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    佳芙司(kafukafuji)

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    リンク集【https://potofu.me/msrk36

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    POIPOI 71

    京極さんの時差ボケ調整のためホテルでお昼寝デートするネタで書きました。
    元ネタ→https://privatter.net/p/10055540

    感想くれるとやる気出る→https://wavebox.me/wave/dc34e91kbtgbf1sc/

    #京園
    kyoto-on

    京園⑨


     ああこれはまた都合の良い夢だ。この手の夢はもう何度も見ている。それこそ、彼女を初めて見たあの頃から、名前も知らなかった頃から何度となく見た。だからいい加減、分かっている。
     これは、そういう類の夢だ。
     しかし毎回、おおよそ同じような状況の夢だから、自分の想像力の乏しさを感じる。ベッドの上で、眠る為に横になっている筈の自分の腕の中に彼女がいる。柔らかくてあたたかくて、彼女の使っている整髪料なのかそれとも石鹸等の類なのか、甘い匂いがする。茶髪が鼻先を擽って頬擦りをしたくなる。
     夢だと分かっているからといって、だから好き勝手に振舞おうという思考にはならない。もう何度も見てきたからこそ、この後の展開の事も、それに身を委せてしまった場合は目が覚めた後どうなるかも分かっている。それなら夢から覚めた時に虚しい気持ちになりたくない。
     せっかく良い夢を見て満たされた気持ちになっているし、恋しく想う人が腕の中にいるのだから、このままいつまでも腕に抱いて離したくない。

    「えーと、真さーん……?」

     困惑したような声が聞こえる。腕の中、抱き込んだ胸元で身動いだ彼女が顔を上げて見つめてくる。頬が少し赤い気がする。思ったよりも近いところにある互いの顔の距離感に照れているのかもしれない。気恥ずかしそうに小さく笑うその笑顔がとても可愛らしいと思う。

    「もー、寝呆けてるでしょ。私を枕か何かと勘違いしてない?」

     胸元に手を添えた彼女が押し返して来る。近過ぎる距離を適切な間隔にしようとしているのが分かって、協力する為に腕の力を緩めるべきだと思った。なのに、腕が全く動かない。頭で分かっているのに体がついてこないという事は、つまり納得していないからだ。こんなにも幸せな夢なのにどうして彼女と離れなければいけないのか、そんな道理はない。離れたくなくてより一層腕に力を込める。

    「勘違いしてません。園子さんだから抱き締めてるんです」

     夢に出てきているだけとはいえ、本人に疑われるのは心外だ。本当に心からずっとこうしていたいと思っているのに。
     抱き込まれて身動きが取れなくて、困って狼狽えている気配が伝わる。それでも彼女は無理に離れようとはしなかった。拒まないならもう少しだけ甘えても良いだろうか、と彼女の額に自分の額を擦り寄せてみる。間近にある眸の目尻がほんのりと赤くなった。
     いつも、本当は、もっと触れたいと思っている。もっと恋人らしく振る舞ってみたいとも思う。抱き締めたり、キスをしたりだってしたい。出来る事ならそれ以上も、とは思うがそれはまだ出来ないから、せめて抱き締めるくらいは許してほしい。

    「園子さん。……園子、さん」

     好き過ぎて苦しい。それ以外に何と言い表せばいいのか言葉が見付からない。自分にとって彼女の存在は非常に大きくて、いつも心の大半を占めていて、会えない時はたまに、拭い切れない淋しさや虚しさに苛まれる。きっとその所為で、こんな風に彼女に触れられたらどんなに幸せかと願って、それを夢に見てしまっている。夢の中なら、と何も考えずに唇を額に触れさせた。現実では上手く言葉にして伝えられない感情をすべて出してしまいたくてもっと強く抱き寄せる。

    「好きです、貴女が。本当に、園子さんだけなんです……他に何も、いらない」
    「ま、待って真さん。ちょっと、苦し……」
    「嫌です。離しません。離れないで……お願い、ですから」

     華奢で小柄な彼女の身体に対して全く力加減を調整出来ていない気がする。本当はもっと、包むみたいに優しく抱き締めたいのに、こんな閉じ込めるような抱き締め方をしてしまう。でもどうしても、離れたくない。自分が求めているのは彼女だけだから、この人は自分のものだと確かめていたい。
     腕の中のぬくもりが心地よくて段々何も考えていられなくなる。夢の中なのに眠くなるだなんて、おかしな話だ。


