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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    にょつ 7 🎈☆♀
    先天性にょた☆くんと🎈くんのお話。

    ふわーっと読み流してください

    にょつ 7(司side)

    「……ぁ、の…、神代…?」
    「…………」
    「…その、…少々、近い、んだが…」

    類が他の女性と踊っているのを見て、泣きながら帰ったのが昨日の事だ。彰人の心配も杞憂に終わって、何事もなく一日が終わろうとしていた。朝から顔を合わせてもにこにこと笑顔の類に、緊張していたのも午前までだ。類があまりにいつも通りで、一人警戒しているのが馬鹿馬鹿しくなった。類の女性好きは今に始まったことでは無いのだから、気にしない方がいいのだろう。
    そう自分に言い聞かせながら帰り支度を終えたところで、類に呼び止められた。少し話がしたいと言われ、言われるままに裏庭まで着いて行ったのだ。他に人のいない裏庭で、校舎の壁の方へ誘導され、気付けば退路を絶たれた状態で類が目の前にいる。

    (……これはさすがに、困る…)

    いくら男の姿と言えど、類が間近にいるのは緊張する。昨日の今日なのだから尚のことだ。類の女性好きに傷付いてみっともなく泣いたのだ。出来ることなら数日は放っておいてほしい。
    じっ、とオレを見つめたまま黙っている類に、余計落ち着かなくなってしまう。類の白い手がオレの方へ伸ばされて、触れる前に一度止まる。けれど、数秒躊躇った類の指先が、すり、とオレの頬を撫でてきた。たったそれだけで体が大袈裟な程跳ね上がり、裏返った声が口を吐く。

    「るっ、……か、みしろ…、なにして…」
    「………婚約したって、本当…?」
    「へ…?」

    漸く口を開いた類に、目が点になる。
    急になんなのだろうか。婚約? 類が? いや、どちらかというと問いかけられたのだから類ではないのだろう。ならば、誰の…。
    と、そこまで考えた所で、彰人の事だと気付いた。

    (そういえば、彰人が類に話したと言っていたな…)

    その事か、と一人納得してしまう。
    真剣な顔でオレを見る類に、へらりと笑ってみせる。一つ頷けば、類の指先が微かに反応した。

    「オレも驚いたが、本当らしいな」
    「………そ、う、なんだ…」
    「幼い頃から側にいてくれたからな、オレとしても喜ばしいことだ」

    ふふん、と少しだけ胸を張り、誇らしげにして見せる。
    幼い頃から剣術の稽古をつけてくれた師であり、良い兄のようでもあった。そんな彰人の婚約なのどから、喜ばないわけが無い。
    何故か神妙な顔で黙ってしまった類に首を傾げると、低い声で「けれど、」と声が落とされた。

    「…君と彼は、結構歳が離れているでしょ?」
    「む……、それはそうだろう。オレが幼い頃から騎士団にいたのだし…」
    「王族の婚姻に年齢は関係ないかもしれないけれど、君ならもう少し近い歳の相手も沢山いるじゃないか…」
    「………ん……?」

    心配する様な、どこか寂しそうな顔の類に、さらに首を傾ける。イマイチ話が噛み合わない気がするのだが、どういう事だろうか。彰人とオレの年齢差は、今は関係ないと思うのだが…。それに、彰人は騎士団長ではあったが、王族ではない。彰人の婚約の相手は聞いていないが、王族が相手と言うことはないだろう。というより、何故何度もオレが類の言葉の中に入ってくるんだ?
    瞬きを繰り返して類の言葉を頭の中で浮かべていると、ふと、あることに思い至った。いやいやいや、と首を振って考え過ぎだろうと否定するも、類の表情に否定しきれなくなってくる。

    「……さ、きに言っておくが、…彰人の相手は、オレではないからな…?」
    「そうなのかい…?!」
    「ぉわっ、…ち、近い近い近いっ…!」

    念の為、とそんなことはないと分かっているが、一つの可能性を否定すると、類が ずいっ、とオレの方へ顔を近付けてきた。綺麗な月色の瞳にオレの顔が映り込むのが見えて、ぶわっ、と顔が熱くなる。ぶつかりそうな程近い距離に、心臓が破裂しそうな程大きく跳ねて、慌てて両手で類の肩を押した。

    (こいつの顔は、心臓に悪いっ…!)

