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    akiajisigh

    @akiajisigh

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    akiajisigh

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    大遅刻バレンタインネタ。
    もうくっついてる(少なくともマフィさんはそのつもり)のマフィ班です。
    くっついたと思った途端にマフィさんの態度(主に脳内)が豹変して誰おま状態です。
    あと、まだ本編(in Pixiv)で書いてない部分が班長さんの回想で出てきます、すみません早く書きます。

    #BL松
    #カラ一
    chineseAllspice
    #マフィ班
    mafia

    fight over Candy 久々の、休日。
     さらに珍しい事には早い時間に目が覚めて、溜まった洗濯やら掃除やらも片付いて。時間があいたからには、やる事は決まっている。くたびれた上着を羽織りマスクをつけ、どんな用事であろうと鞄はこれ一つしかないぺちゃんこのリュックを提げて、家を出た。
     前の道に出て、すぐそこに見えている工場とは逆方向に足を向ける。程なく現れるバス停、を通り過ぎて、両側に木しか見えない曲がりくねった下り坂を延々歩いて小一時間。降りきればようやく木以外の風景が目に入る。
     ポツリポツリ家が建つ中、唐突に現れるバカデカいスーパーとドラッグストア。生きるのに必要な物はここで大体揃う。便利な世の中だ。
     とは言えスーパーにはほとんど行った事がない。ドラッグストアで日用品、日持ちする食品と、何より猫缶、それこそ必要な物は大体揃う。スーパーにしかない肉や魚を自分で調理する意欲も知識も無い。
    店頭のティッシュ類と買い物カゴを手に取って、自動ドアをくぐって…まず目に飛び込んできたのがピンクと赤。
     そこだけ春が来たのかと思える明るさにぎょっと目を向ければ
     『大切なあの人に…バレンタインフェア』
     これでもかというほどのハートが散りばめられた中に見えた金色の文字。…ああ、なるほど。そんな時期か。
     悟ると同時に眉間に力が籠る。自分じゃ見えないけど多分、目から光が消えてる。
     即座に目を逸らして奥へ進む。いつものコースを辿りいつもの品を順々にカゴに放り込みながら、いい気なもんだヒトが必死にアクセク働いてる間にやれクリスマスだやれバレンタインだとよくそんなに浮かれてられる。お前らいったい何回プレゼント贈ったり贈られたりすれば気が済むの?暇なの?金が余ってるの?息つく間もないほど季節ごとに敷き詰められたイベント。それだけでも馬鹿らしいのにその度に物を選んで買って渡すだなんて、ああ面倒くさい事この上ない。それとも、それを面倒と感じない相手こそがいわゆる『大切な人』なんだろうか。全く理解できない、自分にはそんな相手など…。
     と、そこで。
     脳内に浮かんだ顔を。高速で頭を振って追い払う。
     いやいや。
     まさか。
     アレは違うアレだけは。
     むしろ、真逆だ。おれは嫌なんだ。全力で拒否して逃げ続けているのだ。どうにかして自分の中から追い出そうと日々奮闘している、その努力を嘲笑うかのように毎週毎週手を変え品を変え趣向を凝らして新しい記憶と感情を刻んでいく、アイツは、むしろ。
     脳内で機関銃のように捲し立てて浮上しかけた思いを押しつぶし、ガリガリと頭を掻いた頃、たどり着いたのはペットフードコーナー。ここでようやく表情筋が緩む。
     普段使いの安売り品と、たまのご褒美の高級缶もいくつか。コレはまだ試した事ないな?などと。数ある猫缶を吟味する頃にはすっかり平穏を取り戻していたおれの視界に、ふと食品コーナーが目に入る。そこに並ぶ卵と牛乳を見た瞬間「あああれも買っとくか、あと食パン」
     思いついたのは、これまた完全に無意識だった。
     直後、我に返る。
     いや。
     いやいやいやいや。
     何で。
     何でおれが買わなきゃいけないんだアレはあいつが勝手に。そう、勝手に押しかけて勝手に材料持ち込んで勝手に作っていくのだ、無理矢理食わされているのだ。いや、そりゃ…不味くはないし助かってるし…でもそれは当然の報酬というか迷惑料であって。ていうかいらない、いらないから来ないで欲しい、そう、そうだ、そうなんだよ。そっちの方向なんだ。それを、こっちが買って準備しておいたりなんかしたら…認める事に、なる。どころかいかにもきっ期待して、待ってるみたいじゃないか!冗談じゃない!
     頭を抱えて「――っ!」と叫びそうになるのを寸でで抑える。代わりに頭をぶんぶん振って追い払う。カゴの中の猫缶がガチャリと揺れる。
     ていうか何で!せっかくの休日にまで、何でアイツの事なんて考えなきゃいけないんだ!居なくても煩いってどういう事?!頼むから静かに過ごさせてくれ!
     手に取りかけた牛乳を叩きつけるように棚に戻す。

