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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    俳優さんは、お弁当屋のバイトの子のピンチに駆けつける。

    ※誤字とか言い回しとか、気になっても全部雰囲気で読み流してください。

    遅くなってしまったのですが、続き。
    日曜日に書ききれなかったやつ。
    ちょっとした事で急に書けなくなるの、本当に申し訳ありません( 。>﹏<。)

    本来この次の話は予定になかったので、頑張る。なんで予定にない事が増えていくのだろう…?( 'ㅅ')

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 13(類side)

    「ちょっと、類っ…」
    「寧々、すまないけど、ここに向かってくれるかい?」
    「その前に、まだ仕事残ってるんだけど…!」
    「頼むよ、寧々」

    ゆっくり発進する車が、駐車場の出口を目指す。まずは、天馬くんにその場をやり過ごすための行動を伝えて、急いで準備してもらった。それを隣で聞いていた寧々が、はぁ、と溜息を吐く。ピ、ピ、ピ、とナビゲーションを操作する寧々に、小さくお礼を伝えた。

    「信用が落ちても知らないからね」
    「安心しておくれ、それくらいすぐ取り返して見せるよ」
    「……暫く休みは無いと思ってよね」
    「ふふ、勿論さ」

    車のスピードが加速していく。まだ天馬くんは準備をしているようだ。通話はそのままにして、寧々にスマホを借りた。覚えている番号を打ち込んで、電話をかける。数コール後に出た声は、いつもより真面目そうな声だった。

    「やぁ、久しぶりだね」
    『あれ?類じゃん。番号変わったの?』
    「寧々のを借りているんだよ。それより、頼まれてくれるかい?」

    僕の声で分かったらしい。不思議そうにされたので、手短に事情を伝えた。天馬くんの事を伝えると、通話先からあっさりと了承の意が返ってくる。それに短くお礼を伝えると、くす、と機械越しに小さな笑い声が聞こえた。

    『類が人助けなんて、珍しいね。ボクに連絡するくらいだから、余程大事な人なのかな?』
    「…そうだね、そう思ってくれて、構わないよ」
    『……へぇ、…良かったじゃん、類』

    いつもの揶揄うような声ではなく、本当に優しい声でそう言われ、目を丸くしてしまう。長い付き合いだけれど、こんな風に言われたのは初めてかもしれない。ぷつん、と途切れた通話の音を聞いて、僕もスマホの通話画面を消す。寧々に返すと、彼女は車を片手で運転しながら、次の撮影のスタッフへ電話をかけた。急に体調が悪くなったと連絡をしてくれている寧々に、心の中で感謝する。

    『か、神代さん、終わりました』
    「あぁ、よかった。そしたら、さっき伝えた通りに隠れていてくれるかい?」
    『はいっ!』
    「そこは取り壊しが決まっているみたいだから、今は住んでいる人もいないみたいだ。だから、建物の一部を壊したり、多少大きな音を立てて平気だよ」

    天馬くんの準備が終わったと連絡を受けて、最終確認を行う。彼に聞いた情報をまとめて寧々が見つけてくれた建物は、今は使われていない建物だった。無人だから、彼が追われていても誰もすれ違う事がないし、気付かれない。それなら、全力で階段を駆け下りても問題は無いだろう。

    「とにかく、出口まで行けたら全力で大通りまで走るんだよ」
    『は、はい』
    「大丈夫。君なら出来るよ」

    安心させるようにそう言うと、天馬くんが機械越しに息を飲む音がした。まだ緊張しているのだろうか。電話しか出来ないのがもどかしいな。あまり話しかけて、彼がタイミングを間違えてはいけないので、口をつぐむ。
    ピ、と隣から音がして顔を向けると、寧々がスマホを胸ポケットにしまった。

    「とりあえず、この後の仕事は全部キャンセルしたから」
    「すまないね、寧々」
    「そう思うなら、絶対助けてきなさいよ」
    「勿論さ」

    目の前の信号機がパッと黄色に変わる。それを見た寧々が、ぐっ、とアクセルを踏み込んだ。ガクン、と身体が後ろへ傾いて、車が一気に加速する。そのままウインカーを光らせると、寧々はグルッ、と勢いよくハンドルを切った。車がスピードを落とさずに左へ曲がり、体が右側へ大きく傾いた。後部座席の方で何かが落ちる音がする。

