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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    お弁当屋さんの定員さんは週一回くるお客さんの事が気になるそうです。
    俳優🎈くん×お弁当屋⭐️くんの話。3
    注意文は前回同様。かなりトントン進みます。ご注意ください。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!3(司side)

    オレのバイトしているお弁当屋に、毎週水曜日午後五時三十分頃、ある一人のお客さんが来る。
    その人は、女性に人気の若手俳優、神代類だった。

    ―――

    (………本当に、つけている…)

    お釣りを渡す際に一瞬見えた銀色の輪に、感動すら覚えてしまう。当の本人はお釣りを財布に入れると、オレからレジ袋を受け取って、「ありがとう」とお礼を言った。ぶ厚いメガネの奥で、優しそうな瞳が細められる。マスクや帽子で隠れているはずなのに、何故かキラキラ輝いて見えてしまう。

    「こちらこそ、毎週ありがとうございます」
    「今日オススメしてくれた唐揚げも、食べてみるよ」
    「はい!お肉が柔らかくて、外側はサクサクでとっても美味しいので、ぜひ!」
    「ふふ、じゃぁ、また来週ね」

    ひら、と手が振られ、神代さんが入口へ向かっていく。その後ろ姿に向かって、オレは深々と頭を下げて「またのお越しをお待ちしておりますっ!」と言った。ドアの閉まる音を聞いて、ガラス窓から外を見る。レジ袋片手に大通りへ向かっていくその姿は、スラッとしていてかっこいい。まさに、今を騒がす有名人気俳優だ。

    「……本当に、あの神代類、なのだな…」

    開いた口が塞がらない、とはこの事だ。
    神代類は、五歳の時にドラマに出演。それから子役としてテレビやドラマによく顔を出し、中学生の時には映画にも出演。今じゃ知らない人の方が珍しい程有名な俳優だ。女性に特に人気で、雑誌なんかの特集にも良く組まれている。ニュースで良くある『人気俳優ランキング』とか、『彼氏にしたい芸能人ランキング』なんかに必ず上位にランクインしていた。妹の咲希が神代類の熱狂的ファンである。あの日、神代さんから名前を教えてもらい、神代類を思い出した後、咲希からドラマの話をされた。主演に選ばれた事で、SNSが大騒ぎだという。まだ大分先のドラマだというのにファンは忙しいな、と咲希の話をぼんやり聞いていた。
    そんな咲希が見せてくれた神代類のSNSのアカウント。投稿自体は少なく、一日に一回、もしくは、二日に一回くらいのペースなのだが、木曜日だけは必ずアップされている。

    『類さん、いつも美味しそうなお弁当載せてるよね〜』
    『……………………そぅ、だな…』
    『でも、なんか見覚えある気がするんだけど、なんでだろう?』
    『…………はは……』

    毎週木曜日のお昼に投稿される写真には、見覚えのあるパックに入ったおかずが映されていた。マカロニサラダと、鮭のおにぎり、ハムカツ、鰤の照り焼き。ちょっと前はなめこの味噌汁だったり、卵焼きも追加されていて。これは間違いない。咲希が首を傾げる隣で、オレは乾いた笑いしか出なかった。

    (本当に、神代類だったのか……)

    どのメニューもよく覚えている。水曜日の五時半頃に来るお客さんの選ぶメニューだ。いくつかはオレがオススメした物も含まれていて、間違えるはずがない。咲希にバレやしないかと少しヒヤヒヤしてしまった。今度から、おかずを買って帰ってくる時は気をつけよう。
    神代類がお店に来ている、というのは、今のところオレしか知らない。バイト先の末っ子である友人に、水曜日のお客さんの話はしているが、誰かまではまだ話をしていない。するかどうかは悩んでいる所だ。あまりこういう話は、広めない方が良いだろうからな。だが、あいつはオレよりもそういうのに興味無さそうなんだよな。そんな事をぼんやりと思う。多分、名前を言っても笑顔で首を傾げられそうだ。
    さて、大事な妹の咲希が熱狂的ファンだと言ったが、オレはあまり詳しくはない。詳しくはないが、長くテレビに出ているという事もあり、やはりオレみたいなやつでもある程度“神代類”の噂は聞くものだ。子役の時からテレビに出ていて、更に言えば背が高くてすらっとしていて、おまけに顔も良い(と咲希が言っている)女性に大人気の俳優である。まだ二十代のはずだ。若い俳優ではあるが、SNSとかはあまり活動的ではない。先程もあったように、一日、もしくは二日に一回のペースである。そのどれもが、食事か読書、見に行った映画の情報とからしい。正直、彼のファンはあまり情報が得られなくて苦戦しているだろうな。それと、もう一つ有名なものがある。“婚約指輪”だ。

