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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メイテイ。34
    間が開いてしまってすみません。次でラストにするか、もう少し先まで書くかはまだ悩んでます。

    雰囲気で読み流して下さい。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 34(司side)

    「神代さんと、一緒に?」
    「そう。天馬くんも実際にステージに立つのは経験になるし、どうかな?」

    軽く首を傾げる神代さんに問いかけられ、一瞬息を飲む。オレへ向けられる顔が、とてもキラキラして見えてしまう。いや、神代さんはいつもかっこよくてキラキラしているのだが…。そうではない。今は見惚れている場合ではないのだ。
    こほん、と小さく咳払いをして、視線をそっと神代さんへ戻した。

    「その、オレでは役不足ではないですか…?」
    「前にも言ったけれど、僕は君と舞台に立ちたいんだ。その為に用意したステージだから、君に参加してほしい」
    「……っ、…」
    「役者として僕の隣に立ちたいと君が言ってくれた時、とても嬉しかったんだ。僕も、天馬くんと一緒にショーがしたい。だから、僕の我儘に付き合ってくれないかい?」

    神代さんの大きな手が、オレの手に重なる。
    文化祭の劇の練習を頼んだ時にも、確かに言われた。オレが舞台に立つ姿が見たい、と。神代さんがオレに演劇の指導をしてくれたから、オレはまた舞台に立ちたいと思うようになった。神代さんの隣に並びたいと思った。本来なら、オレが何十年もかけて追いかけて、やっと隣に並び立てるような人だ。いや、もしかしたら、何十年かかっても、隣にはいけないかもしれない。それ程、凄い人。
    だが、そんな神代さんが、オレが良いと言ってくれた。

    「……分かりました」
    「本当かい…!」
    「まだまだ未熟者ですが、御指導よろしくお願いいたします」
    「ふふ、こちらこそ」

    ぺこ、と頭を下げると、神代さんがふわりと笑う。それだけで、胸の内がきゅぅ、と音を立てる。神代さんが嬉しそうにしてくれると、オレも嬉しい。つられて、へにゃりと笑い返したオレに、神代さんがクリアファイルを取りだした。

    「それでは、これが台本だよ。無くさないように、こことここに天馬くんの名前をフルネームで書いてくれるかい?」
    「はい。……ここと…、……む…?」
    「この一番下の下線が引いてあるところだよ」
    「………えっと、…これって…?」

    机上に置かれたのは薄緑色の紙が表紙になっている冊子と、一枚の白い用紙。名前が書きやすい様に、書く欄を神代さんが指で教えてくれる。迷わず冊子の方へ名前を書き込んで、すぐに隣の容姿へペンを向けた。
    と、そこではたと気付く。この用紙はなんなのか、と。神代さんの腕で紙の中心がほとんど隠されてしまっていて見えないが、どうやら契約書の様なものらしい。長く記載された要項の下の方に、『以上の項目に同意』とかなんとかと書いてある。
    ペンを止めて顔を上げると、神代さんがにこりと笑った。

    「僕と天馬くんがずっと一緒に居るために必要な書類だよ」
    「………そう、ですか…」

    ふむ、と一つ思案して、署名欄に名前を書き込む。こういった場合はよく読み込む必要があると聞いたが、相手が神代さんなので大丈夫だろう。オレが困る様な事はしない人だと、信じているからな。
    さらさらと慣れた名前を書ききって、ペンを置く。「出来ました」と顔を上げて伝えれば、目の前にいる神代さんは両手で顔を覆って俯いてしまっていた。もしかして、急に気分が悪くなったのだろうか?! 心配になって、慌てて立ち上がる。

    「神代さん、大丈夫ですか?!」
    「…天馬くんは一度、人を疑う事を覚えようね」
    「……?」

    はぁ、と溜息を吐いた神代さんの言葉の意味がよくわからん。オレにだって、人を疑う事はある。ドラマとかでも、犯人らしき人は常に疑いながら見るし、体調が悪そうな友人の『大丈夫』は信じないからな。
    首を傾げたオレを見て、神代さんはどこか困った様な顔をした。もしかしたら、オレが頼りなく見えるのだろうか。