    ***


     遠くでアラームが聞こえる。いつも使っている目覚まし時計の音と違うが何の音だろうか、と考えて、携帯電話のアラーム機能の音だと思い出す。機械に疎くてなかなか使いこなせないものの、アラームは遠征先や帰国した際のホテルで寝起きする際に使う機会が多い為、自然と覚えた。一定時間が過ぎると音が止まってまた鳴り出す繰り返しの機能もついているから、今止めないとうるさくなる。腕を伸ばして枕元を手探りで探すが見当たらない。腕が届く範囲よりもう少し遠くにあるのかもしれないと体を捩ったその時。

    「んぅう……重い……」
    「は。……え?」

     伸ばした腕の下辺りでくぐもった声が聞こえた事で一気に意識が覚醒した。
     目を開くとすぐ間近に園子の顔がある。目を閉じているが眉間に少し皺が寄っている。同じベッドの上、白いシーツの中、少し背を丸めて眠っている。そして彼女を抱き締めて眠っていただろう己の体勢。

    「な、な……っ?!」

     声にならない京極の悲鳴がアラームに掻き消される。勢い良くシーツを蹴飛ばして起き上がり辺りを見回して確認すると、目当ての携帯電話はベッド脇のチェストの上に眼鏡と揃えて置いてあった。しかし横たわり未だ眠る彼女の体の向こう側に其等がある。致し方ない、と咄嗟に彼は園子の体を跨いで携帯電話のアラームを停止した。音が止まった事を確認し息を吐くと一気に脱力感に襲われる。

    「うぅん……」
    「そ……園子さん」

     瞬きをした彼女が薄らと瞼を開いていく。まだ寝惚けているのか焦点の定まらない眸がぼんやりと京極の方を見た。寝起きの彼女の表情は普段よりも幼げに見えて、脈絡もなく心拍数が上がる。
     其処で漸くお互いに気付く。今のこの格好は、状況を事実だけ並べるなら、寝起きの園子の上に京極が跨って覆い被さっている状態だった。

    「きゃぁあああ! なんでなんで?!」
    「あああああすみません本当にすみません、今退きますから!」
    「なんでよダメに決まってるでしょ! こんな事滅多にないのに!」
    「どうしろと言うんですか!」

     至近距離で声を張り合った直後、唐突に沈黙が流れる。互いに迂闊に身動きが取れない状態で相手の顔を見るのも恥ずかしく、視線を合わせられない。園子がゆっくり上半身を起こしたので京極も恐る恐る片足を退かして彼女の傍らに正座した。
     改めて状況を確認する。京極はタンクトップにジーンズ、園子はパーカーにスカート。お互い服は着ている。未遂だ、と彼は内心安堵した。そして次の瞬間、猛然と後悔した。何を以って今安堵した、そしてそもそも何を指して未遂だと考えた。何をやっているんだ、云々。

    「えっと、あの、ごめんね。これは本当に、真さん悪くない……完全に私が悪いの。ごめんなさい。でも言い訳はさせてほしい」

     京極に倣ってか園子も正座になる。心許ないのか手持無沙汰なのか枕を抱えて、そのまま俯いた事により素足の膝頭が強調された気がして京極は焦って目を逸らした。
     ──記憶が段々ハッキリしてくる。日本に到着する時刻が午前の時間帯のフライトで、搭乗に遅れないよう早目に起きて行動していた為に昨晩はあまり眠る事が出来なかった。飛行中に仮眠を取ればいいと思ったが、天候が悪く気流が乱れていたのか機体の揺れで度々目を覚まし結局思ったほど眠れなかった。時差呆けと睡眠不足でかなり消耗していた様が顔に出ていたのか、迎えに来た園子との再会の挨拶も早々に済ませ、とにかくホテルにチェックインするべきだと彼女が先導した。決断と行動力のスピードにおいては京極も彼女に勝てない。眠気で動きが全体的に鈍っている彼はテキパキと動く園子に大人しくついていき、そして最終的にあれよあれよという間に寝かし付けられた。甲斐甲斐しく上着を脱がせてハンガーに掛け、携帯のアラームを設定するように指示し、京極の眼鏡も奪って、布団をかけてから目の上にそっと掌を乗せて簡易的な暗闇をつくり『おやすみなさい、真さん』と彼女が囁やけば、如何な四〇〇戦無敗の蹴撃の貴公子と雖も睡魔には勝てず、容易く彼は眠りに落ちていったのだった。