    「………本当に、指輪をしていた…」

    お店のカウンターで、ぼんやりと先程までのことを思い返す。ファンの間で有名な“婚約指輪”。確か、二十歳くらいの時から付けているらしい。左手の薬指についた指輪。けれど、結婚報道はされていないから、“婚約指輪”。たまに、神代類のお相手は誰なのか?!みたいな記事も見かける時がある。テレビ番組でも、一度司会者が聞いていたこともあった。『左手の婚約指輪のお相手はどなたなんですか?』と。それに対し、平然と『内緒です』と答えていた。スタジオは残念そうな声の大合唱だ。それ以外の質問も淡々と答えていたが、結局誰かはわからず。だが、否定もしていなかった。指輪の事も、婚約の話も。それがあったから、『神代類には婚約者がいる』という噂だけがずっと広まっている。テレビや雑誌では、凄く美人で愛らしい人、などと騒がれていた。海外の有名女優で、相手側の事務所から認められていないから結婚出来ずにいるのではないか、と。七年以上も想い続けているとしたら、その熱意は凄いな。ファンの一部では、幼馴染のマネージャーかもしれないという噂もあるが。それはそれで、更に長い年月を共に支え合ってきた二人ということだ。応援したくなる気持ちも分かる。
    うんうん、と小さく頷いて、新しいレジ袋を用意する。もう時期店が混む時間だ。予め袋だけ用意しておけば、裏の方から声がかかった。

    「今日も客が引いたら、また厨房使うか?」
    「良いんですか?!」
    「昨日のやつも美味かったからな。作れそうなら店に出しても良いって、兄貴が言ってるぞ」
    「ありがとうございますっ!」

    この店のバイトも一年である。友人の兄の晶介さんが、従業員入口から顔を覗かせる。これでも両親に代わって家でも料理は少しやっていた事もあって、数日前にたまたま厨房を借りて賄いを作らせてもらった。そしたら、思いの外好評だったようで、それ以降もお客さんの少ない時間に裏で作らせてもらったりしている。そろそろ友人のえむも帰ってくる時間だろう。お客さんが一人来店したタイミングで晶介さんがまた裏へ向かったので、オレはカウンターで笑顔を作る。今日は何を作らせてもらおうか。もし上手く出来たら、来週の水曜日に出せるだろうか。そしたら、神代さんは食べてくれるかな、なんて。

    (…なんだかやる気が出てきたな)

    いつより大きな声で接客し、お客さんに少し笑われてしまった。後から一緒のシフトになったえむに「何か嬉しい事があったの?」と言われるまで、オレはその事に気付かなかった。

    ―――
    (類side)

    「…最近類のSNS、お弁当の写真ばっかりなんだけど…」
    「そうだったかな?」
    「少しは次の撮影現場での写真とか、宣伝とかしなさいよ」

    はぁ、と大きく溜息を吐く寧々を横目に、スマホに指を滑らせる。確かに、毎週木曜日に必ずと言って良いほどお弁当の写真を載せていた。それ以外と言えば、寧々から送られてきた写真とか内容を適当に流すだけだ。自分から載せているのは、あのお弁当のみ。まぁ、出掛ける予定も無いから、載せることもないのだけどね。

    「この分だと、すぐファンの子たちに特定されるんじゃない?」
    「それは困ってしまうかな」
    「……随分あのお店を気に入ってるよね、類」
    「ふふ、そうだね。定員の子が面白いんだ」
    「あぁ、類のいつも言ってる天馬くん、だっけ」

