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    Haruto9000

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    Haruto9000

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    「クー・フーリンが女性だったら」妄想。
    ※FGO第1部のみの情報で書いていたので、設定ズレなどはご容赦ください。

    ここから書きかけになるので、キリがいいところまで書いたら順次アップします。
    「◯◯編」としてまとまったら、丸ごと1本として、ピクシブとポイピクにアップします。

    #女体化
    feminization
    #クー・フーリン
    kooHooLin

    ミラーリング #15-1「大殺戮」 ──助けて!
     ああ、またこの夢か。
     クー・フーリンは思う。もう何度も見た夢の光景。逃げ惑う群衆。血まみれの大地。燃え上がる城。
     ──助けて! 助けて!
     泣き叫ぶ声に心が張り裂けそうだ。助けてやりたいと、必死で手を伸ばすのに。
     ──誰か……!

     その手は、いつも届かない。

     
     うっすらと目を開いたとき、クー・フーリンはつうっと眦から冷たいものが流れるのを感じた。それをぬぐい、起き上がろうとする。
     途端に肉体を貫く痛みに、口からうめき声が漏れた。
    「クー!」
     ロイグが慌てたように覗き込んできた。目の下にうっすらと隈が影を作っている。
    「ロイグ……?」
     かすれた声が喉にひっかかり、クー・フーリンは激しく咳き込んだ。
     ロイグは友の頭にそっと手を当て、優しく支えると、口元に水の入った椀を近づけた。
     クー・フーリンは苦労しながら、なんとか水を飲む。傷が熱をもったのか、頭がぼんやりとしていた。
    「ここは……?」
    「レルガの塚だ。おい、大丈夫か?」
    「レルガ……? じゃあ、ムルテムニーにいるのか……?」
     クー・フーリンは身を起こし、周りを見ようとした。
     しかし、すでにあたりには夜の闇が重くたれこめており、焚き火がぼんやりと照らすもの以外は何も見えない。頭の奥が鈍く痛む。
    「ええと、オレは、確か……」
     クー・フーリンは、何が起こったのかを思い出そうとした。
    「オレは、そう、浅瀬で……そうだ、敵は!」
     飛び起きようとして、クー・フーリンは身体を抱えてうずくまった。ロイグは幼子をあやすように、毛布で彼女の身体を包んだ。
    「あの洪水で、浅瀬にいた軍団はほぼ壊滅状態だった。体制の立て直しには時間がかかるだろうさ」
     ロイグは安心させるように言ったが、クー・フーリンは眉をひそめたままだった。
    「そうは言っても、敵の様子がわからなきゃ──」
     その時、目の端にちらりと光が見えたような気がした。
     クー・フーリンは息を飲み、ロイグが止める間もなく立ち上がった。
     ひどい激痛が走ったが、目の前に広がる光景に、傷の痛みも吹き飛んでしまった。
     無数の松明が、大地に延々と広がっていた。まるで地上に夜空が堕ちて、不吉な赤い星々が大地を汚しているように見えた。
    「ふざけるな……」
     震えるこぶしを握りしめる。手のひらに爪が深く食い込む。
    「ここはオレの土地だ。オレの土地だぞ!」
     クー・フーリンは、激情のままに咆哮した。そのとたん、ざわり、と強い風が巻き起こる。
     ムルテムニー平原は自分の領地だ。自分が治める場所なのだ。
     そんな大事な土地を、略奪者どもに侵されるだなんて!
     クー・フーリンは、歯ぎしりし、勢いよく振り向いた。
    「オレ、どのくらい寝てたんだ?」
    「大したことはない。一日も経ってな──」
    「一日だと!?」
     責めるような声音に、ロイグは渋面を浮かべた。
    「本当ならもっと休むべきだ。おまえ、一騎打ちが始まってから、ほとんど寝てないんだから」
    「寝られるわけねえだろ。いつ敵が襲ってくるかわからないんだから」
     クー・フーリンはいらいらと叫んだ。
    「クソ! 怪我なんかしなきゃこんなことには。ロイグ! おまえも何でもっと早くオレを起こさなかっ……」
     そこで彼女は、ロイグが痛ましげな目でこちらを見ていることに気づいた。
     友の顔を見た瞬間、身の内で火柱のように燃え上がっていた怒りが、ふっと消えていくのを感じた。
    「……悪い」
     ロイグは黙って首を振る。突然、クー・フーリンは途方もない疲れを感じた。傷の痛みと度重なる戦闘の疲労が泥のようにまとわりついて、二度と動けなくなりそうな気がした。
     クー・フーリンはうなだれ、力なくその場に座り込んだ。
    「──なあ、ロイグ」
    「ん?」
     きゅうっとこぶしを握り、クー・フーリンは絞り出すように言った。
    「頼みがある。誰か、誰でもいい。一緒に戦えるやつを連れてきてくれないか」
     ロイグは目を見開いた。クー・フーリンはうつむいたまま、ぽつり、ぽつりと続けた。
    「オレ、まだまだ戦えるけど……正直、いつまで持つか、わからない」
     喉が詰まって、少しだけ語尾が震えた。本当は、こんなこと言いたくないのに。自分一人で大丈夫だって思いたいのに。
    「けど、俺がここを離れたら、おまえは」
     固い声でロイグが言った。クー・フーリンは無理やり笑顔を作ってみせる。
    「大丈夫。おまえが戻るまでは、オレだけでちゃんと持たせてみせるからさ。だから」
     だから、頼む。
     その言葉は、声になる前にかき消えた。ロイグが、彼女を強く抱きしめたからだ。
    「ロ、ロイグ?」
     目を白黒させながら、クー・フーリンは戸惑った声をあげた。
    「おまえは、なんでいつも……」
     振り絞るようにつぶやき、ロイグは幼なじみを抱く腕に力を込めた。
     固くたくましい腕に包まれて、クー・フーリンは頰が熱くなるのを感じた。押し付けられた胸からは、力強い鼓動が聞こえてくる。
     クー・フーリンは、ロイグがかすかに震えていることに気づき、そっと身体の力を抜いた。熱い体温がじんわりと伝わってきて、冷えた肌にしみていく。
    「……ロイグ」
     クー・フーリンは、なだめるように幼なじみの腕を叩いた。ロイグの身体が一瞬こわばったが、腕の力が緩まっていく。
     途方にくれたような友の頰を両手で包むと、クー・フーリンはじっと顔を覗き込んだ。
     見慣れているはずの瞳には、不安と、怒りと、哀しみと、言葉にできないような熱が滲んでいた。
    「オレは大丈夫だ。だから、頼むよ。信じてくれ」
     ロイグはそっと息を吐いた。クー・フーリンの手を自分の手で包み、まぶたを閉じる。
    「おまえは、ずるいな」
     一言つぶやくと、ロイグはすぐに目を開け、すっくと立ち上がった。
     瞳には凛と光が走り、表情にはいつもの冷静さが戻っていた。
    「すぐに戻る。何としても、味方を連れてくるからな」
    「うん」
     一瞬クー・フーリンとロイグは見つめ合った。青年は名残を振り払うように背を向けると、マハを連れて、暗闇の向こうに消えていく。
     ざくざくと草を踏み分ける足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