    全然離れない類に、ぎゅぅ、と強く目を瞑る。心臓が煩くて、呼吸が上手くできない。それが決して嫌なわけではないのが、厄介だ。熱くなった頬が類の掌で包まれて、「ひぅっ…」と高い声が口からこぼれた。近い距離から、「良かった」と安堵したような声音で類が呟くのが聞こえてくる。

    「…天馬くんが婚約したのかと思って、昨日の夜から気が気ではなかったんだ」
    「っ、…か、からかうのはやめてくれっ…、大体、オレは婚約なんてっ……!」
    「本心だよ。君が誰かのモノになるなんて、許せないからね」

    目を瞑っているのに、類がどこにいるか分かってしまうほど距離が近い。耳元で聞こえる類の声に、膝が震えてしまう。ぞくっ、と背を何かが駆け上がって、息を詰めた。押し返そうとしていた手が、いつの間にか類の肩を掴んでしまっている。
    類のこれは、どういう意味なのだろうか。女性になら誰にでも言う様なものなのか。きっとそうだ。そうに決まっている。
    でなければ、また、オレが類の特別だと勘違いしてしまう。

    「……僕ね、君と踊るのを楽しみにしているんだよ」
    「ひぁっ…」
    「君もそうだと嬉しいな」

    触れずに ちぅ、と耳元でリップ音がする。思わず裏返った声が口からこぼれて、じわぁ、と顔が熱くなる。
    昔遊んでいた頃とは違う、声変わりして低くなった声。けれど、以前のオレへ向けられていた面倒くさそうな声色ではない。女性へ向ける、恋人を甘やかすような甘い声だ。それが耳元に落とされる。ずっと変わらず想ってきた類が、他でもないオレに向けて。
    じん、と甘い痺れが背を伝って足に伝わっていく。とうとう耐えきれなくなって、足から力が抜けた。がくん、と崩れ落ちるオレを慌てて支える類が、心配そうに顔を覗き込む。じっ、と顔を覗かれ、羞恥でぶわわっ、と更に顔が熱くなった。

    「大丈夫かい? 天馬くん」
    「ぅ、…っ、………うぅ…」
    「君はあまり こういう事に慣れてないんだっけ。すまないね」
    「っ〜〜〜……」

    困った様に笑った類が、オレを支えてくれる。力が上手く入らなくなった足が、ぷるぷると震えていて情けない。隣で余裕そうにする類にも、納得がいかない。『こういう事』とはなんだ。『慣れてない』なんて当たり前だ。ずっとずっと類が好きだったんだ。他の相手なんて考えられない程に、類を想ってきたのだ。『慣れる』はずがない。『慣れる』程、誰かとこんな風に接した事なんてない。

    (類にとっては、『慣れた』接し方なのだろうなっ…)

    類の言葉が、納得いかない。
    他の女性に対しても、『慣れた』ように接するのだろう。誰にでもこんな風に顔を近付けて、思わせぶりなことを言うのだろう。その気にさせて、自分は関係ない、という顔をするのだろう。
    他の女性と同じ様に扱われるのは、とても腹が立つ。

    「とりあえず、君の使用人が居る所へ…」
    「………一人で行ける」
    「まともに立てないのだから、僕が連れていくよ?」
    「いい。一人で行く。これ以上神代に触れられるのは嫌だ」
    「…」

    オレを支える類の手を払って、壁で体を支える。
    これ以上類と一緒にいるのは、オレの精神が持たん。ドキドキさせられたかと思えば、その想いごと割られる気分だ。上げて落とすが一番酷い。恨むように類を睨んで、『早くどこかへ行け』と言外に訴える。
    眉を下げて小さく息を吐いた類は、困った様に笑ってからオレの方へ一歩踏み込んできた。