    僕が頷けば、寧々はスケジュール帳を開いた。この後の予定を確認しているのだろうね。カウンターにいつもいるバイトの子。名札で名前を知っていたから、よく寧々にも話してしまっていた。ついでに、僕が名前を教えたことも伝えたら、怒られてしまった。言いふらされたらどうするの?!という寧々に、僕はとりあえず適当に流した。彼は、周りに言いふらす様な子ではないと思うからね。名前を教えた翌週も、普通に接してくれた。いつも通りと変わらずに、けれどしっかりと「神代さん」と僕の名を呼んで。それがとても嬉しかった。

    「今日もこの後行くの?」
    「うん、先週薦めて貰ったおかずの感想を伝えたいからね」
    「へぇ。確か、唐揚げだっけ、先週は」
    「新メニューなんだって言っていたよ。衣がサクサクしていて、美味しかったよ」
    「お弁当屋で唐揚げが新メニューって、不思議だけどね」
    「なんでも、店長がこだわって改良を重ねていて、一時的にメニューから下げられていたらしいよ」

    かなり職人気質な店長らしい。説明をする天馬くんも、苦笑していた。それなりに人気のおかずだっただけに、他のお客さんからも抗議はあったらしいけれど、店長が頑なに引き下げたらしい。まぁ、どの料理も美味しいのは確かだから、僕はそれで良いけどね。きっと唐揚げは暫く人気メニューになるのだろう。天馬くんが、持ち帰り用に残るのか心配していたのを思い出して、ついくす、と笑ってしまう。

    「……わたしもついて行こうかな…」
    「え、寧々が行くのかい?」
    「類がそんなに気に入ってるなら、見てみたいから」
    「…………………」

    嫌とも言えないし、良いとも言えない。スケジュール帳をパタンと閉じた寧々は、時計を確認した。休憩時間がそろそろ終わるのだろう。立ち上がった寧々が扉の方へ歩き始める。僕も仕方なく立ち上がって、その後ろについて行った。まさか、寧々が行くと言い出すなんて、どういう風の吹き回しだろうか。彼女が自分から出掛けようとするなんて、中々ないだろうに。

    「お弁当も良いけど、行くためには今日の撮影もさっさと終わらせてよね」
    「ふふ、任せておくれ。すぐ終わらせるよ」
    「……普段はそんなに力入れないくせに」

    はぁ、と小さく溜息を吐いた寧々の小言は、残念ながら聞こえなかった。

    ―――

    「…へぇ、綺麗な店じゃん」
    「そうだね。入りやすいと思うよ」

    撮影もさっさと終わらせて、寧々の運転する車でお弁当屋まで来た。店名を見た寧々が、「和んだほぃ?」と二度見して居たけれど、深くツッコまない事にしたようだ。どこかソワソワした様子の幼馴染に、ついクスッと笑ってしまう。普段マネージャーとして真面目に頑張ってくれているけれど、こういう所は可愛らしい妹の様だ。

    「それじゃぁ、入ろうか」

    ドアを開くと、ふわりといい匂いがしてくる。一歩踏み込むと、少し離れたカウンターの方から、聞き慣れた声が聞こえた。「いらっしゃいませ!」という大きな声に、寧々がビクッ、と肩を跳ねさせる。顔を向けると、目が合った店員さんは、パァッ、と表情を綻ばせた。伊達メガネが少し邪魔に思えてしまう程、輝く表情に、僕も自然と笑顔を浮かべる。店内には誰もいない様子なので、マスクをズラして手を振った。

    「こんにちは、天馬くん」
    「いらっしゃいませ、神代さん!」

    カウンターの方まで向かえば、いつもの様に彼が今日の味噌汁を教えてくれる。といっても、今日は、味噌汁ではなくスープの様だ。たまごスープらしい。溶き卵とごま、それからワカメ。それから長ネギ。

    (長葱が入っているなら、食べられないかな)