    「…………」
     静かだ、と思った。ぱちぱちという焚き火の音。セングレンのかすかな息づかい。梢を揺らす風のざわめき。
     そういった物音は確かにあるはずなのに、自分をとりまく静寂は冷たく、耳が痛くなるほどだった。
     不意に、自分は孤独だ、と思った。
     自分で友を行かせたのに、まるで、世界に一人取り残されたような気分だった。
    「いた……」
     ロイグが手当てをしてくれたようだが、傷という傷が痛んだ。
     地面に身体を横たえ、毛布を強く身体に巻きつけるが、地面からじわじわと忍び寄る冷たさを防ぐことはできなかった。
     クー・フーリンは横たわったまま、目の前で燃える小さな焚き火を見つめた。
     こんな風に、一人ぼっちになったのはいつ以来だろう。
     戦場では常にロイグがいてくれたし、家ではエメルが、騎士団ではフェルグスやコナルが、城では王がそばにいた。
     影の国以来、だろうか。いつのまにか、クー・フーリンの心は修行時代に戻っていた。
     色彩豊かな楽しい記憶。その奥に沈められた、暗くて、怖くて、どうしようもなく心細かった日々──。
     焚き火の炎が滲んだ。ぽろり、と水の粒が目から転がり落ちていく。
     クー・フーリンは動かなかった。じっと横たわったまま、ぽろり、ぽろりと涙がこぼれ落ちていくに任せた。

     いつからそこにいたのか。
     クー・フーリンは、炎のそばで、じっと自分を見下ろしている人影に気づいた。
     驚きのあまり身体がすくむ。慌てて起き上がろうとしたが、人影はそれをとどめるような仕草をした。
    「寝ていなさい」
     ささやくような男性の声だった。初めて聞くはずなのに、その声は、不思議と心を落ち着かせた。
     クー・フーリンはそっと身体から力を抜き、目の前の人物をよく見ようとした。
     しかし、なぜか顔をはっきりと見ることができない。目を凝らすたびに、ふわりと光が揺らめき、顔の印象がぼやけてしまうのだ。
    「あなたは……?」
     か細い声で問いかければ、人影が微笑んだような気配がした。まるで、春の陽光のように、やわらかな空気をまとっている。
    「おまえに力を貸しにきた」
    「え?」
     クー・フーリンは目を見開いた。人影は穏やかに続けた。
    「敵のことは、私に任せておけ。だから、今は眠りなさい」
    「でも……」
     抗議しようとしたとき、強い眠気に襲われた。必死で目を開けようとしながら、クー・フーリンはつぶやいた。
    「浅瀬は……オレが守らなきゃ……」
    「安心しろ。浅瀬で戦うのはおまえだよ、愛しい子」
     クー・フーリンのまぶたが、ゆっくりと重くなっていく。
     意識が暖かい闇に包まれる瞬間、自分とまったく同じ顔の少女が微笑むのを見たような気がした。


