Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    ナンナル

    @nannru122

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 💜 💛 🌸
    POIPOI 77

    ナンナル

    ☆quiet follow

    メイテイ。35
    終わらなかったので、もうちょっと続けるかと思います_:( _ ́ω`):_
    せめて、同棲まではさせたかったのだけど、次になるようなので、もう少し書きます。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!× 35『今日のゲストは、神代類さんです!』
    『よろしくお願いします』

    テレビに映った類さんに、思わず拍手しちゃう。
    今日はお兄ちゃんは午後から出かけていて、まだ帰ってこないみたい。お母さんたちも、遅くなるって言ってた。だから、今日はテレビを独り占め出来ちゃう。バンドの練習があって見れなかった昨日の番組。ゲストが類さんだって聞いて、予約録画してたんだよね。しかも、街案内の企画なんだけど、アタシの住んでる所を類さんが紹介してくれるんだって。

    「もしかして、類さんもこの辺に住んでるのかな?」

    楽しそうにお話するメインの人達が羨ましい。アタシも、類さんとお喋りしながら案内されたいなぁ。あ、ここいつも通る場所だ。そっちに行くと、あのお店があるんだよね。アタシが良く知っている場所を、類さんが歩いてる。なんだか不思議な感じ。そわそわとしちゃって、どんどん体が前のめりになっていく。それに気付いて、ピッ、と背筋を正した。あまり近くでテレビ見ると、目が悪くなるぞーって、お兄ちゃんに怒られちゃうもん。
    知ってるお店とか、途中にある公園なんかも、類さんが紹介してくれると嬉しくなっちゃう。今度お休みの日にアタシもお散歩しよっかな。

    「そういえば、お兄ちゃんのバイト先もこの辺じゃなかったかな…?」

    お昼の放送だから、もしかして映ったりするのかな? 前に、類さんがお兄ちゃんのバイト先に通ってる、なんて噂もあったし。ぼんやりとそんなことを思いながら、テレビの画面を見続ける。
    見覚えのある道をどんどん進んでいく類さんが、メインの人たちの質問に、『ちょっと変わったお弁当屋ですね』と答えた。それを聞いて、もしかして、と背筋が伸びる。見えてきたお弁当屋さんは、予想通り、お兄ちゃんのバイト先だった。よくお兄ちゃんがお惣菜を買って帰ってきてくれるお店。類さんが、楽しそうに話をしているのを見て、なんだか誇らしくなっちゃう。そのお店に、アタシのお兄ちゃんがいるんですよって、言いたいっ…! この撮影の日っていつだったんだろう? 平日なら、お兄ちゃんはお昼は学校だと思うし…。

    「…ぁ……」

    カメラがお店を映すと、硝子越しにお兄ちゃんが映った。カウンターで店番をするお兄ちゃんがテレビに出ているのが不思議で、なんだか緊張しちゃう。お兄ちゃん、どんな反応するんだろう。テレビの放送って、お店の店長さんが出るんだとばっかり思ってたな。事前にテレビの撮影が来るってお話されてるよね? お兄ちゃんなんで教えてくれなかったのかな。
    ほんの少しの寂しい気持ちはあるけど、最終的に、いくら兄妹でも言えないことはあるんだろうなっていう結論に至る。

    『それでは、早速入ってみましょうか』

    メインの人がお弁当屋さんの扉を開けた。
    聞いた事ある、ドアが開いたのを知らせるベルの音。そのすぐ後に、いつも聞いている声がテレビから聞こえてくる。

    『いらっしゃいませ!』
    「あはは、お兄ちゃんの声だ」

    大好きなお兄ちゃんの、元気いっぱいの声。マイクのすぐ近くにいる、メインの人より大きく聞こえるのがちょっと可笑しくて、笑っちゃった。別世界の様に見えるテレビの番組に、お兄ちゃんが映っているのが少し不思議だな。カメラに映ったお兄ちゃんは、きらきらする笑顔で出迎えてくれる。アタシがお客さんだったら、とっても嬉しい笑顔。
    そんなお兄ちゃんが、次の瞬間、ピシッ、と石になったみたいに固まっちゃった。カシャン、と割り箸の落ちる音がして、メインの人達が驚いてる。

