」
フっと笑ったら、そいつはキョトンとした後何故かさっきより顔を赤くした。
「妖怪の名前が分からないと退治ができない。それに、この家の結界からも出て行けないようだし、まあ、保留」
「ほ、りゅう……」
「置いてやるかわりに、きっちり働けよ」
「えっ、はた、働かせるんですか?!このいたいけな少女を?!労働基準法違反ですよ!」
「妖怪に法律が適用されるかよ。そうだな。妖怪退治の助手でもやってもらうかな」
「妖怪に妖怪退治させるんですかっ!?」
さてどうするかね。
きゃいきゃい騒いでいるそいつを尻目にコーヒーを啜る。
その時の俺はまだ気付いていなかった。
どうして退治屋の俺がすぐにこの妖怪を退治しなかったのか。
どうしてこの家に置いてやろうと思ったのか。
単なる気まぐれだと自分では思っていた。
だが実際は違う。
この未熟な妖怪に既に“魅入られて”いたのだ。
数年後、彼女に“喰われる”ことになってしまうとは、今の俺には想像もつかないことだった。
***
相澤消太
妖怪退治屋。
妖怪が見えるため周囲と馴染めないまま育ち、先代に引き取られてから退治屋稼業から駄菓子の仕入れまでを叩き込まれ、挙げ句全てを押し付けられる羽目になった可哀想な男。あの駄菓子屋兼喫茶店はどうして経営が傾かないのか謎だと噂されていることを本人だけが知らない。
イズク
まだ力がほとんど具現化していない妖怪。
幼女。
みんなに馬鹿にされていたので早く立派な妖怪になりたくて命名式に無理矢理参加したら、すっ転んで別の人が受け取るはずだった名前を貰ってしまった。
本当のところはサキュバス。