    「安心してください。オレは神代さんだから信頼してます!」
    「だから、そういう所だよ。ホントに君は…」

    かたん、と椅子から立ち上がった神代さんが、オレの隣まで来る。そうして大きな腕を広げると、ぎゅっ、と正面から抱き締められた。神代さんの匂いに、慌てて身じろぐ。胸元を手でぐいぐいと押すも、腕の力は緩めてもらえない。

    「か、神代さんっ、……」
    「何でもかんでも書類にサインしない事。必ず内容をよく読んでおくれ」
    「分かりましたっ、…分かりましたから、離してくださいっ…!」

    ぎゅぅ、と一層強く抱きしめられ、目を強く瞑る。心臓が煩く鼓動して、苦しい。神代さんと恋人同士になったとはいえ、こういったスキンシップはまだ慣れない。してもらうのは嬉しいのだが、いきなりされると、困るのだ。
    神代さんの腕から抜け出そうと必死に身じろいでいれば、頭上で小さく笑う声が聞こえてくる。どうやらからかわれているらしい。それがまた恥ずかしくなって、唇を引き結ぶと、抱き締められたまま身体が持ち上げられた。足が床につかなくて、慌ててぱたぱたとさせるが降ろしてもらえない。
    そのままソファーの方へ神代さんが歩いて行くのがわかって、かぁあ、と頬が熱くなる。

    「んっ、…」
    「危機管理が出来ない天馬くんには、しっかり教えてあげないといけないね」
    「…わ、…ま、待って、…っ、……」

    ぼすっ、と柔らかいソファーに体が降ろされる。痛みは無いが、咄嗟に目を瞑ってしまった。ギッ、とソファーが軋む音がして、慌てて顔を上げる。にこりとオレを見下ろす神代さんに、無意識に体が逃げようとしてしまう。ずり、と体を後ろへ引きずるように後退るオレの腕を、神代さんが掴んだ。
    頬を包む様に掌で撫でられて、待ってくださいと言いかけた唇が塞がれる。

    「………んんっ、……、…ん……」

    柔らかい唇の触れ合う感触に、腕の力が抜けていく。そのままソファーに押し付けるように強く唇を重ねられ、抵抗虚しく後頭部がソファーへ沈む。こうなってはもう逃げられるわけもなく。ちゅ、ちぅ、ちゅっ、と何度も唇が重ねられるのを黙って受け入れる。腕を掴んでいた神代さんの手は、いつの間にかオレの手を絡めとっていた。指先が絡むように繋がれて、頭上に縫い止められる。頬を撫でる手は、オレの耳をそっと覆い隠した。
    キスの音が反響する様な感覚に、背がゾクゾクとする。ゆっくりと耳の縁を指の腹でなぞられて、お腹の奥がじん、と熱くなった気がした。

    「……、…ふぁ…、…………」
    「どんなに信用していても、書類にサインをする時は必ず目を通すこと」
    「…ん、……」
    「でなければ、悪い大人に騙されてしまうよ」

    ちゅ、と額にキスをされる。頬や鼻先にも口付けられて、少し恥ずかしい。視線を逸らすと、神代さんはもう一度唇を重ねた。視線を逸らすなと、言われた様な気がする。見上げるように神代さんを見ると、満足そうに綺麗な唇の隅が上がる。ドラマでこんなシーンが出たら、ファンが大騒ぎしそうな程艶っぽい表情をしている。

    (………悪い、おとなの顔……)

    心臓が、ドキドキと煩い。
    神代さんと付き合う様になってから知る、神代さんの新しい一面。普段から優しい神代さんが、オレの前でほんの少し意地悪な顔をする。怖い気持ちもあるが、オレだけに見せてくれるのが、どうしようもなく嬉しいんだ。
    すり、すり、と耳を指で撫でられるくすぐったさに身じろいで、神代さんの服の裾を掴む。
    くい、と軽く引くと、そっと頬に口付けられた。