    「…もしかして、お兄ちゃん知らなかったのかな……?」

    どう見ても驚いているお兄ちゃんの様子に、なんだかホッとしちゃった。撮影の事をアタシに黙ってたんじゃなくて、本当に知らなかったんだ。そうだよね、お兄ちゃんが隠し事なんてするわけないもん。
    うんうん、と一人頷いていれば、小さな頃から憧れていた類さんの声が聞こえてくる。

    『こんにちは、天馬くん』

    慣れたような声だった。
    ネームプレートを見て呼んでみた、とか、一度か二度顔を合わせた人の呼び方じゃないって、すぐに分かっちゃう。ドラマの台詞みたいなものとも違う。
    アタシと同じ苗字だから、ってことじゃない。だって、声が、違って聞こえるんだもん。

    『あの、神代さんは彼と知り合いなんですか…?』
    『彼はここのバイトで、よく僕にオススメを教えてくれるんですよ』

    楽しそうな類さんの声に、テレビから視線が逸らせない。困惑するお兄ちゃんが、何故か類さんの方を見る。助けを求めるような、何か言いたげな顔。会って数回の人にする様な表情には見えなかった。類さんが、お兄ちゃんに顔を寄せて何か話していて、その距離の近さにも驚いちゃった。

    (……なんの話、してるんだろ…)

    眉を寄せて困ったように考え込むお兄ちゃんを、類さんが優しい表情で見つめてる。一瞬、カメラの下の方で、類さんの手が、お兄ちゃんの手と重なってるのが見えた気がした。
    赤い顔で類さんに何度も頷いて一歩下がったお兄ちゃんは、アタシが知ってるお兄ちゃんと違う。
    メインの人に声をかけられて、お兄ちゃんが
    ピッ、て姿勢を正した。こほん、と咳払いをして、いつもの様にパッて笑う。

    『オススメでしたら、きんぴらごぼうとかどうでしょう?』

    さっきまでとは雰囲気が変わって、アタシの知ってるいつものお兄ちゃんに変わる。あっちへ、こっちへとカウンターの中を移動して、ショーケースの中のおかずを紹介し始めた。声音が楽しそうで、少しだけホッとしちゃう。
    テレビの画面は、忙しなくおかずをアップで映してる。次々に切り替わる画面。見覚えのあるおかずばっかり映って、口元が緩む。これ、お兄ちゃんが好きなやつだ、ってそんな事をぼんやり思う。
    そうして、お弁当も紹介された所で、メインの人がお弁当を注文した。お兄ちゃんがパッて笑ったのを見て、そっと肩の力を抜く。
    と、画面にメインの人達が映った。

    (………ぁ…)

    切り替わった画面に、類さんが映る。
    すごく優しい表情で、多分カウンターの方を見てる、類さん。その表情は、前に見た事がある。あの放送の時と同じ。
    類さんが、“弟子が出来ました”って言った、あの放送。ちょっとだけSNSで騒ぎになったやつ。だって、あの時の類さん、本当に見た事ない顔をしてたから。

    (……もしかして、類さんの好きな人って…)

    行き着いた考えに、言葉を飲み込む。
    CMに切り替わったテレビの画面を、アタシは呆然と見つめ続けた。

    ―――
    (司side)

    「…………」

    言葉が、出てこない。
    咲希は、オレが今日会っていたのが“神代さん”だと、気付いているのだろう。オレと神代さんが知り合いだと、気付いた上で聞いたのだから。なら、“神代さんと会っていた”と答えるのが正しいのだろうか。
    友だち、では、ないからな…。

    (……それとも、もっと別の事を聞かれているのだろうか…?)

