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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 76

    ナンナル

    ☆quiet follow

    俳優さんはお弁当屋のバイトの子にキスをする。

    やっと、書きたかった所が書けたっー!( ´͈ ᵕ `͈ )
    もう終わってもいい。いや、終わらないけど…。
    とても楽しかった( *´艸`)

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 15(類side)

    「天馬くんから連絡が来ない…」
    「………それはもういいから、シャキッとしてくれない?」

    スマホの通知欄には何も来ていない。今日は金曜日だ。いつもなら水曜日の夜にドラマの感想をメッセージで送ってくれる天馬くんから、一切連絡が来ていない。水曜日のお昼頃に、『今日は仕事が忙しくてお店にはいけそうにない』と連絡した時は、『わかりました!お仕事頑張って下さい!』とすぐに返信が来た。
    やる気が一切出なくて、机の上でうだうだと突っ伏したまま時計を見やる。この後はCMの撮影だ。なんだっけ。春だから桜とコラボした有名店のお菓子のCMだったかな。正直そんな浮かれた話題にやる気は出そうにない。天馬くんから連絡が来ないことの方が気になって仕方がなかった。もしかして、何かあったのだろうか。でも、メッセージを送ったら、感想が欲しいと催促しているみたいで、どうなのだろうか。スマホの画面を何度見ても通知は送られてこない。もやもやとしたまま、どうしようか悩んでいると、寧々が目の前で大きく溜息を吐いた。

    「気になるなら、デートのお誘いでもすればいいんじゃないの?」

    さらりとそんなことを言った寧々の言葉に顔を上げる。まさか寧々からお許しが出るとは思わなかった。驚く僕の顔を見て、もう一度溜息を吐いた寧々は、スケジュール帳をパラパラと開く。指で示されたのは、次の日曜日の日付だ。

    「日曜の午後の撮影だけど、さっき先方から日付を変えてほしいって連絡があったから、今なら午後を休みに出来るけど」
    「寧々は最高のマネージャーだね」
    「その代わり、この日の撮影、この後ねじ込むけどいい?」
    「任せておくれ。リテイクなしで全部終わらせて見せるよ」
    「………そのやる気を常に出して欲しいんだけど…」

    スマホのロック画面を解除して、今日何度も確認したメッセージアプリを開く。天馬くんの名前をタップして、手早くメッセージを打ち込んでから、送信ボタンを押した。ぽこん、と音が鳴って、メッセージが送信されたのを確認する。

    「…なんて送ったの?」
    「次の日曜日に、よければ一緒に出かけないかい?、と」
    「……断られなければいいけど」

    はぁ、と溜息を吐いた寧々がスマホで電話をかけ始める。きっと、日曜日に予定を入れていた相手方に電話をかけたのだろうね。暫く休みはないと寧々が言っていたから、この予定変更はありがたい。もうすぐ始まるCMの撮影も、日曜日に天馬くんに会えるなら乗り越えられそうだ。そわそわと連絡が返ってくるのを待っていれば、軽快な電子音が鳴る。画面に通知が来ていて、慌てて覗き込んだ。宛先に『天馬くん』と書いてあって、急いでロック画面を解除する。

    『オレでよろしければ、ご一緒させてください』

    丁寧な文面が何だかちょっと面白かった。『はい』とか『ぜひ』のような、もう少し砕けた文面が返って来ると思ったのだけれど、まだまだ彼との距離は縮まっていないようだ。それでも、会ってくれると返信が来たので、たぷたぷと画面に指を走らせる。

    『なら、日曜の午後一時に迎えに行くよ』

    そう返して、スマホを閉じた。寧々の電話は終わっていたようで、僕の方へ声がかけられる。「どうだったの?」という問いに、僕はそのままやり取りの内容を伝えた。いつものように、「よかったね」と適当に返されてしまったけれど、それは別にいい。コンコンと控え室のドアをノックされて、顔を向けると、撮影が始まると知らされた。スマホは寧々に手渡して、椅子から立ち上がる。

    「とりあえず、終わらせてこないとね」
    「この後もう一個増やしたから、さっさと終わらせてよ」
    「任せてくれたまえ」
    「……ほんと、単純なんだから」