     ロイグはマハにまたがり、休むことなく走り続けた。まるで一陣の風のように、平原を駆け抜けていく。
     やがて、目の前に見慣れた街並みが現れた。アルスターの中心。エヴァン・マハの都だ。
    「もう少しだ。がんばってくれ」
     灰色のたてがみに顔を寄せ、ロイグはマハにささやいた。マハはブルッと鼻を鳴らし、スピードを上げていく。

     街の中に向かっていく途中、目の端にとらえた人影に、ロイグは驚いてマハを止めた。
    「スアルダウ様!?」
    「ロイグ?」
     クー・フーリンの養父である男が、道のそばに立っていた。片手には手綱をにぎり、栗毛の馬を引いている。
    「どうして、おまえがここに。娘はどうした」
     急いでマハから降りると、ロイグはスアルダウに駆け寄った。
    「クーからの使いで来たんです。誰か、呪いが解けた戦士はいないかと思って」
     スアウダウは、眉をひそめた。
    「まさか、娘に何か──」
     ロイグは慌てて首を振った。
    「クーは無事です! でも、だいぶ弱っていて。それにしても、スアルダウ様はどうして──」
    「娘から聞いてないか? 不思議な力で、私だけ呪いが弱まったんだ」
    「そうなのですか!? では、スアルダウ様もいっしょに……」
     スアルダウは目に暗い影を落とし、首を振った。
    「おまえも知っているだろう。私はフェルグスと違い、戦いはからっきしだ。私が出向いても、かえって娘の足を引っ張ってしまう」
    「で、でも、そんなことを言っている場合じゃ──」
     ロイグは歯噛みした。こうしている間にも、敵はクー・フーリンの命を削っているのだ。
     少しでも早く助けを連れて、彼女のもとに帰らなければならない。
    「すまない。だが、戦士を探すのを手伝おう。おまえも早く娘の元に戻りたいだろう?」
     スアルダウは、すべてを見通すような表情で言った。ロイグは顔を赤らめた。
    「……わかりました。それでは、お願いできますか」
    「ああ、任せなさい」
     スアルダウは連れていた馬の背にまたがると、腹を蹴り、すぐさま道の向こうへ走っていった。それを見届けたあと、ロイグもマハにまたがった。

    「待って、待って!」
     少女の叫び声に、ロイグは振り向いた。
     なだらかな丘の上で、クリオナ王女が手を振っている。
     ロイグが手綱を引くと、マハが緩やかに足を止めた。はあはあと息を荒げながら、クリオナが駆け寄ってきた。
    「王女、どうしてここに?」
    「あっちであにさまたちと訓練してたの。あなたこそ、なんでここにいるの? あねさまは?」
    「私は──」
     ロイグは、スアルダウにしたように、自分が戻ってきた理由を説明した。
     話を聞いているうちに、クリオナの表情が険しくなっていく。
    「王女は、誰か戦士に心当たりは?」
     クリオナは唇を噛み、悔しげに首を振った。
    「館の男の人たちは、みんな伏せったままよ。動ける女の人たちも、国のあちこちで賊が現れてるから、そいつらの相手で手一杯なの」
     ロイグは、重苦しいため息を吐いた。とにかく、一人でも戦力になる人間を探さなければ。
    「わかりました。もし、誰か呪いが解けた人間がいたら、クーのことを教えてください。レルガの塚にいますから」
     クリオナはうなずいた。ロイグは再び灰馬にまたがり、彼女の前から走り去った。
     残された王女は、何かを考えるように、じっとその場に立ち尽くしていた。


    「あにさま、あにさま!」
     どこぞへ消えたと思った妹が走ってくるのを、フォラマンは怖い顔を作って迎えた。
    「クリオナ、休憩はとっくに終わってるだろ。どこへ行ってたんだ」
    「聞いて、あにさま。ロイグに会ったの!」
    「え?」
     フォラマンは目を丸くした。王女の興奮した叫び声に、訓練を続けていた少年や少女たちも集まってくる。
    「ロイグが? じゃあ、先生も?」
     クリオナはぶんぶんと首を振った。
    「あねさまは敵に囲まれて、大変な目に合ってるんだって。だから、あねさまを助ける戦士を探してるって、そう言ってた」
    「そんな……」
     フォラマンは、胸にさっと冷たいものが走るのを感じた。子どもたちもざわめいた。
     あのクー・フーリンが危機に瀕している。それなのに、アルスターでは、大人たちは誰も彼女を救えないのだ。
    「あにさま。私、考えがあるの」
     動揺する兄の目を見据えながら、クリオナは言った。少女の瞳には、春の雷のような鋭い光がきらめいていた。
     妹の視線を受け止めるうちに、フォラマンの心は不思議と静まっていった。
     そうだ。どうして気づかなかったのだろう。
     フォラマンは、唇に笑みを浮かべた。手を伸ばし、クリオナの日焼けした肩を掴む。
    「多分、僕も同じ気持ちだよ」
     兄の言葉に、妹は嬉しそうに破顔した。

