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    Hannah_u0x0u

    好きなものを好きな時に ‖ 20歳⤴⤴⤴ ‖ 猫ちゃんは余生の伴侶 ‖

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    Hannah_u0x0u

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    現パロ続きの景丹です。丹楓兄妹、めちゃくちゃ楽しく書きました!

    続・二人次第 変な大人に目をつけられたな。丹恒は最初こそ、そう思った。

    「こんにちは、丹恒」
    「……ああ」

     高級車であろう白い車をバックにこちらへ手を振る長髪の男に、少年は思わず身構えた。人好きのする笑顔に泣きぼくろがセクシーだ。とか世間は見惚れるのだろう。だが生憎丹恒は兄の教育の賜物で世間ズレしておらず、ただただその笑顔が怪しかった。
     初めて顔を合わせた時は――乳幼児の時ではなく、現在だ――確かに不審者めいていたが理由は好ましく、丹恒も穏やかそうな人柄に好意を覚えていた(動物を助ける人は良い人だ)。また兄と今も交流のある親しい友人なのだと聞いて、その点も警戒心を下げる理由になった。
     しかし、その後だ。
     その後の台詞と行動が、彼……景元への好意と信頼を叩き落とした。

    「付き合って欲しい」

     そう、彼は言ったのだ。
     恐らく一〇歳以上も歳下の男子高校生に。
     これは事案と判断して良いだろう。

    「何なにー? 丹恒の知り合い? はっじめましてー!」

     丹恒がこのまま彼を素通りすべきか僅かに悩んでいると、隣にいた三月なのかが止めるまもなく元気に景元へ手を振った。丹恒を挟んだ反対隣の穹もまじまじと景元を見つめつつ僅かに頭を下げる。そう、今は下校中だった。

    「やぁ、こんにちは。丹恒のお友達かな」
    「ウチは三月なのか。こっちは」
    「星穹大ホームラン王だ」
    「……穹っていうの。ちょっと変わってるけど気にしないで」
    「あははは、面白い子たちだね。私は景元。よろしくね」

     丹恒が何も言わなくても自己紹介が終わった。なのかが大きな瞳をくるんと輝かせる。

    「丹恒ってばその人と帰る予定だった?」
    「送っていくよ。丹楓にも用事があるし」

     三月の言葉にすかさず景元が車を指す。だがそんな言葉に軽々しく乗る丹恒では無かった。

    「結構だ。このまま歩いて帰る」
    「おや、つれない」

     何が「つれない」だ。未成年者を狙う輩に素直に着いていく馬鹿が何処にいる。
     肩にかけたリュックの紐をギュッと握る。ふと穹が丹恒に近づいた気がした。野球部でもないのに背負ったバットが不穏な空気を漂わせている。

    「それで、あんた丹恒のなんですか?」
    「穹!?」

     三月が驚いてくわえていたタピオカミルクティーのストローをペチンと跳ねさせた。

    「あんた、さすがに失礼じゃない?」
    「だってまだどんな人か知らないし」

     穹少年の言葉に気分を害した様子もなく、景元も考えるように視線を右上にさ迷わせる。

    「確かに。私は丹恒の知り合いではあるんだけれど……」
    「知り合いってことは友達なんだよ! ……だよね、丹恒?」

     毅然とする穹とは対照的に三月がそろそろと丹恒を伺ってくる。さっきから彼は黙ったままなのだ。それはこの状況を打破しようと考えを巡らせているからなのだが。
     三月と穹、そして景元の視線が丹恒に集まる。その中の一対が甘い微笑みで彼の出方を伺っているようだった。
     なんだその目は。腹の立つ。まるで何か試しているようじゃないか。
     ふつふつと苛立ちを感じて、丹恒はキッと景元を睨みつけた。

