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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    お弁当屋さんのバイトの子は、俳優さんに心を振り回される。

    注意事項は今までの通り。
    私が書くので、何が起こっても大丈夫な方のみでお願い致します。

    何も進展ないまま、そしてタイトル未定のまま9万字近く書いてるんだなぁ、と思いましたまる
    もうタイトル未定がタイトルだと思ってる( ˇωˇ )

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!9(司side)

    「司くん、土曜日デートするの?!」
    「ちが、…」
    「いいなぁ、楽しみだねっ!」
    「だから、デートではないと言っているだろ…」

    月曜日の教室で、えむに神代さんとの話をすると、目の前で大変喜ばれた。両手を上げてはしゃぐえむに、ものすごくいたたまれなくなる。相手は別に好きな人がいるのだと、先に言っておくべきだった。何故か言ってもないのに、オレが片想いなのは知られてしまっていたし、これでは勘違いされるのも当たり前だ。熱くなる顔を手で覆って、ほんの少し俯く。周りはざわざわとしているが、聞かれてやしないだろうか。

    「司くんの、特別のお客さんだよね!嬉しいね!」
    「………嬉しい、は、嬉しいが…」

    なんとも複雑なのだ。相手には婚約者がいて、しかも歳上となれば、そう喜んでばかりもいられないだろう。真っ暗な画面のスマホをちら、と見て、溜息を吐く。えむには悪いが、本当にデートとかそういうものでは無い。単に趣味が似ていて、自分の好きな物を共有したくてオレが誘われた、そういうことなのだと思う。一日一緒、というオプションは付くが。

    「あ、でもでも、そしたら土曜日はシフト入れないよね…」
    「む?土曜日に何かあるのか?」
    「ううん。最近お客さんがすごい増えてるでしょ?お姉ちゃんが来週から土曜日手伝えないみたいで、少しでいいから、司くんもシフト増やせないかなって。でもでも!デートなんだから、大丈夫だよ!」

    えむが眉を下げて笑うのを見て、ふむ、と口元に手を当てる。確かに、ここ最近バイト先のお客さんが増えてきた。まさか土曜日も多いとは思わなかったが、あの店は自営業だ。オレ以外は全員鳳家で店を回している。えむのお姉さんが今までオレたちのいない時間を回してくれていたが、入れなくなることもあるだろう。それならば、オレも手伝いたい。神代さんとの待ち合わせは十時からだったが、お昼の時間を乗り越えれば落ち着くだろう。

    「…お昼までで良ければ、待ち合わせ時間をずらしてもらうか?」
    「ええ?!大丈夫だよ!あたしだけでも…」
    「午後は流石に入れないが、午前中だけなら相談してみてもいいだろう?多分、あの人なら大丈夫だと思うが」

    あまりオレから連絡する事は控えていたが、仕方ない。スマホの画面に指を滑らせて、メッセージアプリを起動する。神代さんの名前をタップして、文字を打ち込んでいく。

    『午前中にバイトのシフトを入れたいのですが、一時からでも大丈夫でしょうか?』

    そう手早く打ち込んでから送信ボタンを押す。馬鹿正直に言い過ぎだろうか?だが、神代さんなら、笑って了承してくれる気がする。まぁ、これでもし怒られたら、神代さんから連絡が来ることも無くなって、諦めがつくかもしれない。いや、それはそれで泣きたくなってしまうな。目の前で困った様な顔をするえむに一つ笑い返して、スマホを机の上に置いた。

    「えむの特別のお客さんも、見れるかもしれんからな」
    「う、うん…、でも、最近来てないよ?お客さんは増えたけど、お店に来てくれなくなっちゃった…」
    「そうだったのか。もしかしたら、忙しいのかもしれんな」

    目に見えて落ち込むえむの肩をぽん、と優しく叩く。お店のお客さんは、来るのも来ないのもその人の自由だから。オレは、神代さんの事情を知っているから仕方ないと割り切れるが、えむは連絡先すら知らんのだから寂しいだろうな。なにか話題を変えねばな…。ほんの少し上へ視線を向けると、えむがパッと顔を上げる。

    「そうだ!司くんが言ってたあの人、土曜日も見たよ!」
    「? あの人…?」
    「ほら、文化祭が終わった辺りから毎日来てくれる眼鏡の人!」
    「あぁ、あのスーツを着た人のことか」