     扉が開き、再び閉じる音がする。
     手に何かが触れた感覚に、コンホヴォルはうっすらと目を開いた。誰かが目の前に立っている。
     ぼやけていた輪郭が徐々にはっきりしていき、コンホヴォルは、それが息子のフォラマンであることに気づいた。
    「フォラマン……?」
     喉の奥で、かすれた声を鳴らす。父の手を取って、王子は言った。
    「父上。僕たち少年兵は、クー・フーリンを助けに参ります」
     コンホヴォルの目がわずかに見開く。フォラマンは続けた。
    「彼女が危険な目に合っているのに、僕たちだけが安全な場所にいるわけにはいきません。クー・フーリンを助け、必ずや、アリル王とメイヴ女王の首をとってごらんにいれます」
     凛とした口調で告げるフォラマンの瞳は、青空のように澄み切っていた。
     そんな息子の姿に、コンホヴォルは驚いた。
     この末息子は、こんなにも芯のある少年だっただろうか。いつも兄たちの陰でひっそりと息を詰めているような、病弱な子どもだと思っていたのに。
     知らず知らず、コンホヴォルは笑みを浮かべていた。呪いの痛みは身体を蝕んでいたが、息子を愛しく思う気持ちで、胸が満たされる。
    「息子よ」
     父親は、息子の手を握り返した。フォラマンは息を飲む。
    「立派な申し出だ、フォラマン。おまえを、そして我が少年兵たちを誇りに思うぞ」
    「は……はいっ!」
     フォラマンは、思わず頰が熱くなるのを感じた。父がこんなに温かい眼差しで自分を見てくれたことは、初めてのことだった。コンホヴォルは続けた。
    「必ずやおまえの従姉を助け、アリル王とメイヴ女王の首を取ってくるのだ」
    「はい、もちろんです!」
     顔中を喜びに輝かせながら、フォラマンは父の手をしっかりと握りしめた。
    「タラの聖石に誓います! コノート王たちの首を取らずして、僕たちは決してエヴァン・マハには戻りません!」
     コンホヴォルは、苦しい息の下からも、満足そうにうなずいた。
     フォラマンは胸の高鳴りを抱えながら、力強く王に向かって最敬礼をすると、部屋を飛び出した。
     日が照り落ちる中庭には、すでに妹や仲間たちが待っていた。
    「準備はばっちりよ、あにさま」
     勇ましく戦車の上に立ち上がり、クリオナは片目を閉じた。
     フォラマンは、ぐるりと周りを見渡した。
     期待に満ちたたくさんの眼差しが、自分を見つめている。
     これから、自分が彼らを率いて敵地に攻め込むのだ。夢にまで見た、戦士として。
     王子は大きく息を吸うと、両腕を広げた。
    「さあ、みんな。行こう!」
     歓声が響きわたる。少年や少女たちが掲げた槍の穂先が日光を受けて、きらきらと輝いた。
     フォラマンは、クリオナが御す戦車に飛び乗った。すぐに音を立てて戦車が走りはじめる。少年の目には、従姉の横顔が浮かんでいた。
     いつも弱い自分を気にかけ、守ってくれた、美しい従姉クー・フーリン。
     今度は、自分が彼女を助け、ともに戦い、華々しく凱旋するのだ。
     いつか自分が治めるであろう、このアルスターの地へ。

    ***

    「敵襲! 敵襲だ!」
     けたたましい叫び声が響き、馬のいななきと勇ましい鬨の声が、雪崩のように連合軍に襲いかかった。あちこちで、怒号とともに剣戟の音が弾ける。
    「フェルグス様!」
     群衆の中から、フィアハが焦った顔で駆け寄ってきた。その顔はひどく青ざめている。
    「あれは……子どもです。彼らは、アルスターの……」
    「何も言うな、フィアハ」
     フェルグスは腕組みをといた。
    「アルスターを捨てるとき、覚悟を決めたはずだろう」
     青年は唇を震わせ、わずかにうつむいた。
     フェルグスは、内心で苦笑した。この男は、戦士として優しすぎるのだ。
    「おまえは、つくづく俺についてくるべきではなかったなぁ」
     どこか冗談交じりの声に、フィアハは慌てたように顔をあげ、ぶんぶんと首を振った。
    「とんでもありません。お見苦しいところをお見せしました」
     フェルグスは軽くうなずいた。戦の音が大きくなってきている。もうすぐ、敵勢はこちらにもやってくるだろう。
    「武器を取れ」
     偉丈夫の言葉に、若者は唇を引き結び、うなずいた。


