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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ!× 33
    あと一話で終わらせるか、もう少しだけ書くかで悩んでいるのですが、とりあえず、まだ続きます_:( _ ́ω`):_
    35までに終わらせられるだろうか…:( •ᾥ•):

    いつも通り、雰囲気で読み流してください。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 33(司side)

    ふわふわとした気持ちで、目が覚めた。
    ずっと夢の中にいるかのようだ。そわそわとして、ほんの少しのドキドキと、気恥しさに布団を頭まで被る。頬が熱くて、変だ。指先で強く摘むと痛かった。目は覚めているらしい。
    中々起きる気になれずもぞもぞとしていれば、すぐ側においてあったスマホが軽快な音を鳴らした。聞き慣れたその音にビクッ、と肩が大きく跳ねる。反射的にスマホを取ると、着信を知らせる画面に『神代さん』の文字。
    慌てて起き上がり、ベッドの上に正座をする。通話ボタンに指を置くと、機械越しでも綺麗な声がオレの名前を呼んだ。

    『おはよう、天馬くん』
    「ぉ、おはようございますっ、神代さん…!」
    『すまないね、起こしてしまったかい?』
    「大丈夫です…! その、どうかしたんですか?」

    声が裏返りそうになるのを必死に堪えて、なんとか返事を返す。すると、神代さんはいつもの調子で続けた。

    『今日は事務所に行く用があるんだ。仕事の前に天馬くんの声を聞いたら、今日一日頑張れると思ってね』
    「んぇ…?! ぁ、……そぅ、ですか…」
    『出来れば毎朝聞きたいな』
    「…そ、それは、さすがに……」

    スマホを当てた耳が熱い気がする。楽しそうにくすくすと笑う声に、胸の奥がきゅぅ、と苦しくなった。朝から神代さんの声は心臓に悪い。煩く鼓動する胸の音に眉を顰める。このまま心臓発作でも起こせてしまいそうだ。寝起きに電話はやめてほしい。だが、神代さんの声が聞けるのは嬉しくて何も言えん。
    ぅぐぅ、と小さな唸り声が零れて胸元を強く握り締めると、通話口で神代さんが優しい声音でもう一度オレの名前を呼んだ。

    『あぁ、でも、これでは天馬くんに余計に会いたくなってしまってダメだね』
    「ふぇッ…?!」
    『機械越しではない君の声が聞きたい。君の笑顔を見なければ、仕事なんて出来そうにないよ』
    「な、なななな何言ってっ……?!」

    ぼふ、と一気に顔が熱くなる。通話口からは、相変わらず神代さんの楽しそうな声が聞こえてきた。からかわれているのだと分かって、片手で頬を抑えたまま小さく唸る。オレの反応を楽しんでいるのだろう。それがなんだか悔しい。気持ちが落ち着かず、スマホを反対の手に持ち替えた。

    『おや、天馬くんはそうは思ってくれないのかい?』
    「へぁ…?! な、…ぇっ……!?」
    『恋人の声が聞きたいと思うのは僕だけで、天馬くんは僕の声は聞きたくなかったのかな…?』
    「え、いや、そんな事っ……!」

    神代さんの声が、しゅん、と落ち込んだような声に変わる。そんなつもりではなかったが、どうやら誤解させてしまったらしい。慌てて否定しようと口を開いて、通話を切ってしまいそうな雰囲気の神代さんを引き止めた。
    背筋を伸ばして、恥ずかしい気持ちを胸の奥へ押し込む。

    「っ…、そ、の……、オレ、も、神代さんの声が聞けて、嬉しい、です…」
    『…本当かい……?』
    「は、はいっ…! オレも、今日一日、頑張れそうですっ…!」
    『それなら、これからは毎朝かけようか』
    「………………ぇ…」

    その一言で、にこりと神代さんの笑う顔が脳裏に浮かんだ。
    スマホを耳に当てたまま、ピシッ、と体が固まる。言われた言葉を何度も脳内で再生させて、意味を考えた。
    “毎朝”というのは、つまり…? かけるというのは、電話という事で良いのだろう。つまり…?ん?
    黙ったままのオレの頭の中を、くるくると言葉が回る。まだ寝惚けていて、聞き間違えたのだろうか。しかし、聞き間違いにしてはハッキリと聞こえた気もする。