    ひらひらと手を振られて、僕はスタッフの人と一緒に控え室を出る。天馬くんと日曜日に会うためだからね、約束通りさっさと終わらせよう。
    返信が返ってきたということは、彼は無事なようだ。水曜日の感想が届かなかったのは、誤送信で別の人にいってしまったか、はたまた別の理由で送られていないのか。最悪のケースは消滅したので、良いとしよう。天馬くんが無事なら、感想くらい無くても仕方ない。正直、読むのを楽しみにしていた僕としては、少しでもいいから聞きたかったけれどね。たまたま忙しくて見れてないという可能性もあるから、これ以上は追求出来ないかな。

    (次にあった時、それとなく聞いてみようかな…)

    そんなことをぼんやりと考えながら、スタッフの指示に従って、撮影が始まった。

    ―――

    「…よし」

    天馬くんの家の前でスマホのメッセージアプリを開く。着いたよ、と短く送ると、直ぐに既読がついた。中からパタパタと足音がして、ドアノブが回される。出てきた天馬くんは、僕を見ると少しだけ頬を赤く染めた。

    「こ、こんにちは!」
    「久しぶりだね、天馬くん」
    「は、はいっ…!」

    ガチャガチャ、とドアを閉めて、鍵をかける後ろ姿を何となく見つめる。
    今日は約束の日曜日だ。寧々に宣言した通り、撮影は全て終わらせた。午前の打ち合わせも時間通り終えて、真っ直ぐここまで送ってもらったところだ。目深に被った帽子を少し上げて、天馬くんに挨拶を返すと、彼は目線を横へ逸らしてしまった。この反応はなんだろう。なんだか、以前よりもよそよそしい感じがするけれど…。
    カシャン、と門から出てきた彼に、「行こうか」と声をかける。すると、彼は小さく頷くだけで、そこから黙ってしまった。三月末ということで、少し温かくなってきたからだろう、冬の装いとは違って少し薄着の服装も可愛らしい。スカーフで口元を隠した天馬くんは、隣を歩きながらソワソワとしていた。明らかに緊張している様子の天馬くんに、僕の気持ちもソワソワとしてしまう。

    「今日は、こういうのに参加してみないかい?」
    「………謎解き、ウォークラリー?」
    「そう。企画参加しているお店や博物館に、謎を解きながら回っていくらしいよ」
    「こんな企画があるんですね」

    じっとチラシを見つめる天馬くんの目がキラキラと輝くのが見えて、つい口元が緩む。興味を持ってもらえたようで良かった。これなら、ふらふらと歩き回りながら気楽に話が出来るからね。
    スタート地点の受付に向かいながら、軽い世間話からしていくことにした。気温が上がってきたから春物の服をタンスから引っ張り出したら寧々に嫌な顔をされたことや、知り合いから有名店のお菓子を貰ったこと、今度食リポをしないといけない番組に出演が決まってしまったことなど、思いつく話をした。最初は緊張していた様子の天馬くんも、次第に笑ってくれるようになって、ウォークラリーが始まる頃にはいつも通りの彼に戻っていた。

    「まずはこれを解けばいいんですね!」
    「そうだね、ヒントは、これかな…」
    「……む、…結構難しいな…」

    紙を持ったまま首を傾げる天馬くんは一生懸命考えている。それが何だか可愛らしくて、くす、と笑ってしまう。答えはすぐに分かってしまったけれど、天馬くんが頑張っているから、もう少し黙っていようかな。分からないのか、紙をくるくる回したり裏面を見たりする彼の様子を見るのは面白い。答えはシンプルなのだけど、相当悩んでいるみたいだ。
    顔を顰め始めた天馬くんの横から、紙の上に指を乗せる。

    「この問題のこの部分は、地図のここだと思うんだけど」
    「…あ、本当だ……」
    「となると、ここをこう進むと、問題の文言と重なるね」
    「……つまり、こっちはこう進んで……、あ、分かった!次に行くのは、ここだなっ!」
    「ふふ、そうみたいだね。じゃあ、行ってみようか」