    「すまないけど、君をこんな場所に一人で置いていく方が出来ないよ」
    「ぉわっ、…る、類ッ…!?」
    「そんな可愛らしい顔で動けなくなっている君を見て 変な気を起こす者が出ても、おかしくないからね」
    「…か、かわっ……?!」

    ひょい、と簡単に力の入らない体が横抱きに抱えられ、そのまま校舎の方へ類が歩き出す。落ちないよう類の方へ体を寄せるように抱きしめられ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。ふわりと香る甘い匂いも、触れる他人の体温も、少し早い心臓の音も、全てが思考を掻き混ぜてくる。傷付いて類の側にいたくないと思っていたはずが、あっさりその事を忘れてしまう程の衝撃で、顔が爆発したかのように熱い。

    (ふぉわぁああああ…)

    叫び出したい衝動を何とか抑え込み、心の中で声を上げる。そわそわと落ち着きなく視線が泳いで、行き場のない両手を胸元で ぎゅっ、と握りしめた。
    助けてほしい。心臓のドキドキで死んでしまいそうだ。このままでは、バクバクとうるさい心臓が弾ける。だが、こんな風に類に心配されている状況が嬉しくて、嫌だと言いきれない。他の女性と同じ扱いはされたくないのに、類に女性扱いされるのは、どうしたって意識してしまう。

    「天馬くん、変な顔しているけれど、大丈夫かい?」
    「………死にたい…」
    「、…僕に触れられるのはそんなに嫌かい?!」
    「………………死んでしまう…」

    心配そうに顔を覗き込まれ、類のその綺麗な顔に ひゅ、と喉が渇いた音を発した。抱き上げられているせいで近い距離感にも心臓はもう耐え難い程ドキドキしているのに、これ以上は無理だ。キャパオーバーである。
    そっと両手で赤くなった顔を覆えば、類が更に不安そうに声をかけてくる。だが、それを気にする余裕もなく。
    結果、校舎の入口で待機していた彰人に引き渡されるまで、オレはそのまま息を殺して耐えた。

    ―――
    (類side)

    「……類、その顔やめて」
    「ね、寧々…もし来てくれなかったらどうしよう…」
    「…ぅわ…、また始まった」

    面倒くさそうな顔をする寧々が手に持ったグラスに口をつけた。
    夜会の当日。会場にはまだ天馬くんの姿は見えない。開場時間は過ぎているのだけれど、遅れているのだろうか。皇太子が忙しいのは知っているけれど、不安になってしまう。

    「僕に触れてほしくないって言っていたのに、…死にたいほど嫌われていたなんて……」
    「この前からずっとそれ言ってるけど、参加するって言ってたなら、遅くなっても来るでしょ」
    「うぅ、彼女とダンスがしたくて練習もしたのに……」
    「……はぁ…」

    呆れたように溜息を吐く寧々に、更に肩を落とす。
    婚約の話が天馬くんの事ではなくて安心したけれど、その後彼が『死にたい』と言った言葉がまだ頭の中に反響している。触れられたくなかったのは分かるけれど、『死にたい』なんて言われるとは思わなかった。それ程までに毛嫌いされているとは。そんな状態で天馬くんとダンスを踊れるのだろうか。もしかして、僕と踊るのも本当は嫌なのではないだろうか。
    だから、彼女がまだこの場にいないとか…。

    (婚約者でもないのにドレスを贈ったのも、引かれていたのかな…、本当は嫌だけど、僕がしつこく誘ったから頷いてくれただけで、今夜も連絡なく不参加するつもりとか……)

    困ったように断っていた彼女の顔を思い出して、体がだんだんと重たくなっていく。
    挨拶で声をかけてくれる女性達に軽く挨拶を返して適当に過ごしながらも、扉から入ってくる人達は常に確認した。見慣れた金色の髪が見えないだけで、華やかな会場も色を失ってしまったように暗く見える。
    隣にいる寧々が気にせず料理を口にするのを横目に、僕は使用人から新しいグラスを受け取った。

    (もう少しして来なければ、今夜は諦めようかな…)