    『天馬くん、どうかしたかい?』
    「いえ、その…聞き間違いでなければ、毎朝って…」
    『ふふ、天馬くんさえ良ければ、これからは朝、君の声を聞かせてほしいな』

    聞き間違いではなかったのだと、神代さんにあっさり肯定されてしまう。本当に、毎朝通話をしようというお誘いだったらしい。正直まだ頭が追いつかず、首を左右へ傾けて呆気としてしまう。神代さんの声音は、本気なのか冗談なのかよく分からん。だが、それで同棲の話も婚約の話もどんどん進んでいくのだ。机の上に置いてある銀色の指輪をちら、と見て、手の甲を額に当てる。
    嫌な訳では無い。神代さんの事は好きだ。神代さんの声も、笑った顔も。嫌な訳ではなく、“困る”んだ。

    (…神代さんに、特別扱いされてる様な、そんな感じがして、…それが、大きくて、困る……)

    実際に、特別扱い、なのかもしれん。恋人、というのは、そういうものなのだろう。それを実感させられるというか、せざるを得ないというか…。神代さんの言葉一つひとつが、オレを甘やかす様で、困るんだ。このままでは、オレが、神代さんが居なくてはならなくなりそうで…。

    「………か、…」
    『…』
    「………………………か、まいません…」
    『じゃぁ、また明日、この時間にかけるよ』
    「……………はい…」

    嬉しそうに声を弾ませて、神代さんがそう言った。
    結局、この嬉しそうな反応が嬉しいと思ってしまうんだ。オレの返事一つで、あの神代類が喜んでくれる。そんな非現実的な様で本当に起こってしまっている事実に、振り回されてしまう。きゅぅ、と胸の奥で音が鳴り、オレはスマホを耳に当てたまま、ぼすんとその場に踞る。めいっぱい背を丸め布団に顔を押し付けて、湧き上がる嬉しい気持ちを押し込んだ。

    『そろそろ寧々が待ちくたびれているかな』
    「あ、そうですよね…!」
    『もっと一緒に話していたかったけれど、また明日、ね』
    「は、はい。お仕事、頑張ってくださいっ…!」
    『ありがとう、天馬くんもね』

    ぷつん、と途切れた通話。何も聞こえなくなったスマホを耳に当てたまま、呆然としてしまう。耳に、神代さんの声がいつまでも残っているかのようだ。少しづつ仲良くなって聞く機会の増えた『またね』が、『また明日』に変わった。

    「………………本当に、夢ではない、のか…」

    スマホの着信履歴に残る神代さんの名前。机の上の指輪をもう一度見て、胸元を手で押える。
    週に一回バイト先に来る変わったお客さん。傘を貸して、文化祭の催しの演技指導をしてくれて、遊園地へ行ったり、ドラマの感想を送っては少しだけ話をして、危ない所を助けてもらったり、お泊まりもして、週に一度お弁当を作ったりして、それで…。一つひとつ思い返していけば、色々な事があった。初めて神代さんを見た自分は、ここまで親しくなるなんて思っていなかっただろうな。ぎゅ、と強く胸元を握り締めて、スマホをベットの上へ置く。
    時計の針の音を聞きながら、いい加減準備をしなければ、とぼんやり思い始めた。そんな時、部屋の戸をノックする音がして、びく、と肩が跳ねた。

    「お兄ちゃん、遅刻しちゃうよ?」
    「ぁ、…さ、咲希っ、……おはよう…!」
    「おはよう、お兄ちゃん!」

    にこ、と笑う咲希が、部屋の戸を開けてひょこりと顔を覗かせた。声が裏返りそうになりかけたが、なんとか笑顔で朝の挨拶をする。オレの動揺に気付いてないらしい咲希は、花が咲く様な笑顔を返してくれた。
    そんな咲希の笑顔に、ホ、と安堵する。

