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    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

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    鍾魈短文「バレンタイン」

    #鍾魈
    Zhongxiao

    バレンタイン「鍾離様……! あ……」
     夜も更けた頃、鍾離の家の前で彼の帰りを待っていた。チョコを渡したら、すぐに帰るつもりであったのに、鍾離は両手いっぱいに紙袋をぶら下げており、とても受け取れる体勢ではなかった。
    「魈。珍しいな。何か俺に用があったのか?」
    「はい……鍾離様、その荷物は?」
    「今日はバレンタインデーだからか、妙にチョコレートを貰ってしまってな。皆義理チョコだと言っていたが、一人では到底食べキレそうにない。お前も食べるか?」
    「それは、鍾離様にと贈られたものですので、我がいただく訳にはいきません」
    「そうか。して、お前の用件を聞こう」
    「……また改めます。では」
     今日は旅人の任務に同行を頼まれたのだが、内容がチョコレートを作るからとカカオを煎ったり磨り潰したりというものだった。力仕事が多いからと呼ばれたようだ。確かに困ったことがあれば呼べとは言ったが……と思いつつも、結局最後まで手伝ってしまった。旅人は色んな人に配ると言って、溶かしたチョコを色々な型に入れ固めていた。チョコが余ったから魈も先生に渡すチョコを作れば良いと、流されるままにチョコを作ってしまったのだ。旅人が丁寧に包んでくれたので、渡すだけ渡そうとここまで来たのである。
     ……しかし、既に食べきれない程のチョコを、鍾離は持っていたのだ。
    「待て。また改めても良いような用事であれば、お前はわざわざこの家まで来ないだろう。何か急ぎではないのか? とりあえず荷物を置くから家に入っていくといい」
    「しかし……」
    「話は家の中で聞こう」
     鍾離が家の中へ入って行ったので、仕方なく後をついて行った。荷物の整理をしている鍾離を横目で見ていると、花や鳥など色々な形をしたチョコがテーブルに並んでいった。
     袖に忍ばせたチョコに視線をやる。型に流し込み、それを抜いただけのこのチョコは酷く見劣りすると思った。イチョウの形にしたが、茎の部分までちゃんとチョコを流し込めておらず、型を抜いた時に端が少し削れていたりと、形も歪である。
     この完成品と呼べないものを鍾離に渡すのは、不敬ではないのか。
     そう思うといたたまれなくなり、やはりこの場を去りたくなってしまう。
    「さて、用件を聞こう」
    「……用はありません」
    「では、俺の顔を見に来たのか?」
    「ぇ、あ……そ、そうなります」
    「そうか。おいで」
     苦し紛れに返答したのを納得したかは知らないが、鍾離の近くまで歩いて行くと、腕に抱き込まれてしまった。
    「お前からはないのか?」
    「な、なにがでしょうか」
    「チョコレートだ。義理じゃない。本命のチョコが、俺は欲しい」
    「……ぅ……わ、我はバレンタインデーという行事には疎く……」
     鍾離に義理チョコなんてものは渡せないが、つまりこの手作りのチョコを渡してしまえば、それは本命のチョコということになってしまう。旅人とチョコを作る時に、もっと気合いを入れていれば良かったと少し後悔したが既に遅い。鍾離にねだられてしまった以上、これを渡すしかないのだ。
    「その割には、お前からチョコレートの匂いがする。お前も誰かに貰ったのか?」
    「……た、旅人と、今日はチョコを作っておりました故……」
    「ほう……? それで、お前も作ったのか?」
    「……………………はい……。こちらに……」
     観念し袖を探り、旅人に包んで貰ったチョコを鍾離に見せる。鍾離は本当に出てくると思っていなかったらしい。目を丸くして、パチパチと瞬きをしている。
    「これは……鍾離様の、分です」
    「開けてみてもいいか?」
    「…………どうぞ」
     頬が熱い。夜空に舞って、早くこの熱を下げたい。
    「……かわいらしい、イチョウのチョコだな」
    「少し、形が歪で……とても鍾離様に差し上げられる出来栄えではないのは、承知しております」
    「一応聞くが、これは義理なのか?」
    「ち、違います!」
     即座に否定したことで、更に身体の熱があがってきてしまった。
    「失礼します」
    「魈」
     限界だった。その場を後にして、一瞬にして望舒旅館へと帰ってきてしまったのだ。
     ひんやりした寝台に身を投げる。違うと言った瞬間の鍾離の顔が、頭から離れない。
     こんな歪なチョコで、あんな、あんなにも嬉しそうな顔を、鍾離様がするだなんて。
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