    「兄の旧い友人、それだけだ。俺とは何も無い」
    「……なるほど」

     はっきりと告げた丹恒に、青年が顎を撫でた。
     穹が少し身を引いて頷いた。バットは大人しいままだ。

    「お前の兄さん、友達居たんだな」
    「……まぁ、な」

     親友のとぼけたセリフに丹恒もまた怖ばっていた身体から力を抜いた。
     とにかく、と先程より穏やかに言葉を続ける。

    「貴方の車に乗る予定はない。この後、彼らと約束がある」
    「え、もう帰るだけ」
    「なの!」

     キョトンとした少女に穹が突っ込んだ。
     高校生三人組のやり取りに、突然現れた大人は面白そうに微笑む。

    「そうか。いや、通りかかっただけだから気にしないでくれ」
    「……」
    「じゃあ皆、気をつけてね」

     好青年らしくそう挨拶した景元はスマートに車に乗り込み、静かな加速で並木の向こうへ去っていった。

    「……行っちゃった」

     ズココとタピオカを吸いながら三月が車を見送る。
     強い緊張感が散って、丹恒は脱力した。その肩をトンと穹が指で叩く。

    「大丈夫か?」
    「ん? あぁ……」

     正直、かなり気力も体力も消耗した。

    「えっと、さっきの人、本当にお兄さんの友達? 丹恒と知り合い? で良いんだよね」
    「そうだ」
    「それにしては丹恒ってばめちゃくちゃ機嫌悪そうだったけど」
    「あの軽いノリがどうもな……」

     ムズムズすると、項を掻く。その言葉に穹がおどけたように肩を竦めた。

    「軽いって……じゃあ、なのはどうなるんだ?」
    「ちょっと! ウチは軽い女じゃないもん!」
    「痛い!」

     三月の鞄が穹の背中を殴った。
     いつもの騒がしさが戻ってくる。二人のじゃれ合いに丹恒も表情と気持ちを緩ませた。肩のリュックを背負い直し親友たちの前をゆっくり歩き出す。

    「あ、待ってよ丹恒」
    「どこか行くんだろう?」
    「中間前だ、帰るぞ」

     さっきミルクティー店も行っただろうと三月を振り向いて、丹恒たちは騒がしい家路をゆっくりと辿っていった。
     
     
    「アイスじゃ!」
    「俺はアイスじゃない」

     玄関に入った瞬間に聞こえた妹の声に、打って響くように返事をした。廊下の向こうからとてとて歩いてくる声の主の手には、有名ブランドのアイスのカップが握られていた。

    「なんだ、もうお中元が届いたのか?」

     ただいまとおかえりを交わしてからアイスを改めて見ると、妹の白露が満面の笑みでその手を掲げた。

    「景元とやらがおみやげにと買ってきてくれたのじゃ! しかもいっぱい!」
    「――景元?」
    「丹楓兄の友人と言っておったぞ」

     今一番聞きたくない名前にピクリと眉を寄せる。白露はそれに構わずアイスを持って嬉しそうにくるくる踊った。そうとうご機嫌らしく、鼻歌まで歌っている。

    「あれは良い男じゃ~」
    「……白露、危ないからそんなに回るな。あと行儀が悪いからアイスを持ってあちこち歩くな」
    「なんじゃ、お主もよろこぶと思ってせっかくアイスと一緒に出むかえてやったのに」

     ふっくらと愛らしい頬を更に膨らませ、白露が兄のお小言に文句を言う。今年小学二年生になったばかりの妹は丹恒よりも口が達者だ。小さくため息をついて、丹恒は台所へ向かった。
     冷凍庫の中には白露が言った通り、アイスのカップがダースで綺麗に整列していた。
     先日の言葉を思い出す。丹楓には確かに用事があっただろうが、妹への土産のことも覚えていてくれたのが嬉しい。ほわりとした気持ちに、しかし丹恒は再び帰り際のセリフを思い出し気を引き締めた。あの青年は未成年者を突然口説くような男なのだ。簡単に絆されてはいけない。
     しかし、こちらが礼儀を欠いて良い理由にはならない。

    「お礼はちゃんと言えたか?」
    「言った。ちゃんと茶ももてなしたぞ?」
    「それは火傷すると危ないから丹楓に任せろ」
    「冷たい麦茶を出したから大丈夫じゃ」
    「なら良し」