    「落ち込んでいたようだが、もう大丈夫なのか?」
    「うん! 昨日、あのニュースは誤報だったって、類さんの事務所が発表してたの! 相手の人の事務所も、謝罪してたし、それ見たら安心しちゃった! 心配かけてごめんね、お兄ちゃん」
    「いや、咲希が元気になったのならオレも安心だ!」
    「ありがとう、お兄ちゃん!」

    いつもの咲希の笑顔。それだけで、オレも自然と笑顔になる。やはり、咲希に元気がないのは辛いからな。神代さんと彼女のニュースで騒がしかった数日前から、ずっと部屋に引き篭ってしまっていた咲希がこうして元気になってくれた。本当に良かった。
    ベッドをおりて、スマホを机の上に置く。オレが起きたのを確認した咲希は、パッと笑顔を浮かべて、部屋の戸のノブを掴んだ。

    「えへへ、でも良かった。類さんの恋人の話が間違いで」
    「…、………」

    咲希の嬉しそうな声に、ぴく、と指先が反応してしまう。

    「類さんには婚約者の人がいるって噂は知ってたけど、実際にこの人ですって言われちゃうと、やっぱりショックだもん」
    「………………………」
    「だから、間違いで安心したよ」

    時間が止まったかのような錯覚に陥って、言葉が出なくなる。口角が引き攣り、嫌な汗が背を伝い落ちた。咲希に背を向けたままのオレの心臓が、急に鼓動を早めていく。

    「あ、今日の朝ご飯は特製ピザトーストだよ! 冷めちゃうと美味しくないから急いでね、お兄ちゃん!」
    「………ぁ、…あぁ…」
    「ふんふふーん、後でいっちゃん達にも教えてあげよー!」

    なんとか返事を絞り出したオレの後ろで、ぱたんと扉が閉まった。たん、たん、と階段をゆっくり降りていく音が聞こえる。それを聞きながら、オレはその場にしゃがみ込んだ。もはや情報量がめちゃくちゃで整理しきれていない頭を両手で抑える。

    「………………さ、咲希に神代さんとの事がバレぬようにせねばっ…!」

    震える口から吐き出した言葉に、オレは一層頭を抱える事となった。

    ―――
    (類side)

    「ふふふ…」
    「……流石に不気味なんだけど…」
    「天馬くんのお陰で、今日は頑張れそうだよ」
    「はいはい。惚気はいいから真面目にやってよね」

    バン、と車のドアを閉めて、寧々が鍵をかける。今日は事務所で軽く今後についての話し合いと、明日の撮影の最終打ち合わせがある。例の騒動で自宅待機になっていたから、撮影が押してしまっているものが幾つかあった。それにあの映画の撮影も、彼女が辞退となったため代役を探して取り直しだ。スタッフは大慌てでキャストに募集をかけているらしい。僕にもキャンセルになった仕事があると寧々が言っていた。そのせいか、空いた穴を埋める為に事務所の人達が忙しくしている。
    まぁ、僕は引き受けた仕事をこなすだけだけれど。

    「明日は朝から準備して一日撮影だから、間違ってもそんなだらしない顔で出ないでよ」
    「ふふ、安心しておくれ。明日の撮影は、僕にとっても大事なものだからね」
    「……アンタが手を抜くとは思わないけど、しっかり売り込んできてよね」
    「勿論、そのつもりさ」

    ひら、と手を振ると、寧々は肩を竦めて僕に背を向ける。彼女はこれから打ち合わせだ。その間に、僕も暫く放置になっていた書類を片付けてしまわなければ。寧々が戻ってきたら軽い打ち合わせをして、明日の撮影の打ち合わせに参加して…。

    「…きっと、天馬くんは驚くのだろうね」

    天馬くんの反応を想像しては、ふふ、と口元が緩む。
    明日の撮影は、キャストが色々な街を歩いてお店を紹介するものだ。今回は特別ゲストに僕が選ばれた。回るのは僕の家の近くで、飲食店や雑貨屋なんかをふらっと立ち寄るのがコンセプトとなっている。
    つまり、あのお弁当屋も撮影可能な範囲という事だ。