    「……神代さんも、…騙した、んですか…?」
    「そうだね。そうかもしれない」
    「…………神代さんになら、騙されても、良いです」
    「………君も、悪い大人に捕まってしまったね…」

    苦笑する神代さんは、さっきとは違う、いつもの顔になった。優しくて、オレを大切そうにする時の顔。ぎゅ、と神代さんに抱き締められたから、その背に手を回して抱き締め返す。多分、もう意地悪はおしまいなのだろう。ほんの少し残念な気持ちを押し込んで、神代さんの肩口に額を擦り付けた。
    数秒そうしてから、腕の力が緩められる。オレから体を離した神代さんは、ゆっくりとオレを起こしてくれた。ソファーに座り直すと、隣に座り直した神代さんがもたれかかってくる。ぱ、ぱ、ぱっ、と顔が熱くなって、少し恥ずかしくなってきた。背筋が伸びて、自然と身体が固くなる。

    「そ、それで、あの書類はなんだったんですか…?」
    「雇用契約書だよ」
    「……こよう、…?」

    目を瞬かせるオレに、神代さんがくす、と笑う。
    雇用契約書と言えば、バイトをする時にサインをする書類ではなかっただろうか? えむの店でバイトをした際にサインをした記憶がある。
    だが、神代さんと一緒にショーをする約束はしたが、バイトをする話はしていないはずだ…。

    「前に話をしたと思うのだけど、あのお店には移転してもらう話になっているだろう?」
    「確か、遊園地に移転するって…」
    「そう。廃園が決まった遊園地を、この前買い取ったのだけど、もう一度人を集めるために協力してもらおうと思ってね」
    「…………買い取った…?」

    さらりと説明する神代さんの言葉に、空いた口が塞がらなくなる。そんな洋服を買うかのようなノリで話されるとは思わなかった。というか、廃園になったとはいえ、遊園地を買い取るなんて出来るのだろうか。呆然とするオレを見て、察したらしい神代さんがスマホを手に取る。

    「昔からこの業界にいるからね」
    「だからって…。それに、何故あの遊園地を…?」

    神代さんがあの遊園地を気に入っているというのは、初めて連れて行ってもらった日に聞いた気がする。だが、そこまでしてあの遊園地を復興させようとするのは、何故なのだろうか。
    スマホを操作していた神代さんの指が止まって、こちらに顔を向けられる。一瞬考えるような表情をした後、神代さんはふわりと笑った。

    「天馬くんと、初めてデートした思い出の場所だからね」
    「そ、そういうのはいいですからっ…!」
    「おや、僕は本気なのだけど…。それに、君が僕の隣に立ちたいと言ってくれたのも、あの場所だっただろう」
    「………そぅ、ですけど…」

    神代さんの顔が近付けられると、頬が熱くなる。
    確かに、神代さんと初めて一緒に出かけたのはあの遊園地だ。デート、のつもりは無かったが、二人っきりで出掛けるのはデートの様だと、期待していなかったわけでもない。まさか、あの頃から神代さんはオレの事…。いやいやいや、流石に自意識過剰過ぎるだろう。
    ぶんぶんと顔を左右に振って、気持ちを切り替える。神代さんの様な役者になりたいと思ったのは文化祭がきっかけだが、神代さん本人に言ったのは確かにあの日だ。
    それを神代さんも覚えていてくれたというのが、嬉しい。

    「前に話したと思うのだけど、僕は演出家になりたかったんだ」

    オレの手を取って、神代さんが目を伏せる。
    前に聞いた。神代さんは、演出を考えるのが好きだって。あのドラマの撮影の時に、演出家の人と意見が合わなかったというのも言っていた気がする。だから、オレが劇をすると言った時に、素晴らしい演出も考えてくれた。