     今日はどうも調子が悪い。おかしな事ばかり考えてしまう。それもこれも、この空気のせいだ。店の入り口のディスプレイから始まり棚のそこかしこに散りばめられた赤とピンク…ああ嫌だ嫌だ、やめてくれ似合わない。そりが合わない。居心地が悪い。これ以上邪念に取り込まれる前に帰ってしまおうと、早足でレジへ向かう。
     しかしこれまた間の悪いことにレジには行列が出来ていた。何だ今日は世間でも休日なのか。ため息混じりに列の最後尾に並ぶ。スマホも持たないおれにはやる事もない、手持ち無沙汰に列の両脇にも抜かりなく陳列された商品を眺める。この時期売れ筋なのかカイロにのど飴、ちょっとした小腹を満たす小袋のお菓子に……チョコ。

     またお前か。

     目をすがめる。
     歯を食いしばる。
     ぐうと唸るような声が漏れた。

     汗がひと筋。



     列はまだ、進まない。





       * * *



     朝起きていつもの通り作業服に着替えてから…やっぱりそれを手に取るのは躊躇した。睨みつける。
     ちゃぶ台の上の一枚の板チョコ。
     何の変哲もないこげ茶色の紙に包まれたそれは、あそこに並んだ中で一番安かった物だ。店にあれほど溢れていた赤もピンクもなければ色気も可愛げもない。人に贈るプレゼントにはとても見えない、ただの平たい四角い、チョコ。

     それでも、チョコである。

     この時期にチョコを買うという事。
     今日この日にチョコを持ち歩くという事。
     それだけで、多大な精神的負担がのしかかる。
     激しく自分を責める声が胸中に響き渡る。

     なんで買ってしまったんだ。

     レジ前で謎の圧力をかけてくるチョコと睨み合うこと…何分だったんだろうか。悩んで、悩んで列が進むにつれて募る謎の焦燥感にかられて、ついに手に取りカゴに放り込んでしまった。それでも結局、今また悩んでいる。あの時買わなければ今の悩みは無かった。手元に無いものは渡しようもない。いやぁ残念、ですんだのだ。いや、まだ間に合う。今ここでこのチョコを手に取らなければ、持って行くのを忘れてしまえば。このまま回れ右して玄関に向かう、それだけで、今日一日つきまとうであろうこの重荷から逃れられるのだ。玄関を振り向き見る、それでも足が、動かない。あんな思いまでして買ったのだから、持って行かない選択肢はないと喚く自分もいて、足に取り付いて引き留めているのだ。結果やっぱり悩んでいる。おのれ。
     こうして馬鹿みたいにちゃぶ台と玄関の間をウロウロしているのだが、おれにはどうしてもそれに手を伸ばせない最大の理由がある。そもそも渡せなかったなら、先日のレジ前の葛藤も、今これほど精神を削っていることも丸々含めて徒労に終わる、という可能性である。というか、その可能性の方が高い。
     なぜなら今日は、アイツが来る予定の日ではない。
     来なければ会えない。渡しようがない。そう、冷静に考えれば、買う必要の無い物なのだ。
     しかし、である。
     おれは知っている。そういう予感はえてして裏切られる。傘を持たない日に限って雨は降る。忙しくて点検の手を抜いたタイミングで装置の限界は来る。そしてアイツも。これまでも何度か、予定のない日に突然来た事がある。それも大概、こっちが来てほしくない時に限って、だ。
     万が一アイツが来たとして、さらに万が一、コレの話題が出た時…おれが用意してないとなったら、どういう事態になるか。考えただけでゾッとする。
     だから、そう、つまりこれは保険である。万が一の災いに対する、備えである。そんなかさ張る物でもないし、大丈夫、渡せなかったら自分で食べればいいだけの話だ。ただのチョコなのだ。無駄にはならない。糖分は脳とか疲労とかに良いって、あの店でも書いてあったし。

     ここまで自分に言い聞かせてようやく、深呼吸して、震える手でそれをつまみ上げる。
     それからふと我に返って時計を見て、ヤバいいつの間にか遅刻ギリギリの時間。慌てて作業服の尻ポケットにチョコを突っ込み、靴を引っ掛けて部屋を飛び出した。






