目を閉じておいでよ(全て同じ) 何にも知らない恋人に、何もかもを教えた気がする。手の繋ぎ方、口付けの仕方、抱擁の方法、それからどうやってセックスをするのか。なのに想いを伝える方法は教えなかったのだから屈折している。俺は彼が俺以外では失敗すればいいと思っていて、わざと恋人の作り方を教えなかった。俺以外では失敗するように、そんなふうに何もかもを教えた。彼がそれを知っていたかどうかは分からない。純粋な性格だし、案外気づいていないかもしれない。でも気づいていたら、俺はどう思われていただろう。独占欲の強い恋人だろうか。別にそれでもいいが、嫌われたくはない。
「痴情のもつれの上での殺人ねぇ……」
縢が珍しそうにぼろぼろになった男の残骸を見つめた。監視官であるギノは、色相悪化を避けるためパトカーで待機している。俺たち猟犬が推理をし、それを献上するのがいつものパターンだった。
「そんなの珍しくないじゃないの。廃棄区画では統計上は殺人事件はほとんどが……」
「あー、聞きたくないよくにっち。俺に夢を見させてよ」
痴情のもつれの上での殺人。よくあるパターンで、女はどこかに去ってしまった。近隣住民によれば喧嘩の絶えないカップルだったらしく、女はヒステリックでよく飛び出して行ったらしい。いつもはそれでガス抜きできるが、今回はそうは行かなかった。男が爆発してしまい、エリミネーターの的となった。
「今は女の捜索は難しいな。このまま帰ろう。飼い主様はご立腹かもしれないが、女はいつかものを取りに帰ってくるだろうし、それをドローンに見張らせよう」
そう言うと、縢はつまらなさそうに口笛を吹いた。廃棄区画には薄暗い空気が漂っていた。泥臭い匂いも。それは彼とは全く違う匂いで、俺は時折、染まってほしい、とも思ってしまう。例えば公安局から逃げ出して、こんな場所で二人過ごすとか、そうしたら、俺だってお前のために何か出来るから。
「さぁ、行くわよ、狡噛」
分かってるさ、分かってる。でも目を閉じてこの部屋に来たら、いつもと変わらないんじゃないか? 目を閉じて来たら、ベッドも同じなんじゃないか?