    「君と一緒にステージに立ちたい。けれど、それと同時に、僕は君を輝かせる演出を、君につけたいんだ」

    神代さんの目が、オレへ向けられる。
    月の様な綺麗な瞳に、ドキッとした。冗談でも、からかっているわけでもない。本気で、言われているのだろう。それが分かるから、視線が逸らせない。唇を引き結んで、掴まれた手を握り返す。
    そんなオレを見て、神代さんは表情を緩めた。

    「他の誰にも邪魔はされたくないんだ。だから、僕と一緒にあの場所でショーをしてほしい」
    「………それなら、…なにもあの遊園地でなくても…」

    オレとショーをする為だけに廃園になる遊園地を買い取らなくても、もっと普通に劇場を借りたりするくらい、神代さんならできるのでは無いだろうか…。オレとの思い出とは言ってくれるが、そんな事の為だけに態々あの遊園地にこだわるものなのだろうか…? もっと、他に理由があるんじゃ…。

    「潰れかけた遊園地を、僕らのショーで建て直す、なんて、奇跡みたいではないかい?」
    「…ぇ……」
    「僕らのショーなら、そんな奇跡も起こせそうじゃないか」

    普段の神代さんには珍しい少し子どもっぽい表情に、目を瞬く。それはつまり、人が集まりづらい所でどれだけ集客出来るかも試したいということだろうか。無理だ、と思うのに、神代さんが楽しそうに笑っているのを見ていると、何故か胸の奥が熱くなる気がした。
    神代さんの考える演出は面白い。予想もしてないことが起こるし、出来た時はすごく嬉しくなる。文化祭の時の、観客の驚いた反応を思い出す度に、気持ちがそわそわとするんだ。

    「天馬くんと一緒なら、きっとそんな奇跡も起こせる気がするんだ」
    「……」
    「僕らで、奇跡を起こしてみないかい?」

    ふわりと目の前で微笑む神代さんの言葉に、息を飲む。
    迷いのない、キラキラした目をしていた。他のファンは知らない、オレだけが知っている神代さんの新しい一面。こんな顔をされて、断るなんてできるわけが無い。
    こくん、と頷けば、神代さんが嬉しそうにまた笑う。それだけで、大丈夫な気がしてしまうのだから、オレは単純なのかもしれん。

    「ですが、二人でショーなんて出来ないですよね…?」
    「二人ではないよ」
    「………ん?」
    「えむくんと寧々も一緒だからね」
    「………………………………ぇ…」

    きょとん、と目を瞬いたオレに、神代さんはこてんと首を傾けた。当たり前のように言われた言葉を、数回脳内で繰り返す。そうして漸く理解したオレは、片手で額を押えた。
    えむと、寧々さんも一緒…? それはいつ決まったのだろうか? これから誘う、と言うにははっきり答えられなかっただろうか…。もしや、二人はもう確定なのか…? オレが一番最後、ということはあるまいな…?
    ちら、と神代さんに視線を向けると、にこりと笑みを向けられる。

    「……もしかして、…オレに黙って用意してたんですか…?」
    「君を驚かせたくてね。天馬くんが快く引き受けてくれて嬉しいよ」
    「…………ぅ…」

    にこにことする神代さんを見て、肩を落とす。
    これは、完全に嵌められたのではないだろうか。オレが断ったらどうするつもりだったのか。否、オレが断らないと確信していたのだろう。その上で、周りを固めていた、と…。
    雇用契約書の事を思い出して、小さく息を吐く。オレの恋人は、どうやら『悪い大人』の様だ。握られたままの手が引かれ、体が傾く。そのままぎゅ、と抱き締められ、体がピッ、と固まった。

    「これで一緒にいられる時間がもっと増えるね、天馬くん」
    「………っ、…は、ぃ…」

    嬉しそうな声音に、何も言えなくなる。
    結局、神代さんが嬉しそうにしているなら、それでいいかもしれないと思ってしまうのだ。
    やはり、オレは単純なのだな、と、もう一度肩を落とした。

    ―――
    (類side)

