願いごと(七夕の話) たった一つ願いが叶うというのなら、彼よりも一呼吸先に死にたいと思っていた。そして死ぬ時は看取られたいと思っていた。それは俺が父と母を見て思ったことであり、狡噛が健全な愛情を向けてくれる度に、そんな薄暗いことを思った。狡噛は輝く太陽のようだ。そして俺はその影に入って、暑い日をやり過ごす人間のようだった。狡噛を愛している。最後まで一緒にいたい。けれど、この薄ら寂しい心の中に、俺が死んですぐ彼を引き摺り込みたい、俺はそう思っていたのだ。
「はい、今日はこれで仕事はおしまい。私は上と飲みに行くから、みんな適宜解散してね」
花城がそう言うと、俺たち行動課に所属する三人は、皆それぞれ頷いた。出島に来て長いが、今日はどうしようか。飲みにでも行くか。それとも家に帰って食事でも作るか? デリバリーもいいな。
「自分はこれから予定があるので失礼します。それでは」
そんなことを考えていると、須郷が鞄を担いで抜けてしまった。彼にもプライベートがあると思っていたけれど、いつも俺たちに合わせるから忘れてしまっていた。花城なら女が出来たかとからかっているところだ。
「それじゃあ、帰るとしますか」
狡噛がコンピュータの電源を落とす。そうして、俺たちは官舎に戻ることにしたのだった。
官舎に戻る最中、七夕の願い事を書く短冊が吊るされていた。昇級しますように、とのポジティブなものもあれば、上司が酷い目に遭いますように、とのどぎついものもある。狡噛はそれを見て、「願い事なんて考えたこともなかったな」と言った。俺はずっとその願い事に取り憑かれていたのに、だ。俺は苦しくなって、彼が短冊を読むのを待っていた。でも耐えきれずに、俺は彼に言ってしまった。「お前より一呼吸先に死にたいと思ってた、お前に看取られたいと思ってた」って。今じゃあそんなの無理だと分かっているから、流石にそこまでは思わないが。狡噛は少し驚いた顔をした。けれどすぐに俺の手を取って、「それくらい叶えてやるさ」と言った。そこには嘘はないように思えた。
狡噛が歩き出す。俺は彼の後ろをのろのろとついてゆく。彼がどういう気持ちでそう言ったのかは知らないが、俺をそこまで思ってくれていたって、その事実に顔を赤くしながら。