ケンカのち仲直りモモユキ続き 万理の言葉に背を押され、百の住むマンションの前までやって来た。電子キーの番号も知っているしディンブルキーも貰っている。だがどうぢても部屋まで行く勇気が出ずに、かれこれ10分ほど千はエレベーターの前で立ち尽くしていた。当然防犯カメラに姿が映っているだろうから、そろそろ管理人か警備員辺りに不審に思われているかもしれない。
勢い任せでここまで来たはいいが、百が帰宅しているか確認もしていない。先にラビチャを送っておけば良かった、と今更ながらに後悔する。
とにかく部屋の前まで行ってみて、不在だったらまた考えよう。そう決めてエレベーターのボタンを押すのと同時に、背後から聞き慣れた声がした。
「あれっ? ユキ?」
「モモ!」
振り向くとそこには大きな目を更に見開いた相方の姿があった。
「もしかして、ここでずっと待ってたの? ラビチャしてくれれば良かったのに」
表情も声音もいつも通りで、ホッとしたせいか肩から力が抜ける。
「行ってもいいか、分からなかったから……ここで上に行こうか迷ってた」
「いいに決まってるよ! こんなとこにずっといて、寒かったんじゃない?」
温かい手が、そっと千の指を包み込む。
「ほら、こんなに冷えてる。早く部屋に行こう」
触れ合ったところから伝わる体温が嬉しくて、ぎゅっと握り返した。指を絡めあったまま、降りて来たエレベータの籠に乗り込んだ。
久しぶりに百が隣にいる。怒らないで、優しくしてくれる。ただそれだけで、ここ数日ぽっかりと心に開いたままの穴は、すっかり塞がってしまったかのようだ。
「お邪魔します」
小さくそう言ってから、靴を脱いだ。繋いだ手は、ドアのカギを開ける時に離れてしまったけれど、部屋に着いたらまた触れてもいいだろうか。そんなことを考えながら、百の後ろについて短い廊下を歩く。
「座ってて。何かあったかい飲み物持って来るから。あ、それともアルコールの方がいい?」
キッチンへ向かおうとする百の腕を、咄嗟に掴んでいた。
「どっちも要らないから、話聞いてくれる?」
「……うん」
百は何か言いたげだったが、おとなしくソファに座ってくれた。
「こないだのことなら」
「ごめん!」
少し困ったよう表情で先に口を開いた百の言葉を、千の声が遮る。
「あれは嘘だから」
「嘘って……え?」
「本気でモモが下手だって思ってた訳じゃないから」
「……本当に?」
「本当だよ」
聞き返した百の顔には、疑わしげな表情が浮かんでいる。
「お前ばっかり余裕あるみたいで、面白くなくて、つい」
「つい本心が出たとかじゃなく」
「逆だよ。思ってもいない言葉が出た」
「はあーっ」
言葉と一緒に大きく息を吐き出し、百は力が抜けたといった様子で千の肩に凭れかかった。
「本当は結構傷ついてた?」
「当たり前だろ! 千は下手なんて言われたことないだろうから、分からないかもしれないけど。男のコはデリケートなんですぞ」
先刻まで重く感じていた部屋の空気まで和らいだようで、今は二人きりでこの空間にいることが心地よく感じられる。
「本当にごめん。モモは下手じゃないよ」
「オレに、その……されるの、嫌じゃない?」
「モモに触ってもらえるのは、いつでも嬉しいよ」
「良かったあ」
ふにゃっと笑った百に愛おしさが込み上げて、隣合って座った無理な体勢でぎゅっと抱きしめる。
「僕の機嫌を取るのが世界一上手いのはモモだし、僕のこと世界一気持ち良くできるのもモモだよ」
顔を見られたくなくて百の肩口に顔を伏せたまま、素直な気持ちを口にした。
「ユキ……」
感激のあまりか、ぷるぷる震えているのが触れ合った部分から伝わって来て、思わず笑みが零れる。
(なんだ、素直に気持ちを伝えたら、モモはこんなに喜んでくれるんだ。少し恥ずかしいけど、偶には素直になるのも悪くないかもしれない。)
「モモとするの、好きだし、ちゃんと気持ちいいから」
そう伝えた直後、少しサービスが過ぎた言葉に感動を通り越して激情に駆られた百の行動に、千は後悔することになるのだが、それはまた別のお話。