    例えば、オレと神代さんの関係とか…。師匠と弟子だと、誤魔化すか。いや、咲希に隠し事はもうしたくない。だが、つい最近熱愛騒ぎだなんだで、咲希が引きこもってしまったのも事実だ。咲希は昔から神代さんのファンだったのだし、仕方ないのだが…。ここで、オレが“神代さんと付き合うことになった”と打ち明けて良いものだろうか。

    (だが、その内知られてしまうなら、今隠しても意味は無いだろう…)

    卒業したら、神代さんと一緒に住むと約束だってしてしまった。バイト先も、神代さんと一緒になる。今より、神代さんと一緒の時間が増えて行くというのに、隠し通せるわけがない。その内、咲希にも神代さんを紹介したい。俳優の神代類ではなく、オレの……。

    「……………じ、つは…、最近、恋人が、出来たんだ」
    「…!」

    ぐっ、と拳を握りこんで、なんとかそう打ち明ける。
    オレの言葉を聞いた咲希が、パッと顔を上げた。何となくその顔を見れなくて、視線が下がってしまう。
    だが、ここまで来て、逃げるわけにもいかん。

    「今日は、…その人に、会いに、行っていた…」

    じわりと頬が熱くなる。
    初めて会った時は、不審者かと思った。だが、何故か気になってしまって、毎週水曜日を楽しみにしていたんだ。雨の日に傘を貸して、珍しく金曜日に来たその人が名前を教えてくれて、そこで、“俳優の神代類”だと知った。
    咲希の憧れている人気俳優。なのに、バイト先に来る神代さんは、優しくて野菜嫌いな少し可愛い人で…。文化祭の劇の練習に何度も付き合ってくれて、文化祭も見に来てくれた。クリスマスに遊園地に行って、ストーカーに追われた時は忙しいのに真っ先に助けに来てくれて…。
    じわぁっと、握った掌も熱くなっていく。
    神代さんの事を思い出す度、胸の奥が苦しい程膨らんでいく。
    詰めていた息を吐き出すと、自然と視線が上がった。

    「か、かみ……、類さんと、会っていたんだっ…」

    ぱち、と目の合った咲希は、オレをじっと見ている。少し驚いた様な、そんな表情だった。
    その顔が、へにゃりと歪むのを見て、息を飲み込んだ。

    「よ、良かったぁ…、おめでとう、お兄ちゃんっ!」
    「…………ぇ、……」
    「類さんの片想いだったらどうしようかと思ったけど、ちゃんと両想いで、しかも恋人だったなら安心だよ〜」

    両手を広げてオレの方へ飛び込んできた咲希を受け止めて、目を瞬く。
    聞き間違いでなければ、“おめでとう”と言われなかっただろうか。何故だ…? ぎゅ、とオレを強く抱き締めながら、咲希が何か言っている。状況が全く分からん。オレは今、神代さんと恋人になったと伝えたはずだ。で、咲希は神代さんのファンで、ついこの前まで神代さんの熱愛報道で部屋に引きこもる程落ち込んでいたのではなかったか? その神代類と、オレが…。

    「………咲希は……、嫌では無いのか…?」
    「一年も類さんに会ってた事内緒にされてたのは寂しいよ。でも、アタシが類さん大好きだからいえなかったんだよね。ファンの子に類さんと会った、なんて言ったら、類さん困っちゃうし」
    「いや、そうなのだが……」

    うんうん、と一人頷いて納得する咲希に、余計頭がこんがらがってくる。確かに、神代さんに会っていると言えなかったのはそういう理由だが、もっと他にないのだろうか? 正直、咲希に嫌われる程怒られても仕方ないと覚悟していたのだが…。
    ぱち、と目が合った咲希は、オレが困惑しているのが分かったからか、へにゃりと柔らかく笑った。

    「全然知らない人だったらちょっとショックだけど、お兄ちゃんなら嬉しいよ。類さんがアタシのお義兄ちゃんになるんだし」
    「…そ、そうか……?」
    「それに、類さんのあんな顔見ちゃったら、何も言えないよ」
    「む……?」

    ほんの少し眉を下げて苦笑した咲希に、首を傾げる。
    あんな顔、とは、どんな顔だろうか? というより、咲希は何故オレと神代さんが知り合いだと気付いたんだ? 咲希の前で神代さんの話はしていないはずなのだが…。
    顔を顰めて記憶を辿るオレの目の前で、咲希がパッと表情を変える。オレの手を掴んだ咲希に、ぐぐっとソファーの方へ引かれた。

