一目惚れ(あなたに気づいた日) 狡噛は俺の名前すら知らなかった。顔も何も知らなかった。ずっと学力考査で彼の二番手についていたというのに、この男は俺が殴られているところを見るまで宜野座伸元を認識しなかった。最初のうちはムカついたし、彼の他人への無関心さには驚いたが、付き合うちに狡噛の欠けた部分に気づいた。そしてそれを補おうとして、興味を持った他人に傾倒していく様とか。
佐々山を追いかけて、今のようになってしまった友人は、誰に習ったのかも分からない言葉で俺に愛をささやく。
「ギノ、お前が欲しがってた食パン」
ある日狡噛は紙袋に入ったそれを一斤俺に渡した。聞けば情報屋を使い走りに使ったのだという。駄賃を持たせたから大丈夫だと彼は言うが、そんな問題ではない。
その日から始まって、彼は様々なものをくれた。日本では珍しい植物、ダイムの写真を飾るフォトフレーム、飲み干しつつあった父が気に入っていたものと同じ銘柄の酒、それから新しい手袋。最後に渡された新しい手袋は、狡噛が俺に通してくれた。正直彼が何を考えているのかは分からなかった。俺の機嫌をとっているのかとか色々考えたけれど、それでもよくは分からなかった。
「なぁ、狡噛。これって何なんだ? 俺に隠れて浮気でもしたのか? 別に他に女がいるくらい……」
手袋はしなって、義手を隠して手を美しく見せた。大昔、ギノはどこもかしこも綺麗だとこの男は言ったのだった。どこもかしこも。
「違う、俺の記念日なんだ。俺がお前に一目惚れした記念日」
「は?」
狡噛はそんなことを言って、俺にこう語り始めた。友人と呼べる間柄になって、親友と呼べる間柄になって、そこから先はどうなるのか自分でも分からなかったが、気づいてしまった、これは一目惚れなんだって。それが今日なのだそうだ。一目惚れの用法が違うじゃないかと顔を赤くして言うと、狡噛はギノに会うまで本でしか恋愛なんて知らなかったからと、そんな熱心な言葉をくれた。
「なぁ、ギノ、愛してる……」
左手に手袋をはめられるなんて、まるで指輪の代わりみたいだなんて俺は思って、そうしていつの間にかひざまづいていた彼の額にキスをして、俺もだよと返事をしたのだった。