       * * *



     車を降りて、最早見慣れたシルエットの工場、その入り口へ向かう。
     いつ来ても不思議とこの工場付近だけ空がどんよりと曇り一面薄暗いのだが、今日ばかりはこの陰気すら一つの演出に見えてくる。小さな窓から漏れ出る光が逆に薄汚さを強調しかしない灰色の壁も、一段と輝いて見える。そう、この工場は今、さながらオレたちの愛のステージ!開演前の暗転は観客の期待をいや高め、幕間から光漏れるステージへと視線が集まる。
     待っていてくれ班長さん!オレという Leading actor が今そのステージへ上がり、そして始まる Precious Love Story!
     特に予定にもなかった今日だが訪れたのには訳がある。そう、今日のこの日は St. Valentine's Day!世界中の Lovers が愛を伝えあい愛にあふれる一日!そんな日を仕事なんかで潰して My lover に会えないなど nonsense!という事で諸々の用事を後回しして無理やり空けて来たオレを褒めてくれ班長さん!
     ちなみに surprise になったのはわざとじゃない、どうしても後回しできず前倒しした用事がギリギリ今朝までずれ込んだせいだ。…ただの下っ端のくせに手こずらせやがってオレと班長さんの時間を減らす奴残らず地獄に落ちろてか落とす。
     まあそんな端役の話はいい。大事なのは My precious partner 班長さんだ。
     バレンタインと言えば、日本じゃ Lady がチョコを贈る日だそうだが、勿論班長さんは Lady ではない。しかもこういうイベント系を漏れなく憎悪の対象としているらしい班長さんだ、何か貰えるとは期待してない。期待してないが、その分用意してなかった事をネタにして色々交渉できるんじゃないかとか、その辺りは存分に期待している。何だかんだ抵抗しながら、実は命令強要されるのが嫌いじゃないらしいって事は最近分かってきた。素直じゃない所さえ可愛いだなんてとんだ小悪魔だな my kitty は!
     そんな事を考えながら入り口の警備員に来訪を告げ、軽い足取りでいつもの会議室に向かった、のだが。

    「代理?」

     控えていたのは見慣れない顔。急な呼び出しを受け駆けつけたせいで弾む息を必死で落ち着けながら、それだけが原因ではなさそうな汗と青い顔が、こちらの返答を受けてびくりと跳ね、慌てて捲し立てる。
    「っはい、あの、大変申し訳ないのですが…ただいま4班の松野班長は別件で持ち場を外れていまして、ちょっと連絡がつかなくてですね…見つかり次第交代しますが、あの、とりあえずは私の方がご対応を…」
    「出勤はしているんだな?」
    「はっはい!それは確認済みです!」
    「…」
     まあ、予定も予告も無く訪問したのだから、そういう事もあるかもしれない。さして広くもないこの工場内にいる事は間違いないようだから、場内を巡っていればその内会えるだろう。
    「…分かった。では聞きたい事は後ほどいつもの彼に聞こう。先に工場内を見せてくれるか?」
    「り、了解です!では、ご案内します!」
     そもそも仕事の用件が無いのだから聞きたい事なんて「班長さんの今夜の予定」くらいしか無いのだが。それらしく提案すれば相手はホッとした様子でドアを開いた。
     大丈夫、まだ今日という日は長い。幕は開けたばかりだ。最愛の Honey とのかくれんぼなんてお楽しみの前のちょうどいい余興でしかない。待っていてくれ、必ず見つけ出してみせるぜ my destiny






       * * *



     とかまあ。
     そんな板チョコ一枚ごときに振り回されて悩んでた朝は、思い返せばまだ平和だったのだ。



     何で今日こんなに忙しいの?!

     何でこんなにトラブル続くの?!リア充の呪いなの?!呪いたいのはこっちなんですけど?!お前らは勝手にお互いよろしくやってろよぉ!
     とか自分でも訳分からん悪口雑言が脳を駆け巡りつつ、実際は自分が工場内をあちこち駆けずり回っていた。
     あっちの装置が不調で見に行けばこっちで新人がミスってライン停止。復旧する間も待たずに謎の水漏れで呼び出され、向かう途中に通りすがった倉庫で資材不足と呼び止められ…
     全然自分の持ち場に戻れない!本来の仕事いっこも進んでない!
     大丈夫?!今日進捗どうなってるの?!てかいい加減なんか連絡手段、ケータイまでいかなくとも無線機でもトランシーバーでも持たせろよ!館内放送なんて役に立ってないだろ!今朝も何か言ってたけど騒音に負けて全然聞こえなかったし!
     溢れて止まらない悪態は脳内でどうにか収め、とりあえずの対処を指示した所で、昼休憩のチャイム(なんて生易しい音じゃないアレはサイレンだ)が鳴り、思わず舌打ちが出た。こりゃ今日は昼めし抜きだな。
     そんなこんなで忙殺され、朝あれほどの存在感を示していた茶色い菓子の事など、すっかり頭から抜け落ちていたのだが。
     次の現場へ足を踏みだした所で
    「あ!班長!」
     また呼び止められる。が、そこは本来おれの持ち場じゃない。
    「今忙しい!お前3班だろうそっちの班長に言えよ!」
     苛立ち交じりの声で遮れば、意外な言葉が同じくらいの勢いで返ってきた。
    「その班長の事ですよ!今朝の放送聞いてないんですか?!」
    「え?いや、ちょうど煩い所にいて聞こえなかったんだけど…」
     気勢を削がれた所に駆け寄ってきた工員が一転、小声になり耳打ちで告げてきた。
    「今日、例の客がきてるんです!突然の訪問で班長が捕まらないからって、ウチの班長が代理で連れてかれたんですよ!」
    「…え?!」
     ここで『例の客』と言えば1人しかいない。アイツ!マジで来てんの?!
     固まったおれに畳みかけるように、必死の涙目で訴えてくる。
    「そっちも忙しいのは分かってるんですが、こっちも回ってないんですよ。それにあの客の対応慣れてるの班長だけなんですから!お願いですから早く行って交代してやってください!」
     そう言えば忘れてたけどアイツ、結構恐れられてるんだよな。真面目なだけに気の弱そうな3班班長の青白い顔を思い出し、ちょっと申し訳なくなってきた。
    「…分かった、急ぎの用が片付いたら交代に向かう。」
    「お願いしますよ!」
     言って再び持ち場に駆け戻る工員の背中を見ながら、そうか、アイツ来てるのか。よりにもよってこんなクソ忙しい時に仕事増やしやがって、てかむしろ、今こんなにトラブって忙しいのアイツのせいなんじゃない?などと、これまでの悪態の矛先を全振りで向けつつ。
     駆け出した足が今まで以上に力がこもってるのも、動悸が激しくなったのも何か暑い気がするのも、全部その怒りのせいだって事にして。
     水漏れの現場にようやくたどり着き応急処置を済ませてから、まずは会議室に向かった。勿論、哀れな犠牲となった3班班長を救うためだし、アイツに八つ当たりまぎれの怒りをぶつけるためだ。