    「真さん疲れてるのは分かってたし、ちょっとしたサービス、みたいな? そしたら真さんったらホールド力凄いんだもん! 全然抜け出せなくてさぁ、もう最終的には諦めちゃった。それに、あったかいし、ドキドキするけどなんか落ち着くなぁって思って……気付いたら一緒に寝ちゃってたってワケ。私も昨日会えるの楽しみであんまり寝れてなかったし……あはは」

     照れ笑いなのか困り笑顔なのか、判別し難い笑みを浮かべつつ園子が軽く笑う。彼女の声は耳に届いていただけで言葉の内容は殆んど聞いていなかった京極は一度掛けた眼鏡を外して眉間を押さえた。つまり先程まで見ていたあれは夢ではなく、夢の中で抱き締めていたと思っていたがそれも単に寝呆けていただけで、おおよそ大体現実の事だったのだと知らされて情緒が乱れる。

    「あの、園子さん。付かぬ事をお訊きしますが」
    「ん? なぁに真さん」
    「自分は、その、寝言を口走ったり、貴女に何か危害を加えたりといった、失礼な事をしませんでしたか……?」

     発言の途中から園子の顔がみるみる赤く染まっていく。それを察知出来ぬ京極ではない。これは完全に何かとんでもない事をしでかしていると確信して、彼女の顔色とは反比例して青褪めていった。腹を切って詫び入れでもしなければ許されない程の大きな失態を犯している。切腹、の二文字が脳裏に浮かんだ京極の思考を遮るように、園子は慌てて枕を放り投げ彼の肩を掴んで揺さぶった。

    「待った待った思い詰めないで! 大丈夫だから、何にもなかったし!」
    「しかしそういう訳には」
    「ほんとに何でもないんだから、うん、何も……。ほ、ほら、アレよ! デートの帰りにバスとか電車で隣同士で座って一緒に寝ちゃったみたいな。アレと同じ! ね!」

     だから大丈夫、と念押しする園子に京極は結局それ以上食い下がる事も出来ず、黙って頷き引き下がった。園子さんが言うならそうなのだろう、と信じる事にする。

    「まぁ、でも……出来れば次はちゃんと起きてる時にしてほしいなぁ〜、なんて……」
    「や、やっぱり自分は何かしたんですか?! お願いです、ちゃんと教えてください!」
    「あああもう今のなし! 何でもないんだってばぁ!」

     とうとう足をばたつかせながら声を上げる園子の細足の隙間からほんの一瞬、己が見てはいけない薄布が見えた気がして京極は今度こそ首ごと目線を逸らした。
     寝呆けて何をしたのか気掛かりで仕方ない一方で、ベッドの上で交際中とはいえ結婚前の未成年の男女が膝を突き合わせて座っている状況の危険性について、彼はまだ気付いていない。


    ***


     慎重にそっと手を外す。掌の下の瞼は完全に閉じて、京極の規則正しい呼吸が聞こえる。胸の辺りにかけた布団が呼吸に合わせて上下している。

    「わぁ……本当に寝ちゃった」

     京極が自分の前で無防備に眠る事なんて過去にあっただろうかと思わず記憶を遡り、こんな事初めてかも、と認識した途端に園子は破顔した。
     真さんの寝顔超可愛い、寝てるとちょっと子供っぽく見えるし、でもよく見たら睫毛長いし結構顔の彫りも深いしイケメンだし、なんていうかもう、好き過ぎてどうしよう。
     胸をときめかせながら園子は暫し京極を見つめた。穏やかな表情をしている。初めは子供っぽく見えると思ったが、これは歳相応ってやつね、と思い直した。どんなに周囲の人達から強いと言われても、一つだけ歳上でも、自分の前ではただの京極真、大好きでたまらない恋人だ。
     自然と手は京極の頭へ伸びていて、少し硬い髪質の黒髪を撫でる。時々彼がしてくれる時のように、優しく、何度も掌を往復させる。思い付きで徒に揉上の部分を指の腹ですりすりと擦ると、京極が僅かに身動ぎしたので園子は咄嵯に手を引っ込めた。起こしてしまったのかと息を殺して様子を窺うも、彼はむずかる様な声を出して横向きになり、また寝入ってしまったようだった。ほっと息を吐く。

    (こんなに起きないなら、ちょっとくらいいいよね)