    えむの言葉に漸く思い至る。そういえば、最近毎日来るお客さんがいたな。お客さんが増えてきて、全員を覚えるのは難しいが、ちょっと珍しいから覚えてしまった。お店に入ってから、五分くらい何も頼まないで隅っこで見ているからな。時間もバラバラで、お客さんが多い時に来る事が多いから、中々注文できないのかもしれんが。お弁当を一つ買って、すぐ出て行くから、人見知りなのかもしれんな。
    なんとなく思い返して、うんうん、と頷く。と、えむが口元に手を当てて首を傾げた。

    「土曜日はね、お店には入って来ないんだぁ。お外にいるのを見るだけだから、もしかしたら、お家が近いのかな?」
    「会社が近いのかもしれんな。通り道なのかもしれんぞ」
    「そっかぁ。土曜日も来てくれるといいね!」

    にこにこと笑顔に変わったえむに、ホッとする。どうやら、気持ちは切り替わったようだ。だが、土曜日も来ているのか。なんとも熱心なお客さんだ。お弁当を気に入ってくれているなら嬉しいが、もし、神代さんを探しているのなら、少し困るな。最近のお客さんは、何かと神代さんを探しているみたいだからな。

    「……む…?」

    ブブ、と机の上で音がして、目を向けるとスマホのディスプレイが光っている。通知が表示されていて、スマホを手に取った。丁度考えていた人の名前を見つけて、思わず息を飲む。頬がぶわっ、と熱くなてしまい、慌てて手で口元を覆った。

    「司くん、お返事来たの?」
    「あ、あぁ、大丈夫みたいだぞ」
    「本当?!ごめんね、せっかくのデートなのに…」
    「気にするな。あの人も、怒ってるわけではなさそうだからな」

    えむにそう返すと、タイミング良く教室の扉が開いた。ザワザワとしていたクラスメイト達が慌てて席に座る。えむもひらひらと手を振って自席にもどっていった。それを目で見送って、スマホを机の下へ隠す。返信を返そうとは思うが、それはお昼休みにしよう。

    『構わないよ。それじゃぁ、バイトが終わったら連絡をおくれ。迎えに行くから』

    メッセージを読み返して、口元が緩みそうになるのを必死に引き結ぶ。これは、ずるい。怒るどころか、迎えにまで来てくれるのか。なんというか、本当に神代さんの恋人にでもなったかのようだ。そんな事あるわけないと分かっているが、勘違いしそうになる。

    (……ずるいなぁ…)

    大人は、ずるい。

    ―――

    「ありがとうございましたっ!」

    いつも通りの笑顔を貼り付けて、頭を下げる。袋を受け取った女性客は嬉しそうに友人の元へ向かう。「これが神代類の好きなものかぁ」などと楽しそうな声が聞こえて、小さく肩を落とした。ここ一ヶ月程で、何回聞いただろうか。注文が入るのは、ほとんどが『マカロニサラダ』だ。あとおにぎりとか、鰤の照り焼きとか、唐揚げとか、卵焼きもだな。神代さんがここで買ったことのあるおかずばかり売れていく。

    (宣伝効果は絶大だな…)

    『神代さんが行きつけのお店』として知れてしまったこのお店。悪いわけではない。お客さんが増えるのは有難いことだ。だが、えむの家族が頑張っているお店であって、神代さんのお店ではないのだがな。もっと、色んな料理の味を知ってもらいたい。ここの料理は、どれもすごく美味いのに。言葉にはしないが、なんだか胸の内がモヤモヤしてしまう。ちら、と隣を見ると、えむはいつも通りにこにこしていた。優しい友人は、きっと何も言わないのだろうな。

    (神代類を見ましたか?っていうお客さんの質問も多いというのに、えむはオレにその話題はふらないしな…)

    オレの特別のお客さん、が、神代類だと、えむも気付いているのではないだろうか。それでも、オレに聞こうとしないのは、えむなりに気を使ってくれているのだろう。レジは列ができていて、注文を受けたところから急いでパックに詰め込んでいく。レジ打ちをするえむは時折「わ、わ、わー!」とよく分からん声を上げていた。
    あっという間に午前中も過ぎ、気付けば店内の時計が十二時を回っている。