     例のブツ…は…流れで!そういう感じになったら渡すけども!!まず無いから!!!






       * * *



     なんて、余裕ぶっていられたのも最初だけだった。

     こんなに会えないことある?!

     昼休憩終了のチャイム(なんて洒落たもんじゃないアレはサイレンだ)が鳴り響く、人気もまばらになった食堂で。ついに限界がきて脳内で叫んだ。もちろん脳内だけだ、表のオレはあくまでクールに無表情。ちょっとだけ溢れた苛立ちが舌打ちとなり、隣に立つ案内役の肩が跳ねた気がするがどうでもいい。
     焦りから無意識に葉巻を取り出し口に咥えた所で
    「あ!…あの、すみません食堂でも場内は火気…」
    「火はつけない。」
     遮れば
    「はっ…すみません…」
     消え入りそうな声で謝ってきた。マジで日本人すぐ謝るな。どうでもいいが。

     そう、そんな事はどうでもいい。
     問題は My stray cat 班長さんだ!
     Where’s班長さぁーーーん!
     もう昼過ぎたぞ!食堂でも会えないってどういう事だ?!
     このオレが来たというのに一体どこに行ってるんだ!オレより優先する用件があるっていうのか?!
     って聞いたらめっちゃ出てきそうだから怖くて聞けないけど!

     いいさ、どこにいようとも、必ず見つけ出してやる!そういう Promise を交わした仲だからな!別にこういう状況を想定して言った約束じゃないけども!!!

     あと、会ったら覚悟しとけよ!
     仕事中そういう事したら班長さんこれまためっちゃ怒るから、夜だ!今夜覚悟しとけ!!




       * * *



     ゾクリと。前触れなく走った悪寒に、思わず立ち止まりキョロキョロ見回す。しかし怪しいものは見当たらない、し、探しているアイツもいない。本日何度めかの舌打ちが出る。荒れた息を無理やり飲み込み、心の中で力いっぱい叫ぶ。

     どこ行ってんだアイツは!大人しく会議室で待ってろよぉ!

