プロヒ×歌い手「ねえねえ昨日のdekuくんの配信見た?!」
「見た見た!メジャーデビュー!ビックリ!」
「でも最近超人気だし、そろそろかなって思ってたよね」
「動画再生回数エグいもんねぇー」
「しかもタイアップ、TVCMでもガンガン流れちゃうってことだよね」
「ああ、でもっ、歌い手の時から応援してるから、何か寂しいー!」
「分かるぅー遠い存在になっちゃったかんじ?」
「人気出るのは嬉しいけどね、ね、でも私たちはずぅっと昔から知ってんだぞって」
「ねえー。メジャーデビューしたらテレビとかも出るんかなあ?」
「ずっと顔出ししてないけど、デビューと同時に顔出ししたりして?」
「絶対!可愛い!!」
「絶対に!口元だけでヤバイもん、見たい見たいー!でも秘密のままでもいて欲しいかなあ」
「乙女心は複雑なのデス」
「dekuくんの魅力はさあ、喋ってる時と歌ってる時のギャップだよね?」
「喋ってる時ホンマ癒されるわあ~」
「でも歌い出すと格好良い!!」
「やられてまう……心臓撃ち抜かれとる」
「はあ~どっかでばったり会えないかなあって顔分かんないし無理かあー」
「声聞けば分かる自信あるんやけどなあ」
「恋人とかいるのかなあ?」
「いそう…あんな素敵なんやもん」
「dekuくんリアルにいたらモテそうじゃん?相談の手紙とかめっちゃ親身に聞いてくれるし」
「面倒見良さそう。うちもお話聞いてもらいたいー」
「うし!メジャーデビュー祝いにカラオケ行こ!dekuくんの歌歌おう!」
「よっしゃ!歌いまくるでー!」
ハイタッチして意気揚々と喫茶店を出て行く女子高生二人の背中を見送ってから、俺は深い深い溜め息を吐いた。
向かいの席に畏まって座っている相手を頬杖をついて見遣る。そいつは目の前に置かれたアイスカフェオレに手もつけず顔を真っ赤にして固まっていた。
そりゃそうだろ。
「真後ろにご本人がいるなんて思わないよなあ。なあ、dekuくん」
「は、はひ」
俺に声を掛けられておどおどしているのがくだんの歌い手dekuこと緑谷出久本人である。
メジャーデビュー前だがこの日本でその歌声を聞いたことのない人間はいないのではないかというほどの有名人だ。人気は確かに若者中心だが、昨年ある大舞台で国家斉唱した様子が動画サイトにアップされるや否や瞬く間に話題となりTVなどでも多く取り上げられ一躍有名になったのだ。
大手企業とのタイアップ曲をひっさげて一ヶ月後にメジャーデビューすることが昨日発表されたばかりで、その人気は益々加速していく一方だろう。
「心底遺憾だが、」
「す、すみませんあのやっぱりまだ怒ってます、か」
「一度折れたことを曲げるつもりはないし、俺だって応援している一人だ、が、顔を出さない約束は守れよ」
おまえぽやっとしてるから。
顔なんて出したら拉致られる。
「もちろんです、出すつもりなんてないです。僕上がり症だし顔なんて出したら……それにそういう路線で売ってくってプロデューサーさんとも意見一致してますから」
「おまえ周りにモテてるんだな知らなかった」
「いやいや消太さんが一番近くにいるんだから僕がモテないこと分かってるでしょ」
無自覚。
性質が悪い。
「俺のほうがずうっと昔から知ってるから」
「女子高生と張り合わないでくださいもう!」
さっきまでびくびくしてたのに、今度はぷりぷりし出した。ストローでずずずって勢いよくカフェオレを吸い込んだほっぺたが膨らんでる。
可愛い。
dekuが可愛いという予想は合ってるぞ。
合ってるが恐らく、その予想の二倍か三倍は可愛い。
俺が保証する。
「出久が遠い存在になっていく気がする」
「だからあ!さっきの女子高生と張り合わないでください!あと僕で遊ばないでください!」
「俺の前でだけ歌っていた頃の出久が懐かしいな、」
珈琲の表面に反射する照明を見つめながら郷愁に浸ったふうを装えば、その話は狡いです、と出久が唇を尖らせた。
「分かってるくせに。言わせたいだけでしょ」
「何を」
「消太さん、」
「ん、」
「僕の一番は消太さんだし、それはこれからもずっとずっと変わりませんから」
「知ってる」
「んもう!」
手の平の下でそっと口角を上げる。
バレてると思うが。
「早く帰ろう。その声、俺だけに聞かせて」
「っ……明日収録があるんで、……手加減してくださいね……?」
「善処はする、」
「ぜ、絶対!絶対ですよ!」
女子高生。
教えてやろう。
残念ながら予想通りdekuに恋人はいる。
かなり厄介な恋人が、な。