    「う……ん」
     まぶたの向こうが明るい。なんだか、身体もぽかぽかと温かい気がする。
     クー・フーリンはうっすらと目を開けた。白い陽光が、塚の中まで差し込んできている。
    「!」
     クー・フーリンは、慌ててはね起きた。焚き火はとうに消え去り、黒い跡だけが残っていた。
     自分はどれくらい眠ってしまったのだろう? 敵はどうなった?
     急いで槍に手を伸ばしたところで、クー・フーリンは、身体中の痛みを感じないことに気づいた。
     腕や足を見下ろせば、たくさんあったはずの傷が、きれいに消えてなくなっている。
    「……?」
     狐につままれたような気持ちで、クー・フーリンはまばたきをした。
     そういえば、眠りに落ちる前に、誰かと会話していた気がする。その人は、どこへ行ってしまったのだろう。それとも、すべては夢だったのだろうか。
     だが、傷が癒えているのは事実だ。
     クー・フーリンは頭を振ると、勢いよく立ち上がった。
     夢だろうが魔術だろうが、なんでもいい。自分は元気になった。
     だが、のんきに寝こけている間、敵はやりたい放題だったにちがいない。
     槍を拾い上げると、クー・フーリンは塚の外に走り出た。とにかく、今の状況を把握しなければ。

     丘を駆け下り、耳をすませ、敵戦車のわだちがないかと地面に目を走らせる。
     しかし、不思議と敵が進軍していった痕跡は見当たらない。自分が休んでいる間、敵も動かずにいてくれたというのか? 
     だが、軍を率いるのは、あのメイヴだ。自分がいつまでも現れなければ、これ幸いと、強引にでも進んでいるはずなのに。
     クー・フーリンは足を緩めた。迷って空を見上げたところで、黒い鳥たちが、何羽も谷のほうへ向かって飛んでいくことに気づいた。
    「カラス……?」
     胸に不吉な影が差す。クー・フーリンは槍を握り直し、鳥たちのあとを追って走り始めた。
     渓谷に近づくにつれて、ギャアギャアという鳥の声が大きくなっていく。
     そして──これは、間違いない。血のにおいだ。
     においはどんどん強くなっていく。同時に、不安も重さを増していく。
     枯れた木立をくぐり抜け、拓けた場所に出た瞬間、クー・フーリンは立ち止まった。

     目の前に広がっていたのは、無数の兵士たちの死体だった。
     あたりには、むせ返るような血のにおいと、かすかな腐敗臭が立ち込めている。そこら中で、黒い鳥や獣たちが屍肉をついばんでいるのが見えた。
     クー・フーリンは木陰に身を潜めた。どこの軍勢同士が戦ったのだろうか。
     敵の気配がないかを慎重に探りながら、戦いの跡をよく見ようと、首を伸ばした。
    「……!」
     地面に転がる一台の戦車を見た瞬間、クー・フーリンは、ぱっと木立から飛び出した。
     敵がまだ近くにいるかもしれないという考えは、頭から消し飛んでいた。
     壊れた戦車には、あまりにもよく見知った紋章がついていた。
     戦場だった場所に走り込んでいく中で、クー・フーリンは気づいた──あちこちに倒れている死体の大きさが、あまりにも小さいということに。
    「ああ、そんな」
     口から、あえぐような声が漏れた。
    「うそだ……うそだ……」
     駆け寄った戦車のそばで、一人の少年が事切れていた。身体中を切り刻まれ、全身を赤黒く染めている。
     うっすらと開けた口から流れ出る血は、すでに乾いていた。
    「フォラマン」
     クー・フーリンはつぶやいた。ゆっくりと目線を移せば、少年の隣には、少女が仰向けで倒れていた。
    「クリオナ」
     少女の瞳は、ぼんやりと虚空を見上げていた。クー・フーリンの足元には、真っ二つに割れた盾が転がっている。
     妹をかばおうとしたのだろう、少年は腕を広げ、少女を守るような姿勢で横たわっていた。
     クー・フーリンの手から、槍がころりと落ちる。槍は乾いた音を立て、静かに冷たい地面を打った。


     ロイグは焦っていた。
     国中走り回っても、呪いが解けた男を見つけることができない。それどころか、床から起き上がれる者すら見つけられなかった。
     道端で途方に暮れていると、城のほうから戻ってくるスアルダウが見えた。
     駆け寄ってくるロイグにスアルダウは気づいたが、青年の顔を見つめると、首を振った。ロイグは落胆した。
     スアルダウは、青年の肩に骨ばった手を乗せた。
    「おまえは娘のもとに戻れ」
     ロイグは驚いて顔をあげた。
    「でも……」
    「こちらのことは、私が何とかする」
     男の目が、かすかに細まった。
    「これ以上、あの子を一人にしておきたくない」
    「スアルダウ様……」
     ロイグはきゅっと唇を引き結び、男の手を掴んだ。
    「わかりました。あとのことは、お願いします」
    「ああ」
     男は言葉少なにうなずいた。ロイグは逸る気持ちを抑えながら、マハにまたがる。馬の腹を蹴ると、マハは勢いよく走り出した。
     スアルダウは、青年が丘の向こうに消えていくのをじっと見守った。
     やがてその姿が見えなくなると、ひとつため息をつき、城に向きなおる。
     太陽の白い光がきらりと光る。男は赤枝の館を睨む。