     そう。
     ここ一番の全力を発揮して最速で駆けつけた会議室は、空っぽだった。呆然としたのも一瞬、すぐに気を取り直して近場から手あたり次第に回っているのだが…見つからない。
     さっき昼休憩終了のチャイ…サイレンが鳴った。朝から来てたって事はもう半日以上、呼び出しを無視してる事になる。そこに思い至って、体温が一気に冷えた。それまでと違う冷たい汗が流れる。まずい。勿論こっちには事情があるし急に来た向こうが悪いんだし無視したのも不可抗力だしと、言い分はいくらでもあるのだが。果たしてそれをアイツが聞くだろうか?自問には嫌な想像ばかりが返り、焦りから足がもつれる。慌てて自分に言い聞かせる。
     だ、大丈夫、大丈夫なはずた。
     流石に昔のように、リアルに死を感じる程の脅しや仕打ちは、もうない…と、思う。
     なぜなら。
     今のおれは、アイツにとってただの一工員ではない、らしいのだ。
     じゃあ何だと問われると…明確には分からないのだが…悪くはなっていないはず。
     だってあの日。
     アイツが長い不在から帰ってきた日。アイツが言ったのだ。
     おれの事が…あー、その…ほら、だから…あの、…だっ…だ、大事だとか、…あ、あああああ愛がどうだとか何とか!何かそういう小っ恥ずかしい事を!のたまっていたのだ!
     …いや分かってる。おれだって、アレが本心からの言葉だとは思っちゃいない。そこまで世間知らずで能天気じゃない。雰囲気に酔って役になりきるのが大好きなアイツのことだ。あの時、図らずも感動の再会みたいな空気になってしまったから、その流れで言っちゃったんだろう。大丈夫、分かってる。アレを信じてこっちが図に乗って、それでアイツの機嫌を損ねてもみろ、その瞬間に鉛の玉とご対面だ。調子に乗ってはいけない、冷静さを欠くな、ビークールだ一松。あの日から今日まで、そう言い聞かせて過ごしてきた。
     とはいえ、あれからアイツの態度が変わったのも事実。
     ぶっちゃけ激変した。それはもう、触り方から違う。出会い頭に肩を組まれたり腰を掴まれたりは昔から日常茶飯事だったが、以前は肩が外れそうな勢いだったのが今は、なんて言えばいいんだろう。こう…ふわって。いつ触れたのか分からないくらいのさり気なさで気付けば抱き寄せられている。雑だ雑だと思ってたのに、お前そんな繊細な動きできたの?!って、最初はむしろ戦慄した。だってこれ、漫画とかでよく見る武術の達人の域じゃん。何されたか分かんない内に負けてる奴じゃん。コイツが本気出したら、おれなんて気づく間もなくあの世行きなんじゃ…と思ったら怖くて仕方なくなった。
     しかし何日たってもまだおれは生きてるっぽいし、帰宅と同時に吐血とか体中の関節が外れてたとかも無いので、どうもそういう意図はないようだし。もしかして、あの発言を少しは信じてもいいんだろうか…?とか、最近はちょっと揺らいできている。でもなぁー。そうやって油断したところをサクッとやってくるんでしょ。知ってる。上げて落とすのプロだもんアイツ。
     そんな事を悶々と思いながら、なおかつ焦って速足だったから、注意が疎かになっていた。

     角を曲がった瞬間。視界が真っ黒。

     不意打ち過ぎて、ぶつかると気づいても硬直することしかできなかった。
     しかし覚悟した衝撃は無く、完全にバランスを崩す。前に倒れ込みそうになったところで右腕をぐいと引かれ同時に左わき腹を押し上げられ足が軽く浮く。驚いた顔は柔らかい何かに当たり…いや柔らかくはない硬いな?でも痛くない、ということは、衝撃を受けない当たり方をしたという事だ。そう、例えば…決して柔らかくはない男の胸に抱き止められたりしたらきっとこんな感じ…で…。ひゅっと反射で吸った息の中に、甘ったるいタバコの香り。そこでようやく見上げて、焦点が合う。