    無意識だろう、いつもの敬語が外れて、天馬くんとの距離が縮まった気がする。彼は、友だちの前ならこんな感じなのだろうね。友だちの枠にはなれないとしても、こうして時折彼の別の一面が見られるのは楽しい。にこにこと地図を見ながら進む彼をちら、と時折盗み見ながら、どんどん進んでいく。

    「こんな美術館があったんですね」
    「ふふ、結構楽しめたよ」
    「オレも楽しかったです!次は、裏路地の隠れたカフェ、らしいです!」
    「それなら、そこで少し休憩しようか」
    「はい!」

    三つ目も終わり、残りはカフェの謎を解いてゴールするだけだ。意外と時間も経っていたようで、陽も傾き始めている。あまり遅くならないようにした方がいいかもしれないけれど、少しは休憩も必要だろう。目的のカフェは、大通りから少し外れたところにあった。こじんまりとした佇まいで、木製のお店は落ち着けそうだ。天馬くんが表の看板の前で立ち止まる。

    「これみたいですね」
    「じゃぁ、写真を撮って、中で座りながら解くというのはどうかな?」
    「いいですね!」

    カシャ、と一枚写真を撮って、お店の中に入る。裏路地の隠れたカフェ、というだけあって、中は程々の人数のお客さんしかいない。静かな店内に踏み込むと、ウエイトレスさんに席へ案内された。渡されたメニュー表を机の上で開いて、天馬くんに見せると、彼は少し身を乗り出してメニューへ目を向けた。

    「パンケーキも美味しそうだけど、こっちのパフェも捨て難いな。む、この店はデニッシュも人気なのか!」
    「……ふふ、…」
    「どれも美味しそうだが、夕飯が食べられなくなりそうだ…、むぅ……」
    「この後も歩くからね、多少は平気だと思うよ?」
    「……このデニッシュにします!」
    「他はいいのかい?」
    「はい!」

    メニューの一つを指さした天馬くんはメニューから目を逸らしている。気持ちを揺らすまいと必死な様子がなんだか可愛らしい。店員さんを呼んで、僕の分の珈琲と彼のデニッシュを注文する。待ち時間で先程の問題を二人で解いていれば、あっという間に注文したものが届いた。
    くるんと丸く焼かれたデニッシュに、たっぷりの生クリームとバニラアイスが乗った天馬くんの頼んだメニューは甘い香りがした。一気に琥珀の様な瞳をキラキラと輝かせた天馬くんが、デニッシュをじっと見つめている。フォークとナイフを手渡すと、彼は困ったように眉を八の字に下げた。

    「ど、どこから食べたら良いんでしょう…?!」
    「んふ、…アイスが、溶けてしまうから、アイスの辺りから食べたらどうかな…?」
    「はっ…! そうですね、そうしますっ!」

    前から思っていたけれど、天馬くんは食べるのが本当に好きみたいだね。ぱちん、と礼儀正しく「いただきます」と口にした天馬くんが、ナイフとフォークで切っていく。一口サイズになったデニッシュを、アイスと一緒に大きく開いた口でぱくっと食べる。もぐもぐと頬を揺らして咀嚼していた彼が、きゅ、と眉を寄せて幸せそうに笑う。

    「んん…!」
    「ふふ、美味しいかい?」
    「はいっ!とっても美味しいです!甘いアイスがとろっと溶けて、デニッシュに染みて甘さに甘さが加わって、表面はサクサクなのに中がふわっふわの生地もすごく良くてっ!」

    目の前で楽しそうに説明してくれる天馬くんはとても楽しそうだ。僕は食べていないのに、天馬くんの説明を聞いていると味が伝わってくる。この表情が見れるなら、今度は別のお店にも連れて行ってみたいかな。珈琲を一口飲んで、目の前でもう一口切り取る天馬くんを見つめる。すると、彼がフォークにデニッシュを乗せて僕の方へ差し出してきた。

    「一口どうぞ」

    ふんふん、と嬉しそうに僕を見る彼は、期待の籠った目をしている。どうやら、僕にも食べさせたいみたいだ。美味しいものを共有したい、という彼の考えは分からなくはないけれど、ちょっと複雑だね。これでは全く意識されてないのが分かってしまう。