    「ねぇ、お兄ちゃん。類さんのお話教えてっ!絶対他の子に言わないから!」
    「あ、あぁ…」
    「そういえば、お兄ちゃん、初めて類さんにあった時、ちゃんと類さんに気付いたの? やっぱり芸能人の人って、普段もキラキラしてる? 類さんかっこいいから目立ちそうだよね」
    「……は、はは…」

    ソファーに並んで座って、目を輝かせる咲希に苦笑する。名前を聞いてテレビのCMを見るまで、神代さんだとは気付かなかった、なんて話したら飽きれられそうだな。確かにあの頃の神代さんは印象的な人だった。不審者のような格好をしているのに、どこか目を引く人だった。

    そんな所も含めて、咲希に今まで言えなかった話をした。
    毎週水曜日の待ち人の事、雨の日に傘を貸したこと、文化祭に遊園地、あの事件の事も。楽しそうに聞いてくれる咲希を見てると、まるで小説の物語を語り聞かせている気分になった。時折照れたオレをからかう咲希は、本当に楽しそうだった。
    その後、母さん達が帰ってきて、「お兄ちゃんに恋人が出来たんだって!」という咲希の報告で、もう一度話す羽目になったのは、また別の話。

    ―――
    (類side)

    「ふふ、それは大変だったね」
    「もうすっかり家族全員で神代さんのファンですよ…」
    「おや、それは光栄だね」

    照れているのか、少し困った様な表情で、天馬くんが小さく息を吐く。
    彼の妹さんが僕のファンだというのは、前に聞いたことがあった。握手会にも、妹さんの付き添いで来てくれていたからね。確か、天馬くんに似ていたと思う。

    (…家族に話してくれる程、僕を信頼してくれているんだね…)

    それが嬉しくて、つい表情が緩んでしまう。
    正直、彼は以前男性のストーカーに追いかけられた事がある。その際警察を呼ぶ騒ぎになってしまったので、当然、彼の御両親にも話はされているだろう。だからこそ、彼がまた変な事件に巻き込まれないかと、彼の御両親は心配していたはずだ。そんな天馬くんが『恋人が出来た』と報告して、それが“歳上の男性”となれば、良い顔はされないと思っていた。反対されるのを説得するつもりでいた僕としては、あっさりと受け入れられたという彼からの報告に拍子抜けしてしまう。
    なんなら、彼の父親に殴られても、甘んじて受けるくらいのつもりでいた。

    「今度是非家に呼んでほしいって、母さんも咲希も楽しそうでしたし…」
    「それなら、今から挨拶に行くかい?」
    「…へ………?」

    彼からのお誘いに、そう返す。と、きょとんとした顔で僕を見上げてから、天馬くんが慌てて両手を振った。

    「いやいやいや、神代さん、今からお仕事ですよねっ…?!」
    「そうだね。けれど、少しくらいなら構わないよ」
    「オレも学校なので、また今度にしてくださいっ!」

    ぶんぶん、と首を横に振る天馬くんに、くす、と笑みが零れる。彼は、なんとも可愛い反応をしてくれる。
    挨拶に行くことは、彼からお許しが出たようだ。確かに、今日は月曜日だ。すぐ近くで寧々が車で待機してくれている。多少時間を作れなくはないだろうけれど、今言い出せば確実に寧々に文句を言われてしまうだろうね。それに、天馬くんも今日はこれから学校がある。卒業式がもうすぐな為、今は卒業式の練習が忙しいようだ。
    事前に日程も聞いたので、彼の卒業式の日はこっそり見に行こうかと思っている。勿論、寧々にスケジュールを調整してもらって。

    「それなら、次の休みは君の家にお邪魔しようかな」
    「ぇ、…」
    「確か、日曜日はバイトもないって言っていたよね」
    「……お、れは、ないですが…神代さん、お仕事って…」

    “次の休み”と聞いて、天馬くんがパッと顔を上げた。ほんの少し期待の籠った琥珀色の瞳に、口元が緩む。確かに、以前天馬くんが日曜日は休みだと教えてくれた際、その日は仕事が入っていると伝えた。その時の天馬くんが残念そうに肩を落とすのを見て、僕も胸が痛かったのを覚えている。せっかく彼からお誘いをしてくれたというのに、良い返事が返せなかったからね。