     マハは放たれた矢のように走った。ばさばさと音を立てながら木々を跳ね除け、突き進む。
     森の中を駆け抜けながら、ロイグはひたすらに幼なじみの無事を祈った。
     もうすぐレルガの塚、というところで、不意にマハがぐっと顔をあげた。
     何かを探るように、ぴんと耳が動く。ロイグは愛馬の異変に気づくと、すぐに手綱を引いた。マハは足を緩め、すぐに立ち止まる。
    「どうした?」
     ロイグは銀のたてがみに触れ、低い声でたずねた。マハはぴくり、ぴくりと耳を動かし続けていたが、やがて、ある方向に首を向けた。
     愛馬を信用しているロイグは、すぐに手綱を緩め、馬を楽にさせてやる。マハは首を下げ、ゆっくりと歩き始めた。
     かぽ、かぽ、とじれったいほどの歩みで、マハは木立の中を抜けていく。
     徐々に空気がじっとりと重くなっていくような気がして、ロイグは身体をこわばらせた。
     あたりの様子を伺いながら、進路を灰馬に任せて進む。ギャア、ギャアという鳥の声が頭上で響く。
     木々の間から漏れる鈍色の光が強くなっていく。
     ロイグは息を詰めた。

    「これは……」
     暗い木立を抜けた瞬間、目に飛び込んできた光景に、ロイグは息を飲んだ。
     それは、無残な戦いの跡だった。
     あちこちに無数の壊れた戦車が転がり、折れた槍や割れた盾が散らばっている。
     黒ずんだ人間たちの残骸が、手足を投げ出して横たわっていた。獣たちに喰われたのか、骨が半分以上見えているものもある。ロイグは顔をしかめた。
     ぶる、とマハが鼻を鳴らす。顔をあげたロイグは、うずくまっている人間に気づいた。
    「……クー!」
     愛馬が走り出す。青年の目には、彼女の姿しか見えていなかった。
     
    「クー! 無事か!?」
     マハから飛び降りたロイグは、急いで幼なじみに駆け寄ったが、その背中から異様な雰囲気を感じて、思わず足を止めた。
     クー・フーリンは、泥の中に座り込んでいた。両腕に、二人の子どもの死体を抱えている。
     そこでロイグは、彼女が抱いているのが、フォラマン王子とクリオナ王女であることに気づいた。ざあっと身体中が冷えていく。
    「ロイグ……?」
     ぼんやりとした目つきで、クー・フーリンは振り返った。
     その瞳は沼のように光がなく、ロイグの背中にぞくりと震えが走る。
    「あ、ああ、俺だ。戻ってきた。その……」
    「そう……」
     それだけ言って、クー・フーリンは抱えている死体に目を戻した。
     まるで、眠る子どもを慈しむかのように、王子と王女の前髪をなでる。
     ロイグは唾を飲み込み、そうっと幼なじみのそばに膝をついた。
    「彼らは、その……」
    「幼年組のやつら。オレが寝てるうちに、敵と戦ったみたい」
     怖いほど平坦な声を聞きながら、ロイグはちらりとあたりに目をやった。
     何人もの子どもたちが死んでいた。コノート兵や蛮族どもの死体も、いくつも転がっていた。
    「クー、その、王子たちは」
    「オレのせいだ」
     ロイグは、弾かれたように幼なじみの横顔を見た。クー・フーリンは、虚ろな表情で繰り返した。
    「オレのせいだ。オレが無様にやられたから」
    「クー、そんなことは」
    「オレが敵にやられたから。オレが敵を追い返せなかったから。オレが敵を皆殺しにできなかったから。オレが。オレが。オレが!!」
     突如わめき始めたクー・フーリンを、ロイグは思わず抱きしめた。クー・フーリンは腕の中で暴れ、壊れたように叫び続けた。
    「オレのせいでこいつらは死んだ! オレが戦えなかったから! オレが! オレが! ちくしょう、殺してやる、殺してやる!!」
     ロイグは、暴れるクー・フーリンを必死で抱きしめ続けた。クー・フーリンは狂ったように怒鳴り、呪詛を吐き、冷たくなった子どもたちの身体を抱えながら、大声で泣き続けた。