    「寧々、出来れば安全運転をお願いするよ…」
    「しっかり掴まってないと、舌噛み切るから」
    「……………」

    きゅ、と唇を引き結んで、これ以上は何も言わない。天馬くんを助けに行く前に酔うことが無いよう、気を付けないといけないかもしれないね。
    座席のバーをしっかり掴んで、事故だけは起きないように願った。

    ―――

    カツン、カツン、と革製の靴が音を鳴らす。コンクリートの階段は、所々がボロボロと崩れている。その階段をゆっくり上がりながら、男は六階のフロアを見渡した。人の気配が全くしない建物に隠れた少年を探して、視線が動く。階段から少し離れてフロアを見るが、そこには誰もいなかった。一つ一つ部屋のドアを開けて、中を見る。時折机の上の食器が床に落ちて、大きな音を立てた。もう人の住んでいない古びた建物は、鍵も空いたままの部屋が多い。

    「出ておいで、天馬くん。暗くなってしまうから、早く帰ろう?」

    返事は返ってこない。仕方なく部屋を出て廊下に出た。六階にはいないようで、男は大きく溜息を吐く。
    シン、とした建物内は、男のたてる物音しか聞こえなかった。階段を昇り降りする音も聞こえない。この建物はもう一つ上の階がある。男はそちらへ顔を向けると、階段に足をかけた。
    カツン、カツン、カツン、と、ゆっくり足音が七階へ近付く。灰色の壁で囲まれた通路をじっと見渡して、フロアの方へ向かう。この上は行き止まりになっている。隠れるならここだろう。

    「天馬くん、いい加減出ておいで」

    もう一度声をかけたが、返事は返ってこなかった。明かりもない長い廊下の先へ目を向けるが、探す色は見つからない。なら、と反対側へ目を向ける。短い廊下の先、つきあたりにある柱の陰に、見覚えのある制服の裾が見えた。ブレザーの裾だろう。暗闇だが、紺色のそれと一緒にマフラーの一部も見えている。子どもの隠れんぼはなんとも可愛らしい。疲れてしまったのだろうか。こんな寒い中座っていたら風邪を引いてしまうだろう。男は口元に弧を描き、ゆっくりとそちらへ足を向けた。

    「どこに行ったんだい?隠れてないで、出ておいで」

    目星はついているけれど、あと少しの可愛らしい隠れんぼに付き合ってあげよう。脳裏に浮かぶ金色の髪を持つ少年に、男は早る気持ちを押し込んだ。ずっと、触れてみたいと思っていた。何日も何日もあの瞬間を思い返しては、いつ声をかけようかとチャンスを伺っていた。けれど、今日まで声をかけることは出来なかった。だからこそ、手紙を送って待っていたのに。男はぐっと拳を握りこんだ。
    足音が、ぴたりと止まる。

    「迎えに来るのが遅くなってしまって、ごめんね。これでも、君のために準備していたんだよ」

    まだ隠れているつもりだろうか。柱の陰に隠れる少年はじっと動かずにいる。風が吹き抜けて、ビニール袋がガサガサと音を鳴らした。男は怖がらせないように、と、笑顔を作る。

    「妻とも漸く別れたんだ。全部君のためだよ。喜んでくれたかな?」

    男の静かな声だけが、誰もいない建物に響いた。
    少年から返事は帰ってこない。柱から見えるのは、マフラーの一部とブレザーの右半分。そして、高校指定のズボンだ。ビニール袋の音がするので、バイト先のお弁当の袋も傍にあるみたいだ。分かりやすく音を立てているビニール袋に、男はくす、と笑う。もうあたりは真っ暗だ。真冬に外で隠れんぼなんて、するものじゃないな。冷えた手先は少しばかり赤くなっていて、男は苦笑した。大きな手を伸ばして、動かない少年のブレザーに手をかける。
    瞬間、ぐらりとそれが傾いて、どさりと音を響かせた。ダ、ダンッ、と階段の方で大きな音が聞こえる。