    「実は、あの後寧々と相談をして、午後からはスケジュールを空けてもらったんだ」
    「…だ、だが、しばらくまた忙しいって……」
    「君に会えない方が寂しくてどうにかなってしまいそうだから、君さえ良ければ、僕に時間をくれないかい?」

    僕より少し小さい手を取ると、彼の頬がじわりと赤くなっていく。視線が下がって、あっちへこっちへと彷徨う様が愛らしい。きっと彼の中で、嬉しい気持ちと、僕に迷惑をかけたくないという気持ちが混ざって、返答に困っているのだろうね。もにょもにょと動く小さな唇が、ほんの少し開いては閉じてしまう。
    そんな彼の頬に手を添えると、ビクッ、とその身体が跳ねた。

    「駄目かい? 天馬くん」
    「…っ、〜〜………、だ、め、…では、なぃ、…です…」
    「本当かい? それじゃぁ、日曜日の午後、伺わせてもらうね」

    彼が弱いのを知っていて、困った様な顔で問いかけた。首を少し傾ければ、彼はさらに顔を赤くさせて目をギュッと瞑ってしまう。震える声で了承してくれた天馬くんに、にこりと笑みを浮かべた。本当に、天馬くんは扱いやすくて可愛いね。
    日曜日の約束を取り付ければ、こくこくと必死に頷く天馬くんが、ぎゅ、と繋いだ手を握り返してくれる。じんわりと伝わる掌の熱に、胸の奥が暖かくなる気がした。

    (…触れたいなぁ……)

    手を繋ぐだけではなく、抱き締めて腕の中に閉じ込めてしまいたい。こんなにも僕が好きだと体現してくれる彼が、愛おしくて堪らない。
    握り返された手を、僕も握り返す。頬を掌で撫で、綺麗な髪を彼の耳にかけた。指先がほんの少し耳の縁に触れるだけで、ビクッと跳ねる様が愛らしい。
    そっと柔らかい頬に口付けると、天馬くんが小さく声を零した。

    「それじゃぁ、また水曜日に。ね」
    「………は、ぃ…」

    これ以上は寧々に怒られてしまう。
    彼の手から、見慣れた手提げをそっと取る。少しズシッと重みのあるそれを片手に持ち、繋いでいた手を離した。ひら、と手を振ると、天馬くんがお辞儀を返してくれる。なんとも彼らしい別れの挨拶だ。
    寧々の待つ車に乗り込んで、ドアを閉める。シートベルトをつけると、寧々がアクセルを踏んだ。

    「公衆の面前で何してんのよ」
    「人がいないのは確認したのだから、大目に見てほしいな」
    「わたしはその“人”に含まれてないわけ?」

    じと、と僕を睨むように見る寧々から視線を逸らし、手に持った手提げを持ち直す。天馬くんお手製のお弁当は、毎週月曜日の楽しみでもある。
    ぶつぶつ文句を言う寧々をちら、と見てから、暫くお小言は続きそうだな、と僕は小さく息を吐いた。後で、スケジュールの調整をまたしてもらわないといけないけれど、今回はどうやって機嫌をとろうか。まぁ、なんだかんだ最後は協力してくれる優しい幼馴染なのも知っているので、あまり心配もしていないけれど。

    (………そういえば、“挨拶”って、何を話せばいいのだろう…?)