     いつの間にか日は中天を過ぎ、馬のそばに立っている二人の影を、地表に長く伸ばしていた。
    「すまない」
     ロイグは顔を伏せて言った。
    「誰も連れてこられなかった。スアルダウ様が残って、呪いを解こうとしてくれているけど、俺は……」
    「いいよ」
     クー・フーリンは泣き腫らした顔のまま、セングレンの鼻面をなでた。
    「誰の力も必要ない」
     振り向いた主人の目つきに、ロイグは背筋が冷たくなるのを感じた。
     底光りする瞳は、磨き上げた穂先のように冷たく──そして、焔のように燃えていた。
    「戦車の用意をしろ、ロイグ」
     クー・フーリンは、静かに命じた。
    「殺戮だ。残らずな」

    「この音は……」
     にわかに騒がしさを感じて、メイヴは天幕の外に出た。
     その瞬間、悲鳴と怒号が嵐のように、一斉に耳に飛び込んできた。
    「なっ…!?」
    「メイヴ様! 早くこちらへ!」
     侍従に手を引かれ、無理やり戦車に乗せられる。戦車が走り出す中、メイヴは振り返ったが、そこには悪夢のような光景が広がっていた。
     黒い影が見えたと思った。
     どこまでも大きく膨れ上がった、黒い影。
     雷鳴のような凄まじい轟音とともに、そいつは兵士たちに襲いかかる。
     影が駆け抜けるたび、赤が美しいヴェールのように空気を覆う。

     ──ああ、濃い赤が視えます。どこまでも広がる、濃い赤が。

     メイヴの脳裏に、ドルイダスの言葉が蘇る。

     ──その爪は千の兵士の身体を引き裂き、その牙は千の兵士の首を食いちぎる。

     白い閃光が走るたび、次々と兵士たちの四肢がちぎれ、首が空高く飛んでいく。

     ──逃げよ、逃げよ。猛犬は、地の果てまでもそなたたちを追いかけるぞ。

     影が吠える。大気が震えたと思った瞬間、あちこちから無数の叫びがあがった。
     獣か、それとも魔物か。
     腹を打つ雄叫びや耳を引き裂くような金切り声がいくつも重なり合って狂騒と化し、頭の中をかき乱す。メイヴは思わず耳を押さえる。

     ──一度その目にとらえられたが最期、その命は猛犬のもの。

     不意に、そいつと目があった──と思った。
     ギラギラと燃える鮮烈な眼差しが、稲妻のように己を射抜く。
     メイヴは息を飲み、影に釘付けになった。赤をまとった怪物は槍を突き上げ、天に向かって咆哮した。


     クー・フーリンとロイグは、少年兵たちの戦いの跡地に戻ってきていた。
     すでに夕暮れが訪れた空には、銀色の星が瞬きはじめている。
     無数の骸も薄闇に包まれて、ただの影となりつつあった。クー・フーリンは、夜が隠していく少年や少女たちの姿を、じっと眺めた。
    「……どうするんだ」
    「埋葬する」
     クー・フーリンはそれだけ言うと、フォラマンとクリオナを横たえた場所へ向かって歩いていく。ロイグは慌てて幼なじみを追いかけた。
    「おい、クー。気持ちはわかるが、今はそんなことをしている場合じゃない。いつ敵が戻ってくるかわからないんだぞ」
    「ロイグも手伝って」
     クー・フーリンは王子たちのそばに膝をつき、剣の鞘を使って穴を掘り始めた。
    「無茶だ。これだけの人数だぞ。俺たち二人じゃ、どれだけ時間がかかるか」
     友の言葉にも手を止めることなく、クー・フーリンは穴を掘り続ける。
    「手伝ってよ」
    「なぁ、クー」
    「手伝って!」
     ぎゅっと鞘を握りしめ、クー・フーリンは涙声で怒鳴った。
    「…………」
     ロイグは黙り込む。それ以上何かを言うことを諦め、黙って彼女の隣に並んだ。
     穴を掘り、子どもたちの小さな身体をそっと持ち上げ、穴の中に入れて土をかける。
     ときおり、隣の幼なじみが鼻をすすり、目元をぬぐいながら土をすくっているのにロイグは気づいたが、声をかけることはなく、ただひたすらに黙々と手を動かした。