    「本当は、天馬くんがいる時に行きたかったのだけど、彼は学校があるだろうから、事後報告になってしまうかな」

    移転の件であの店の二人に話をした際に、今回の撮影に関しても話を通してある。あの店は従業員数が少ないこともあり、あまりテレビでの宣伝はしてきていない。それでも、いつも混雑する時間があるほど人気のお店だ。撮影スタッフに話を持ちかけた時も興味を持ってくれて、今回の撮影で取り扱ってもらう事になっている。撮影が午前中という事もあり、天馬くんに会える夕方に行くことは出来ないけれどね。
    せっかくだし、彼にオススメしてもらったものを買って、後で報告しようかな。

    「……そんな事をしたら、もっと彼に会いたくなってしまうかもしれないね」

    今朝声を聞いた時に感じた物足りなさを思い出し、苦笑を浮かべる。前は週に一回が当たり前だったというに、どんどん欲が深くなっていく。あと数ヶ月で彼も高校を卒業する。そうなってしまえば、もう遠慮はいらないだろう。卒業後は一緒に住む約束だってしているのだから、こんな思いもなくなるはずだ。
    天馬くんが僕から離れられなくなる程、たくさん甘やかしてあげればいい。

    「ふふ、楽しみだね」

    小さくそう呟いて、会議室の扉を開いた。

    ―――

    「神代さんは物知りですね」
    「ふふ、ありがとうございます。と言っても、僕もそこまで詳しい訳では無いのですが」
    「十分ですよ。あ、次はどこへ向かいますか?」
    「こっちの方に僕のオススメのお店があるんですが、行っても良いですか?」
    「勿論です」

    カメラを持ったスタッフさんが後ろを着いてくる。メインキャストの二人と会話を繋げながら、打ち合わせで決まっていた道を進んでいく。時刻は十一時を少し過ぎたところだ。これなら予定通りお昼前にあの店につけるだろう。

    「ちなみに、これから向かうのは何のお店ですか?」
    「仕事が早く終わる日にたまに行くんですが、ちょっと変わったお弁当屋ですね」
    「おぉ!時間的にぴったりですね!」
    「そこの店員さんがオススメしてくれるものが毎回とても美味しいんです」
    「それは楽しみです」

    脳裏に、毎回律儀に詳しく説明をしてくれる天馬くんが浮かぶ。今日もいてくれたら、きっとあのころころと変わる表情でオススメしてくれたのだろうね。彼に会えないという寂しさはあるけれど、テレビ放送で他人に彼のあの愛らしさを見せなくて済むという安堵感が勝る。彼に変なファンがまたつくのは嫌だからね。彼に接待してもらうのは、プライベートだけで十分かな。

    (そういえば、スタッフさんが聞いた伝言の意味は、なんだったのだろうか…)

    あのお店はえむくんの家族が経営している。店長であるえむくんのお兄さんが、今朝の最終打ち合わせでスタッフに伝言を伝えていたらしい。“伝え忘れた、すまん”と短い伝言だ。僕宛てだとスタッフさんが言っていたけれど、どう言う意味だろうか。もしかして、今日撮影がある事を天馬くんに伝えていない、ということだろうか。けれど、彼は授業があるのだから、知らせても出勤するわけではないだろう。

    (もしかして、僕に会いたがってくれている、とか…)

    知らせたら来てくれたかもしれない、なんて期待が無いわけではない。真面目な彼が学校を休んでまで来てくれるとは思わない。けれど、少しでも僕に会いたいと思ってくれていたら…。知らなかったことを後から怒るかもしれない、と二人が思っていたとしたら。いや、彼に限ってそれはないかな。彼は意外と淡白な所があるしね。

    「あ、もしかして、あのお店ですか?」
    「そうです。店名が少し変わっていて面白いんですよ」
    「本当だ!“和んだほぃ”って可愛い名前ですね」

    見慣れた外装に、にこりと笑顔を貼り付ける。考え事をしていて、すっかり撮影中なのを忘れてしまっていた。特別ゲストが気を抜くわけにはいかないからね。ガラス張りの店内に人はいない。予め撮影があるからとお店に規制をさせてもらったおかげで、店内に入れないようになっている。今はカウンターに人が一人いるだけだ。

