少しずつ 往生堂か……。
場所が何処にあるのか知らない訳ではない。鍾離が時間があれば往生堂の者と話をしてみるといいと言ったのだ。しかし、仙人が突然理由もなく往生堂を訪れるなど、全くどのような話をすれば良いかわからなかった。
胡堂主とは会話こそしたことがあるものの、挨拶以上どうしたら良いか、やはりわからない。最近の鍾離の様子でも聞けば良いのか。しかし、鍾離がそこで働いているのに他人に聞くのもどうかと思うのだ。
来てみるといい。という鍾離の助言の元、ひとまず偵察がてら往生堂の屋根へと降り立った。意外と従業員はいるようだ。話し掛けてみるならば、男性の方が良いだろうかと、そこで働いている人々に目を向ける。
何か困り事でもあるならば助力がてら話しをしても良いとは思うが、今日の往生堂は特に事件もなく淡々と皆責務をこなしているようである。それもそうだ。仙人の助けがいる程の大事件が、鍾離もいるこの場で頻繁に起こるはずもない。
しばらくすると、元気な声と共に胡堂主と鍾離が往生堂から出てきた。また胡桃は突拍子もないことを言って鍾離を困らせていないだろうかと、会話に耳を傾ける。また望舒旅館へごま油を買いに行くように言われているようだった。今すぐ買って鍾離に差し上げたいところだ。
ふと鍾離が屋根の方へ目向け、目が合ってしまった。まずい。と思ったが、鍾離は手を振り、降りてくるよう手招きをしている。今日は様子を見に来ただけであったのだが……と思いつつも仕方なく屋根の下へ行き、まずは胡桃に挨拶をした。
「久しいな。胡堂主」
「降魔大聖! 来てくれてたんだ~! なになに? そっちから会いに来てくれるなんて! 私に何か用事でもあった~?」
「いや、特にはない」
「そう。なら鍾離さんを見に来たの~? 仙人様の間でも、この人の存在は話題ってこと~?」
「しょ……そうだな。そんなところだ」
「これはこれは降魔大聖。久方振りにお目にかかれて光栄だ。何か近辺で問題でも起こったのだろうか?」
胡桃に挨拶くらいすれば良いかと思っていたが、鍾離に話し掛けられることを想定していなかった為、咄嗟の会話が思い浮かばず、全く反応できずにいた。
「しょ、客卿殿。久し……くしております。この辺に異常がないか、見に来たまでです。問題なさそうなので、我はこれで」
すぐにその場を後にした。胡桃と鍾離を前にして会話をするなど、困難を極めて失言をしてしまいそうだった。いかに鍾離が凡人であるとは言え、敬う話し方をやめることなど出来ないことであり、それを胡桃に勘づかれてはいけない。往生堂の者へ会話することは、難易度が高すぎるのではないか、と思った。
一度望舒旅館へ戻ってきてしまったが、そういえばごま油を鍾離が買いに来ることを思い出した。言笑にごま油を貰い、何処かで鍾離に会えるかもしれないと、今度は歩いて璃月港を目指す。
「魈。今日はよく会うな」
帰離原を抜けた辺りで、やはりと言うべきか、鍾離に会うことができた。
「鍾離様……! 先程胡堂主にごま油を頼まれていたのが聞こえたので、お持ちしました」
「ほう……?」
「……ご迷惑、だったでしょうか」
「いや、感謝する。しかし、ごま油の他にも頼まれていたものがあったので、やはり望舒旅館へ行かなければならないと思っていただけだ」
「さようでございましたか……二度手間になってしまい、すみません」
「いや、いい。時間があればお前も一緒に行くか?」
「はい、お、お供いたします」
来た道をまた戻り、望舒旅館へ戻る。往生堂はどうだったかと尋ねられたが、まだ自分にはそこへ近づくのは難しいかもしれないことを伝えた。
「そうか。さっそく来てくれたので俺は嬉しく思ったが、お前の負担になるのはいけないな。しかし、皆いい人ばかりだ。話をしてみるとそう難しく構えずとも良いとわかるかもしれない。また時間があれば来てみるといい」
「善処します……」
鍾離と共に望舒旅館へ戻った。必要な物を買い揃えている鍾離を近くで見ていたが、この場所に鍾離がいることはそろそろ誰も気に留めなくなっている。魈自身、言笑やオーナーへ話をするのはよく顔を合わせている分、話しやすいと感じるかもしれない。しかし、友人とは呼ぶには彼等のことをよく知らない気がする。
しかし、鍾離は言笑とまるで友のように食材について語らっている。なるほど、知識をもってして、世間話もできるということかと、納得できた。
往生堂で働く鍾離について、魈はあまり知ろうとはしていない。しかし、それを知ることこそ、鍾離と世間話の一つでも出来るのではないかと思った。
「鍾離様……は、普段往生堂で何をされているのですか?」
「ん? そうだな」
胡桃に言われた品を集め、少し休憩してから戻るという鍾離に尋ねた。
「そこで茶を飲みながら少し話そうか、魈」
「……はい!」
望舒旅館から少し離れた所で、茶を飲みながら普段鍾離がしていることについて話を聞いた。
少しづつ、少しずつ、自分の歩幅で、璃月港で暮らしている鍾離について、改めて知りたくなった。そうすれば、もう少し往生堂の者にも近づけるかもしれないと、そう思ったのだ。