    せっかく教えてくれたけれど、仕方ないね。今回スープは断った。ほんの少し残念そうにする天馬くんには、申し訳なかったかな。そんな僕の隣から、寧々が顔を覗かせた。不思議そうに目を瞬いた天馬くんは、すぐにいつもの笑顔で「いらっしゃいませ」と挨拶をする。「どうも…」と小声で小さく頭を下げた寧々は、僕の後ろから出てこない。

    「彼女は、僕の幼馴染の寧々。今日は仕事の帰りについてきたんだ」
    「ご来店、ありがとうございます」
    「……ん」

    丁寧にお辞儀をする天馬くんに、寧々は恥ずかしいのか顔を逸らしてしまう。彼女は人見知りだから仕方ないね。天馬くんが、他のお客さんに接客している姿は滅多にないので、少し新鮮かもしれない。ふふ、と小さく笑って、ショーケースに目を向けた。

    「今日は、マカロニサラダと卵焼き、鮭のおにぎり、それと唐揚げもお願いするよ」
    「畏まりました!」
    「オススメしてくれた唐揚げ、とても美味しかったよ。ありがとう」
    「それは良かったです!あのサクサクの衣がとても美味しくて、ぜひ食べていただきたかったので!」

    僕の注文を聞いて、個包装用のパックを手にした天馬くんが、笑う。へにゃりと表情を緩めて、味を思い出しているのかとても嬉しそうに笑う姿がなんだか可愛らしかった。彼のこういう表情を見てしまうと、本当に美味しいのだろうと思えてきてしまうから不思議だ。唐揚げを三つほどパックに詰めた彼は、ハッ、と顔を上げて、僕の方へ身を乗り出した。

    「あ、あの!今日は新メニューがあるんですっ!」
    「そうなのかい?」
    「えっと、煮込みハンバーグなんですけど、ハンバーグをマッシュルームとクリームソースで煮込んだもので…」
    「ハンバーグ……」

    確かに、ショーケースには新メニューとポップの貼られたハンバーグが並んでいた。白いクリームのかかったハンバーグは良い焦げ目が覗いている。ただ、ハンバーグは基本的に玉葱や人参なんかの具材が使われていることが多い。このハンバーグも、材料に含まれているだろう。野菜は極力口にはしたくなくて、今までもハンバーグは避けてきたので、せっかくオススメしてくれているけれど、今回は…。
    なんて考えながら、じ、とショーケースを見つめている僕に、天馬くんが一度言葉を切ってから、顔を少し逸らした。言いづらいのか、歯切れが悪そうにする姿に、首を傾ぐ。

    「………その、…オレが、作ったんで…もし、良ければ……」
    「ぇ、天馬くんが作ったのかい?」
    「た、たまに賄いで作らせて貰っていてッ…、その…店長さん達が新しくメニューに加えようって言ってくださって……」

    わたわた、と身振り手振りで説明してくれる天馬くんに、呆気としてしまう。唐揚げが納得いかなくてメニューから下げていたくらいこだわりを持った店長さんが、彼のメニューを採用したのか。それは、とても凄いことじゃないのかな。バイトの子の料理を新メニューに、なんてそうそうある事じゃない。それだけ彼は料理が上手かったのだろう。恥ずかしいのかほんの少し赤く染った顔が、右往左往とあっちこっちへ向けられる。僕と顔を合わせづらいのが伝わってきて、ついくす、と笑った。

    「なら、それもお願いするよ」
    「い、良いんですか?!」
    「うん。天馬くんの料理、食べてみたいからね」
    「…ぁ、ありがとう、ございますっ…」

    わたわたとパックに詰め込み始める姿を見ながら、緩む口元に手を当てる。あまり笑っては失礼かもしれないけれど、彼の嬉しそうな姿が可愛らしくて、おさえるのは難しそうだ。一通り詰めた後、彼は袋を手渡しながらレジの料金を僕に伝えてくれる。お金を手渡して、お釣りを受け取ると、へにゃりと笑みを向けられた。