    「さて、天馬くん。せっかく想いが通じたのだから、お願いをしてもいいかい?」
    「……おねがい、ですか…?」

    抱き締めるくらいなら恥ずかしくても逃げなくなった天馬くんが、首を傾げる。あと少しで彼も高校を卒業する。そうなれば、彼は子どもではなくなるからね。少しづつキス以上のスキンシップにも慣れてもらわなければならないだろう。
    けれど、その前に彼には慣れてほしいことがある。

    「そう、お願いさ。僕と君は恋人同士になったじゃないか」
    「…っ、……」

    隣に座る天馬くんの手に、僕の手を重ねる。ゆっくりと指を滑らせて、固くなる彼の指の間に僕のを滑り込ませた。絡めるように手を繋いで、そっと彼の耳元へ口を寄せる。たったそれだけで、彼は大袈裟な程ビクッ、と体を跳ねさせた。可愛い反応に、ついつい意地悪がしてしまいたくなってしまう。
    低い声でゆっくりと、「天馬くん」と名前を呼ぶと、悲鳴に似た声が彼の口から零れ落ちた。

    「恋人には、名前で呼んでほしいな」
    「な、なまえって……」
    「そろそろ神代さんではなく、『類』と、呼んでくれないかい?」
    「…っ、……」

    ぼふ、と効果音がつきそうな程一気に顔を赤らめた天馬くんが、ぱくぱくと音もなく口を開閉させる。そんな様子が愛らしくて、つい口元が緩んだ。本当に、彼は見ていて飽きないね。
    ぷるぷると小さく震える天馬くんの耳元へ、触れそうな程唇を近付ける。「ね、駄目かい?」と甘えた様に囁けば、彼は片手で耳を塞いでほんの少し体を離した。涙目になってしまっているのが、また可愛らしい。ずい、と僕も彼の方へ体を詰めてみせる。と、バランスを崩して天馬くんの体がソファーに倒れ込んだ。
    ぼす、とソファーに沈む天馬くんの上に乗りかかるように体を寄せて、にこりと笑ってみせる。

    「君と想いが通じたのだと、実感させてほしいんだ」
    「いえ、あの……きゅ、ぅには……」
    「それとも、恋人になれたと思っているのは僕だけだったのかい?」
    「…っ、……そ、ぅではなく…」

    視線をさ迷わせて震える天馬くんが、必死に言葉を探している。彼の事だから、僕の名前を呼ぶのが恥ずかしいのだろうね。僕も、今日からいきなり名前で呼んでほしいとは思っていない。これから少しづつ呼ぶ事に慣れてくれればいいからね。

    (…寧々が先に彼と名前で呼びあっているのが悔しいのはあるけれど…)

    寧々のあの勝ち誇った顔を思い出す度に、胸の奥がモヤモヤとする。彼は僕の恋人だというのに、先を越されたことが悔しい。心が狭いのかもしれないけれど、彼の特別は全て僕が良い。だから、彼が高校を卒業するまでには、名前で呼んでもらえるようになりたいのだけど…。
    ぷるぷると震えたまま涙目で固まってしまった天馬くんは、とても困っている様だ。それが可愛らしいと思う反面、なんだか可哀想にも思えてきて、小さく息を吐く。あまり強引に迫って、彼に嫌われてしまうのは避けたいからね。
    ゆっくりと体を起こすと、天馬くんがピクッ、と肩を震わせた。

    「意地悪をしてすまないね」
    「…ぁ……」
    「無理はしなくてもいいよ。けれど、もし君が呼んでもいいと思ったら、名前で呼んでほしいな」

    彼の手を引いて、起こしてあげる。安心させるように髪を撫でれば、彼は困った様に眉を下げた。優しい彼のことだから、きっと気にしてくれているのだろうね。
    ちら、と時計を見ると、そろそろ彼が帰らなければならない時間だ。もっと一緒に居たいけれど、こればかりは仕方ない。休日に彼が会いに来てくれただけでも、幸せなことだからね。そう分かってはいても、天馬くんと離れる寂しさに、つい溜息が零れてしまう。
    渋々ソファーを立ち上がると、くん、と袖が引かれた。