     すべての子どもたちを埋葬し終わった頃には、とっくに夜は明け、あたりは明るくなっていた。
     ロイグは拾い集めた武器を戦車に積み、重いため息を吐いた。
    「クー、行こう」
     ぼんやりと立っている幼なじみに声をかける。
     クー・フーリンは黙っていたが、ロイグが手を引くと、おとなしく戦車に乗り込んだ。
     馬たちに戦車を引かせ、のろのろと近くの小川へ向かう。茂みのそばに戦車をつけると、ロイグは乾いた布をクー・フーリンに渡して言った。
    「俺が見張ってるから、汚れを落としてこいよ」
    「……ありがと」
     クー・フーリンはうなずき、川岸に降りていった。
     さらさらとしたせせらぎが、静かに耳を打つ。
     水面を覗き込むと、そこには疲れきった顔をした女が映っていた。
     顔や胸元に乾いた血がこびりつき、模様のようになっている。両手は土で真っ黒に汚れ、髪もぼさぼさになっていた。
     服を脱ぐと、クー・フーリンは川の中に入っていった。冷たい水が、するりと素肌をなでていく。
     クー・フーリンは顔を洗い、腕や足をごしごしとこすった。
     肌が赤くなるまでこすり、汚れが落ちても、クー・フーリンは無心で身体を洗い続けた。
     まるで、何かをはがれ落としていくかのように。
    「…………」
     身体をこすり続けるうちに、目頭が熱くなってきた。
     たまったものがこぼれ落ちる前に、水をすくって、顔にぶつける。ばしゃりと音がして、水滴がぽたぽたと落ちていく。
     クー・フーリンは、頰から落ちた雫が川に吸い込まれ、消えていくのをじっと眺めた。
     あたりには、川のせせらぎと、かすかな葉ずれの音しか聞こえない。
     クー・フーリンは、不意に自分が透明になったような気がした。自分の身体を無視するように、水が通り抜けていく。
     自分がいてもいなくても、この川の水は何も変わらず流れ続ける。
     なぜだか、そんなことを思った。


     翌日はよく晴れ、血なまぐさい戦が起きたあととは思えぬほど、爽やかな朝だった。
     クー・フーリンは浅瀬のそばに座って、陽光が水底の岩にあたって砕けるのを眺めていた。川面から涼やかな風が吹き抜け、頰をなでていく。
     やがて、耳がギィギィという耳障りな音をとらえる。
     穏やかな朝には似つかわしくないそれに、クー・フーリンは顔をあげた。
     目の前に大きな戦車が止まり、男が飛び降りた。
    「久しぶりだな、クー・フーリン」
    「叔父貴」
     現れたフェルグスは、いまや敵同士とは思えないほど、穏やかな顔をしていた。
    「次の挑戦者はあんたってワケかい」
     クー・フーリンは立ち上がり、さっと叔父の全身を眺めた。
    「カラドボルグもなしに、オレと戦う気か? オレも舐められたもんだな」
     フェルグスは苦笑した。剣鞘は持っていたが、それが空であることは一目でわかった。
    「カラドボルグがあろうとなかろうと、同じことさ。──頼みがある、クー・フーリン」
     叔父の声色が変わる。クー・フーリンは腕を組み、フェルグスの顔を見つめた。
    「親子の絆と友情にかけて、この場だけは退いてくれないか」
    「よっぽどメイヴにたぶらかされたらしいな」
    「何とでも言え。ただ俺は、おまえとは決して戦いたくないのだ」
    「…………」
     クー・フーリンは黙り込んだ。そばに来たロイグが、気づかわしげに相棒の顔を見る。
     しばしの沈黙のあと、クー・フーリンが口を開いた。
    「代わりに、またいつか別のとき、オレの要求を聞いてくれるか」
    「もちろんだ」
     フェルグスは即答した。その声に、嘘偽りは感じられなかった。
     クー・フーリンは少しだけ肩の力を抜くと、びしりと指を立てた。
    「沼地までは通してやる。だが、そこからはまた一騎打ちだからな。メイヴにちゃんと伝えといてくれよ、叔父貴」
     そう言って、クー・フーリンはくるりとフェルグスに背を向けた。
    「行こう、ロイグ」
    「いいのか?」
    「ああ。オレだって休戦の決まりはちゃんと守るさ」
     ロイグの肩に手を乗せ、クー・フーリンは笑った。
    「それに、ちょっと安心してるんだ。──オレだって、叔父貴は殺したくなかったからさ」


     フェルグスとクー・フーリンの約束により、メイヴ率いる軍勢は何事もなく、無事に河を渡った。
     とはいっても、枕を高くして眠れたのは、せいぜい数日のことだった。
     一騎打ちが再び始まると、血と臓物の雨が毎日降り注いだ。
     氏族たちは戦いを拒否し、アリルやメイヴに反乱する兆しすら生まれていた。

    「コンホヴォルの犬め!」
     アリルは親指の爪を血が出るまで噛んだ。メイヴは考え込むかのように、組んだ両手で口元を隠している。
    「あのクー・フーリンのおかげで、わが軍の兵も残りわずかだ」
     コノート王は、いまいましげに地面を叩いた。
    「もはやこちらには、あの狂犬に太刀打ちできるような戦士は──」
    「いるでしょう。我が軍にも、化け物が」
     メイヴの言葉に、アリルは弾かれたように顔を上げた。
    「妻よ。まさかとは思うが──」
    「ええ、そのまさかよ」
     メイヴは組んでいた手をとき、夫を見据えた。
    「二十八人の戦士──クラン・カラティン。あの怪物を使って、今度こそ小娘の息の根を止めるわ」
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