    「なっ…」

    振り返るも、階段には誰もいない。けれど、階段をかけ下りる音がどんどん遠ざかっていく。すぐ下を見ると、鞄と丸まったワイシャツが、マフラーやブレザーを纏って転がっていた。ご丁寧に高校指定のズボンには筆箱や丸めたノートを詰めている。ガンッ、と壁を殴った男は、ふらりと立ち上がった。

    「……今度は、鬼ごっこかい…?」

    震える拳を握りこんで、階段へ足を向ける。子どもの隠れんぼと侮っていたが、相手は高校生だ。男は大きく息を吐き出すと、階段を駆け下りた。

    ―――
    (司side)

    「な、なんとか上手くいきましたっ…!」
    『そのまま建物を出たら、大通りまで走って』
    「はいっ!」

    一段抜かしで階段を駆け下りて、残りが四段くらいになれば飛び降りる。それを繰り返して、ぐるぐると続く階段をひたすら駆け下りた。三階も通り過ぎて、段々建物の一階が近付く。ふと、スマホから耳を離すと、上から階段を駆け下りる音が聞こえて、慌てて足を早めた。二階まで来て、あと一つ、と下へ続く階段へ足を踏み出す。

    「あっ…」

    ぴた、とそこで足が止まった。降りようとした先は、机や椅子、ソファーなんかで行き先が塞がれている。しっかりと埋められていて、避けて通るのは難しそうだ。かといって、動かす程の時間もない。上から駆け下りてくる音がどんどん近付いてきていて、慌てて二階のフロアへ駆け出す。長い通路を奥まで向かうも、隠れる場所もない。

    (確か、ここに住んでる人はいないんだったな…)

    奥の部屋のドアノブをガチャガチャと回すも、鍵がかかっていて開かない。階段の塀に、男の頭が見えて、もうすぐそこまで来ているのが分かる。急いで隣の部屋のドアノブを掴んだ。ガチャ、と開いた扉に体を滑り込ませて、中から鍵をかける。

    「っ、…はぁ、…はっ、……」

    真っ暗な部屋の中は、上手く見えない。咄嗟に入ってしまったが、どうしたらいいのだろうか。玄関だろう所に踏み込んで、ホコリだらけの廊下に踏み込む。それと同時に、ガンガンガンガンッ、と大きな音が響いた。ビクッと身体を跳ねさせて、ドアを振り返ると、向こう側から男の声がオレの名を呼ぶ。ここに入るのを見られていたのだろう。
    完全に逃げ道が塞がれて、頭の中がぐちゃぐちゃと混ざり合った。どうすればいい、どうしたらいい、そんな事ばかりで、何も浮かばない。このまま扉が壊されたら、オレはどうなるのだろうか…。

    『天馬くんッ』
    「あ…」
    『大丈夫かい?』
    「……か、みしろさん…」

    手に持ったスマホから名前を呼ばれて、ハッ、と意識が戻った。オレが黙っていたからか少し焦った様な声で名前を呼ばれた。神代さんの声に、気持ちが落ち着いていく。とにかく、状況だけでも伝えねば…。

    「すみません、一階に降りようとしたんですが、階段が塞がれていて、今二階の空き部屋に入ったところで…」
    『二階だね。窓は開くかい?』
    「あ、ちょっと待ってください」

    念の為、ガンガンと叩かれ続けているドアにそっと近付いて、チェーンロックだけかけた。部屋の奥へ向かい、窓の鍵に手を伸ばす。鍵は簡単に解除できて、ベランダに出た。月明かりで、ビルの下の空き地が明るくなっている。廊下側は建物で光が遮られて暗かったが、こちら側はそれなりに明るい。それだでも、ホッとしてしまう。
    ただ、ベランダには出られたが、ここは二階だ。