    「お口に合えば、嬉しいです!」
    「来週また来た時に、感想も伝えるよ」
    「是非!」

    これだけ嬉しそうにしてもらえると、僕もなんだか嬉しいね。袋を受け取って、一歩下がると、寧々が服の裾を引いた。そこで漸く、寧々もいた事を思い出す。振り返って視線を下げると、有り得ないものを見ているかのような顔で僕を見上げる寧々と目が合った。天馬くんが、「お連れ様はどうなさいますか?」と首を傾げている。寧々は付き添いだし、買い物はしないかな。天馬くんに断りを入れようとした僕の下で、影が揺れた。寧々のいつもより少し弱々しい声が、耳に届く。

    「…わたしも、類と同じの…で……」
    「畏まりました!」

    パッ、と表情を綻ばせて、天馬くんがパックに料理を詰めていく。まさか寧々も買うなんて思ってなかったから、僕の方が呆気としてしまった。少し恥ずかしげに財布を取り出した寧々が、僕から一歩前に踏み出す。あの寧々が、成長している。仕事以外ではあまり人前に出ようとしないのに、今日は自分から踏み出した。ほんの少しの感動を覚えている間に、寧々と天馬くんとのやり取りは終わり、元気な声に見送られながらお店を出た。帰りは寧々の車で家まで送り届けてもらう。車内にふわりと香るクリームの匂いに、自然と口元が緩んだ。

    「いやぁ、まさか寧々も買うとはね」
    「……………わたしも、類が自分から野菜入りの料理を食べるなんて思わなかった」
    「それは…、気付いたら、自然と……」

    天馬くんが作ったからと薦めてくれたのに、食べませんなんて言えなかったのが正直な話だ。来週感想を言うと言ったからには、しっかり食べないといけないだろうね。ただ、ハンバーグはお肉が多くて野菜の味を消すとは言っても、あのシャキシャキした玉ねぎの辛味と食感も、人参の妙な味も消えないのだけど。ほんの少し肩を落としつつ、けれど不味いなんて言いたくないので、どう乗り越えるかを考えながら窓の外を眺めた。

    実際に食べてみたら、玉葱の食感も殆ど感じなくて、独特の辛味も無くなっていた。人参の味も分からないまま、クリームソースのとろとろした濃厚な味と、マッシュルームの柔らかい感触、肉汁の溢れるハンバーグの味に気付いたら完食してしまっていた。
    その話を翌日寧々にして、かなり驚かれたのは言うまでもない。

    ―――
    (司side)

    「ふ、ふふ、ふふっ…ふふ……」
    「司くん、にこにこ、るんるんーって感じだね」
    「おぉ!えむ!おはようっ!」
    「うん!おはよう!司くん!」

    教室の自席に座っていれば、同じクラスのえむが隣まで来た。鳳えむ。弁当屋『和んだほぃ』を経営する鳳家の末っ子で、オレの友人だ。えむとは高校一年の時に出会って、半ば強引にバイトに誘われて今に至る。なんでも、従業員が足りなくて困っていたようだ。えむの兄たちにも気に入られ、今ではそれなりに仲良くやらせてもらっている。バイト先の料理を食べるのが日々の楽しみである、何処にでもいる高校生だ。ガタ、と正面の席に座ってオレの顔を覗き込むえむは、嬉しそうに笑う。

    「司くんのハンバーグ、とってもとっても人気だね!」
    「そうだろう、そうだろう!咲希も大好きなオレの自信作だからな!」
    「あたし司くんのご飯大好き!司くんの『特別のお客さん』も喜んでくれるといいね!」
    「んぶふっ…?!」

    にこにこと笑うえむの言葉に、思い切り噴き出す。勢い余って、げほげほと咳き込みながら、なんとか呼吸を落ち着かせた。心臓がバクバクと跳ねて、顔がとても熱い。きょとんと首を傾ぐえむに、オレは頭を抑えた。えむの言う『特別のお客さん』とは、水曜日に来るお客さんの事だ。つまり、神代さんである。

    「……それは、そうだが…」
    「司くんのハンバーグ、買ってくれたんでしょ?司くん、昨日もお店でそわそわ、にこにこ、はわわーってしてたよ?」
    「…………ぅ、…それはもういいから、忘れろ…」