    「………………ぇ…」

    思わず声が出てしまい、慌てて手で塞ぐ。振り返ったキャストの二人ににこ、と笑みを向けて誤魔化して、僕はもう一度カウンターの方へ目を向けた。
    これから混み始める時間になる為か、お箸やレジ袋の準備をする天馬くんがそこにいる。見慣れたエプロンと、特徴的な髪色。いつもこのお店に来る時と同じ光景。
    お店の前で一度立ち止まり、キャストの二人が話し始める。二人が何を話しているのか、全く頭に入ってこない。そわそわとしてしまうのを必死に押さえ込み、無理やり笑顔を貼り付ける。カメラの方を見なければならないので、店内を見られない。なんで天馬くんがいるのだろうか。今日は平日だというのに。まさか学校を休んで…。いや、天馬くんに限ってそれは無いはずだ。

    (もしかして、あの伝言……!)

    “天馬くんが出勤だと伝え忘れた、すまん”という意味なのでは…?思い至った意味に、額を手で押さえる。もっと早く教えてほしかったかな。というより、もっと分かりやすく伝言してほしい。彼がいて困る訳では無い。むしろ会いたいと思っていた彼に会えたのは嬉しい誤算だ。ただ、彼の可愛さがテレビ放送で広まるのは、複雑なものがある。

    「それでは、早速入ってみましょうか!」
    「………そうですね」
    「神代さんが通いたくなるほど美味しいお弁当、楽しみですね」

    扉を開ける音が店内に響く。パッと顔を上げた天馬くんが、大きな声で「いらっしゃいませ!」と挨拶をしてくれた。きらきらとした良い笑顔が、入口を入る僕らに向けられる。

    「…え……」

    その笑顔のすぐ後、彼の口からそんな言葉が落ちた。ピシッ、と固まる天馬くんの手から、割り箸が落ちてカシャンと音を立てる。スタッフを含め、キャストの二人が目を瞬いた。そんな彼の反応を見て、僕は察した。
    あの二人は、“僕と天馬くんに、今回の話を伝え忘れた”のだと。僕には“天馬くんがいることを”。天馬くんには“撮影がある事を”。その証拠に、僕らの顔を見た天馬くんが顔を赤くさせたり青くさせたりとして、動揺している。スタッフさんが困った様に顔を見合わせるのを横目に、僕は小さく息を吐いた。
    本当に勘弁してほしい。これ以上、彼の可愛い姿を他人に晒したくないのだけど。

    「こんにちは、天馬くん」
    「…な、なんで、…かみ、……、……え……?!」
    「今日は撮影で来ているのだけど、驚かせてしまってすまないね」
    「だが、えむは、なにも……」

    そこまで呟いた天馬くんが、何かに気付いたかのように目を丸くさせる。そのまま厨房の方へ続く扉を開けて、中に顔を突っ込んだ。「慶介さんっ! 晶介さんっ!」と、彼らしくない少し怒ったような声音で、厨房にいるだろう二人の名前を呼ぶ。中から何か返している声もするけれど、僕らの位置からでははっきりとは聞こえてこない。きっと、伝え忘れていた事に今朝気付いたけれど、天馬くんの反応が面白いから意図的に言わなかったのだろうね。普通、スタッフの人が出入りしたり、お客さんがこの時間になってもほとんど来なくなった時点で怪しむものだとは思うけれど、相手は天馬くんだからなぁ。二人に上手く誤魔化されたのだろうね。

    「あの、神代さんは彼と知り合いなんですか…?」
    「彼はここのバイトで、よく僕にオススメを教えてくれるんですよ」
    「さっき話していた店員さんですね! それなら、是非今日のオススメを教えてください」
    「んぇっ…?! いや、…ぇ……」

    ハプニングはあれど、スタッフさんもメインキャストの二人も、もういつも通りの調子に戻っている。未だに理解が追いついていない天馬くんが目に見えて動揺しているのを見て、僕は苦笑した。助けを求めるようにこちらをちら、と見る天馬くんに、僕はそっと近寄る。おいで、と小さく手招きをすると、彼は素直に顔を寄せてくれた。手を口元に当てて、彼の耳に小さく声を落とす。