     目が。合った。

     見慣れた、ずっと探し回っていた、何ならここ数日ずっと、頭を離れやがらなかった、顔。

     視線は合わせたまま、耳に響く、聞き慣れた低い声。

    「…珍しいな、班長さんがこんなに慌ててるなんて」



    「あ…」
    「どうした、何かあったのか?」
     聞かれても突然すぎて、頭が回らない。言葉が出ない。その間に、どうやらコイツの後ろにいたらしい3班班長が
    「あっ松野班長!良かったじゃあ交代ですね僕は業務に戻りますのででは!」
     と言う言葉の途中からもう走り去る足音が重なり、遠くへ消えた。逃げやがった。
     いや、まあ。
     結果的には逃げてくれて助かったのだ。だってこの、今のおれの、いや、おれとコイツの体勢。
     おかしくない?
     何?何でこうなった?さっき角を曲がって出会い頭衝突するところだったはずなのに、何で今おれ、正面から抱きかかえられてんの?
    「ちょ、離し、下ろしてください!」
     ジタバタもがいても全く拘束が緩まない。びくともしない。毎度思い知らされる。力の差がえぐい。おれの全力の抵抗など気づいてすらなさそうな涼しい顔。で。
    「でも離したらまたどこかに行くだろう?オレに会うよりも、急がなきゃならない用事があるみたいだからなぁ?」
     涼しい顔、からは考えられない冷気が伝わってきて、もがいていた手足がピタリと止まる。思わずもう一度見上げた顔、目が、笑ってない。
    「っ、あ、いや」
    「もう一度聞こう、何があった?手伝ってやるぞ。それとも…オレがいると都合が悪い事か?」
     黙っているほどに濃くなる冷気に、慌てて否定を返す。
    「っ違います!いま走ってたのは、アンタを探してたんですよ!」
    「え?」
    「朝の呼び出しに行けなかったのはすみません、ちょうど煩い場所にいて気づかなくて…さっき仲間にアンタが来てるって聞いて、それで」
     ここまで言ってようやく降ろされ、地面に足がついた。まだ腕と腰は掴まれたままだが。
    「…オレを探してたのか?それであんなに急いでたのか、オレに会いたくて?」
    「いや言い方…あ、会いたいも何もないでしょう仕事なんだし」
     冷気が消えた事にほっとして、ぼそぼそと否定を返す。
    「仕事?それだけでこんな、汗だくになるまで走り回るのか班長さんは?」
     にやりと笑って確認するようにこちらの襟首を引っ張り、何を思ったか鼻先を突っ込んできた。
    「っひぇ?!何すんですか!」
    「いや汗かいてるし」
    「かいてるから何?!っやめ!」
     暴れた拍子に、腰にあったコイツの手がずれて尻に当たる。そこで感じた違和感で。
    「ん?」
    「あ!」
     思い出した。
     慌てて手を振りほどき、尻ポケットに手を突っ込んで中の物を取ろうとしたが。
     べちゃりとした感覚に驚いて手を引く、見れば、べったりと茶色い油脂がまとわりついている。遅れて甘い匂いが鼻に届いた。
     ああ。
     自分で買った事無いから忘れていた、そうだ、チョコは溶けるんだ。
    「ぅわ…」
     機械油の様にも見える、手のひらの惨状に思わず顔がゆがみうめき声が漏れた。それにしても、こんなに全力で溶ける?包み紙とかどうなってんの?これだから安物は…
     そこまで考えてようやく気付く。そうだ、こんな安物。コイツにあげるとか何考えてたんだ。喜ぶわけがないじゃないか、しかも、こんなぐちゃぐちゃに溶けてしまっては尚更。
     とても食べられた物じゃなくなってしまった、ベタベタと不快に指にくっつくだけの安いチョコが、何だか自分自身に重なって、途端に惨めな気持ちになる。何を、今更。分かっていた事、こんな事で。
     ぐっと歯を食いしばる。少なくとも今、コイツの前で出していいものじゃない。鼻の奥の痛みを無理やり押し込めて、何とかやり過ごす。切り替える。

     よし。
     全部無かったことにしよう。

     そう決意した、瞬間にその手首を捕まれた。ぐいと引っ張られて顔の間近で見られる、てか痛い、力、つよ、痛い痛い力加減!
    「っいた、ちょっと何…離して…あっ」
     肩越しに後ろを覗き込んだマフィアが、尻ポケットから摘みだした物を掲げてみせる。
     元は平たく四角かった、今はくちゃくちゃに潰れた、チョコに塗れた包装紙。せっかく無かったことにしたのに、当人に見つかった上に晒されて、まるで自分の浅はかさまで見透かされたようで。かぁっと血が上り、結局また涙がこみ上げる、また歯を食いしばり必死で抑え込む。うつむいた頭の上から声が降ってくる。
    「班長さん、これは、何だ?」
     また怒ってるし。何なの情緒乱れすぎじゃない大丈夫?逃避の様な八つ当たりの様な文句は脳内に収めて、それでも返答はふてくされた子供のようになってしまった。
    「何って…チョコですよ…」
    「班長さんがそんなの食べてるところなんて見た事ないぞ。誰からもらった?」
    「じっ自分で買ったんですよ!いいでしょたまには…おれだって…ち、チョコくらい」
    「何を隠している」
     ぎり。手首をつかむ手にさらに力がこもり、締め付けられる。
    「った…隠し、てなんて…」
    「自分で買ったチョコ溶かしたくらいであんな顔しないだろ、誰にもらったんだ?班長さんが言わないなら今すぐここの人間端から締め上げるが」
    「んな…」
     ウソだろ。板チョコ一枚で工場の危機なんだけど。どんな超展開なのホントこいつの情緒どうなってんの?!慌てて叫ぶ。
    「っわ、分かりました言う!話すから!」
     力は緩んだもののまだ離されない右手と、掲げられた惨めなチョコと、いつの間にか絶対零度に冷えてしまった表情を見て、でも結局どれも直視できずにうつむいて、続ける。
    「…今日、何の日か知ってます?」
    「班長さんからその話題が出るとは思わなかったな。 St. Valentine's Day 、世界中で愛を贈りあう日だ。日本じゃこういう、チョコを贈るんだろう?」
     言いながらまた手を締める力がこもる。
     うう、言わなきゃ収まらないんだろうけど、自分の恥を自分の口から暴露しなきゃならないのも辛い。往生際悪く、言い訳の様な言葉が口をついて出る。
    「っだから、違うんですって、あの、他じゃどうか知らないですけどね、日本には義理チョコって言葉もありますし、会社の仲間にも日頃のお礼代わりに贈ったりするんですよ、だから…」
    「だから?その位なら良いと思ったのか?ちなみに忘れてるなら言っておくけどオレは日本人じゃない」
    「っ」
     悪あがきに誤魔化しても余計に冷たく切り捨てられる。突き放される。
     まるで、昔に戻ったような温度。
     分かっている、分かっていた。あんなに自分で言い聞かせていたじゃないか、コイツは上げて落とすのが上手いって。義理とか情とか、そんなものが通用する相手じゃない、そんな事は。分かっていた。初めから。

