焔表向きはペイル社の施設管理課の社員。
実態は使い捨ての清掃員で「開発」の過程で出た「廃棄物」を処理する係。大部分の健全な社員には任せられない、そもそも知られていない業務を遂行するのが「施設管理課/清掃部」である。
この課に所属する人間は何処にでもいるような出自の人物に見えてその実、身寄りのいない者やはたまた地球から拾われてきたアーシアンで構成されている。皆会社から発行された新しい住民票の氏名を名乗る。不要になれば実験体共々いつでも処理される程度の扱い。強化人士と違う点と言えば辛い実験を科せられていないこと。
欲張ったりしなければ命は保証される生温い地獄のような部署。
4号の処理が決まった際に後始末を担当した。廃棄が決まった「機密事項が詰まった製品」を「焼却処分」する、どこの企業でもやっている事だ。処分するモノが人であるという異常を除けば。
最早言われなければ誰のものかも分からない手足を台から回収し廃棄する。数少ない私物も同じように。だがその清掃員は秘密裏に遺品の一部を自室へと持ち帰り、決して広くない相部屋の自分のスペースの中に保管する。嵩張りにくい日記や写真を選んでスクラップ帳へと収納する。
番号を得られて使い潰された者、番号すら与えられずに規格外として弾かれた者、実験の過程で喪失した者。誰一人名も知らず、元の顔すら分からない彼ら。物として消費された彼ら。
自分はたまたまそちらにいなかっただけで、結局緩やかな死に向かって進んでいるのには間違いない。
いつかきっと自分も使い潰される。それでも誰にも偲んでもらえない事が哀れに思えて自室の一角に彼らの生きた証を保管する。例え自己満足の行為だったとしても彼らの慰めになる、そう願わずにはいられなかった。
終末はあっさり訪れた。ペイル社の恥部が白日の下に晒され破滅がそこに迫ってきていた。上層部が必死で証拠隠滅を図る。無駄だというのに少しでも罪を軽くするために。
我が部署も蜂の巣をつついたような忙しなさだった。これが最後の大仕事になるだろう。
その喧騒の中、ふと一つのデータ機器に目が止まる。共に保管されていたのは個別のカルテだ。何となく保管されている内容は想像がついた。
どうせ破棄する物だから少しくらい中身を改めてみたくなった。人通り少ない非常階段の裏に身を隠しタブレット端末でファイルを開く。
中には大量の見ず知らずの子供達のデータがあった。バカだなぁ、律儀にこんな資料を作っていたらもしもの時に言い訳つかなくなってしまうのに研究者というのはマメだと鼻で笑う。
イチかバチか、中のデータをクラウド上にコピーする。現物は押収されるだろう。データを飛ばしたタブレット端末は念のため他の資料共々焼却処理した。データ端末は処理するのをうっかり忘れて元の位置に落としてしまった。
そうこうしているうちに公正委員のメンバーが会社に雪崩れ込んでくる。呆気ない幕引きだった。
取調べが終わると特に刑罰を受ける事なく放逐された。それはそう、あくまで末端の使い捨て清掃員の身。内部事情なんて分かるはずもないのだから当然である。
後から聞いた話、各地から半ば騙して集めた子供達を使った非人道的な行為が立証されて研究員や役員達は重い刑に処されるらしい。報いを受けろと心で中指を立てておいた。
行く当てなどないのだから、特に使わずに積み立ててきた大枚をはたいて地球に降り立ってみた。
新たに購入したタブレット端末からクラウド上に置いてきたデータへアクセスを試みる。どうやら上手く秘匿できているようだった。
一人一人のデータを確認していく。名前、出自、家族構成。もう声すら思い出せなくなった彼らの痕跡がこの手の中にある。
退職時に持ち出したスクラップ帳とタブレットを手に軌道エレベーターのエントランスから足を踏み出す。
ここからの使命は彼らの生きた証を故郷へ帰すこと。これは巡礼の旅の始まり。
同じ使い捨ての生命として地獄から現世へ戻る事が出来た私からの精一杯の手向け。