    「………なら、遠慮なく」

    断るのも申し訳ないので、あ、と口を開けて彼の持つフォークからデニッシュを一口もらう。ひんやりとしたアイスの冷たさと、まだほんのりと温かいデニッシュが口の中で混ざり合う。確かに、これは美味しいね。天馬くんの説明を聞いていたから、予想通りの食感と味に、つい口元が緩む。天馬くんなら、本当に食リポとか向いてそうだ。ごくん、と飲み込んでから、天馬くんに笑顔を向ける。

    「ご馳走様。天馬くんの言う通り、とても美味しいね」
    「…ぁ、…そ、うですか……」
    「ふふ、そろそろアイスが溶けてしまいそうだよ?」
    「は、はいっ…!」

    わたわたとデニッシュを口に入れる天馬くんから目を逸らして、手で口元を覆う。ほんの少し顔が熱くなるのは、バレてないと思う。彼の前では平静を装ったけれど、よく考えればこれって、間接キスと言うやつだよね。

    (…これは、不可抗力だから、仕方ないよね)

    ここにはいない寧々に心の中で言い訳して、珈琲を無理やり喉に流し込んだ。

    ―――
    (司side)

    (や、やってしまったぁあああ……!)

    ぶわわっ、と熱い顔をうつ向けて、必死にデニッシュを口に突っ込む。つい、咲希にするように一口進めてしまった。えむもあまりこういう事は気にしないから、なんとなく聞くのが癖になっていた。普通はしないだろう。いや、えむとする時はフォークを変えたりしているから、これは完全に家族に対する接し方をしてしまった。口の中が甘くて甘くて仕方ない。神代さんの顔が見れなくて、必死に目の前のデニッシュを食べ進める。
    最近ずっと、あのドラマのことばかり考えていたから、余計に頭の中がぐちゃぐちゃだ。ちら、と神代さんを見ると、窓の外を見ながら珈琲カップに口をつけていた。なんとも綺麗な横顔に、胸の奥がきゅぅ、と音を鳴らす。大人の男性という感じが、とてもかっこいい。オレも珈琲が飲めればいいが…、いや、飲めたとして、あんなにもかっこよく飲めるとは思えんが…。

    「天馬くん、どうかしたかい?」
    「へっ…?!」
    「足りなかったら、もう一品頼んでもいいよ」
    「あ、…だ、大丈夫ですっ!ご馳走様でしたっ!」

    いつの間にか食べ終わっていたお皿に気付いて、慌てて手を合わせる。神代さんに見惚れていて、気付かなかった、とか言えない。この後は、ゴールするだけだからな、のんびりしていたら夜になってしまう。ガタッ、と席を立つと、神代さんも立ち上がった。帽子を深く被る神代さんが、「行こうか」と優しく声をかけてくれる。それにドキッ、として、赤い顔を隠すように小さく頷いた。

    「あれ、伝票がない…?」

    さっきまであった伝票が机の上から消えていて、真っ直ぐレジへ向かっていく神代さんを慌てて追いかける。と、さっさと会計を済まされてしまった。自分の分は払うと言ったのに、神代さんは「一口貰ったお礼だよ」と言って、さっさと店を出てしまう。そういうつもりであげたわけではないのだが、これは受け取ってもらえそうにないと察してしまう。仕方なく、「ご馳走様です」とお礼だけ伝えた。ふわりと笑った神代さんが、オレの頭をぽんぽんと撫でながら、「うん、正解」と言った。大人である神代さんに甘えろ、と言うことなのだろう。なんだか、ずるい。
    先程の問題の答えを書き込んで、ゴールまでは並んで歩いていく。話題を作ってくれる神代さんに助けられながら、なんとか会話は繋いだ。そうでなければ、ずっとモヤモヤした気持ちが大き過ぎて、オレからは話題を振れそうにないからな。

    (………最終回の、あれが、本当にキスした、のか、…気になって仕方ない…)

    俳優ともなれば、あれくらい当たり前にこなせるのかもしれない。仕事なのだから、余計な私情を挟むものでは無いのだろう。分かってはいる。分かってはいるが、やはり、気になってしまう。平気で、好きではない人とキスが出来る、なんて、言ってほしくない。そういう、人だと、思いたくない。…って、オレは女か。仕事なのだから、それくらい割り切るのが大人だろう。

