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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    4/2ワンライ
    お題【ダージリン/壁/窒息死】
    眠れずに夏油の部屋に行った五条が、自分たちの終わりについて考えるあまじょっぱいお話です。

    #夏五
    GeGo
    ##夏五版ワンライ

    世界が終わるとしたら 深夜二時、眠れなくて傑の部屋にゆくと、彼は俺が実家からの土産だと渡したティーカップを片手に、優雅に文芸雑誌を読んでいた。彼の好みは知らないが、そんなに趣味がいいものでないことは察しがつく。いや、今はそんなことどうでもいいな。きっと眠っていると思っていたのに、彼が起きていて、恋人が起きていて、俺はそれが嬉しいのだ。
    「なんで起きてんの?」
    「それはこっちの台詞。私は今日の仕事で疲れてかえって眠れない、からかな」
     傑はそう言って額をかいた。今日の任務は確かに疲れた。精神的にも、肉体的にも。これについては今度話すことにしよう。あまりにもな事件だったから、俺の中でもまだ整理がついていないので。
    「俺にもそれちょうだい」
    「ティーバッグだけどいい? 今から淹れるよ」
     なんでもいい、傑が入れてくれるものなら。俺がそう言うと、傑はキスでもして欲しいの? と、笑って揃いのティーカップにケトルから湯を注いだ。匂いでダージリンってことが分かる。鼻がいいのもあるかもしれないけれど、大きな声では言えないが、それも俺がいらないと贈ったものだったから。俺はここら辺でようやく傑が座っていたローテーブルの向かいにあぐらをかき、深夜のお茶会が始まるのを待った。
    「ほら、アップルパイ。これは私が買ってきたものだから口に合わなかったらごめんね」
     そう言って傑が差し出したのは、刷毛で塗った卵黄で、きれいに焼き色がついた編み目模様のパイだった。俺はその甘酸っぱさを想像して、じゅるりとよだれを飲み込んだ。紅茶も出される。思ったより本格的なお茶会だ。硝子は煙草が第一だけど、こういう美味しいものに目がないのは知っていたから、二人でつまんでしまって悪いなぁ、そう俺は思った。
    「場所、変わる? そっち壁が近くて苦しいでしょ」
    「俺は痩せてるから大丈夫」
     そんな馬鹿なやりとりをして、俺はアップルパイにフォークを突き刺した。さくさくしたパイ生地が美味しい。シナモンが効いたシャキシャキの林檎煮も最高だ。これに合わせる紅茶もこれもまた美味い。知らなかったけれど、傑は案外美食家なのかもしれない。前に二人で仙台に行った時だって、ずんだ生クリーム餅っていう、胃に重そうな、でもとても美味そうなものを買い占めていたっけ。
    「ねぇ、悟気付いてる? 私が今このテーブルを押したら、君は壁に押し付けられるってこと。そしたら私が何をするか知ってる?」
     ぼんやり傑の用意してくれたアップルパイを食べていると、少しいたずらっぽく傑が言った。何をしてくれるのかな。俺をいじめるのかな。でも紅茶がこぼれるのはもったいないな。アップルパイが駄目になるのももったいない。そんなことを考えてアップルパイとダージリンにがっついていると、傑は笑って、「そんなことしやしないよ」と笑った。目の下にはくまがあった。今日の任務で疲れているのだろう。俺も疲れた。だから彼の部屋にやって来たのだ。
    「窒息死」
    「へ?」
    「窒息死するほどキスして欲しいかな」
     俺はそう言ってぽかんとしている傑のシャツの喉元を引っ張ってキスをした。ティーカップが机の上から落ちる。でも俺は全部飲んでしまったし、傑もそうだったから畳が汚れることはない。アップルパイも同様だ。ただ、強引にしたせいで彼が読んでいた文芸誌にはシワがついてしまったけれど。
    「呪術師として死ぬ気はないけど、傑がいるならキスで窒息死がいいよ」
     俺はそう言って、彼の薄い唇に自分のそれを押し付けた。舌が絡まる。唾液を飲み込む。ローテーブルが傾いて、俺たちは畳の上に寝転がってキスをする。ダージリンの味、林檎とシナモンの香り、そんなメルヘンなものの中で、俺たちは女の子が憧れるようなキスをする。傑がモテるのは俺は知っている。俺は性格がアレだからみんな去ってゆくけれど、傑だけは多くの人の大切な誰かになる。いつか傑は多くの人を導く誰かになるのかもしれない。それはどんな形か分からないが、いい方向出会ってくれと俺は思う。彼が傷つかないような形がいい。彼が怖がらないような、優しい形がいい。
    「それじゃあ、私は殺人者だね」
    「俺は自殺志願者かな」
     俺は傑の肩に腕を回しそう言う。傑に殺されるのならそれでいいって、そして傑が望むのなら俺は彼を殺すだろうとも。いや、やっぱり嫌だな、傑を殺すのは。大義名分があったって、俺はどうにかして彼を逃そうとするだろう。もしもそうしないとしたら、よっぽどの理由があるか、俺が歳をとったってことだ。愛する人と世界を天秤にかけて、世界を取るってことなんだから。
    「私は耐えられないから心中させてよ」
     傑が言う。俺はその言葉に何も言えなくなって、またキスをした。傑は優しい。こんな戯言にも本気になる。駄目だよ、俺は傑よりずっと駄目な人間なんだから。俺はお前が好きで、愛していて、それだけで全部が解決すると思っている馬鹿な男なんだから。
    「いいよ、うん、いい、いいよ……」
     俺は何度か繰り返しそう言って、傑に抱き締められながらベッドに転がされた。彼からは甘いアップルパイの匂いと、香り高い紅茶の匂いがした。そこに混じった傑の体臭は、少し汗臭くて高校生っぽくて、俺はその匂いが大好きだった。彼の匂いを嗅いだら、俺は駄目になってしまうから。
    「悟が私を殺してくれてもいいんだよ」
     もう駄目だ、という瞬間、傑が言った。けれど俺は快感で何も答えられなかった。そして何もかも終わった後には俺たちは眠ってしまって、それ以上話すことはなかった。これが俺たちが高専一年の頃にあった話だ。その後を知る人なら、きっと笑ってくれるんじゃないだろうか?
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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