    「…してください」

    「…何?」
    「返して!」
     相手の顔を睨みつけ、叫ぶと同時に空いている手でチョコをひったくる。ここにきて逆らうとは思ってなかったんだろう、あっさり手元に戻ったチョコと、完全に不意を突かれたらしい表情に若干胸がすく。後でどんな目に合わされるかという恐怖が無い訳じゃない、だがもう知るものか、コイツにだけは、もう二度と。
    「二度と!こんなチンケな物アンタにあげようなんて馬鹿な事、考えませんから!もうほっといてくださいよ!」
     完全に自棄で放った捨て台詞に。



    「へ?」



     完全に予想外の軽い反応が返ってきた。

     え?今の、コイツの声か?って思うくらい。何ならどっかの配管の空気漏れかな?ってくらいの。
     恐る恐る、無意識につぶっていた目を開いて見た先、見た事ないほど目を見開いて驚いた顔。
    「え?」
     こっちも空気漏れみたいな声が出た。動けないまま凝視していた、その口元がわずかに引き攣ったところで手の平で覆われる。目が逸らされ、また合わされる。どことなく、気まずそうな様子で。
     さっきまでの冷たい迫力は消え去ってとりあえず命の危機は去ったようだと安心したものの、どういう状況?先が読めない沈黙の後、手のひらに覆われこもった声が、実に端的に疑問を紡いだ。
    「…オレ?」
     その一言で、悟る。これは。予想だにしてなかったってヤツだ。呆気にとられている。
     そうですよね、こんな底辺の一工員が底辺のチョコ持っててそれがまさか自分宛てだなんて、どこのマフィアが予想するかって言うんだ。もうやだ。分かってたってばいちいち思い知らせるな。
     しかもこれだけ間を置いてから改めて確認してきやがるとか。マジで鬼だな。さっきの勢いに任せた告白が限界なんだよこっちは!もう本当逃げたい。でも手首は相変わらず掴まれたままで逃げられない。勘弁してくれ。惨めさと居た堪れなさで結局、抑えきれなくなった涙がじわりと視界を歪める。首を激しく縦に振ったのが、頷いたのか顔を伏せたかったのか、自分でも分からなかった。これ以上とどめを刺されるよりは自分で言ってしまった方がマシだ。震える声を絞り出す。
    「…っそうですよ、アンタに、と、思って…でも忘れてくださいこんな、安物だしぐちゃぐちゃだし、渡せる訳ない…お、おれだって別に、深い意味があった訳じゃないし、さっきも言ったでしょう義理ですよ義理…日本人は義理堅いんで、どんな理不尽パワハラ上司でも義理は通しとくんです、だからこんなもん…別に…………?」

     言ってる途中で、掴まれた右手に違和感を感じる。震えている。おれじゃない。伝わってきている、その元を視線で辿れば。
     相変わらず手で口元を覆ったまま、向こうを向いて、肩を震わせている。
    「…何、笑ってんですか」
     ヒトがなけなしの意地と根性で必死に踏みとどまってる姿がそんなに面白いか。思ったら、これまでで一番険悪な声が出た。しかしそれで動じる相手ではない、その笑いを隠すことも詫びる事もなく、むしろ余計にニヤニヤしながら、こちらの顔を指差して。
    「いやあ。だってなあ、お前。それが義理を渡すのを失敗した奴の顔か?」
    「はぁ?!」
     咄嗟に自分の顔を抑える、と。頬にベタリとした感触と、甘い匂い。
    「あっ。…うわぁ」
     忘れてた。今自分が何を持っていたか。さっき取り返したばかりの。
     手どころか顔まで汚れていよいよ惨めに落ち込んだところへ追い打ちの声。
    「あーあ。…っくく」
    「…さっきから笑いすぎでしょうよ」
     機嫌を直した、どころかいつもより機嫌が良さそうに笑う姿に、ホントこいつ情緒どうなってんだと腹が立ってきた、しかし振りほどこうとした手首はまだ離されない。苛立ちが高じてついに軽い舌打ちが出てしまった。
    「ちょっと、気が済んだんなら離してください、手と顔洗ってきますから」
     説明しても、離れない。どころか、チョコを持ったままの左手首まで掴まれて、間近の真正面に来たニヤついた顔が。
    「何でだ。オレにくれたチョコだろ?勝手に洗い流すな」
    「は?何言って…」
     聞き返す間も待たず、真横まで迫った顔が視界から外れたと同時に、頬に生暖かい感触がべろりと。
    「?!」
     びくんと跳ねた耳元で独り言の様に呟く声。
    「ん、甘い。」
    「っはぁあ?!なっ…?!っちょ、ひゃ」
     こちらの動揺も叫びもやっぱり全然お構いなしに、二度三度と舌が頬を撫でてくる。犬か!
    「犬か!」
     心の声がそのまま出た。それでもやめない。機嫌良さそうな笑い声もやまなければ頬の湿った感触もやまない。てか絶対もう付いてないって!てか耳には絶対付いてなかったって!
    「ゃ、そん…にぁ?!」
    「だから、それは犬に舐められた反応じゃないだろうどう見ても。ああ、可愛いなぁやっぱり班長さんが最高に可愛い」
    「ひあぁあ、やめ…」
     感触だけでも耐えられないのに更に居たたまれない言葉を連発されてもう無理!どうにか引きはがそうと必死に力を込めていた、捕まれた両手がぐいと動いた、かと思えば
    「こっちも、な」
     同じように、手の平や指の間に付いたチョコを舐められる、しかもこっちに見せつけるようにして、視線までわざわざ合わせてくる。その、目が。