    ふと気になった疑問を、スマホを開いて調べてみる。
    彼の御家族に挨拶をする。それは、僕にとってもどうやらとても大きな事だった様で、自分でも気付かないうちに緊張していたらしい。
    その日は珍しく撮影が長引いてしまい、寧々にとても驚かれた。

    ―――
    (司side)

    「息子さんとお付き合いをさせて頂いてます、神代類です」

    テレビで見るよりも、今日の神代さんはとてもキラキラして見えた。
    約束通り、神代さんは日曜日の午後、我が家に来てくれた。スケジュールを詰めて、撮影を予定通りに終わらせたのだという。連絡をもらって玄関で待機していた所でチャイムが鳴り、扉を開けて固まってしまった。見慣れない神代さんの姿に、呆気としてしまう。
    ピシッとしたスーツ姿はかっこよくて、髪型も少し違っていた。撮影の後だったからか、ほんの少しメイクもしていて、本物の“神代類”だった。玄関先で挨拶された両親が無言で見惚れる程の輝きを放つ神代さんから、オレもつい顔を逸らしてしまう。両親の後ろで顔を覗かせる咲希の目は、とてもキラキラしていた。

    「と、とにかく、上がってくださいっ…!」
    「お言葉に甘えて、お邪魔します」

    リビングまで神代さんを案内して、ソファーに座ってもらう。咲希はずっと憧れていた神代さんを前にして、言葉が出ないようだ。両手で口元を抑えて終始黙ったまま神代さんを見つめていた。そんな咲希の姿に、申し訳ない気持ちだけではなく、ほんの少し胸の奥がモヤモヤとしてしまう。咲希が前から神代さんを大好きなのは知っているのだが、オレはどうやら心が狭いらしい。大切な妹にすら、神代さんを譲りたくは無いのだと思ってしまった。

    「天馬くんには大変お世話になっていて」
    「こちらこそ、以前からうちの息子がお世話になっていたみたいで」
    「その節は、本当にありがとうございました」

    父さん達と神代さんの会話が進んでいく。
    なんとなく口を挟めなくて、黙って聞いていた。両親はずっとお礼が言いたかったのだと、言っていた。だからこそ、今日は良い機会だったのだろうな。
    オレの話で神代さんと両親が話をしている。なんとなくソワソワとしてしまって、会話が全然入ってこない。隣に座る神代さんを見ると、大人の表情をしていた。背筋を伸ばして、綺麗に座る様もかっこいい。普段の優しい表情とは少し違う、真面目な表情。

    (…まるで別人の様だな……)

    役を演じている俳優なのだから、別人の様に振る舞うのもお手の物だろう。これがドラマの撮影だと言われれば、信じてしまいそうな程だ。
    オレの知っている神代さんは、もっとふわっとしていて、優しい人だ。オレと趣味が似ていて、好き嫌いが多くて少し子どもっぽい、そんな人。たまに大人の顔をして、オレの事を甘やかしてくる、少しだけずるい人。

    (……それで、…たまに怖くなる程真剣な顔をして、オレに、触れてくる…)

    擽るような、ゆっくりとした触れ方で、オレの手や頬に触れてくるんだ。キス、とかも、大人だから慣れていて、ちょっと長くて…。
    そこまで思い出したところで、不意に手に熱いものが重なった。ビクッ、と肩を跳ねさせると、神代さんと目が合った。手の甲に、神代さんの手が重ねられているのだと、そこで気付く。

    「司くん、そんなに見られると、緊張してしまうよ」
    「…へぁ……、…ぁ……ちがっ……」
    「神代さんはかっこいいから、司が見惚れるのも分かるわ」
    「お兄ちゃん、お顔真っ赤だよ」

    照れたようにはにかむ神代さんが、頬を指でかく。その姿を見て、慌てて両手を振って顔を逸らした。神代さんを見つめたまま、考え事をしてしまっていたらしい。母さん達がにこにことオレを見てくるのが、余計に恥ずかしかった。
    いたたまれず、ソファーを勢いよく立ち上がる。

    「お茶、いれてくるっ…!」
    「あ、お兄ちゃん、アタシも手伝うよ」

    逃げるようにキッチンに移動すれば、咲希があとをついてきた。お湯を沸かしながら、紅茶の準備をする。そのオレの隣で、咲希が新しいお茶菓子の袋を開けた。
    甘いクッキーの匂いに、気持ちが少し落ち着いていく。家族への挨拶というのは、想像以上に恥ずかしいものなのだな。小さく息を吐くと、隣で咲希がくすくすと笑った。

    「るいさんとお兄ちゃん、本当に仲良しだね」
    「……そ、ぅ、だろうか…?」
    「だって、お兄ちゃん、るいさんの事ばっかり見てたけど、るいさんも、お兄ちゃんの事見てたから」
    「…ぇ………」