    「天馬くん?」
    「へぁ、…はいっ!」
    「無事にゴール出来たね」
    「そ、そうですね…!」

    いつの間にかゴールし終わっていたらしい。貰った覚えのない景品を手に持っていて、目を瞬く。どうやら、ストラップのようだ。今回のウォークラリーのイメージキャラクターなのだろう、兎をモチーフにした可愛らしいストラップが手の中で揺れる。薄い紫色のピーズがストラップの部分に付いていて、思わず握り締めた。

    「楽しかったかい?」
    「はい、とても楽しかったです!」
    「それは良かった」

    暗くなってきた道をゆっくり歩きながら、神代さんが笑う。家まで送るよ、と言われて、頷いた。この前の事があったから、気にしてくれているのかもしれん。あの一件以降、変な手紙も、後をつけられることも無くなったので、大丈夫だと思うのだが。

    (…一緒にいる時間が延びるから、断れんが……)

    叶わないのは分かっているが、期待してしまう。神代さんが、優しいから、もう少しだけ、夢を見たいと思ってしまう。今は釣り合いがとれないが、いつか、同じ役者として隣に立ってみせる。そしたら、片想いでももっと近付けるかもしれんからな。だから、今は友人として少しだけ甘えてしまおう。神代さんの婚約者の人には申し訳ないが。

    「そういえば、今度新しいCMに出ることになっているんだ」
    「CMですか?」
    「うん。この前撮影が終わったから、近々流れるんじゃないかな」
    「そうなんですね、楽しみにしてます!」

    新しいCMに神代さんが出るのか。咲希はもう知っているだろうか?帰ったら聞いてみよう。近々、ということは、春のCMだろうか。何のCMか、今から楽しみだ。ドラマもとてもかっこよかったからな。神代さんがモデルをしたファッション誌も買って見たが、どれもかっこよかった。やはり、背が高いからなんでも似合ってしまうな。

    「あの探偵役も、オレなんかよりずっと大人っぽくて素敵でした!」
    「天馬くんの探偵役も、とても良かったよ」
    「神代さんの方が、言葉に余裕がありましたし、一つ一つが丁寧で、動きも目を奪われましたし、何より最後の、…」

    はた、とそこで言葉が途切れる。自分で自分の首を絞めたのが分かって、一気に指先が冷たくなった。不思議そうに首を傾げる神代さんが、「天馬くん?」とオレの名を呼んだ。これは、なんとか言葉を繋げなければ…!

    「その、小説も読んでいたんですが、神代さんの探偵役は小説の探偵さんよりも大人っぽくて魅力的で、ヒロインが恋に落ちるのも分かるな、と感じたと言いますか、最後のシーンもすごくドキドキしてっ…!」
    「…え、と……、天馬くん?」
    「す、すごいですよねっ!小説とラストが違って、神代さんの、最後のキスの仕方がかっこよくて、あんなの、お相手の方もドキドキしちゃいますよねっ!というか、やっぱり俳優さんって、キスとかも普通に出来ちゃうんですね…!」

    言葉が、どんどん出てきてしまう。自分でも何を言っているのか分からなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
    この数日、ずっと考えていた。あのキスシーンは、本当にあった事なのか、と。もしかしたら、CGとかだったりするか、と。だが、海外の映画やドラマは実際にキスしているものも多い。日本のドラマも、控え目なだけで、本当にしているんじゃないか。そう思うと、胸がズキズキと切り刻まれるような痛みに襲われて、泣きたくなった。神代さんには婚約者がいるし、オレなんかじゃ、本当は会話も出来ないずっとずっと凄い人だ。だから、神代さんが仕事で何をしようが傷付くのはおかしいのに、どうしても嫌だと思ってしまって、最終回だけ楽しめなかった。