    「つ、疲れたよぉお…」
    「お疲れ様、えむ」
    「司くんもありがとう、せっかくのデートの日なのに、朝からごめんねっ!」
    「だから、デートではないと言っているだろう…」

    ぎゅぅ、とオレに抱き着くえむに苦笑して、誰もいない店内をもう一度見渡す。忘れ物などはなさそうだ。かなり量の減ったおかずを確認して、メモに書き込んでいく。午後にえむのお兄さん達に作り足してもらうやつだ。

    「とりあえず、えむは休憩してこい。オレは一時までしかいられんからな」
    「うん、よろしくね、司くん」
    「あぁ、任せておけ!」

    ひら、と手を振って控え室に向かうえむを見送る。あとは、店内も少し掃除をしておこう。平日のこの時間なら、会社に行っている人達で混み合うが、土曜日はそんなにお客さんもいないようだ。お昼前までの方が混んでいたからな。暫くお客さんは来ないかもしれん。掃除ロッカーから箒を取り出して、軽く靴の裏についていただろう砂を掃き出す。ちら、と時計を見ると、二十分を示していた。

    (あと、四十分…)

    じわ、と掌が温かくなって、手汗が滲む。神代さんが迎えに来てくれると言っていたが、家だろうか?それとも、ここまで来てくれるのだろうか。いや、ここに来るのを避けてくれているのだから、やはり家だろう。走って帰れば、あまり待たせなくてすむだろうか。そんな事を考えながら箒ではいていると、入口の開く音が聞こえてくる。パッと顔を上げると、見覚えのある人が入ってきた。

    「いらっしゃいませっ!」

    ほんの少し会釈したその人は、ショーケースの方まで来ると隅っこで立ち止まる。今日もスーツを着ているのだな。そんな風に思いながら、手早く箒を片付けた。ここ最近良く来るお客さん。えむが土曜日もいた、と言っていたが、本当にこの辺に住んでいるのかもしれんな。普段は来店しないと聞いていたが、今日は来てくれたようだ。シン、と店内が静かになる。レジの前に立って待つと、男性客が少し顔を上げた。

    「…唐揚げ弁当、一つ」
    「唐揚げ弁当お一つですね!その他にご注文はございますか?」
    「……いえ」
    「それでは、お会計が五百円となります!」

    厨房に注文を伝えて、男性客からお金を受け取る。ぽちぽち、とレジを打ってお釣りを手渡すと、男性客がそれをお財布にしまった。「少々お待ちください」と伝えて、またレジ前に立つ。
    ちら、と時計を見ると、二十七分。少しづつ一時が近付いてきていることに、そわそわと気持ちが落ち着かなくなっていく。神代さん、今日はどんな服を着ているだろうか。あまり気合いの入った服を着て、勘違いしていると思われたくないので、無難な格好にしたが、隣を歩いて恥ずかしくないだろうか。いや、それよりも、二人きりでなかった時はどうすればいい?もし、神代さんの婚約者さんも一緒だったら…。そんな事になったら落ち着いていられるだろうか。嫌な方へ考えが向かっていって、急に怖くなってしまう。
    もう一度時計を見ようと顔を上げたところで、厨房から声がかかった。商品が出来上がったらしい。それを受け取って、お箸と一緒にレジ袋へ入れていく。

    「お待たせ致しました!」

    いつも通り笑顔でレジ袋を差し出すと、男性客がカウンターに寄ってきてそれを受け取った。頭を下げて、「またのお越しをお待ちしております!」と伝える。顔を上げると、まだその人は目の前にいた。何故かじっとこちらを見ている男性客に、首を少し傾げる。何か言いたそうだが、追加で注文があるのだろうか?笑顔のまま言葉を待つと、男性客がいつもよりほんの少し大きな声で、「あの」と口を開いた。と同時に、入口の扉が開く音がして、咄嗟に目がそちらに向かう。

    「…あ、……」

    見覚えのある帽子を見て、背筋が伸びる。男性客も振り返って、そのまま慌ててオレに背を向けた。「あ、お客さんっ?!」と呼び止めようとしたが、閉まりかけの扉にぶつかる勢いでその人は出ていってしまった。なんだったのだろうか。やはり、余程の人見知りだったのだろうか。今度来た時、聞き返してみようか。そんな事をぼんやり考えていると、帽子を軽く上げて、その人が目の前に来る。