    「……ぁ、…の…、…」
    「どうかしたかい? 天馬くん」
    「………………その……、…っ、…ぎゅ、って、…して、もらえませんか…?」

    消え入りそうなほど小さな声に、思わず息を飲む。恐る恐る手を広げる天馬くんは、首まで真っ赤に染まっていた。そんな可愛らしいおねだりをされるとは思っていなくて、緩みそうになる口元を必死に引き結んだ。とても恥ずかしかったようで、広げた手は震えている。顔を俯かせたまま黙ってしまった天馬くんに合わせて、その場にしゃがんだ。ビクッ、と肩を跳ねさせた彼は、強く目を瞑って僕を待っている。
    そんな彼の姿に、ぎゅ、と胸の奥が強く掴まれたような気がした。

    「勿論、いくらでも」

    出来るだけ優しくそう返して、正面から彼の体を抱き締める。肩口に顔を埋めた天馬くんは、どこかホッとしたように肩の力を抜いた。僕に抱き締められて安心するなんて、彼はどこまで可愛いのだろうか。押し倒してキスをしたい気持ちを、必死に押し込む。これ以上は、彼の門限に間に合わなくなってしまうからね。背に回された僕より少し小さい手が、しがみつくように服を掴む。すり、と肩に額を擦り付けて、天馬くんが甘えてくれるのが可愛くて堪らない。
    はぁあ、と長く息を吐いて、必死に理性を保とうとする僕の肩口で、天馬くんがもぞもぞと身じろいだ。

    「………ぎゅって、してもらえるの、…好きです…」
    「…んぇっ……?!」
    「……ちゃんと、……る、…ぃ、さん…が、好き、です…」

    肩口から、天馬くんが小さな声で確かにそう呟いた。
    隠れるようにもぞもぞと腕の中に潜っていく彼は、さっきよりも強く僕にしがみつく。絶対に顔を見せないと言わんばかりに、天馬くんは隠れてしまった。呆然とそんな彼の丸くなった背を見ながら、言われた言葉を脳内で何度も再生させる。
    確かに彼は、『るいさん』と、そう呼んでくれた。

    「……………っ、…はぁあ…、…」
    「っ…」

    大きく息を吐いた僕の腕の中で、天馬くんがビクッ、と体を跳ねさせる。
    きっと、僕の言葉を聞いて彼なりに愛を返そうとしてくれたのだろう。恋人だと思っていると、そう伝えるために。そんな優しい天馬くんの、可愛らしい愛の返し方に僕は不意打ちを食らったわけだけど。しかも直撃の大ダメージだ。一撃必殺と言っても過言ではない。彼の髪に顔を埋めて、熱くなった頬の熱をなんとか冷まそうと試みる。この距離では、心臓の鼓動が早いこともバレてしまっているのだろうね。

    「……だ、だめ、でしたか…?」

    そろ、と顔を上げた天馬くんが、小さな声で問いかけてくる。きっと、さっきのが溜息に聞こえてしまったのだろう。不安そうな彼に、僕は苦笑する。出来ることなら、天馬くんの前ではかっこよく居たかったかな。

    「嬉し過ぎて、少し照れてしまっただけだよ。ありがとう、司くん」
    「っ、……ぇ、…ぁ……」
    「良ければ、また呼んでおくれ」
    「………」

    こくこく、と頷く天馬くんの髪をそっと撫でて、照れた顔を逸らす。存外、名前で呼ぶというのは照れくさいのだと、僕もその時実感した。
    もう暫くは、『天馬くん』と、『神代さん』でも、いいかもしれないな。

    そんな事を考えながら、気持ちが落ち着くまでもう少しだけ天馬くんと一緒に過ごした。

    ―――
    (司side)

    「ただいま」

    神代さんに家の前まで送ってもらい、そこで別れた。まだ少し気持ちがふわふわとしている気がする。神代さんと会った後は、中々落ち着かない。嫌な意味ではなく、少し照れくさい様な感覚だ。
    靴を脱いで、洗面所で手を洗う。その後はリビングへ足を向けた。扉を開くと、咲希がソファーに座ってテレビを見ている。両親の姿は見えないので、出かけているのだろう。

