長晋ワンドロライ『水族館』一面の青。青。青。暗い通路の端に安全灯や誘導灯が光るさまは、海の底に星空を作ろうとしているのかも知れない。
「13時からペンギンショーだって!」
機嫌の良い声に隣を見れば、目を輝かせて魚群を眺める恋人がいる。このペースではしゃいでいれば夕方にはグロッキーになるだろう、と長可は思った。
「おー。行くか?」
「勿論だとも!」
行かない理由があるものか!と片眉を跳ね上げて唇を尖らせる高杉に長可は途轍もなく安堵する。こうして元気に声を張る姿を見ることが叶うのがとても嬉しかったのだ。
また水槽に視線を戻してニコニコと笑う彼の横顔に、かつて病室のベッドで繰り返し窓の外を見ていた面影が重なる。
『森君。僕は死ぬなら青空の日がいいし、死んだあとは墓の前で君が組んだバンドの路上パフォーマンスをして欲しい』
長可は呆れたし、何をバカなことを、と口にしかけて、高杉の真剣な眼差しに息を呑んだ。本気で言っている。本気でその未来を願っていた。だから長可は静かに頷いたし、少し考えて『ラップでもいいか?』と尋ねたのだ。
その質問をされた高杉は切れ長の目を大きく開けて、そして大声で笑った。
それが、長可が見た病室での彼の最後の姿だった。
季節は夏真っ盛り。折しも夏休みが重なり、自由な時間を手に入れた長可はラップの練習に励んだ。そうして数ヶ月。ようやく本人が及第点だと思えるくらいの域に達したとき、病室のベッドは既に空だった。
「君が会いに来なくなってから僕は『失敗した!』って思ったし、心底寂しくなってしまったよ」
長くなった髪を揺らめかせながら高杉は長可を振り返る。
「悪かった」
薄暗い館内でも輝くような紅い瞳を真っ直ぐに見つめた長可は、一言、ただそれだけを口にした。そうしてふたり、見つめ合い、やがて堪えきれないといったように高杉は笑い出す。
「っふ、ふふ……! あはは、ははは……!」