    「久しぶりだね、天馬くん」
    「お、お久しぶりですっ!神代さん!」
    「少し早いけれど、待っていてもいいかい?」
    「はいっ!」

    マスクを外した神代さんが、目の前でふわりと笑う。久しぶりに見る神代さんは、すごくキラキラして見えた。パパパ、と熱くなる顔を軽く手の甲で隠して、視線を少し下げる。なんというか、好きだと自覚してから全然会っていなかったので、心臓が煩い。こんなにもかっこよかっただろうか。

    (……雑誌とかで神代さんが載ってるやつは最近気付くと買ってしまっているし、ポスターなんかも目につくようになって、ここ最近、前よりも神代さんを見ていたはずなのに…)

    本物のかっこよさは桁違いだ。昨日散々雑誌の付録になっていた神代さんのポスターとにらめっこして予行練習したというのに。これでは意識しているのがバレてしまう。誰もいない店内のベンチに座った神代さんは、にこにここちらを見てくる。見られている恥ずかしさに、思わず視線がさまよってしまう。背筋がのびて、肩に力が入る。ぎゅ、と服の裾を握り締めていると、神代さんが笑った。

    「ふふ、天馬くん、緊張しているのかい?」
    「え、あ、いや、…み、見られているのが気恥しいといいますか…」
    「すまないね。久しぶりに会ったら前より可愛くなっていて、つい見つめてしまったようだね」
    「んぇ?!か、からかわないで下さいッ!」

    緊張しているのがバレて、もっと恥ずかしくなる。なのに、楽しそうに笑った神代さんが冗談交じりにそんな事を言ってくるから、もっと顔が熱くなった。年下とはいえ、男に可愛いなんて、神代さんも冗談がきつい。ただでさえ、片想いしてるせいでドキドキが煩いのに、心臓がもっと早くなった。可愛いなんて、普段は嫌だと思うのに、神代さんに言われると何故か嬉しいとさえ思ってしまう。なんなんだ、これ。

    「それより、僕も久しぶりに何か買おうかな。最近来られなかったから、食べたいな、と思っていたんだよね」
    「神代さん、お昼は食べましたか?」
    「まだ食べてないかな。天馬くんも、まだでしょ?」
    「……それなら、お弁当、作った、ので、食べませんか?!」

    大きな声になってしまったオレの言葉を聞いて、神代さんが、目を丸くする。じわ、と掌が汗で滲んだ気がした。顔が上げられなくて、じっと神代さんの返しを待つ。カチ、カチ、と時計の秒針が進む音だけが部屋に響いた。やはり、迷惑だったろうか。引き結んだ唇が震えて、言ってしまったことに後悔する。

    「天馬くんが作ってくれたのかい?」
    「へ…?あ、はい…」

    少し間を開けて返ってきた言葉に、慌てて頷く。頷いた後、勢いで顔を上げてしまって、神代さんと目が合った。綺麗な月色の瞳が細められて、ふわりと微笑まれる。

    「君の料理が食べたかったから、嬉しいな」
    「…ッ………」
    「ありがとう、天馬くん」

    ボフッ、と破裂した様に一気に顔が熱くなる。破壊力が凄まじい。世の女性達が騒ぐのがものすごくわかる気がした。こんな綺麗な顔が嬉しそうに笑うのを目の当たりにして、平然としていられるわけが無い。

    「…………あまり、期待、しないでください…」

    カウンターの下に物を取るふりをしてしゃがみ込んで、赤くなっているであろう顔を膝に押し付ける。もう今日は、ダメな気がする。これからこの人と半日一緒と考えただけで、心臓が壊れてしまいそうだ。

    (帰りたくないけど、帰りたい……)

    バイトの退勤まであと二十分。

    ―――
    (類side)

    「ここだよ」
    「……ここって、遊園地、ですか?」
    「そう。ここのショーを見てほしくてね」

    予め用意しておいたチケットを一枚手渡すと、天馬くんが驚いた顔をする。慌ててお財布を取り出そうとする彼を止めて、ゲートをくぐった。せっかくデートを取り付けて、年下の子に払わせる訳にはいかないからね。こっちこっち、と手を引くと、困った様に顔が逸らされてしまう。