    はぁ、と深い溜息が口からこぼれる。
    贈ったドレスを着た天馬くんが見たかった。着てくれなくても、彼女の手に触れる許可を得て、一番に彼女と踊りたかった。まぁ、人目のある場所では踊れないと分かっていたけれど、学院以外で彼女に会えるだけでも僕は嬉しいのにね。
    ぐ、とグラスを傾けて中身を一気に飲み干していく。しゅわしゅわとした炭酸が喉を通っていくのを感じ、ゆっくりとグラスから口を離す。と、入口の方が ざわざわと騒がしくなった。

    「ぇ、皇太子殿下……?!」

    誰かのその一言に、パッ、と顔がそちらへ向く。
    すぐ隣から、「げ…」という寧々の低い声も聞こえた。人が自然と左右へ避け、その中心には真っ直ぐこちらへ向かってくる天馬くんの姿がある。制服とは違う、ぴしっ、とした正装姿もかっこいい。いつもとは違う髪型も綺麗だ。皇太子殿下らしい出立ちに、落胆しなかったと言えば嘘になるけれど、それでも、天馬くんはキラキラして見えた。あの護衛の彼が一緒にいるのを見てしまって、ほんの少し胸がもやもやとしてしまうけれど、来てくれて安心する。
    目の前まで来た天馬くんは、にこりと作り笑顔を僕へ向けた。

    「今夜は招待してくれて感謝するぞ、神代」
    「こちらこそ、お越し頂き感謝致します。是非楽しんでいってください」
    「仕事であまり時間が取れなくてな、少ししたら退室するつもりだ」
    「…そう……」

    簡単に挨拶だけ交わして、天馬くんがひらひらと手を振る。そのまま彼女の周りを囲む他の人達のところへ行ってしまった。それを目で見送って、小さく息を吐く。
    と、僕の後ろで隠れていた寧々がひょこりと出てきた。

    「………なんで皇太子殿下がいるわけ…」
    「彼にも招待状を送ったからね」
    「え…、類、皇太子殿下の事あんなに避けてたのに?」
    「……まぁ、心境の変化、ってやつかな」

    眉を顰めて怪訝そうに僕を見る寧々に、笑って誤魔化す。
    まさかその避け続けていた天馬くんが、ずっと探していた初恋の子だなんて思わなかったからね。お陰で彼女との距離を縮めるのに悪戦苦闘しているよ。プレゼントに喜んで簡単に仲直り出来るような単純な性格をしてくれていたら楽だけれど、彼女は意外にもそうではない。誰とでも仲良くなれる優しくて気さくな性格ではあるけれど、皇族だからか警戒心がある。加えて、僕と彼女は幼い頃に喧嘩別れをしたのだ。簡単に昔のように仲良くなれるとは思っていない。

    (それに、天馬くんはまだ女性と公言できない立場だから、人前でのアプローチも難しい…)

    天馬くんの秘密が無ければ、先程の挨拶の時にダンスの申込みだってしたし、なんならエスコートだって申込んだのだけれどね。ままならないなぁ、と一人肩を落として詰めていた息を吐く。
    にこにこと人当たりの良さそうな笑顔で挨拶をする天馬くんを見ながら、もう一度グラスに口をつけた。

    ―――

    「類様」
    「…どうかしたのかい?」

    丁度寧々が友人と話に行ったタイミングで、使用人が声をかけてきた。顔を向ければ、少し困った様に眉を下げている。

    「申し訳ございません。皇太子殿下が、別室でお待ちになっております」
    「天馬くんが…?」
    「少しでいいから話がしたい、と」

    使用人のその言葉に、思わず表情が緩みそうになるのをなんとか抑え、こほん、と一つ咳払いをする。
    「彼のいる部屋まで案内してくれるかい?」と返して、歩き出した使用人について行く。まさか天馬くんの方から話す時間を作ってくれるなんて。先程は人前だったので出来なかったけれど、もし彼女と二人で話が出来るなら、言いたかった事を言わせてもらおう。今夜の天馬くんはいつにも増して素敵だった、と。ドレス姿は見られなくとも、天馬くんが会いに来てくれた事実だけで十分に幸せだ。
    「こちらのお部屋です」と案内をしてくれた使用人に礼を言って、部屋の扉をノックする。と、中から天馬くんの声が聞こえてきた。

