彼のネクタイ彼女のルージュ 狡噛と花城がパーティーに潜入捜査した。いつもは俺と須郷や、俺と狡噛の組み合わせなのに、どうしても男女カップルでないといけない集まりだったので司令塔の花城が手を挙げたのだが、仕事が終わってバンに戻って来た二人は、どうしても他人同士には見えなかった。狡噛は太い首を花城が見立てたネクタイで締めていて、花城はいつもより濃い色をした赤いルージュを唇に引いていた。まつ毛も長く伸びて、胸元には何重にも重ねられたネックレスがある。腕には宝石の埋め込まれた(実は盗聴器である)ブレスレットがあり、狡噛のカフスも盗聴器になっている。二人が側に立っていることで干渉しはしないか心配だったがそうはならなかった。今はただ、顔のいい男と女が狭苦しい空間にいる。
「空振りだったわね。いつもより着飾ったのに馬鹿みたい。ヒールも窮屈」
花城は須郷に手渡されたミネラルウォーターを開けて、唇をすぼめてそれを飲んだ。マットなルージュにしずくが散る。それは美しく、だが次にミネラルウォーターを投げられた狡噛も勝るとも劣らず美しかった。野生的な筋肉が、美しく仕立てられたスーツをまとっているから、ハーレクインの表紙のワイルドな王子のようだった。
「このまま帰る? それとも須郷と宜野座も着替えてどこか店に行く? あー、全然飲み足りないわ。次の作戦を考えましょうよ。とびきりに綺麗な夜景を見ながら」
花城はヒールを脱いでそんなことを言った。狡噛は何も言わない。俺も須郷も。すると彼女はそれを否定と受け取ったのか、どこでもちゃんと仕事はするわよと、そんなふうにすねてみせた。あんまり恋人がかっこよかったから見惚れていたとは言えない。あんまり上司が美しかったから見惚れていたとは言えない。そんな二人が並んで、少し興奮したとは言えない。言えないことだらけだが、俺はどうにかして三人で潜入操作ができたら良かったのに、と思った。きらめくシャンデリアの下で二人をみたいだななんて、ちょっと都合が良すぎるだろうか。
その時、狡噛が俺に耳打ちをした。
「俺に見惚れるのもそこそこにしといてくれよ。これからまだ仕事なんだからさ」
ふざけた言葉だったが、俺は見通された気がして何も言えなかった。そして彼を飾り立てた花城に少しの嫉妬と感謝をして、自分の恋人が美しく着飾っているのを眺めた。仕事が空振りになって悔しいはずなのに、俺は彼が美しくて何も言えなかった。絶対に誰にも言えないけれど、絶対に自分の記憶にも残したくはないけれど。