    「開きました。ベランダには出られますが、周りに大きな木とかはなくて…」
    『あぁ、いた。天馬くん、下を見てくれるかい?』
    「…下……?」

    言われて、塀から覗き込むように下を見ると、手をひらひらと振る神代さんがいる。目を瞬くも、その姿が消えることはなくて、慌ててスマホに耳を当てた。

    「え、なんで…」
    『間に合ってよかったよ。心配しなくていいから、おいで』
    「お、おいでって言われてもッ…、降りる場所が…」

    パッ、と両手を広げる神代さんに、周りを見回す。ベランダには梯子の様なものはない。階段らしきものも、台のようなものも無い。下を見ても、洗濯機や室外機のような大きな機械があるわけでもない。部屋の外から出て階段を使うのも無理だ。この状況で、どうやって神代さんの所まで行けばいいんだ。

    「ちっ、…なんだ、これはっ…!」
    「…ッ……」
    「天馬くん、鬼ごっこはやめて、ここを開けてくれないか?時間も遅いし、早く帰ろう?」

    バキッ、と大きな音がして、扉の鍵が壊されたらしい。ガチ、とチェーンロックに阻まれて、ドアの隙間から男が顔を覗かせてくる。ほんの少しの隙間からにこにこと笑う顔が覗いているのが不気味で、ぞわ、と鳥肌が立つ。今度は、チェーンがガチャガチャと音を立て始めた。このままだと、扉を開けて捕まってしまう。
    塀の下へ目を向けると、神代さんがスマホを耳に当てた。

    『大丈夫だから、おいで』
    「だ、だが、…どこから……」
    『僕が受け止めるから、飛び降りて』
    「えっ…?!」

    もう一度両手が広げられる。おいで、とは、“飛び降りておいで”という事なのか?! いや、二階だからそんなに高さは無いかもしれんが、それでも、無茶じゃ…。塀はよじ登れなくはない。だが、この高さを飛び降りて、神代さんが受け止めてくれたとして、怪我をしないだろうか。高校生なんて体はほとんど大人と同じだ。ましてや、オレは男だから女子より重たい。えむなら、平気かもしれんが…。ガチャンッ、と音が響いて、チェーンロックの根元が壊れかけているのが見えた。開けられるまで、時間もない。男はずっとオレに向かって何か言ってくるが、聞いている余裕もなかった。もう一度神代さんを見ると、遠目からでも分かる様に、手を大きく広げてくれる。

    「…………っ…」

    ぐっ、と手に力を入れて、塀に足をかけた。少し高い壁を乗り上げて、息を大きく吸う。肺が膨らんで、ドキドキが大きくなった。怪我をするなら、オレだけがいい。神代さんには、怪我はさせたくない。だが、神代さんが信じろ、と言ってくれているようで、オレはそれを信じたかった。足が震えて、冷や汗が背を伝う。
    中々踏み込めないでいると、ドアがダンッ、と大きな音を立てて開いた。オレの姿を見て駆け出してくる男と、目が合う。逃げるように視線を前へもどすと、目が合った神代さんがふわりと笑った気がした。
    不思議と恐怖が消えて、タンッ、と飛び降りた。ジェットコースターとかで感じるような浮遊感と、肌を刺すような冷気の冷たさ、ゆっくりと時間が進んでいるような変な感覚がする。なのに、神代さんが笑っているのが見えるだけで、やはり、不思議と怖くはないんだ。

    「よく出来ました」

    両手を広げで待っていてくれた神代さんに、正面から飛び込んだ。

    ―――
    (類side)

    「おや…」
    「のわっ…」

    思っていたよりも、天馬くんの体はしっかりとしていたらしい。ふら、と後ろへ体が傾いて、地面の方へ引き寄せられるように落ちていく。天馬くんがぎゅ、と僕の背を掴んでくれたのがわかって、少しだけ頬が緩んでしまった。シュー、という小さな音のすぐ後に、バフッ、と体が柔らかいものに包まれる。こんなこともあろうかと、簡易のエアバッグを車に詰んでいて本当に良かったよ。