    「あの、ショーって…」
    「前に映画鑑賞とかが好きだって言っていたよね。それなら、劇やショーも好きかと思ったんだ」
    「そうですけど、それでわざわざ…?」
    「この前、素晴らしい劇を見せてもらったお礼だよ」

    まだ納得していなさそうな天馬くんに、つい小さく笑みが零れる。まぁ、ここまでは建前なんだけどね。本音としては、彼と二人きりで出かける口実が欲しかっただけ。少しでも距離を縮めて、彼が意識してくれればそれでいいからね。あとは、彼が役者やショーキャストなんかの演者を目指してくれればいい。彼はその才がある。誰よりも舞台の上で輝くことの出来る人だ。そして出来ることなら、僕が彼を、誰もが目を奪われる様な役者にしたい。

    (その為にも、彼にはこの道に進んでもらわなければね)

    僕の方へ。他の誰でもない、僕を頼って欲しい。僕の隣で、笑顔で舞台に立つ、そんな天馬くんが見たい。
    繋いだ手を握り返して、少し先を指さした。

    「公演まではまだ少しあるからね。まずは何かアトラクションに乗らないかい?」
    「は、はいっ」
    「どんなものが好きかな?」
    「え、と…、なんでも…」

    まだ緊張気味の天馬くんがキョロキョロと辺りを見回す。そう簡単に警戒心が解けるわけではないのだろうね。けれど、ここまで警戒されていただろうか。劇の練習の時は、確かに緊張していたけれど、ここまで視線が合わないなんてこと無かったと思うのだけど。もしかして、会えないからと執拗く連絡を取りすぎただろうか。天馬くんが優しいから、ついつい何度も連絡してしまったからなぁ。

    「あ、でもその前に、どこかでお昼を食べた方が良いね」
    「!」
    「こっちに食べられるところがあるから、行こうか」
    「はいっ!」

    ピッ、と背を伸ばす司くんをちら、と見てから、フードコートの方へ足を向ける。フードコートの近くなら、自由に使えるテーブルや椅子があるはずだからね。天馬くんの手を引きながら、楽しそうな音楽の流れる園内を進んでいく。キョロキョロと周りを見ていた天馬くんが、ほんの少し早足になって隣に並んだ。

    「土曜日なのに、人が少ないんですね」
    「そうだね。ここは来場者が減ってしまって、普段からこんな感じなんだ」
    「…そう、なんですね」

    彼の声が少し小さくなる。長くやっている遊園地だから、所々塗装が剥がれていたり、乗り物も古いものが混ざっている。新しいテーマパークなんてどんどん出来上がっていて、ここに来る人も減ってしまった。僕からしたら、人が少ない方が使いやすいので有難いけれど、人の少ない遊園地はやっぱり寂しいね。
    見えてきたフードコートの傍にあるテーブルの一つに荷物を置く。財布だけを持って、天馬くんに座って待つよう伝えた。荷物を見ていて、と言えば、彼は大人しく座ってくれる。それを確認してから、売店の方で飲み物を二つ頼んだ。彼が何を好きなのか、まだよく分からないから、お茶にしておいた。それを持ってテーブルに戻ると、机上に布に包まれたものが二つ。

    「どうぞ」
    「ありがとうございますっ」
    「こちらこそ。いきなり誘ったのに、ありがとう」

    飲み物を手渡すと、天馬くんがそわそわとし始めた。しっかりと飲み物の入れ物を持ったまま、視線があちこちへ彷徨う。緊張しているのだろうね。何か話題をふった方が良いだろうか。
    コン、と飲み物のカップをテーブルに置いたところで、天馬くんが顔を上げる。

    「お、オレも、誘ってもらったのは嬉しかったです。これ、お礼にならないかもしれないんですが、良ければっ…!」

    差し出された包みに、一瞬言葉を飲み込む。手が震えていて、とても緊張しているのが分かった。僕もなんだかそわそわとしてしまって、彼の緊張が移ったようだ。口元を軽く緩めて、彼から包みを受け取る。少し重みのある包みに、目を細めた。

