煙草の煙に消えるものは1① 狡噛は宜野座が部屋の隅で立ち止まったのを良いことに、煙草に火をつけた。ずっとヤニ切れだったから、とにかく吸いたくてたまらなかったのだ。ここは事件現場だが、たったそれだけのことで証拠は失われないだろう。花城も須郷も、事件現場を検分し終わった。それにもうこの部屋の匂いは覚えていた。違和感はなかった。しかし当然ながら、宜野座はそれに抗議した。狡噛、やめろと、どこか窮屈そうに。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺して確保されたものだった。その証拠に、部屋のあちこちには血が飛び散っている。茶碗は転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。狡噛はそれにすぐに煙草を携帯灰皿に消した。こういう時、この友人には逆らわない方がいいことを本能的に知っていたからだ。
② 背後から登る煙草の匂いに、部屋の隅で立ち止まった宜野座は顔を顰めて抗議した。きっと狡噛はヤニ切れだったのだろうとは思ったが、ここは事件現場だ。証拠が失われないとしても、異物を持ち込んでい場所じゃあない。花城と須郷はすでに事件現場を見聞し終わっているけれど、それでも宜野座はまだ何かあるだろうと思い、狡噛にやめろと抗議した。窮屈な気分だった。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺して確保されたものだった。宜野座の力は及ばなかった。一流の狙撃手である彼が犯人を捕らえる前に、被害者は死んでしまったのだ。部屋あちこちに飛び散った血に、宜野座は後悔を覚える。茶碗は転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。すると狡噛は納得したのか携帯灰皿で煙草をにじり消した。ようやく分かってくれたか、宜野座はそう思った。