    「か、神代さんっ、…大丈夫ですか?!」
    「ふふ、これくらい問題ないよ」
    「そ、そう、ですか…」

    ほ、と一つ息を吐く天馬くんが、へなへなと僕の上に額を預けて寄りかかってくる。きっと、緊張の糸が解けたのだろうね。ぽんぽん、と軽く頭を撫でてあげながら、彼が飛び降りたベランダへ目を向けた。そこには誰もいない。もしかしたら、階段の方へ向かったのかもしれないな。
    遠くで聞き馴染みのあるサイレンの音を聞きながら、小さく息を吐く。

    「…怖い思いをさせてすまなかったね」
    「いえ、神代さんのお陰で助かりました」
    「動けるかい?さすがにこの状態を誰かに見られると、騒ぎになってしまうかもしれないね」
    「……む…?」

    ぱち、ぱち、と天馬くんが目を瞬く。見方によっては、僕が天馬くんに押し倒されているように見えなくもないからね。僕としては、そのまま広まってくれても問題ないけれど。数秒固まっていた天馬くんが、漸く気づいたのだろう、バッ、と起き上がって両手を振り始めた。恥ずかしいのか、顔が真っ赤になっていて、可愛らしい。

    「す、すすすみませっ…、あの、その、神代さんの体温が安心するというか、暖かくてッ…」
    「あぁ、すまないね、その格好は寒いだろう?」
    「平気ですっ!これくらい、…っくしゅ…」
    「すぐ近くに寧々が車で待機しているから、そっちへ行こうか。それまではこれを着ていてくれるかい?」

    体操着のままの天馬くんの肩に、僕のコートをかける。立ち上がって手を引くと、まだフラフラとしている彼が、よろけて僕の方に少しだけ寄りかかった。すぐ離れようとするので、そのまま腰を引いて体を預けさせると、赤い顔が更に赤く染っていく。
    この反応は、期待したくなってしまうな。

    「あ、でも、まだ中にいるから…」
    「大丈夫。警察も着いたから、今頃捕まえてくれてるよ」
    「…警察……?」

    ビルの側に止まっている車の後部座席のドアを開けて、天馬くんを中へ促す。運転席で待っていた寧々は、僕を見るとまたスマホへ目を向けた。「よろしくね、寧々」と天馬くんを寧々に任せて、ドアを閉める。ビルの入り口の方へ向かうと、警官が男の腕を掴んで出てくるところだった。スーツを着た男性がパトカーに乗せられるのを何となく見送って、ビルの入り口を入る。上の方へ向かうと、最上階の柱の陰に見覚えのある制服が置かれていた。

    「これで全部かな」

    制服や教科書を鞄と一緒に持って、側に置いてあったお弁当の入った袋も一緒に持つ。そのまま下へ降りて車へ向かうと、窓から天馬くんが顔を出していた。心配そうにしていた彼の表情が、僕を見てホッ、と安心したような顔に変わる。ドアを開けて、中へ荷物を手渡すと、いつもより小さな声でお礼を言われた。

    「体操服は寒いから、着替えた方がいいよ」
    「それなら、走って帰るので…」
    「いいから。寧々、少しならいいよね」
    「外で待ってるから、ゆっくりどうぞ」

    パタン、と運転席から出てきた寧々は後ろを向く。僕がもう一度着替えるよう促すと、天馬くんが窓を閉めた。着替え始めるのを横目に、顔をビルの方は向けるとこちらに一人近付いてくる。薄桃色の髪を揺らした知り合いが、ひらひらと手を振った。

    「やほー、類。久しぶりじゃん」
    「さすがだね、瑞希。到着が早くて助かるよ」
    「類から頼まれたら、頑張っちゃうよね〜」
    「なら、もう一つお願いしてもいいかい?」