    あの後習い事を終えてシフトに入ったえむに気付かれてから、この調子である。えむには、神代さんがあの神代類だとは言っていない。水曜日に来るお客さんの話はずっとしていたので、『特別のお客さん』って認識になっている。理由は、オレが特に気にしているお客さんだから、だそうだ。確かに、えむに何度か水曜日のお客様の話はしたが、そんなに気にしていただろうか…。まぁ、それはいいとして、一応えむにも、神代さんの事はそれ以上言っていない。

    「あたしも会いたいなぁ」
    「無理だろう。お前は習い事が多過ぎて、シフトもまともに入れないのだから」
    「そうだけど…、司くんの特別のお客さん、会ってみたいよぉ」
    「はいはい」

    そもそも人手の足りなかった理由は、えむが殆どシフトに入れないからである。末っ子として産まれたえむは兄妹の中でも特に可愛がられていて、あれよこれよと習い事をさせられている。本人も楽しくやっている様なので止めはしないが、問題はその量だ。週の殆どが習い事になっていて、放課後はすぐそっちへ向かう。終わる頃には、お店は忙しい時間の真っ只中だ。もう一人お姉さんがいるらしいが、その人も別の仕事で忙しいらしい。それで、売り子が居なくて困っていた所にオレが誘われたということだ。習い事の時間を変えろ、というのも、中々難しいとの事で、仕方なく引き受けたのだが、これがまた楽しくて、一年も続いている。元々料理が好きなこともあって、店の料理は勉強になるし、賄いを作るとアドバイスも貰える。これ以上無いバイトだろう。

    「ねぇねぇ司くん、昨日はどう…」
    「チャイムなったぞ、席につけー」
    「ぁ、…また後でね、司くん!」

    チャイムが鳴ったのと同時に入ってきた教師の声で、えむが自席の方へ向かう。それを横目に見ながら、オレは小さく息を吐いた。多分、えむは昨日何を話したのか聞きたいんだろうな。そんなもの、覚えているはずがない。自分の料理をオススメするなんて、恥ずかしさで正直何を言ったかすら定かではないのだからな。しどろもどろにはなったし視線は合わなかったし、なにより不振だっただろう。それなのに、迷いなく買ってくれた神代さんは本当に優しいと思う。味が口に合ったかは分からんが、試しに食べてくれたなら、それで充分だ。
    コン、と机に額を預けて、目を瞑る。優しく笑う、神代さんの表情が、頭から離れない。ドキドキするのは、料理の感想が気になるからだろう。聞きたい気もするが、聞きたくない気もする。そんな曖昧な気持ちを押さえ込んで、ゆっくりと息を吐いた。

    (……思いがけず、好みも知れてしまったしな…)

    ぼんやりと、机の木目を見つめる。神代さんの後にレジで購入してくれたあの女性。寧々さん、と言ったか。神代さんの幼馴染らしい彼女が、ボソッと教えてくれた。

    『類は、野菜が苦手だから、よろしくね』
    『…ぇ……』
    『あいつ、野菜全然食べないから、沢山薦めてあげて』

    俯いていて表情は見えなかったけれど、優しい声をしていた。髪もふわふわしていてとても綺麗だったから、笑うと美人なのだろう。神代類の婚約者は幼馴染のマネージャー、なんて噂があったが、あながち間違いでないのかもしれん。あの人が、神代さんの婚約者、か。そう、ぼんやりと考える内に、今日も一限があっさりと終わってしまったのだった。

    ―――

    「という事で、文化祭の出し物は劇に決まりました!」

    ぱちぱち、と適当な拍手が教室に響く。黒板に書かれた『文化祭』の文字をぼんやりと見つめた。そう、文化祭。各クラスが催し物をして、盛り上げる一大行事だ。「劇」「カフェ」「お化け屋敷」「ゲームコーナー」など沢山の意見の中から多数決で選ばれたのは、女性票を多く集めた劇だった。ちらりと盗み見ると、えむも張り切っている様子だ。男子にはブーイングしている者もいる。そんなクラスの担任はにこりと笑うと黒板に書かれた他の案を消していく。

    「じゃぁ、次に演目だけど、何にする?」
    「はーい!『月恋』が良いでーす!」
    「さんせー!」

    ガタッ、と女子が一人手を挙げる。それに続いて何人かが賛同すると、男子の顔色が変わった。オレも思わず振り返ってしまう。『月恋』とは、『月夜の恋は本の中で』という、今話題のミステリー小説の略称である。オレも読んだことのある面白い話で、今女性の間で話題になっている。何故なら、ドラマ化の発表がつい最近されたからだ。あの、主演を神代類がやるという、SNSで話題の作品。

    (絶対に無理だろうッ…!)

