熱が肌をジリジリと焦がす。
重苦しさを深呼吸で振り払って、鈍い瞼を何とかこじ開けた。
「……やっと起きたかい?」
「……? おはよう?」
「ああ、おはよう。穹たちは昼食を食べたばかりだが、君はもう一度朝食でも取るか?」
私もまだ食べてないんだと、木漏れ日の下で、そう楽しそうに笑う景元に一つ瞬きをする間にサッと目が覚めた。
景元の言葉では、昼飯を取った後にだらしなく午睡したらしい。だが、いつもはポーカーフェイスを動じさせない整った形の眉を垂れさせて、羅浮将軍はずいぶんと機嫌が良さそうだ。
「何かあったのか?」
「うん?」
「今日の将軍は、とても機嫌が良さそうだ」
隣の芝生の上に投げ出された長い足を手のひらで撫でる。勿論、将軍相手にこんなこと、普段の丹恒ならしないだろう。けれどもぼんやりした頭は全身の力を抜き、思うままに腕を動かす。軍服越しの膝の丸い形は全て受け入れてくれるように、丹恒の手に馴染んでくれた。
「機嫌が、良さそうに見えるかな?」
コテンと小首を傾げる様子が可愛らしいと思う。
「ああ。この上なく」
「……ふふっ」
やっぱり物凄くご機嫌だ。素の声で笑うなんて。
景元の羅浮将軍である厳しい顔ではなく、昔を慈しむような儚い騎士としてではなく、今を生きる景元自身としての素顔を晒してくれているようで胸が暖かくなる。
だから丹恒も、普段の硬くなった表情じゃなく、自然に顔の筋肉を緩ませて笑った。
それこそ珍しかったみたいで、景元が一瞬目を大きくして驚いた顔をした。この琥珀色の目も、きっと昔から好きだった。
「君こそ、機嫌が良さそうだ」
「あんたが楽しそうなら、俺はそれで良い」
「――そうか」
つい砕けた口調になる丹恒とは違い、今度は静かに、まるで父親みたいに微笑む。
あぁ。なんだか寂しくなった。
丹恒は同じ列車組の彼らと、対等の立場にあると心から思っている。護衛という立場もあるが、開拓の前線や危機の場を一度離れれば共に生活し、切磋琢磨し、肩を並べて笑い合う友人たちだ。若い自分たちは景元にとって赤子も同然。最近は三月なのかに若者のノリを教わり楽しそうに疲れていたり、羅浮を飛び回る彼らを影ながら見守り世話を焼いているのを見て、丹恒自身も微笑ましく思っている。
しかし、彼らと違って、景元とは家族や友人以上の繋がりを持つ関係であると自負しているのも抗えない事実だと自負している。だから、さっきと同じように笑って欲しい。他の誰にも見せない景元の素顔をもっと見せて欲しい。
「景元、笑ってくれ」
「……? 私は今、笑っていなかったかい?」
「いや、笑っていた。だから、もっと……」
「? まるで小さい頃のようなことを言うね、丹恒」
温かい手が、丹恒の両目をそっと閉じるように瞼を覆う。その体温が嬉しくて、子供扱いに苦言を重ねたいが丹恒は素直に目を閉じた。
熱が肌をジリジリと焦がす。だが、今はとても心地よい。
景元の体温が離れていく。つい恋しくて、寝ぼけた声でその手を引き止める。
「景元、俺が起きるまでそこで待っていてくれるか?」
景元の顔がもう一度見たくて目を開いた瞬間、戦火の煙に巻き込まれた喉から血が溢れた。
赫い視界。肌を焦がすのは、猛った黄金の炎。槍を折られ、心臓さえも刺し貫かれた身体は、あとは残った力で殺戮を成すのみ。
そして、それさえも、もう。
景元の叫ぶ声が遠く聞こえる。巨大な月が丹恒自身の血に塗れたように真っ赤だ。それを喰らうように龍身を地に海に空にとうねらせる。
琥珀の瞳が理性の最後を繋ぎ、そして途切れた。
「――景元」
どうか、そこで。その木漏れ日の中で待って居てほしい。
今、貴方の隣に還ろう。