    目の前まできた瑞希は、にまにまとした顔を僕に近付けてくる。瑞希のこの顔は、色々質問されて面倒くさくなりそうだ。にこ、と無理矢理愛想笑いを作って、話題を変えてしまうに限るね。
    瑞希は、僕の昔からの知り合いで、今は警察官だ。ふんわりと揺れる薄桃色の髪を一つに結わえて、 制服の帽子を少し斜めに被っている。普段はお互いあまり連絡を取らないけれど、何かあった時はすぐに連絡をくれる。正直、警察官という立場は便利だ。今回も、事情は予め説明したけれど、すぐ駆けつけて犯人を捕まえてくれた。

    「はいはい。今夜の事情聴取は終わったことにして、適当に書いておくよ」
    「ありがとう、何かあれば証言はするよ」
    「類がしてどうすんのさ。まぁ、なんか分かったら教えてあげる」

    ひら、と手を振ってパトカーの方へ向かう瑞希に、僕も軽く手を振る。こういう時、瑞希が相手だと楽だ。これから警察署へ行って事情聴取なんてしていたら、天馬くんも疲れてしまうからね。それなら、早く帰して休ませてあげたい。コンコン、と窓を軽く叩いた天馬くんを見て、寧々に声をかける。窓を開けてくれた天馬くんは、ひょこ、と顔を覗かせた。

    「ありがとうございました」
    「家まで送るよ。そのまま乗っていて」
    「え、…ですが…」
    「類、道案内よろしく」

    僕と天馬くんの話を聞いていたらしい寧々が、ぽちぽちとナビゲーションを弄りながらそう言った。後部座席の方に乗り込んで、「寧々もこう言っているしね」と笑うと、彼は小さく頷く。ゆっくり走り始めた車内で、寧々に簡単に道を伝える。緊張しているのか、背筋を伸ばして座る天馬くんに、くす、と笑ってしまった。

    「天馬くんが無事で良かったよ」
    「本当に、ありがとうございましたっ…!」
    「どういたしまして。ところで、家にご両親はいなかったのかい?」
    「……今日、は、両親は仕事で…。妹も、友だちの家に泊まりに行っていて帰ってこないんです」

    緊張を解くために始めた会話だったけれど、苦笑してそう言った天馬くんに言葉を飲み込む。もしかして、彼の御家族は今日の事を知らないのだろうか。僕に連絡が来た時は、頼られているのが嬉しいと感じたけれど、本当に僕だけにしか連絡していないのでは無いだろうか。頼る人がいないわけではないと思うけれど、大丈夫なのだろうか。

    「なら、今夜は1人なんだ?」

    珍しく寧々が話しかけた。人見知りで、中々自分から話しかけになんていかないのに、だ。そんな寧々の問いに、天馬くんが頷く。「慣れているので」と、さらりと答えた天馬くんが、少し心配になる。こんなことがあった日に、慣れているからと一人で過ごさせるのはどうなのだろうか。やっぱり、今からでも親御さんに連絡はした方がいいのではないか。それに、今夜だけでも親戚か誰か、身近な人に傍に居てもらった方が…。

    「じゃぁ、類でも貸す?」
    「は…?」
    「んえ…?」

    思わず変な声が出てしまった。バックミラー越しにこちらを見た寧々は、何を考えているのかわからない。天馬くんも呆気としていて、僕は小さく息を吐いた。キキィ、と車が赤信号で停止すると、寧々がちら、と後部座席に顔を見せる。

    「高身長だから大抵の男相手でも威圧感あるし、昔アクション映画の撮影の為に鍛えてた事があるからそれなりに強いよ。それと、頭の回転は早いから、何かあっても対処してくれるだろうし、無駄に知識が豊富だから宿題の分からない所とか簡単に教えられると思う」
    「…………寧々…」
    「あ、変な事されそうになったら、わたしに連絡くれればすぐ引き取るから。優しい顔して意地は悪いし執拗い奴だから、本当に嫌な時は大声出して逃げれば周りが助けてく」
    「寧々ッ!!」

    パッ、と信号が切り替わると、寧々はすぐに前を向き直す。まさかこんな事を言われると思ってもみなくて、顔が熱かった。高校生の天馬くんに変な事なんてするはずないじゃないか。何を考えているのか。
    ぽかんとしたままの天馬くんが、僕の方へ顔を向けてきたから、思わず顔を逸らしてしまった。まだ天馬くんと交際しているわけでもないのに、手を出すわけが無い。というか、僕の気持ちも伝えてないのに、寧々が色々話すから居た堪れないじゃないか。

