雲夢江氏の魏無羡は座学のために訪れた雲深不知処で、藍忘機という幼子と出会った。
他家の家規に縛られたくないと雲深不知処をぶらついていたとき、暗い顔をした子どもを見付け、声をかけたのが始まりだ。
顔色の悪いその子は紫色の竜胆に囲まれ、すぐ側にある離れ屋から視線を外さないまま母親に会えないと悲しそうに話す。
魏無羡も離れを見たが、そこに人の気配は感じない。
最近片付けられた形跡も見られたので、子どもの母親は既にいないのだろうと察した。
子どもの親族がそれをどう伝えているのか分からないから、迂闊に「もう会えない」などとは言えない。
どうしたものかと困っていると子どもの方から「叔父上に母には二度と会えないと言われた」と明かされる。
でもそれでも諦めきれない様子の子どもに、そう簡単には割り切れないよなと魏無羡は付き合うことにした。
隣にしゃがみ込むと子どもに「去らないのか」とばかりに見つめられたが、にんまり笑いかけてあれこれと話しかけた。
しつこく訊ねると子どもはようやく藍忘機と名乗った。
元よりおしゃべりではないらしい小藍湛はあまり魏無羡の言葉に反応してはくれなかったが、構わない。
悲し気でいたいけな子どもを放っておけなかった。
それからも月に1度、魏無羡は藍忘機と離れ屋の前で会い続ける。
徐々に小藍湛も魏無羡に慣れ、少しづつ会話が増えるようになった頃。
魏無羡は問題を起こして雲深不知処を去ることになった。
藍忘機と会う日までまだ間があったので、仕方なく魏無羡はここを去るという手紙を残す。
孔雀男を殴ったことは一切反省しないが、あの可愛い子どもと会えないのはつらいと思った瞬間、魏無羡から花が生まれた。
魏無羡は花生みだった。
久しぶりだなとむしり取り、ちょうどいいと手紙に添えると、それを離れ屋にそっと置いた魏無羡は雲深不知処から立ち去る。
後にそのとき咲いた黒い郁金香に、「私を忘れて」という花言葉がついているのを知ったが、どうせとうに枯れ果てて小藍湛も忘れているだろうと気にしなかった。
幼い子どものことだ、花はおろかきっと数回会っただけの魏無羡すら覚えていない。
しかし10数年後、魏無羡はその予想が見事に違っていたのを最悪の形で知ってしまう。
「おまえ、藍湛か?」
「姑蘇に帰ろう、魏嬰」
夷陵老祖の号を持ち、乱葬崗で温氏の生き残りを匿っていた魏無羡の元に、ある日突然藍氏の青年が現れる。
美形揃いと謳われる藍氏の中でも飛びぬけて美しいだろうその男は、初対面ながら見覚えがあった。
「俺のことを覚えてるのか」
「忘れるはずがない。あなたが残してくれた花も持っている。忘れるものか、何一つ」
僅かに苛立ったような、焦っているようにも見える藍忘機に、魏無羡は昔子どもにしたように何気なく近付こうとした。
そしてそこで記憶は途切れ、次に目を覚ましたときには雲深不知処にいた。
藍忘機に攫われ、彼の部屋だという静室に閉じ込められたのだ。
「二度と離れないで。側にいて。私だけの花になって」
ずっと好きだったと繰り返されながら、この日魏無羡は藍忘機に犯された。