     アイス片手に踊っていた妹からカップを取り上げ、ずっと握っていたせいで半分溶けてしまったそれを新しい物と取り替える。彼女専用のウサギのマスコットが付いたスプーンも手渡し、きちんと椅子に座らせた。
     丹恒も抹茶味のアイスを手に妹の向かいに座る。

    「あやつ、行きに丹恒と会ったと言っておったぞ? 一緒に帰って来れば良かったのに」
    「穹たちもいたんだ」
    「ふーん」

     大好きなストロベリー味を満面の笑顔で頬張りながら九割はアイスに興味を持っていかれつつ白露は頷いた。このアイス好きは誰に似たんだろうと丹恒は嘆息した。
     今日小学校で起きたことを楽しそうに喋る白露に相槌を打つ。
     国語で綺麗に字を書けてると褒められたこと。体育のドッヂボールで活躍したこと。保健室の先生のお手伝いが出来たこと。
     出された算数の宿題が難しそうと言うので、夕食が終わったら一緒にやろうと約束した。
    「もう少しゆっくり食べろ」と口の端に付いたピンクのアイスをハンカチで拭ってやったところで、白露がじっと丹恒の目を見た。
     不思議なビー玉のような瞳が、まるで見透かすように見上げてくる。

    「丹恒、お主……ちょっとおつかれ気味か?」
    「ん?」
    「中間テストとやらでいそがしいからか?」

     小さな手が一生懸命伸びてきて、丹恒の額にチョンと触れた。
     アイスですっかり冷たくなったその手に、丹恒は少し驚き、そしてゆるゆると口元を笑みに変える。

    「……大丈夫だ」
    「ほれ、わしのもやろう。あーん!」
    「ん」

     幼い妹の優しさが、甘いアイスのように身体に染み込む。イチゴの風味は丹恒には甘すぎるが、今はそれが嬉しかった。
     丹恒の笑顔に、白露もまた笑顔になって引き続き大好きなアイスを楽しんだ。
    「もう一個!」「夕食前だ」「ケチんぼ!」というやり取りを何度かしてから妹を台所から追い出すことに成功した丹恒は、制服から着替え再び水場に戻ってきた。エプロンを付けて、これから三人分の夕食作りだ。
     この家の食事係は丹恒だ。とは言っても週三回通ってくれるお手伝いさんが作り置いてくれた惣菜に何品か追加するだけだが。扉は開け放して向かいの居間で宿題のプリントをし始めた白露に時々目を配る。

    「丹楓は客と出掛けたのか?」

     帰ってから姿が見えない。

    「いや、道場じゃ」

     理科の問題を解きながら白露が答える。丹楓は武道家でもあるため一人稽古に勤しむことも多いが、学校から弟妹が帰ってきたら母屋に戻ってくる。こんな時間に珍しいなと思いつつ少年は手にしたキャベツを一枚バリッと割った。
    「あ、」と少女の素っ頓狂な声がした。

    「丹恒、だから夕ごはんは四人分じゃ!」
    「? 何故だ?」
    「景元の分じゃ。丹楓兄と二人で道場に行っておるでの!」

     新鮮で美味しそうなキャベツが物凄い力でグシャッと潰れた。
     バタバタと駆け出していく兄に向かって、白露は「廊下は走っちゃダメなんじゃぞ?」といつも言われるお小言をポソッと口にした。


     母屋を出て庭を横切り、道場に駆ける。途中小さな池を超えたところで道場から床板に何かを叩きつけるような音が響いてきた。
     息を切らせて少年は三和土に上がり、中を見た。
     そこには道着に身を包んだ青年が二人、組手を交わしていた。

    「な、何やってるんだ?」
    「おお、弟よ。帰ったか」
    「ただいま……じゃなくてだな」

     構えて立つ青年が丹恒の姿に相好をくずす。足元には思った通りの人物がくせ毛の長い髪を床に散らせてひっくり返っていた。
     上下さかしまの顔がきょとんと丹恒を認め、次いで晴れやかに笑った。