    「天馬くん」

    ぐちゃぐちゃの頭でずっと喋っていたオレの唇に、神代さんの指先が触れる。ハッ、として言葉を飲み込むと、神代さんに手を引かれた。すぐ近くの狭い路地に引っ張り込まれて、壁を背に立たされる。
    もしかして、怒らせてしまっただろうか。自分が何を言ったのか必死に思い出そうとするが、何も思い出せない。ただ、ドラマの最終回の話をしていたような気はする。そんな気はするが、何を言ったのだろう。もし、『誰ともキスしないでください』と、オレの身勝手な願いを言ってしまっていたらどうすればいい。恋人でもない、年下の同性にそんなことを言われたら、気持ち悪いじゃないか。

    「あ、あの、…すみませっ…」
    「してないから」
    「…んぇ……?」

    頭上から聞こえた声に、反射で顔を上げる。すごく近い距離に、神代さんの顔があって、心臓が大きく跳ねた。じゃり、と後退ろうとした靴が砂を蹴って音を鳴らす。なのに、背中は壁にぴったりとくっついていて、逃げる事も出来ない。暗い路地の中で、神代さんの月のような瞳が真っ直ぐオレを映していて、まるで夢の中にいるみたいに現実味がない。なのに、胸のドキドキが煩くて、苦しい。すり、と頬をそっと撫でられて、思わず肩がビクッ、と跳ねた。

    「あれはフリだけで、してないよ」
    「………そ、ぅ、…なん、で、すか…?」
    「覚えておいて。僕は、仕事だからといって、恋人になる子以外にキスなんかしないから」
    「…ぇ、…ぁ……」

    とん、と優しく額が合わさって、鼻先に神代さんの息がかかる。バクバクバクバクッ、と心臓が飛び出しそうな程音を鳴らして、身体が固まる。ぎゅぅっ、と胸をおさえる両手に力を入れると、頬を親指の腹で撫でられた。擽ったさと、指先のひんやりした温度が、余計にオレの頭をぐちゃぐちゃにする。顔が熱くて熱くて仕方ない。足がカクカクと震えて、立っているのがやっとだ。視線が、神代さんの月色の瞳に奪われたように逸らせなくて、近付く金色に思わずギュッと強く瞑る。鼻先に、さらさらの髪が触れて、唇に少し熱い息がかかった。唇を引き結んで、身構えるオレの目の前で、くす、と笑う声が聞こえてくる。

    「こんな感じだよ」
    「…………ん、ぇ…?」
    「後は、カメラの位置でキスしているように見せるんだ。手や髪で口元を隠すこともあるし、人によっては、口の隅に本当にキスをする場合もあるみたいだね」
    「………は、…ぅ…、そ、ぅ、です、か…?」

    パッと離れた神代さんが、にこ、と笑う。周りが暗い路地で良かった。これ以上ないくらい赤くなった顔を腕で隠して、視線を逸らす。まだ心臓が煩いし、足はガクガクしていた。それでも、必死に力を入れて持ち堪える。
    流石人気俳優の神代類である。フリだというのに、本気にさせられた。

    (…安堵したのと同じくらい、残念、だと、思ってしまった……)

    ちく、と痛む胸を片手で抑えて、必死に顔を腕で擦る。大通りの方からは、人の声が聞こえてくる。けれど、街灯のない路地の道は真っ暗で、人の気配もない。赤い顔を見られなくて済むのは有難いが、こんな事で腰が砕けそうになっている自分が情けないな。ゆっくりと息を吐くと、くすくすと笑う神代さんがオレの前髪を軽く指先で払った。

    「もしかして、期待させてしまったかい?」
    「っ…」
    「本当に、して欲しくなったかな?」

    なんてね、と揶揄うように言われて、ぶわわっ、とまた顔が熱くなる。神代さんも、こんな子どもっぽい悪戯をしたりするのか。振り回されている自分が悔しくて、なんだか胸の奥がもやっとしてしまう。子どもだと思って、揶揄われたのだろう。キスに興味を持つのは早いと言われた気がして、眉を顰める。
    くい、と神代さんの袖を引っ張ったのは、殆ど無意識だった。

    「……天馬くん…?」
    「…し、てほしいって、…言ったら、……して、くれますか?」

    いつも余裕そうな月色の瞳が揺れたのを見たのは、初めてだった。神代さんが、息を飲んだのが分かる。耳から心臓が飛び出てしまいそうな程活発に動いていて、胸が苦しい。それでも、ここで逃げたくはなかった。じっ、と今度はオレが神代さんの目を見つめ返す。くい、ともう一回袖を引いて、ほんの少し背伸びをした。