    (……これで、天馬くんに気付かれたらどうしてくれるんだ…)

    少しは意識されているかもしれないと、さっき期待してしまいそうにはなったけれど、そういうわけではないだろう。男子高校生が大人に助けられるなんて、恥ずかしい事だとは思うからね。むしろ、幼馴染にここまで暴露される僕の方が恥ずかしいじゃないか。
    なんと言い訳しようか悩んでいる僕に、天馬くんが首を傾げた。

    「借す、とは、…?」
    「あぁ、気にしないでおくれ。天馬くんの御家族がいないなら、僕をボディーガードの代わりに泊めたらどうかって事だと思うよ」
    「えっ…?!」
    「まぁ、天馬くんが構わないなら、それも有りだけどね」

    赤い顔は笑って誤魔化して、天馬くんの頭をぽんぽんと撫でる。お願いだから、今はこっちを見ないでほしいな。
    正直に言うなら、心配だから寧々の提案は有難い。けれど、あんな事があった後に他人である僕を家に泊めるのは、やっぱり気が引けるだろうね。冗談として受け取ってくれるといいけれど、天馬くんは黙ってしまった。そろそろ彼の家に着く頃だ。今日は特に戸締りをしっかりするように伝えないとね。
    撫でていた手を離して、窓の外へ目を向ける。見えてきた見覚えのある彼の家に、小さく息を吐くと、袖が何かに引っかかった。

    「……か、まわない、…です…」

    ぼそ、と聞こえた声に目を瞬く。天馬くんへ目を向けると、俯いたままの彼の手が、僕の袖を指先で控えめに摘んでいた。金色の髪の間から見える耳が、真っ赤に染まっているのが見えて、息を飲む。今のは、何に対しての言葉だろうか。
    心臓の鼓動が早まるのが分かって、必死に別の可能性も考えた。いくら考えても、結局同じ回答に辿り着いてしまって、頭の中でぐるぐると文字が回る。ちら、と視線を上げた天馬くんは、僕と目が合うとすぐに逸らしてしまった。

    「あ、…その、…め、いわくで、なければ…、」
    「………え、と…」
    「…か、神代さんの傍、は、安心、する、ので……」

    男子高校生ってこんなに可愛いものなのだろうか。いや、確かにまだ子どもなのだから、可愛いのは確かかもしれない。それにしたって、天馬くんのこれはなんだろうか。
    もごもごと言う姿は、いつもバイト先で見る元気な姿とは正反対だ。ハキハキと答える凛とした声も、あの太陽の様な笑顔もない。消えてしまいそうな程小さな震える声と、小動物の様な守りたくなる表情をしている。あまり他人に甘えた事がないのだろう、肩に力が入っていて、緊張しているのも分かる。今断ったら、とても傷付けてしまうだろうね。

    「君が平気なら、良ければ一晩泊めてくれるかい?」
    「は、はいっ…!」
    「そういうわけだから、寧々、明日は彼の家に迎えに来ておくれ」
    「はいはい。番犬ならいいけど、狼にはならないでよね」

    キィ、と車が彼の家の前で停車する。後部座席のドアを開いて、車から降りた。天馬くんが、寧々にお礼と挨拶をしているのを横目に、トランクから予備の服を取り出す。仕事で急な泊まりも多いから、移動に使う寧々の車に予め用意しておいていた物だ。それを取って、僕も寧々にお礼を言う。
    エンジン音がして、ゆっくり離れていく車を見送ってから、天馬くんの方へ顔を向けた。

    「それじゃぁ、一晩お世話になります」
    「こ、こちらこそっ…!」

    ぺこ、と深く頭を下げた天馬くんに、僕は笑顔を貼り付ける。
    寧々の言葉を心の中で思い浮かべ、何事も無いように、と気を引き締めた。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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