    「ありがとう。君の料理が食べられると思わなかったから、とても嬉しいよ」
    「店の料理と比べたら、オレのなんて…」
    「あのお店の料理も好きだけど、天馬くんの手料理が一番好きだなぁ」
    「ひぇッ…」

    しゅる、と結び目を解いて包みを開くと、黒いお弁当箱が出てくる。真新しそうなお弁当箱から視線を上げて天馬くんを見ると、背筋をのばして俯いていた。これはこれで可愛らしい。「いただきます」と、僕の方から挨拶すると、天馬くんも慌てて手を合わせた。蓋を開けると、思わず喉が鳴る。

    「ハンバーグも入っているんだね」
    「一口サイズにしたので、食べやすいと思いますっ」
    「僕、卵焼きも好きなんだ」
    「今日のはだし巻き玉子なので、甘くないですが…!」
    「鮭や唐揚げもあるね。早起きしてくれたのかい?」
    「…少し、ですが……」

    視線が逸らされて、つい笑ってしまいそうになる。これはきっと、相当早起きしてくれたんだろうね。渡された割り箸を半分にして、ハンバーグを一つつまみ上げる。口に入れる時、俯いていた天馬くんが顔を上げるのが見えた。丁度いいサイズのハンバーグを咀嚼すると、じわぁ、と肉汁が口の中に広がる。ソースがない分、塩コショウの味がしっかりしていて美味しい。玉ねぎなんかの味も無く、お肉の味だけが口内に広がった。そわそわとする天馬くんは、僕の反応を待っているようだ。それもなんだか可愛らしくて、つい、ふふ、と笑ってしまう。

    「とても美味しいよ」
    「そ、そうですか…!」
    「天馬くんも食べないのかい?僕は君が食べる姿を見るのも好きなんだけどな」
    「…ぅ、……あ、…い、ただき、ます…」

    ぶわわっ、と頬を赤くさせた天馬くんが俯く。割り箸を握り締めてお弁当箱とにらめっこを始めた。“好き”なんて、あからさま過ぎただろうか。卵焼きを箸で摘んで、ぱく、と口に入れる。ふんわりと柔らかい食感と、卵の優しい味に頬が緩む。出汁の風味が口内に広がって、噛む度に味が強くなっていく。優しい味に、胸の奥が満たされていく様な感覚がした。

    (…やっぱり、天馬くんの料理は美味しい)

    久しぶりに食べた味は、以前と変わらない。彼らしい優しい味に嬉しく思いながら次へ箸を向ける。ちら、と視線を彼へ向けると、彼も卵焼きを口に頬張ったところだった。へにゃり、と頬を緩ませて噛む姿が可愛らしくて、手で緩む口元を覆う。目をきゅっ、と瞑って美味しそうに食べる姿は子どもらしくて愛らしい。こちらまでつられてしまいそうになる表情に、ほんの少し惜しく思う。この表情を、ずっと見ていたい、なんて。

    (………天馬くんの、写真集とか、出ないかな)

    食べる時の彼の表情が好きだ。幸せそうな、嬉しそうな表情が、見ているこちらにも移る。この表情が見られるなら、ずっと何か美味しい物を与え続けたいくらいには、可愛らしい。そんな事をしてはもっと警戒されてしまうので、出来ないけれどね。
    彼の笑った顔も好きだ。無邪気な子どもの様な笑顔も、大人っぽく背伸びした微笑み方も、舞台上で見た、あのキラキラ輝く様な笑顔も、全て好きだ。
    胸の奥がきゅぅ、と音を立てて、苦しいくらい心拍が上がったあの感覚は忘れられない。手を伸ばして、腕の中に閉じ込めてしまいたいと、何度そんな衝動に駆られたか。そんな事をしたら、もう僕と会ってくれなくなってしまうかもしれないから、出来ないけれど。

    「神代さん?」
    「…あぁ、なんでもないよ」
    「………?」

    首を傾げる天馬くんに笑って返して、次のおかずを箸で摘む。今度、こっそり撮らせてもらったら、怒るかな。たまに彼の美味しそうに食べる表情を盗み見ながら、幸せの味を大切に飲み込んだ。

    (次はショーを見て、キラキラした彼の瞳が見られると良いかな)

    この後の事を少し期待して、彼と何気ない話を交わした。
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    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
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    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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