黄泉の花守楽しいことが好きだ。楽しいことを探すのも好きだ。
──バイク、祭り、音楽、アイドルとして歌って踊る。
自分にとっての『楽しい』を追い求めているときは、家の柵や嫌なことを束の間、忘れられた。──己が圧倒的に孤独であるということすらも。
人間は基本的に群れで暮らす生き物だが、三毛縞斑は『楽しい』事柄があれば一人でも平気だった。
だから自分は、これからもずっと一人で生きていくんだろう。
斑がその認識を少しだけ改めたのは、春と夏の境に開催された二事務所合同ライブを終え、息が詰まるような暑さの夏をようやっと越えて迎えた秋のことだった。
「着いたぞお」
斑は軽快に走らせていた愛機を止めメットを外すと、自分のすぐ後ろに跨がった人物に声をかける。
夏の名残がまだ感じ取れる、快晴の秋晴れの午前。愛機を走らせるには絶好の日和だった。今までならこんな日は一人でふらりと気儘に出掛けていたものだが、今日は同行者がいた。
「……はあ、結構走ったなあ?」
後部席に座っていた人物は斑の背に回していた腕を解いて席から下りると、被っていたヘルメットを外して小さく伸びをした。
その拍子にふわふわした桜色の髪が揺れる。
切れ長の紫眼を瞬かせた少年、桜河こはくは物珍しげに辺りをきょろきょろと見回した。
「はは、ESからかなり離れた土地だからなあ。それなりに時間がかかるのは仕方がないなあ! ここにバイクを停めたら少し歩くぞお」
斑の言葉に頷くこはくを伴ってゆっくりと歩き出す。
関東圏の郊外某所、広大な自然公園に二人は来ていた。
ここは四季折々の花木が咲き乱れ、訪れるひとの目を楽しませるが、今の時期、特に評判になっている花がある。
と、さっそく隣を歩いていたこはくが遠目からその花の群生を視認したのか、わあと歓声を上げる。
遊歩道の脇に広がる林の地面を覆うように咲く赤い花──そう、彼岸花だ。
背の高い茎についた細く繊細な赤い花弁が風に揺れて一斉にさざめく様は、どこか幻想的でこの世の風景とは思えない風情があった。
「ほんまに一面真っ赤なんやねえ……圧巻やわ」
すっかり移動の疲れを吹き飛ばしたのか、花の咲き乱れる遊歩道にゆっくりと近づきながらこはくが感嘆の声を溢す。
「……そういえばこはくさんは彼岸花が見たかったのかあ?」
赤い花を前にして心なしかいつもよりテンションが高いこはくに、斑が疑問を呈する。
そもそも気儘な一人旅に年下の相方を誘うようになったのは、合同ライブのパンフレットに掲載されたインタビューがきっかけだった。
これまでオフを一緒に過ごしたことがなかった二人に『メンバーと休日を過ごすなら?』という質問をされたのだ。
その際に斑は『二人で楽しいこと探しをする=一緒に知らない土地を旅する』と答え、以降わりと頻繁にこはくを連れて出掛けていた。ただいつも場所は斑が適当に見繕ってこはくを連れ去っていたのだが、今回は初めてこはくから時期と場所をリクエストされた。
誘われたときは珍しいこともあるものだ、と驚きのほうに気を取られあまり気にしていなかったが、いざ当日になってみるとやはり聞いてみたくなってしまった。
「せやなあ……お母はんの着物の柄とか、ネットの画像で見たことはあったんやけど、実物見たことなかったから見てみたかってん」
「なるほど! こはくさんは彼岸花が好きなんだなあ!」
「……うーん、好きかって言われたら好きやで。桜よりずっとわかりやすい花やし?」
「わかりやすい……?」
こはくの言葉に含むものを感じた斑が首を傾げると、こはくは心なしか影のある微笑みを浮かべ言った。
「──彼岸花って毒花やろ? 花の名前も花そのものも、不吉で毒々しくてえらいわかりやすいやん」
わしら一族が背負う花とは大違いや。
自嘲気味に笑うこはくを見て、斑は息を飲む。
こはくの実家である桜河家は、代々武家の家柄である朱桜家の裏の部分を担ってきた。
閉鎖的な家に生まれた彼が家の外に出されたのは、本当につい最近のことなのだという。
そのせいか初めての土地に連れ出すたび、こはくは目を輝かせ年相応の表情を見せた。
その顔を見るたび、斑はああ、この子を連れてきてよかった、一人ではなく誰かと共に見る景色にも意義がある、と密かに考えていた。
だから斑は自らの持つこの花の知識を伝えるため口を開く。
自分とは違うが似た重荷を抱える小さな相棒の心を、少しでも軽くするために。
「……こはくさん、君はこの花がなんで墓地や畑の畦道に生えているのか知っているかなあ?」
「いや? 知らんけど」
「確かに彼岸花には毒がある。けど、その毒は人間が口にしても死には至らない──ただし、人間以外の動物は別だ」
昔は火葬よりも土葬が一般的だった。
そのため、遺体をモグラなどの野生動物に荒らされることが多かったのだという。
畑も同様に、対策無しでは動物の荒らし被害を免れなかった。
「彼岸花は動物には猛毒だ。だから墓地や畑の周りに動物避けとして植えたんだ。ぜんぶ作物や遺体を守るためだなあ。こはくさんの一族だって、守るために毒を使い、武器を振るっているんだろう?」
だからこの花はこんなにも綺麗なんだろうなあ。
斑の言葉をしばし黙って聞いていたこはくは、
「……そんな上等なもんとちゃうけどな、わしの家は。ほんでも、おおきにな、斑はん」
わしもこの花みたいに、そんな風に在れたら、ええな。
そう小さく呟き、赤い花に複雑な眼差しを向ける。
斑はその手を取って、自身の手で包み込むように握り締めた。
「こはくさん、お腹減ってないかあ? この先に美味い蕎麦を出す店があるんだ。ちょっと早いがお昼にしよう!」
わざとらしく明るい声を出してだいぶ冷えてしまった手を引き、遊歩道を歩き出す。
「……花より団子やなあ、ぬしはんは」
目当ての蕎麦屋に着く頃にはいつもの毒舌も復活し、冷えた手はすっかり温かくなっていた。