    「咲希、ただいま」
    「…おかえり、お兄ちゃん」

    いつものように咲希に声をかけると、一拍遅れて返事が返ってきた。いつもと様子の違う咲希に、首を傾げる。疲れているのだろうか、咲希の声に元気がない。荷物を床に置くと、咲希がテレビの電源を切った。
    一瞬で、リビングがシン、と静まり返る。

    「……お兄ちゃん、今日はどこに行ってたの?」
    「…ぁ、…あー…、友だちの家、だが…」

    咲希の問いかけに、一瞬言葉を濁してしまった。
    恋人の家、と正直に言えなかった。神代さんと付き合っている事は、えむ以外に話した事がない。そもそも、咲希には、神代さんと知り合いだと打ち明けられていないのだ。後ろめたい気持ちもあって、中々言い出せないというのが大きい。だから、咄嗟に誤魔化してしまった。
    そんなオレの返答を聞いて、咲希がソファーを立ち上がる。オレの方へ顔を向けた咲希は、何故か真剣な顔をしていた。

    「…本当に、お友だち?」
    「どうしたんだ、咲希…、変な顔をしているが……」
    「お兄ちゃん、アタシに隠し事してるでしょ」
    「…っ……」

    咲希の言葉に、ドキッとした。背筋を冷たいものがゆっくりと伝い落ちていく。足が一歩、後ろへ後退った。じっ、とオレを見る咲希の瞳から、自然と視線が逸れる。
    これは、バレてしまったのだろうな。こんな真剣な顔の咲希は初めてだ。
    頷いて返すと、咲希は、一瞬泣きそうな顔をした。

    「………やっぱり、そうなんだ…」
    「…すまん。…その、……」
    「……お兄ちゃん、“類さん”と知り合いだったんだね」
    「…、…………あぁ…」

    何も言っていないのに、咲希はハッキリと神代さんの名前を言った。オレの隠し事が、“神代さんと知り合いだった”という事だと、分かっていたらしい。もう言い逃れは出来ない。ぐ、と拳を握りこんだ。
    咲希は、眉を少し下げると、オレから顔を逸らした。お互いに、黙ってしまう。なんと説明すればいいか悩んでいると、先に、咲希の方が口を開いた。

    「……いつから、知り合いだったの…?」
    「………高校二年生の時に、バイト先で、たまたま知り合ったんだ…」
    「…そっか」

    咲希の表情は、よく見えない。
    返ってきたのは、抑揚のない声だった。嘘を言うつもりは無い。咲希に聞かれたら、全て正直に話すつもりだ。咲希が、神代さんのファンだという事を知っていて、オレはずっと黙っていた。咲希に隠れて、オレはずっと、神代さんとこっそり会っていた。大事な妹を、オレは、ずっと裏切ってきた。お腹の奥がキリキリと痛む気がして、手で腹を押える。
    咲希は、きっと怒っているのだろうな。

    「………ねぇ、お兄ちゃん」
    「……………なんだ…」

    お互いに、言葉がぎこちないように感じた。咲希も、戸惑っているのだろうか。会話の間が開いて、時計の秒針の音が大きく響いているように聞こえてくる。咲希から次に何を聞かれるのか、それが気になると同時に、ほんの少し怖いと思ってしまった。
    数秒の間が開いて、咲希がゆっくりと息を吸う音が聞こえた。

    「…今日会ってた人って、…本当に、“お友だち”…?」
    「っ…」

    じっとオレを見つめる咲希からの問いに、オレは言葉を飲み込んだ。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写の方が多い。
    ※突然始まり、突然終わります。

    びっくりするほど変なとこで終わってます。なんか急に書き始めたので、一時休憩も兼ねて投げる。続くか分からないけど、やる気があれば一話分だけは書き切りたい( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    6221

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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