    「おかえり丹恒」

     人好きのする笑顔でニコニコ手を振る景元に、丹恒は思わず脱力して三和土に膝を着いた。

    「本当に何をやってるんだ、二人とも……」
    「何って、見ての通りだ」
    「久しぶりに丹楓に稽古を付けてもらってたんだよ」

    「よいしょっ」と軽く身を起こして景元が解けた髪をひとつに結び直す。赤い紐が彼の色素の薄い髪によく映えていた。

    「私も引っ越す前はここに通ってたんだよ、槍じゃなくて合気道だったけど」
    「お前はよく変質者に絡まれてたからな」
    「そんなこと、丹恒の前で言わないでくれよ」

     にやにやと笑う丹楓に青年が困って頬を掻いた。
     丹恒は、はぁーと深い息を吐いてガックリと肩を落とした。

    「丹楓と組手なんて、怪我したいのか」

     生徒相手なら彼も手加減するが、それ以外では別だ。丹恒でさえも何度も怪我をしながら当主の弟として厳しく鍛えられてきた。

    「大丈夫だよ、私は素人なんだから丹楓も本気を出さない。怪我はないよ」

     にっこりと笑う景元の言葉には嘘は無さそうで、丹恒はもう一度息を吐いて早くなっていた呼吸を整えた。

    「良かった」

     無意識にそう零す。

    「心配してくれたのかい、丹恒?」

     その言葉を耳ざとく捕らえて嬉しそうに景元が腰を浮かす。少年はハッとして両手で口を抑えた。青灰色の目で男を睨めつける。

    「そんなことはない。兄が傷害事件を起こさなくて済んで、安心しただけだ」
    「まだ捕まったことはないぞ」

     横から茶々を入れる丹楓に構わず、丹恒は立ち上がり膝に付いた砂埃を手で払った。
     慌てて掛けてきた自分が馬鹿らしく思えてきた。丹楓の若干大きめの下駄を引っ掛けた足が、余計に滑稽に見えた。
     もう早くここから出ていこうと下駄をカランと鳴らす。そう言えばと、足を止めた。白露の言葉を思い出す。

    「もうすぐ夕食だが、貴方も食べていくのか?」

     少し振り向いて、ちょうど立ち上がり丹楓と笑いあっていた景元に尋ねた。当たりは薄紅色で、初夏の夕時を告げていた。早い家ではもう食卓に着いている頃だ。
     不服だが、客人は無碍には出来ない。
     しかし景元は目を瞬かせると、微笑んでゆっくり首を左右に振った。

    「残念だけど、この後も仕事でね。丹恒の手料理はまた次の楽しみにするよ」
    「えー、景元、もう帰ってしまうのか?」

     突然妹の幼い声が入口から道場の中に響いた。
     今度は白露が丹恒のサンダルを足に突っかけ母屋から出てきた。

    「白露、夜は外に出ない」
    「まだ夕方じゃもん」

     すぐに叱る丹恒にふっくら頬っぺを膨らませる。だがすぐに気を取り直して道場に上がり、景元の袴をキュッと小さい手で握った。
     アイスの力は彼女をすっかり青年に懐かせた様子だ。我が妹ながら簡単に絆され過ぎて将来が心配だ。

    「まだ良いじゃろ? 今日のお味噌汁の具はキャベツのこまかいのだ!」
    「美味しそうだね」

     はしゃぎながら「さっき丹恒が手でバキってしてたのだ」と報告する。余計な一言を。
     そんな白露の頭を優しく撫でながら景元は「また来るよ」と宥める。

    「丹恒も、また今度」

     さっきよりも甘く感じる声が、丹恒の肩を震わせた。何かを感じるよ前より早く長兄がその瞬間、チッと舌打ちをする。

    「このタラシめ、さっさと去ね」
    「兄さん、口が悪い!」

     さっきまで妹の登場に笑顔になっていたのに突然機嫌悪そうに吐き捨てた。「たらし?」と白露がきょとんとするのに慌てて声を上げる。最近、妹は丹楓の話し方をよく真似するのだ。下駄を脱いで早足で床板を踏みしめ、妹の両耳をパッと塞ぐ。

    「白露の前では気をつけてくれと言ってるだろう? 貴方も、変な言い方をするな」
    「私?」

     今度は景元が小首を傾げる番だ。その仕草に思わずカッとなる。

    「あんな……!」

     あんな、甘い甘い、蕩けた飴玉のような声で。
     そこまで口から出かかって、目を見開いて丹恒は絶句する。

    (――今、なんて言おうとした?)