     妙案を思い付いた笑みのままヘアバンドを外してベッドサイドのチェストに置く。たまたま京極の眼鏡の横に置く事になったが、なんだかその配置からして非日常的で照れくさい。スカートの裾を直してから、慎重に慎重を重ねて布団を捲る。

    「おじゃましまーす……」

     ベッドの端から音を立てないように潜り込み、そのままゆっくりと身体を倒す。枕に頭を乗せて正面から京極の顔を見る。この距離感で、しかも無防備な寝顔を堪能して。こんな事は自分にしか出来ない特別なものだと噛み締める。彼へ向けている気持ちは確かな愛情だと再確認して胸があたたかくなる。
     もっと近付きたくなって、園子は京極の方へと手を伸ばした。瞬間。

    (ひゃ……?!)

     あまりに急な事で声が出なかった。驚いて思わず閉じた目を恐る恐る開くと、京極の着ている黒のタンクトップが目の前に広がっていて、背中には彼の腕があった。
     抱き締められている。
     突然の事に園子が硬直し動けずにいると、京極の腕に力が籠って更に強く抱き寄せられた。園子の頭部が丁度京極の腕に乗っている。今の一瞬の内に何が起こったのか全く分からない。分かるのは、とにかくいつもの彼からは考えられないほど強引な力で引きずり込まれたという事だけだった。
     心臓がうるさいくらいに鳴っている。こんなに密着していては京極に筒抜けになっているのではないかと焦るものの、今無理に離れようとすればきっと彼を起こしてしまう。それに逃げようと思っても、腕の力が強くて逃げ出せそうにない。
     唐突に京極が旋毛の辺りに鼻先を埋めて匂いを嗅いだ。深呼吸するように大きく息を吸って、吐き出される呼気が地肌に当たる。園子は全身の血がぶわりと沸き立つのを感じた。

    「え……えーと、真さーん……?」

     思わず声が震える。返事はない。代わりに少し腕の力が緩んだのでなんとか首を動かして彼の顔を見上げた。思ったより近い場所に京極の端正な顔がある。目を覚ましたのか、ぼんやりと眇めた眸と視線がかち合った。寝起きの表情だというのに妙に色気があって心臓に悪い。この距離感はちょっと、いやかなりマズイと園子の頭の中で警鐘が鳴る。何度も言うようだが心臓に悪い。

    「もー、寝呆けてるでしょ。私を枕か何かと勘違いしてない?」

     照れ隠しと強がりで努めて明るい軽口のつもりで牽制しつつ、やんわりと彼の胸板に両手を添えて距離を取ろうと試みる。しかし押し返してもびくともしないどころか、一度緩めた筈の腕に更に力を込めて再び抱き込もうとしてくる。抵抗虚しく園子は京極の胸元に引き寄せられ、真さんって意外と甘えん坊なのかしら、なんて余所事を考えてしまう程度には余裕は消えた。

    「勘違いしてません。園子さんだから抱き締めてるんです」

     心外だ、と言わんばかりに眉根が寄る。半分寝ているからか掠れ気味の拗ねたような声なのに、腕の力は力強い男性のそれだ。おろおろしつつ、とにかくどうにかならないかと抜け道を探してみるが、当然そんなものは見当たらない。京極は園子を何が何でも捕まえておきたいらしい。額が音もなく擦り寄ってきて、いよいよ園子はぎくりと硬直した。

    「園子さん……そのこ、さん」

     舌足らずな甘えた声が、頭上から降ってくる。こんな京極の声は聞いた事がなくて、園子は瞬きも呼吸も一瞬忘れてしまった。普段の落ち着いた声とはかけ離れた、子供染みた甘さが耳の奥で反響する。首から上が熱くて何も考えられないでいると不意に彼が額に唇を寄せた。

    「好きです、貴女が」

     柔らかい唇がふわりと触れたまま囁かれ、抱き締めてくる腕の力はますます強くなる。園子はとうとう言葉も出なくなってただ口を無意味にぱくぱくと開閉させるしかなかった。
     普段、京極が直接的に好意を言葉にして、声に出して伝えてくる事は殆んどない。
     本当に一番最初にあの伊豆で、好意を寄せている、と言われて、もしかしてそれきりなんじゃないかとさえ思う。普段口数の少ない彼が自分を想ってくれている事は、言葉はなくともしっかり伝わっている。彼女も其処については疑った事や自信を喪失した事はない。