    お湯が出来上がったのを見て、咲希がポットにお湯を注いでいく。
    考え事ばかりしていて全く気付かなかったが、見られていたのか…? だが、神代さんは母さん達とずっと話をしていたが…。こちらを見ていた気はしなかったが、咲希はいつのことを言っているのだろうか。
    首を傾ぐオレを見て、咲希はまたくすくすと笑う。

    「お兄ちゃんが幸せそうで、安心しちゃった」
    「……咲希…」
    「芸能人の人って、いやーな人もいっぱいいるって聞くから、ちょーっとだけ心配してたんだ」
    「…………ありがとう、咲希」

    嬉しそうなその表情に、きゅ、と胸の奥が締め付けられる様な気がした。
    小さくお礼を言うと、咲希はへらりと笑った。お茶菓子とポットを持って、リビングの方へ向かう。両親と話をしていたらしい神代さんが、こちらへ顔を向けた。ふわりと微笑まれて、きゅぅ、と胸が音を鳴らす。
    ティーカップに紅茶を注いで、もう一度ソファーに腰を下ろした。母さん達がとても楽しそうに話をしているが、なんの話をしていたのだろうか。「見てほしい」と言う言葉は聞き取れたが、その前後が上手く聞き取れなかった。

    「それなら、今持ってきましょうか!」
    「どこにしまったかな…?」
    「あ、また今度でも…」
    「すぐもどるから、気にしないで」

    ぱたぱたと立ち上がった両親がリビングを出ていく。我が親ながら、思い立ったら即行動、なのだな。呆気と見ていると、神代さんが苦笑した。

    「小さい頃の天馬くんの話を聞いていたのだけれど、せっかくだからアルバムを見てほしいと、張り切って取りに行ってしまったみたいでね」
    「ぅ、…それは少し恥ずかしいのだが……」
    「じゃぁ、アタシも一緒に探してこよーっと」
    「…む、……咲希も行くのか…?」

    立ち上がった咲希が、両親を追いかけてリビングを出ていく。扉を開けた時に、ちら、とオレの方を見た気がするが、なんだったのだろうか。ぱたん、と閉まった扉を呆気と見つめたまま、数秒。先程までの賑やかさが嘘のようにシン、と静まり返ったリビングのソファーで、神代さんと目が合った。
    月のような瞳がそっと閉じられて、神代さんがゆっくりとオレにもたれかかってくる。反射的に、ピッ、と背筋が伸びた。

    「か、み、しろさっ……」
    「……すまないね…、少しだけ、ダメかい…?」
    「…だ、めでは、ない、ですが……」

    うりうりとオレの髪に顔を擦り付ける神代さんの声が、少し小さく聞こえる。まるで猫のようだ、なんて言ったら、嫌な顔をされてしまうだろうか。

    「やっぱり、緊張してしまうね」
    「神代さんでも緊張するんですか?」
    「勿論。天馬くんの御家族が相手なのに、緊張しないわけが無いじゃないか」
    「……ん、ふ、ふふ…、…」

    ぐぐーっと態と体重をかけてくる神代さんに、つい口元が緩んでしまう。
    普段あんなにも堂々としている神代さんが、こんな事で緊張してしまうのは意外だ。それが分からない程今日一日はかっこよかった。まるで知らない人の隣にいるみたいで、少し落ち着かなかった。だが、今隣にいるのは、紛れもなくいつもの神代さんだ。
    へにゃりと表情が緩むのを隠すように、オレも神代さんの方へ体重をかける。
    神代さんの匂いがして、安心してしまう。

    「天馬くん…?」
    「なんでもないです」
    「……えー…、教えてくれないのかい?」
    「言えません」

    きっと言わせる気はないのだろう。「ずるいなぁ」と言いながらも、神代さんはそれ以上何も言わなかった。いつ両親がもどってくるか分からないからか、神代さんはオレに寄りかかるだけでそれ以上何もしてこない。それがほんの少しだけ寂しい。頭を撫でられるのも、抱き締められるのも、キス、も、いつもならされるはずだ。それが当たり前のようになっているのだと思い至って、頬がじわりと熱くなる。恥ずかしい気持ちを誤魔化すように神代さんに一層寄りかかって、肩口に顔を擦り付けた。