    「…か、神代か……?!」
    「うん。天馬くん、入ってもいいかい?」
    「ぁ、あぁ……、構わんっ…!」
    「…失礼するよ」

    少し彼女の声が緊張しているように聞こえるけれど、何かあったのだろうか。首を傾げつつも扉をゆっくり開ければ、部屋の中央で金色の髪が揺れるのが見えた。ふんわりとしたドレスの裾がくるりと回り、綺麗な手が柔らかそうな彼女の頬に添えられる。
    ほんのり赤くなった顔を少し横へ逸らす天馬くんが、ちら、と僕を見てまた視線を下げた。

    「……………」
    「……な、何か言わないのか…!? かなり、………恥ずかしい、のだが……」

    もごもごと口ごもる天馬くんが、両手を胸元で揃える。
    見覚えのある藤色のドレスは、予想以上に彼女に似合っていた。長い髪も緩く巻いているのか ふわふわとしていて、触りたくなる。ほんのりと赤い顔が、落ち着かないのか色々な方向へ向けられていて とても可愛らしい。恥ずかしそうに俯いてしまった天馬くんに、慌てて歩み寄る。
    目の前で足を止めれば、おずおずと彼女が顔を上げた。

    「…とても綺麗で、思わず見惚れてしまったよ」
    「ぅ…、そ、そういうのでは なく、だな……」
    「君から許可さえ出るなら、触れても構わないかい?」
    「っ、……す、少し、なら…」

    そわそわとする天馬くんが、僕の問いにゆっくりと頷いてくれる。それに安堵して、そっと手を彼女の方へ向けた。震える綺麗な手を取って、その指先に軽く口付ける。びく、と肩を跳ねさせた天馬くんが、息を飲むのがわかった。ほんのりと色付く頬が、更に赤く染まる。それがまた愛らしくて、口元がつい緩んでしまった。

    「僕が贈ったドレスを着てくれて嬉しいよ。会場で見た君もかっこよくて素敵だったけれど、今の君はまるで別人だね。とても綺麗だ」
    「ひぇっ…、……ぉ、おせじは、いらんっ…!」
    「本心だよ。ここが会場でなくてどんなに安心したか。こんなに着飾って綺麗な天馬くんを他の人達に見られるなんて、きっと嫉妬で狂ってしまうね」
    「…っ〜〜〜〜……」

    ぼふ、と爆発音が聞こえそうな程一気に顔を赤らめた天馬くんが、僕からパッ、と手を離す。残念、と肩を竦めて見せると、彼女は綺麗な手で顔を多い横へ逸らしてしまった。女性らしいその反応も、普段の彼女からは想像できない程可愛らしい。
    ふわふわと揺れる髪に触れて 彼女の方へ顔を寄せれば、その細い肩がびく、と跳ね上がった。

    「も、もう十分だろう…?! 仕事があるから、帰らせてもらうぞ!」
    「えー、せっかく僕の贈ったドレスを着てくれているのに、一曲も踊ってはくれないのかい?」
    「…そ、れは……」

    くしゃりと眉間に皺を寄せて顔を顰めた天馬くんが、顔を俯ける。なにか言いたそうにする彼女に、首を傾げた。会場には入りづらいのかもしれない。それなら、この部屋でもいい。僕は天馬くんともう少し一緒にいたいだけだ。こんなに綺麗な天馬くんと離れたくない。

    「君と踊るのを楽しみにしていたんだ。一曲でいいから、付き合ってはくれないかい?」
    「……………」

    じっ、と天馬くんを見つめれば、彼女が ちら、と僕を見て更にその顔を顰めていく。ぅぐぅ、と小さく唸る声が聞こえてきて、口元が緩みそうになる。
    もうひと押し、と彼女の手を取って、顔を更に寄せた。耳元で「天馬くん」と名前を呼べば、彼女の頬が一層赤くなっていく。