    主演になった日には、今後ドラマで上映された神代類の演技と比較されるかもしれん。女子からすれば、ヒロインになって、ドラマを見た時に自分を投影したいのだろうが、無茶苦茶だ。わぁわぁと騒がしくなるクラスに頭を抑えて、オレは小さく溜息を吐く。
    何人かが他の案を出してみるが、女子の統率力が凄まじく、結果、オレたちのクラスの催し物は『月恋』の劇に決まってしまった。配役はくじ引きで決まる事になり、女子は女子、男子は男子でくじを順番に引く。くじ引きは、配役と大道具、小道具、照明、衣装等、それぞれの役割が混ぜられているようだ。ここはぜひ、無難な裏方を引き当てたい。席順で順番に前に行きながら、教卓の上の四角い箱へ皆が手を突っ込んでいく。紙を見てガッツポーズをする者、肩を落とす者、安堵の表情を浮べる者、反応は様々だ。一人、また一人と前の生徒が減っていく。オレの番が近付いてきて、心臓の音がやけに煩く鳴った。えむは何が当たったのだろうか。嬉しそうに跳ねているようだが、あいつは何でも楽しそうにするからな。こういう時は、女子の統率力が羨ましい。目の前の生徒が箱から紙を取り出したのを見て、オレは溜息を吐いた。せめて、大道具とか照明であれ。四角い箱の中に手を突っ込んだ。折れた紙が、掌にあたる。それをざかざかと混ぜて、一つを掴んだ。

    「天馬、なんだった?」
    「…まだ見てないっ!」

    他の男子生徒の茶化す声を適当に流しながら、紙を広げた。真ん中に書かれた文字は、折り目で少し読みにくい。目を細めてじっと、それを見つめる。そんなオレの後ろから覗き込んでいたクラスメイト達は、その瞬間ワッと歓声を上げた。
    手に持った紙に書かれた『主役』の二文字を認識した瞬間、オレの脳裏に神代さんの笑顔が浮かんだ。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    14289

    recommended works

    3iiRo27

    DONEritk版深夜の60分一発勝負
    第二十七回 お題:「キスの日」「振り向くと」
    司視点⇒類視点 両想い
    友情出演:えむ、寧々
    40分オーバーしました
    演出を寧々と話している類の姿を横目で見ながら、脚本に目を落とす。
    そこに書かれた文字も上手く頭に入ってこず、ひっそりとため息をついた。





    最近、類が意地悪だ。


    どうも、振り向いた際に頬に人差し指を指す、というよくあるやつにハマってしまったらしく学校でも、ショー練習の休憩時間にも、事あるごとにやろうとしてくる。

    怒ろうにも、何故かそれをやる類が矢鱈と嬉しそうで、怒るに怒れない。

    ならば引っかからないように警戒する、という手もあるが
    警戒しようにも、自分の悪い記憶力ではすぐ抜け落ちてしまい、何回も何回も引っかかってしまう。

    そもそも類相手に警戒すること自体が難しい話なのだ。
    大切な、恋人。なのだから。





    どうにも手のうちようがなく、からかわれている感じがする今の状態がモヤモヤしてしまい、最近は演技も上手くいかない。
    当の本人はわかっていないのか、「悩みがあるんだったらちゃんと言うんだよ?」と言う始末だ。





    お前が!!!悩みの原因だと!!!いうのに!!!!







    眺めても全く文字が頭に入らない脚本から目を離し、再度類の姿を見遣る。

    ネネロボの話をし 4662