バレンタイン「鍾離様……! あ……」
夜も更けた頃、鍾離の家の前で彼の帰りを待っていた。チョコを渡したら、すぐに帰るつもりであったのに、鍾離は両手いっぱいに紙袋をぶら下げており、とても受け取れる体勢ではなかった。
「魈。珍しいな。何か俺に用があったのか?」
「はい……鍾離様、その荷物は?」
「今日はバレンタインデーだからか、妙にチョコレートを貰ってしまってな。皆義理チョコだと言っていたが、一人では到底食べキレそうにない。お前も食べるか?」
「それは、鍾離様にと贈られたものですので、我がいただく訳にはいきません」
「そうか。して、お前の用件を聞こう」
「……また改めます。では」
今日は旅人の任務に同行を頼まれたのだが、内容がチョコレートを作るからとカカオを煎ったり磨り潰したりというものだった。力仕事が多いからと呼ばれたようだ。確かに困ったことがあれば呼べとは言ったが……と思いつつも、結局最後まで手伝ってしまった。旅人は色んな人に配ると言って、溶かしたチョコを色々な型に入れ固めていた。チョコが余ったから魈も先生に渡すチョコを作れば良いと、流されるままにチョコを作ってしまったのだ。旅人が丁寧に包んでくれたので、渡すだけ渡そうとここまで来たのである。
……しかし、既に食べきれない程のチョコを、鍾離は持っていたのだ。
「待て。また改めても良いような用事であれば、お前はわざわざこの家まで来ないだろう。何か急ぎではないのか? とりあえず荷物を置くから家に入っていくといい」
「しかし……」
「話は家の中で聞こう」
鍾離が家の中へ入って行ったので、仕方なく後をついて行った。荷物の整理をしている鍾離を横目で見ていると、花や鳥など色々な形をしたチョコがテーブルに並んでいった。
袖に忍ばせたチョコに視線をやる。型に流し込み、それを抜いただけのこのチョコは酷く見劣りすると思った。イチョウの形にしたが、茎の部分までちゃんとチョコを流し込めておらず、型を抜いた時に端が少し削れていたりと、形も歪である。
この完成品と呼べないものを鍾離に渡すのは、不敬ではないのか。
そう思うといたたまれなくなり、やはりこの場を去りたくなってしまう。
「さて、用件を聞こう」
「……用はありません」
「では、俺の顔を見に来たのか?」
「ぇ、あ……そ、そうなります」
「そうか。おいで」
苦し紛れに返答したのを納得したかは知らないが、鍾離の近くまで歩いて行くと、腕に抱き込まれてしまった。
「お前からはないのか?」
「な、なにがでしょうか」
「チョコレートだ。義理じゃない。本命のチョコが、俺は欲しい」
「……ぅ……わ、我はバレンタインデーという行事には疎く……」
鍾離に義理チョコなんてものは渡せないが、つまりこの手作りのチョコを渡してしまえば、それは本命のチョコということになってしまう。旅人とチョコを作る時に、もっと気合いを入れていれば良かったと少し後悔したが既に遅い。鍾離にねだられてしまった以上、これを渡すしかないのだ。
「その割には、お前からチョコレートの匂いがする。お前も誰かに貰ったのか?」
「……た、旅人と、今日はチョコを作っておりました故……」
「ほう……? それで、お前も作ったのか?」
「……………………はい……。こちらに……」
観念し袖を探り、旅人に包んで貰ったチョコを鍾離に見せる。鍾離は本当に出てくると思っていなかったらしい。目を丸くして、パチパチと瞬きをしている。
「これは……鍾離様の、分です」
「開けてみてもいいか?」
「…………どうぞ」
頬が熱い。夜空に舞って、早くこの熱を下げたい。
「……かわいらしい、イチョウのチョコだな」
「少し、形が歪で……とても鍾離様に差し上げられる出来栄えではないのは、承知しております」
「一応聞くが、これは義理なのか?」
「ち、違います!」
即座に否定したことで、更に身体の熱があがってきてしまった。
「失礼します」
「魈」
限界だった。その場を後にして、一瞬にして望舒旅館へと帰ってきてしまったのだ。
ひんやりした寝台に身を投げる。違うと言った瞬間の鍾離の顔が、頭から離れない。
こんな歪なチョコで、あんな、あんなにも嬉しそうな顔を、鍾離様がするだなんて。