    「駄目かい…? 天馬くん」
    「………い、一曲、だけ、なら……」
    「本当かい? ありがとう、天馬くん」

    渋々頷いてくれた天馬くんに、パッ、と笑顔を浮かべる。優しい彼女なら、頷いてくれると思った。
    気が変わってしまう前にと彼女の手を取って、室内の少し広いスペースへ移動する。困ったように視線をさ迷わせる天馬くんの目の前で軽く頭を下げて、腕を差し出した。

    「どうぞ、天馬くん」
    「……よ、ろしく、頼む…」

    おずおずと僕の腕に手を添えて、天馬くんがそう言った。そんな彼女に笑顔で返し、細い腰へ手を回す。
    とても近い距離で見下ろした天馬くんがなんだか小さく感じて、護らなければと強く思った。

    ―――
    (司side)

    くるりと回る度に、ドレスの裾が浮かぶ。
    着慣れないとは言え、ドレスを初めて着たわけでもない。それなのに、なんだか不思議な気分だった。

    (…こんなに見られると、…さすがに気恥ずかしい……)

    じっ、とオレを見つめてくる類の視線から態と顔を逸らして、逃げ出したい気持ちを必死に抑え込む。
    音楽は、微かに会場の方から聴こえてくる曲だけだ。ドレスの布擦れの音の方が大きく聞こえる。それなのにテンポがズレないのは、類のエスコートが上手いからなのだろう。
    類と踊るのは、初めてだ。だからだろうか、類の手がオレの腰に触れているというのを、どうしたって意識してしまう。いつも以上に近い距離に、平静を保つのが難しい。ほんの少し気を抜けば、類にぶつかってしまう。胸元やお腹が、類にぶつかるすれすれの距離で、意識しなくても緊張で硬くなっている。オレより高い身長のお陰で、類の顔が正面になくてよかった。身長が同じで正面から見つめられれば、いくらオレが顔を逸らしても無駄だからな。

    「天馬くん、緊張しているのかい…?」
    「…っ、………わ、るいか…」
    「ふふ、まさか。もしかしたら、僕を意識してくれているのかな、と期待してしまってね…」
    「き、たい…?」

    くるん、とまた類にリードされて、体が大きく回る。
    ふわりと揺れるドレスは、類の色だ。類が選んだ、類の色のドレス。それを着たオレを見つめる類が、どこか嬉しそうに笑っている。その事実に、むぐぅ、と顔を顰めた。
    幼い頃、何度夢見た光景だろうか。片想いしていた類の隣に自信を持って立ちたいと、妃教育も頑張ってきた。剣術も好きだったが、ダンスも頑張ってきたものの一つだ。幼い頃夢見た『物語のお姫様』は、ダンスが綺麗だからな。あの日 失恋してからも、捨てきれなかった夢の一つ。

    (類を意識しなかった事なんて ないというのに…)

    嬉しそうな類の顔を ちら、と見て、また顔を俯ける。
    失恋したが、類を好きだという想いは消えなかった。類を見かける度に目で追ったし、類に会う口実を沢山作った。嫌そうな顔をされて傷付いたが、それでも、類に会いたいと思ってしまっていた。類を意識しているのは、ずっと前から変わらない。だが、それすら類は知らないのだろうな。

    「今夜は、僕以外と踊ったりしたかい?」
    「…し、ていない……、挨拶くらいだ…」
    「女性とも?」
    「………誰とも。今夜は、お前が初めてだ」

    御令嬢方から誘われはしたが、全て断った。表向きは婚約者の決まっていない第一王位継承者だ。オレが夜会で気軽に誰かと踊れば、相手は皇太子殿下の婚約者候補として瞬く間に噂となるだろう。どうせあと数年したら女性だと明かす事になる。今更御令嬢の相手をしても意味は無い。だから、ダンスは全て断ったんだ。
    会場にいる誰にも興味は無いと、示す為に。

    (…興味が無いと示す為なら、類からの誘いだって断れば良かったのだがな…)