    「今日はこのお店の宣伝をしに来たんだ。協力しておくれ」
    「だ、だが…、そういうのは、店の責任者が……」
    「天馬くんにしてもらいたいんだ。大丈夫。いつもの様に、君らしくオススメしてくれればいいよ」
    「………………む…」

    いつもの様に…、と小さく僕の言葉を呟く天馬くんに、僕はにこ、と口角を上げる。眉間にまだ少し皺が寄っているけれど、もう一息だろう。カウンターに置かれている彼の手に僕の手を重ねて、ほんの少し声のトーンを落として名前を呼ぶ。

    「ね、お願い、天馬くん」
    「っ、………」

    ぶわり、と顔を一気に赤らめた天馬くんが、咄嗟に空いた片手で耳を押えた。はく、はく、と金魚の様に口を開閉させる様が可愛らしい。ね? と小さく首を傾けると、彼は視線を泳がせてから息を小さく吐いた。

    「………わ、かりました…」
    「ふふ、ありがとう、天馬くん」
    「そ、そろそろ、手、…離して、くださぃ…」
    「おや、すまなかったね」

    言われた通りにパッと手を離すと、彼は一瞬残念そうな顔をする。それがまた可愛らしくて、手を出してしまいたくなる気持ちを押し込んだ。恥ずかしいけれど、本心では離れたくないのだと言われている様な気がして、胸の奥がきゅぅ、と音を鳴らす。
    このまま、彼が音を上げる程甘やかしてしまいたい。顔を真っ赤にして涙目になる程甘い言葉で満たして、彼の指先から足の先まで全てに触れてどろどろに溶かしてしまいたい。
    膨れ上がる欲に蓋をして、にこりと笑顔を貼り付ける。ほんの少し僕から距離を取った天馬くんは、視線を逸らしてそわそわとしていた。そんな僕らを見ていたキャストの一人が、恐る恐る声をかけてくる。

    「あの、大丈夫ですか…?」
    「は、はいっ…!!」
    「快く引き受けてくれましたよ」

    声をかけられ、周りに人がいるのだと気付いた天馬くんが、ピッと気を付けの姿勢をとる。固くなっている姿がまた面白くて、僕は一歩引いてそんな彼を見守る事にした。にこにこと笑う僕を、天馬くんは一瞬驚いた顔で見た気がしたけれど、気付かないふりをする。
    キャストの二人がカウンターの方へ近付き、カメラマンさんがショーケースを映し始めた。緊張している様子の天馬くんが、ちら、と僕を見る。それに小さく頷いて返すと、彼は大きく深呼吸を一つした。

    「オススメでしたら、きんぴらごぼうとかどうでしょう?
    人参やごぼうが程よく柔らかくて、噛む度にあまじょっぱい味が口の中に染み出て美味しいですよ。挽肉を使っているので、食感がまた楽しいんです。タレがご飯によく合うので、煮汁ごとご飯に乗せて食べるのがオススメです」

    天馬くんのオススメ似合わせて、カメラがショーケースに近づいていく。キャストの二人も、天馬くんの言葉を聞いて、そっちへ視線を向けた。味を思い出しているのか、へにゃりと表情を崩して説明している天馬くんはとても楽しそうだ。
    僕が野菜が苦手なのを知っているから、彼は僕に野菜を使った物はオススメしてこない。彼がこれだけ楽しそうに話しているということは、きっと気に入っている商品なのだろう。人参とごぼうがメインではあるけれど、彼がここまで楽しそうに話すのなら、今度作ってもらってもいいかもしれないな。
    ………いや、彼が食べているところを見るだけでも十分かな。

    「肉じゃがもオススメですよ。じゃがいもも人参も味が染みるまで柔らかく煮ていて食べやすいですし、玉ねぎは口に入れて噛むとじわっと煮汁が口の中に広がって溶けるんですよ。お肉も大きめに切っているので、食べ応えがあって…」