    (…神代さんが帰るとき、少しだけ、ぎゅってしてもらおう……)

    そんな事を考えながら、目を瞑る。
    咲希達がもどってくるまで、もう少しだけこうしていたい。ゆっくり息を吸うと、神代さんの匂いで胸が満たされた気がした。



    この後、早々にアルバムを見つけて扉の外で見守っていた家族に神代さんが気付き、オレの大きな叫び声が近所に響いたのはまた別の話である。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍💒💯😭☺❤💴💖❤❤❤😍😍😍😍😍🙏🙏🙏🙏🙏💖💖💖😭☺💖☺💯💯💯😍😍😍💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖🎉❤☺💖🙏🙏💖💖💖💖😍💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    ナンナル

    CAN’T MAKE銀楼の聖女

    急に思い付いたから、とりあえず書いてみた。やつを一話分だけ書き切りました。
    ※セーフと言い張る。直接表現ないから、セーフと言い張る。
    ※🎈君ほぼ居ません。
    ※モブと☆くんの描写有り(性的な事は特になし)
    ※突然始まり、突然終わります。

    この後モブに迫られ🎈君が助けに来るハピエンで終わると思う( ˇωˇ )
    銀楼の聖女『類っ、ダメだ、待ってくれっ、嫌だ、やッ…』

    赤い瞳も、その首元に付いた赤い痕も、全て夢なら良いと思った。
    掴まれた腕の痛みに顔を顰めて、縋る様に声を上げる。甘い匂いで体の力が全く入らず、抵抗もままならない状態でベンチに押し倒された。オレの知っている類とは違う、優しさの欠片もない怖い顔が近付き、乱暴に唇が塞がれる。髪を隠す頭巾が床に落ちて、髪を結わえていたリボンが解かれた。

    『っ、ん…ふ、……んんっ…』

    キスのせいで、声が出せない。震える手で類の胸元を必死に叩くも、止まる気配がなくて戸惑った。するりと服の裾から手が差し入れられ、長い爪が布を裂く。視界の隅に、避けた布が床へ落ちていく様が映る。漸くキスから解放され、慌てて息を吸い込んだ。苦しかった肺に酸素を一気に流し込んだせいで咳き込むオレを横目に、類がオレの体へ視線を向ける。裂いた服の隙間から晒された肌に、類の表情が更に険しくなるのが見えた。
    9361

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
    6142

    recommended works

    Tears_reality

    MEMOワンドロリベンジ(途中まで)
    ワンドロリベンジ『復縁』(途中まで)「もう我慢できない。お前とはこれでおしまいだ」

    「それはこっちのセリフだよ。僕以外に触れさせるなって言ってるのにいつも君は仕事だから、付き合いだから仕方ないって、こっちの気も知らないで、あぁ、もう早く洗ってきてよ。他人の匂いがついた君なんて見たくもない」

    いつも通りのやり取りだった。一通り言いたいこと言い終わったら仲直りするのが常だったはずが今回はそうじゃなかった。それに類が気づいたのは司が出ていった後だった。

    「ちゃんと寝てるの?ご飯は食べてる?」

    「それなりにね。仕事もあるからね。」

    「ならいいけど。」

    類の話を聞きながら幼なじみの彼女、草薙寧々は紅茶を飲みながらため息をつく。寧々ともう一人のえむは司と類の秘密の仲を知る数少ない友人だ。当初2人が別れたと知った時真っ先に寧々は類を心配した。それもそのはず類は司がいないと生きていけない男だった。それは依存にも似たもので仲間である寧々たちも二人の間にはいるのはどこか躊躇いがあった。長い付き合いの寧々は類のそう言った危うさに気づいていた。だからこそ真っ先に心配したのだが当の本人は何処吹く風だ。以前の類だったらきっと。司と付き合ったことで心の安定が取れるようになったのかもしれない。その日は他愛のない話をして終わった。
    844