    観客がいないとはいえ、踊った事実は消えない。なら、全て断れば、要らない火種を消せる。とうに失恋しているのだ。今になって類に優しくされても、素直に喜べない。女性なら誰にだって優しくする類は、オレを“女性”として扱っているだけだ。ダンスに誘われたのだって、“女性”だから誘われたにすぎない。なら、断ったところでどちらにも不利益は無い。類と踊って変な噂が立つくらいなら、その方がいい。
    それは分かっていたが、類の誘いだけは、断りきれなかった。

    「君のファーストダンスの御相手に選んでもらえるなんて、光栄だよ」
    「…………そういうお前は…、……」

    にこ、と綺麗に笑う類に、出かけた言葉を飲み込んだ。
    ファーストダンスは、婚約者と踊る特別なものだ。婚約者のいない者は、親族や想いを寄せる相手を誘って踊る。その誘いが相手に受け入れられれば、少なからず相手側からも好意があるという事になる。一種の告白と何ら変わらないだろう。

    (類が相手だから、このオレが誘いに乗ったのだと、類は気付いているのだろうか…)

    気付いているはずはないか。どうせ類も、オレ以外の御令嬢と既に踊っていただろうからな。お前は何人と踊ったんだ、なんて、聞くだけ無駄だろう。現実を突き付けられ、自分が勝手に傷付くのが目に見えている。リードに慣れた類自身が、その証拠だ。

    「……なんでもない」
    「おや、気になってしまうね」
    「…そんな事より、そろそろ会場にもどった方がいいんじゃないか?」

    曲がもうすぐ終わる。類と話している内に、緊張も少し和らいだ。約束も果たしたのだから、もういいだろう。
    ゆっくりと止まって、類から手を離す。一歩後ろへ下がり、頭を下げた。練習通りのお辞儀が出来たことにホッとすれば、類が一歩オレの方へ近寄ってくる。
    顔を上げれば、類の指先がオレの前髪を軽く払った。眉尻を下げて、寂しそうな顔をする類と目が合ってしまって、心臓が大きく跳ねる。思わず息を飲めば、裾を摘む手に類の指が触れた。するりと掌が合わさり、指を絡めるように握られる。

    「もう少しだけ、君と二人でいたい」
    「なっ、…に、いって…」
    「今の君は、僕の贈ったドレスを着てくれていて、僕の為にここに居るんでしょ? それなのに、この幸せな時間が終わってしまうのは、寂しいよ」
    「…、…………か、らかうのは、やめてくれ…」

    繋ぐ手が熱い。顔が近いせいで、変にドキドキしてしまう。類の言葉に、意味なんてないはずだ。誰でも言っている常套句というやつなのだろう。オレをからかって楽しんでいるんだ。他の御令嬢の様に、オレが類に熱をあげるのを待ち構えているのだろう。オレは、簡単にその手に乗るわけにはいかない。
    キッ、と類を睨むように見れば、月の様な目を瞬かせて、類が首を傾げた。そうして、ずいっ、とオレの方へその顔を寄せてくる。

    「からかってはいないよ。全部僕の本心だからね」
    「…女性相手になら何でもするのだろう。ドレスを贈るのも、ダンスに誘うのも、…ぁ、甘い言葉で誘惑する、…のも、神代は得意だからな」

    今まで、沢山の女性と一緒にいる類を見てきた。お茶をする姿も、誰かをエスコートする姿も、笑いかける姿も見てきた。この前は、女性とダンスをしているところも見た。“オレが特別だ”と思わせるような事を言うくせに、他の女性にも同じ事をしているのだろう。類にとってオレは、沢山いる女性の中の一人だ。それが悔しくて悔しくて堪らない。
    ぐ、と拳を握り締めれば、類が不思議そうに目を丸くさせる。そうして、繋いだ手を引いて、オレの方へさらに顔を寄せてきた。

    「なんの事か分からないのだけど、僕が自分からドレスを贈ったのは、君が初めてだよ。デザインや生地を選んで作らせたのも、それを贈ったのも天馬くんが初めてなんだ」
    「…ぇ……」
    「他の人になんて興味は無いよ。僕は君と一緒に居たいんだ」
    「………ぁ、…ぇ、……っ…」