    コメントの隙を与えず説明してくれる天馬くんに、つい口元が緩んでしまう。こうなっては彼の独壇場だろう。普段僕に進められない料理をここぞとばかりにオススメしているらしく、少し複雑ではあるけれど。あっちへこっちへ狭いカウンター内を移動して一つひとつ説明してくれている。そして、味に合わせてころころと変わる表情がまたその料理の味を伝えてくる。ごくり、とキャストの一人が喉を鳴らすのを見て、僕はくす、と小さく笑ってしまった。彼の説明は聞いていてとても楽しいし、実際に食べてみたいと思わされるから不思議だ。

    「バラ売りも良いですが、こっちもとても美味しくて、今日はチキン南蛮弁当がオススメなんです!甘辛いタレを絡めた大きめのチキン南蛮にたっぷりタルタルソースをかけていて、このお店でも人気のお弁当なんです。一緒に入ってるポテトサラダやパスタも人気で。あ、こっちの唐揚げ弁当も、唐揚げがとっても美味しくてっ…!」

    僕にも前に進めてくれた唐揚げがたくさん入ったお弁当だ。備え付けられたサラダが食べられないから僕は手を出したことは無い。けれど、流石は天馬くん。お弁当屋さんらしいメニューもしっかり売り込んでくれている。琥珀色の瞳をキラキラとさせ、頬をほんのりと蒸気させた天馬くんはとても楽しそうだ。
    今度は日替わりスープの方にかけて行き、かぱ、と蓋を開けた。

    「今日の日替わりスープは豚汁なんです!お野菜がたくさん入っていて、お腹に溜まりますよ!柔らかく煮てあるので子どもにも大人気で、お腹の中から温かくなるのでホッとするんです。こんにゃくの弾力ある食感も、山芋のほくほくした食感も美味しいですし、お肉の旨味も良く出てていてそれがまた最高で…!」

    手で頬を押えてへにゃりと表情を綻ばせる天馬くんに、キャストもスタッフさんも柔らかい顔を向けている。その気持ちは分かる。分かるけれど、これ以上悪い虫がつく前に止めなければ、僕が不安になってしまうかな。

    「天馬くん、そろそろお店が混む時間になってしまうよ」
    「えっ、…あ、もうそんな時間なのかっ…!?」

    僕の言葉でハッ、とした彼が時計に目を向ける。十二時まであと二十分ほどだ。このまま撮影を続けていては、お昼ご飯を買いに来てくれる常連さんが困ってしまうだろう。スタッフさんも気付いた様で、メインキャストの二人に目配せをしている。元々ここで一旦休憩に入る予定になっていたため、前半のまとめに入る事にしたようだ。

    「では、店員さんオススメのお弁当を、私達も頂きましょうか」

    メインキャストの二人が台本通りに話を進めていく。予め予約していたお弁当を二人が注文し始めた。偶然にも天馬くんがオススメしてくれたものが予定していた注文に入っていて、問題なく撮影は進みそうだ。注文を聞いた天馬くんが慣れた様子で厨房にいる二人へ声をかける。きっと、他のお客を相手にする時は、こんな感じなのだろう。僕の注文は基本バラ売りのものだけなので、厨房で新しく作ってもらう必要が無いからね。

    「それでは、神代さん、次の目的地へ案内をよろしくお願いします」
    「はい」

    天馬くんからお弁当の袋を受け取り、僕は他の人と一緒にお店の入口を出た。次に向かうふりをした所で、カメラマンさんがカメラを止める。一時休憩となり、メインキャストの二人が「お疲れ様です」とスタッフさん達にも挨拶をした。お店の前から少し移動した場所に止めてあったワゴン車に乗り込み、二人とスタッフさん達はお昼を取るそうだ。僕も挨拶をして、近くに車で待機している寧々の元へ向かう。

    「お疲れ」
    「寧々もお疲れ様」

    バン、と車の扉を閉めると、寧々が小さく息を吐いた、手に持ったスマホで、なにやら忙しそうに連絡をとっている。相変わらず多忙そうなマネージャーに苦笑して、僕はペットボトルのキャップを開けた。水の入ったボトルを傾けて、一気に三分の二程を喉へ流し込む。

