サンシャイン・オブ・ラブ1 狡噛は移民向けのラジオを聴いていた。古いチューナーから漏れ出るそれは、大昔のサイケデリックロックのラブソングだった。もうすぐ夜が開ける/朝日が疲れたまぶたを閉じさせる時/もうすぐ俺の愛するお前の側に行くよ/お前に驚きの全てをやるために向かってるところだ/今すぐダーリン、お前の側へ行くからさ/星たちが降り落ちて来たら、俺がお前と一緒にいるから。狡噛はソファに沈み込みながらそれを口ずさむ。隣に座る宜野座は歌詞を分かっているのか、時折深いため息をつく。きっと浮かれている自分がおかしいのだろうと狡噛は思う。今夜は金曜の夜で、明日は休みだ。それが自分をおかしくさせるのだと狡噛は思う。明日は休みだ、いつまででも寝ていたっていい。どんなに酷いセックスをしたっていい。俺ったら、もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ/お前の愛が輝く陽の光の中で。それは自分のことのように思えたし、そう感じるのは尊大である気もした。エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー。イギリスのロック界のレジェンドたちの歌は、投げやりだが耳どころか心にも響く。
宜野座はきっと古いレコードを流しているのだろうラジオを止めることもなく、デバイスでニュースを流し見していた。先日の立てこもり犯が被害者を殺害した事件からそう経っていないから、機嫌の良い恋人に付き合ってやる気分にもなれなかった。あれは手痛いミスだった。もし後少し銃撃を早く出来れば、犯人が壁に隠れなければ、もしドミネーターがあったら、あんなことにはならなかった。状況が悪かったが、それは自分の力不足が原因でもあった。そんな時に愛を囁かれても、俺は惨めになるだけだ、そう宜野座は思う。
そんな不安定な恋人を慰める術を持たない狡噛は、ただラジオに合わせて歌を歌い続けた。もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ。それは本当なんだ。お前が仕事でヘマをした時だって、まぶたを閉じる時はずっと側にいてやるから。狡噛はサンシャイン・オブ・ラブを歌い続ける。たった三年間だけ、魔法みたいに活躍した、ロックバンドの歌を歌い続ける。それが慰めになればと、宜野座にとっては迷惑でしかないかもしれないことを思って、ただ、ただ、歌い続ける。