    額が重ねられて、とても近い距離に類がいる。ダンスの時よりも近くて、思わず息を飲んだ。
    嘘だとわかっている。類に限って、“オレだけ”なんて有り得ない。女性関係の多い奴は、総じて『君だけ』と囁くんだ。相手がその言葉を信じれば、多少の事では疑わなくなる。類のこれも、そういう事なのだろう。そうに違いない。そうだと、頭では分かっているのだが…。

    (……ずっと欲しかった言葉を言われては、嬉しいと、そう思わずにいられんっ…)

    きゅぅう、と胸が苦しい程いっぱいで、緩みそうになる唇を引き結んだ。
    色んな女性と一緒にいる類を見て、何も思わなかったわけではない。何度も邪魔をしたし、勝手に傷付いて一人で泣く事もあった。認められたいと努力もした。いつか、オレを選んでくれたらと淡い夢も抱いた。誰よりも類が好きだ。この想いだけは誰にも負けない。
    そんなオレに、偽りでもそういう言葉を使うのは、ズルい。

    「…出来ることならこの先もずっと、君の隣においてほしい」
    「……………冗談なら、もう…」
    「本気だよ。望んでもいいなら、僕だけが君に触れていたい」
    「っ、…」

    じっ、とオレを見る類から顔を逸らせない。きゅ、と唇を引き結び、こっそりと類の服の裾を掴んだ。握る手に力を入れて握り返し、ゆっくりと息を吸う。

    「……オレにそういう事を言うのがどういう意味か、分かっているんだな…?」
    「勿論。君は嘘が嫌いでしょ?」
    「……………そう、か…」

    まっすぐオレを見る類が、ふわりと笑った。
    子どもの頃と変わらないその笑みに、胸の奥がきゅぅ、とまた音を鳴らす。
    するりと指を解いて手を離す。類の肩を軽く押すと、類が不思議そうな顔をした。「天馬くん?」と名を呼ばれ、そんな類の方へ顔を向ける。
    なんとか表情を引き締めて真面目な顔をするオレから、類がゆっくりと離れた。

    「今日は、中々楽しめた」
    「……う、ん…」
    「ではまた、学院で」
    「…………またね、…」

    困った様に笑った類に軽く会釈すれば、戸惑った類が何か言いかけて止めた。オレがこの部屋で着替えねばならんと察したのだろう、類がそのまま部屋の扉を開ける。先に退室した類を目で見送って、ドレスを脱ぐために首元のリボンを解いた。
    数分後にオレ専属の侍女である穂波が来てくれて、いつものように皇太子に戻ってから屋敷を出た。
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    recommended works

    3iiRo27

    DONEritk版深夜の60分一発勝負
    第二十六回 お題:「青春七五三」「お風呂」
    類視点 両想い
    30分オーバーしました
    前を歩く司くんについていくように、住宅街を歩いていく。

    普段は歩いてる間もショーの演出や脚本の話で盛り上がっているけれど、今日はお互いに無言だ。
    しかも、前を歩いているから見えていないだろうと本人は思ってるけれど、見えている耳は真っ赤だ。
    斯く言う僕も、顔が赤い自信があるけれど。



    何故、こうなってしまったのか。
    それは、数時間前に遡る。




    ----------------




    司くんとお付き合いを初めて、早数ヶ月。
    TPOを弁えて、なるべくやることは全部家の中になってしまったけれど、それでも僕たちは、恋愛初心者かと言われるくらいには、とても順序よく事を進めていた。

    手を繋ぐ。抱きしめ合う。イチャイチャする。キスをする。

    どれも僕に取って、そして司くんにとっても初めてで。
    お互いどきどきしながら、時には勘違いしたりすれ違ったり、喧嘩もしながら、幸せを積み重ねていった。




    そんな、ある日。
    次の日はショーの練習も学校もお休みだから、よかったら僕の家に、と言いかけた僕の口を手で塞いで、司くんは言った。


    「…よかったら、その。オレの家に、泊まりにこないか?……家 3461