    「で、どうだったの?」
    「寧々、もしかして知っていたんじゃないかい?」
    「…なんのこと」
    「天馬くんがいること、僕に教えてくれなかったよね?」
    「………さぁね…」

    しれっとそう返す寧々に、僕は肩を竦める。
    この様子では、知っていたのだろう。知っていて、黙っていたのかな。まぁ、彼も知らなかったみたいだから、仕方ないけれど。知っていたら、朝からそわそわとして落ち着かなくなっていたかもしれないし、結果的には良かったのかもしれないね。否、とても驚かされたから、次からは事前に教えて欲しいけれど。

    「どうでもいいけど、午後も気を抜かずに頑張りなさいよね」
    「勿論。天馬くんのお陰で、午後も頑張れるよ」
    「……なら、お昼は食べないわけ?」
    「どうしようかな。撮影で用意してもらったお弁当は、正直食べ切れる気がしないからね」

    渡されたお弁当は野菜も添えられている、バランスのいいお弁当だ。天馬くんが楽しそうに紹介していたチキン南蛮弁当をちら、と見て、眉を寄せる。タルタルソースに使われている玉ねぎが視界に入り、嫌な味を思い出してしまう。いつも通りゼリー飲料でも飲んで済ませようかと、車のグローブボックスを開けた。見慣れたパックに手を伸ばすと、コンコン、と窓ガラスをノックする音がする。

    「…ぇ……」

    すぐ横へ目を向けると、窓ガラス越しに車を覗き込む天馬くんと目が合った。少し照れたように視線を逸らされ、カサ、と彼が手に持った袋を見せてくれる。馴染みのある小分けのパックやお握りのシルエットを見て、車のドアの鍵を開けた。

    「天馬くん、なんで…」
    「寧々さんが、神代さんのいつものをって…」
    「どうせあんた食べられないんでしょ。これはわたしが貰ってあげるわよ」
    「……寧々…」

    ひょい、と僕の手からお弁当を取って、寧々が座席の背もたれを少しだけ下げた。天馬くんからビニール袋を受け取って、お礼を伝える。いつもより重たい気がして袋の中を見ると、何故か二人分入っていた。寧々の方へ顔を向けると、彼女は割り箸を割って、お弁当の蓋を開けている。

    「丁度司も休憩時間みたいだから」
    「や、やはり邪魔ですよね…!? せっかくの休憩時間に…」
    「そんな事ないよ。寧々、後ろの席、借りるね」
    「御自由に」

    どうやら、寧々が気を利かせて彼を呼んでくれたらしい。戸惑っている天馬くんの手を掴んで、助手席を降りる。後部座席の扉を開けて中へ促せば、彼は一瞬躊躇ってから恐る恐る中へ入った。ドアをしっかり閉めて、反対側から後部座席に乗り込む。緊張しているのか、膝の上に手を揃えて座る彼は、そわそわと視線をさ迷わせている。ビニール袋からいくつか取り出して、天馬くんに手渡した。

    「どうぞ」
    「…ぁ、りがとう、ございます……」
    「ふふ、まさか天馬くんに会えるとは思っていなかったから、嬉しいね」
    「その、今日は、開校記念日で休みでしたので…」
    「そうだったんだね」

    ぱちん、と手を合わせて「いただきます」と挨拶をする天馬くんに習って、僕も手を合わせる。柔らかい頬が赤くなっているのが可愛らしい。視線は全然合わないけれど、困っている様子は無い。単に照れてしまっているだけなのだろう。もう少し会話を続ければ、いつもの調子に戻るかな。
    ちら、と彼を盗み見ると、細い首にかけられた銀色のチェーンが目についた。それに、口元が自然と緩む。

    「そういう素直な所が、君らしいなぁ」
    「…? 何か言いましたか?」
    「なんでもないよ」

    首を傾げる天馬くんに、にこりと笑って返す。彼は不思議そうにするけれど、すぐにお弁当の方へ顔を向けた。

    この後、習い事を終えたえむくんも混ざり、とても賑やかな休憩時間はあっという間に終わってしまった。
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    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
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    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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