    「もうっ! 何もきこえんぞ丹恒!」

     手元でむずがった白露が丹恒の両手をギュッと握った。それにハッとして妹から手を離す。

    「丹恒?」

     景元の声にどっと心臓が収縮する。くらりと床が歪んだ気がして一歩片足を引いた。兄が僅かに口元を引き攣らせたのを一瞬見る。それ以上何も言わせたく無くて早口で景元に「何でもない」と答えた。

    「それより、帰るなら早く着替えないと」
    「ああ……」
    「俺たちは戻る。邪魔をした」

     まだ不服そうな白露の手を取って踵を返す。不自然だろう丹恒の様子に、しかし大人二人は何も言わず見送ってくれた。
     妹の歩幅に合わしつつも足早に母屋に戻った丹恒に、兄たちの雰囲気に何かを察したのだろう、手をくいっと引っ張って白露が見上げてくる。

    「丹恒、どうしたのじゃ?」

     賢い瞳が丹恒の青灰色を覗きこむ。思わず素直に答えてしまいそうな深い海の目に、でも今は心の内を知られたくなくて、丹恒は咄嗟に目を逸らした。

    「何でもない。ほら、宿題の続きは?」
    「もう算数だけ」
    「じゃあテレビを観ていいから。夕飯まであとちょっと待ってくれ」
    「うん……わかった」

     しばらくして台所に立つ丹恒の耳に、居間からアニメの音と、庭先からはボソボソと話し声が聞こえた。
     丹楓の低い声に、まだ聞き慣れない男の声が応える。何を話してるまでは聞こえなかったが、二人とも落ち着いた口調で門の方へと歩いていった。
     散らかったキャベツと他の食材を前に丹恒は深いため息を吐いた。
     自分の思考と言動が信じられない。家長である長兄に完全に客の面倒を放り投げて逃げてしまったのも最悪だが、それよりも、あの声が自分の鼓膜に触れるのを喜んだことに絶望した。

    「あんな誰彼構わずに口説いてくるような奴に……」

     あの甘い声で、目で、見つめられ話しかけられると、肌が粟立ち気が立ってしまう。それをどうにかしたくて堪らないのに方法が分からなくて、更に丹恒を悩ませる。
     

     
     木の上にいた彼に声を掛けられ、記憶を掘り返された。
     飛び降りてきた男を見て「まさか」と思った。
     自分を尋ねて来た時には普段通りのポーカーフェイスに嬉しさを隠しきれず、声が震えた。
     そして今は、理想を崩され自分勝手に幻滅している。
     実は丹恒は景元を覚えていた。
     今の大人の姿ではない。まだ兄が学生で、丹恒が今の白露より少し上の小学生の頃だった。兄を尋ねてやってきた彼は最初に知らない言葉で玄関に出た丹恒に話し掛け(後から兄に聞いたらフランス語だったそうだ)、そしてきょとんと不思議そうに見上げているだけの少年に目を瞬いて恥ずかしそうに「こんにちは」と言い直した。

     白銀の髪が陽の光に透けて、キラキラと綺麗だった。丹恒が好きな飴と同じ色が優しく笑っていた。

     そして少し間抜けで豊かな表情が、幼い丹恒の心を惹き付けた。

     コトコトと味噌汁の鍋が小気味よい音を立てる。沸騰しないように火加減しながら遠いささやかな思い出を頭に浮かべ、丹恒は少し寂しそうに微笑んだ。

    「あの表情……やっぱり昔から変わらないな」

     丹恒は、もうずっと景元が好きだったのだ。
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