    「本当に、園子さんだけなんです……他に何も、いらない」

     けれど、分かってはいてもこうして言葉で伝えられた時の衝撃は凄まじかった。園子は堪らずぎゅっと目を閉じる。頭の中は京極の言葉を勝手に反駁して、噛み締めているのか受け止めきれずに思考が停止しているのか最早判別が付かない。おまけに腕の力はまだ強くなるのかと思うほど更にぎゅうぎゅうと縛り付けてくる。

    「ま、待って真さん! ちょっと、苦し……」
    「嫌です……離しません、離れないで……お願い、ですから……」

     漸く我に返って、声を抑えつつ必死に訴えてもにべもなく退けられる。しかし京極の甘える、というより縋るような声音に園子はまた固まった。
     こんなの反則すぎる。いつも冷静な彼からは想像もつかない程の想いを言葉でぶつけられて、心臓が壊れそうだ。

    「真さん、そういうのは、さ……起きてる時に、言ってよ」

     嬉しくて、けれど胸が切なく痛んで苦しい。やっとの思いで絞り出した声は震えていた。京極の胸に顔を押し付けられていて良かったかもしれない。きっと真っ赤な顔をして涙ぐんでいるだろうから、こんな表情でそんな言葉を言ったら、それこそ自分の方がずっとズルい。こっそり彼女は目を瞬いて涙をやり過ごした。
     京極の胸に頬を寄せて、鼓動を聞く。とく、とく、と規則正しく脈打つ音が心地いい。暫くの間何も答えず静止していた京極だったが、やがて、すぅ、と静かな寝息が聞こえてきた。腕の力も俄に緩められて、園子はゆっくりと顔を上げる。
     先程までの会話が嘘のように穏やかな寝顔で眠っている。彼はやはり寝呆けていたらしいと分かって、彼女は拍子抜けしてしまった。

    「真さんってほんと、ズルい人よね」

     こっそり呟いた言葉は彼に届かない。やれやれと園子は目を細めて小さく笑って、京極の背中にそっと腕を回した。どのみち腕から抜け出す事は出来ないし、このまま離れてしまうのは勿体ない。京極の体温に包まれて、瞼も閉じてしまう。

    「いつか直接聞かせてね」

     開き直って寄り添ってしまえば、京極の腕の中はあたたかく居心地がいい。世界で一番安心出来る場所ね、と園子は口の中でだけ呟いた。
     起きた時に彼はどんな反応をするだろうか、そして自分はどんな言い訳をしようか。起きてから考えればいっか、と園子の意識も徐々に眠りの淵へと落ちていく。
     アラームが鳴り出すまで、あと一時間を切っていた。



    〈了〉



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    Replies from the creator

    佳芙司(kafukafuji)

    REHABILI園子さんは正真正銘のお嬢様なので本人も気付いてないような細かなところで育ちの良さが出ている。というのを早い段階で見抜いていた京極さんの話。
    元ネタ【https://twitter.com/msrnkn/status/1694614503923871965】
    京園⑰

     思い当たるところはいくらでもあった。
     元気で明るくて表情豊か。という、いつかの簡潔な第一印象を踏まえて、再会した時の彼女の立ち居振る舞いを見て気付いたのはまた別の印象だった。旅館の仲居達と交わしていた挨拶や立ち話の姿からして、慣れている、という雰囲気があった。給仕を受ける事に対して必要以上の緊張がない。此方の仕事を理解して弁えた態度で饗しを受ける、一人の客として振る舞う様子。行儀よくしようとしている風でも、慣れない旅先の土地で気を遣って張り詰めている風でもない。旅慣れているのかとも考えたが、最大の根拠になったのは、食堂で海鮮料理を食べた彼女の食後の後始末だった。
     子供を含めた四人の席、否や食堂全体で見ても、彼女の使った皿は一目で分かるほど他のどれとも違っていた。大抵の場合、そのままになっているか避けられている事が多いかいしきの笹の葉で、魚の頭や鰭や骨を被ってあった。綺麗に食べ終わった状態にしてはあまりに整いすぎている。此処に座っていた彼女達が東京から泊まりに来た高校生の予約客だと分かった上で、長く仲居として勤めている年輩の女性が『今時の若い子なのに珍しいわね』と、下膳を手伝ってくれた際に呟いていたのを聞き逃す事は勿論出来なかった。
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