     さっきまでと全然違う。

     あんなに冷たい、突き放すような目をしていたじゃないか、何で今、そんな、燃えるような。そんな目は、見られるだけで灼かれるような、その目は、どこかで、そう、むしろ、夜、に。
    「っやめ…」
     思い出してしまう。駄目だ、これ以上は。
     さっきまでと違う涙が目に滲む、それを認めた目が、一層にやりと歪んで。
    「なあ、班長さん。オレな、実を言うと期待してなかったんだ。だからオレから贈る準備はしていたんだが…まさか、班長さんからこんなに甘い愛を贈られるなんて、なぁ。こんな可愛い事をされてしまったら、返さない訳にはいかないだろう?それも」

     夜になったら、なんて悠長な事、言ってられるか。

     耳に直接吹き込まれた言葉に、かくりと膝の力が抜けて。固い床に落ちると思った体はむしろ浮上し。気づけばまた、黒服の腕の中に抱えあげられている。
    「ぅえ?や、ちょ…おろし…」
    「そんなんじゃもう仕事にならないだろ班長さん、今日は早退だな。工場長にはオレから言っておくから心配するな!」
     一転して朗らかともいえるほどの晴れ晴れとした大声で、どうしようもなく勝手な事を畳みかけてくる憎らしい相手に、しかし反論しようにも呂律も回らない自分の現状は悔しいほどに言い当てられている。せめてもの不満をこぼす。
    「…だれの…せいで…」
    「そうだな、責任はオレがとる。何なら明日も休もうか、一日かけてゆっくりじっくり、治してやるよ。な?」
     悪化した。満面の笑みで体裁だけは伺ってきているが、コイツが言った以上それは決定事項なのである。機嫌が良かろうが悪かろうが、こっちがどんなに予測して予防してあがいても、最終的には恐怖と不安の結末しかないなんて。完全に諦めて脱力したおれを抱えなおした黒服は、
    「今度はオレの番だからな、班長さんから貰った分も上乗せして贈るオレの愛!しっかり受け取ってくれよ!」
     絶望的な宣告を高らかに告げ、工場を後にしたのだった。






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    akiajisigh

    PROGRESSこちら、鋭意製作中に付き途中まで。
    ひょんなことから知った『温め鳥』というワードに滾って勢いで書き始めた、
    鷹次男と雀四男の話

    *今後の展開で死ネタが入ります。
    *作者が強火のハピエン厨なのでご都合無理やりトンデモ展開でハピエンに持ち込みます
    いずれにしろまだ冒頭…完成時期も未定。
    それでも良ければご覧くださいm(_ _)m

    17:00追記。やっと温め鳥スタイルに漕ぎ着けた。
    温め鳥と諦め雀もう駄目だ。

    自分では来た事もない高い空の上。耳元には凍えるほど冷たい風がびゅうびゅうと吹きつける。所々の羽が逆立って気持ち悪いが、それを嘴で直す事もできない。何故ならおれは今、自分の脚より太い枝のような物で体中をがんじがらめにされている。背中に三本と腹側に一本、絡みついたそれに抑えつけられ、右の翼が変な形で伸びている。もう一本に挟まれた尾羽が抜けそうで尻もピリピリ痛む。さらに首を右側から一本、左から一本ガッチリ挟まれて身動きを完全に封じられ、最後の一本は茶色い頭にかかっている、その『枝』の先についた鋭利な爪が目の端にキラリと光り、思わず生唾を飲み込んだ。飲み込んだだけ、他は全く動けない。抵抗などできるはずもない。早々に諦めて斜めに傾いだ首のまま、見た事もないほど小さな景色が右から左に流れていくのを見送りながら、頭の中では自分のこれまでを見送り始めた。
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