    「…………オレに、神代さんのキスの仕方、教えてください…」

    震える声でそう言いきったオレに、神代さんがほんの少し眉を顰めた。オレより大きな手が、ゆっくりと頬に添えられて、上へ向かされる。指先が冷たく感じるのは、オレの顔が熱いせいだろうか。さっきとは違って、両手で頬を包まれては、今更逃げられるはずもない。

    「……っ…」

    鼻先が触れて、唇に息がかかる。背伸びした足がぷるぷると震えて崩れ落ちそうになると、足の間に神代さんの膝が差し込まれた。ビクッと身体が大袈裟に跳ねる。神代さんの膝で、体が支えられ、今度こそ逃げ道が塞がれた。ギュッと目を瞑って、縋るように神代さんの服を掴む。大人のキスは、こんなにドキドキするのか。こんなに、体が近付くのか。きゅ、と引き結んだ唇に、いつ触れられるのかと気持ちがめちゃくちゃになって、じわ、と目頭が熱くなった。くい、と頬に添えられた手に引かれて顔が少し前へ出ると、頬にふにっとした柔らかいものが押し付けられる。

    「……んぇ…?」

    思わず目を開けると、神代さんに乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でられた。足の間に差し込まれた膝もどかされて、あっという間に距離が開く。

    「本当にするのは、大切な人のために取っておきなね」
    「……………は、ぃ…」
    「揶揄ってすまなかったね。もう暗いから、早く帰ろう」
    「………」

    こくん、と頷いて、神代さんに手を引かれるままついて行く。
    ぼんやりとしたまま家まで送られて、神代さんはあっさりと帰っていってしまった。早く寝た方がいいよ、と笑って手を振った姿は、いつもと変わらない。

    「……結局、…全く意識されてないのだな…」

    頑張ったというのに、簡単に躱されてしまった。フラフラとしたまま部屋にいって、ぼふんとベッドに崩れ落ちるように寝転がる。頬が、ずっと熱い。唇のあの擽ったさがずっと残っていて、顔を両腕で覆った。

    「………されても、良かったのだがな…」

    大切な人なんて、神代さん以外にいない。だが、子どものオレに、大人の神代さんが本気で相手にするはずも無いじゃないか。自分がどれだけ身の程知らずなことを言ったのか思い出して、恥ずかしくて仕方ない。

    「…大人になりたい……」

    はぁあ、と大きく溜息を吐いて、一人で反省会をしたのは言うまでもなく。

    ―――
    (類side)

    「………あ、ぶなかったぁ…」

    自室のソファーに座って、頭を抱える。
    脳裏に浮かぶのは、緊張した様子で、それでも僕に身を任せようと目を瞑る天馬くんの顔ばかりだ。赤い顔も、震えた体も、控えめに僕の袖を掴む手も、甘えた様な上擦った震え声も、全部覚えている。身体中が熱くて、柄にもなく動揺してしまった。据え膳食わぬはなんとやら、と言うけれど、あれは手を出してはいけなかった。我慢した自分を褒めたいくらいだ。

    「寧々にバレたら、暫く彼に会わせてもらえなくなるね…」

    はぁ、ともう一度溜息を吐いて、ソファーを立ち上がる。今日はもう寝てしまおう。思い出したら余計にダメだ。
    あんなにも大胆な事を彼が言うとは思わなかった。

    『オレに、神代さんのキスの仕方、教えてください』

    天馬くんの言葉を思い出して、頭をガシガシと乱暴にかく。脱衣所へ行って、適当に服を脱いだ。ガッ、とドアを開けて中に入り、シャワーを勢いよく出す。まだ冷たい水を頭から被って、壁に手をついた。

    「…演技の仕方を教えてくれって事じゃないか。何を勘違いしているんだ、僕は」

    期待しそうになった気持ちもまとめて、冷水で流す。
    頭を冷やして、軽く体や頭を洗ってからゆっくりと湯船に浸かった。
    その夜は、次に会った時に彼といつも通り接せれるよう一人でイメージトレーニングを行った。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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