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    hiisekine_amcr

    @hiisekine_amcr 雨クリを好みます

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    hiisekine_amcr

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    雨クリワンドロ・ワンライより「終演」 DOS千秋楽後の打ち上げでの雨クリです。

    終演 冷たい風が、熱に浮かされた頬を撫でた。
     いつもより少し覚束ない足取りも、ふわふわとして回らない頭も、どれもこれも心地が良くて、今すぐにでも海に行ってその波音を聴きながら眠りたい気持ちにかられた。それでも、今の季節に軽率にそんなことをしたら危険であることもよくわかっていたので、その足はおとなしく家路を辿る。
     ふと、ポケットの中のスマートフォンが震えていることに気がついた。クリスは、緩んだ顔をさらに綻ばせ、その電話に応答した。
    「よう、お疲れさん」
     電話の向こうから、電子的にざらざらとした雨彦の声が聞こえる。
    「お疲れ様です、雨彦!改めまして、本日はありがとうございました!」
    「こちらこそ。今、平気か?」
    「ええ、大丈夫です。どうかしましたか?」
    「どう、ということではないんだが……お前さんさえ良ければ、少し飲み直さないか、と思ってな」
    「!……ええ、是非!それで、どこへ向かえばよろしいでしょうか?」
    「そうだな……」
     クリスが電話の向こうからの声を待っていると、ふと後ろから手を引かれ、バランスを崩してしまった。
    「あっ」
    「おっと」
     倒れ込む体を支えるように、低い声と力強い手がクリスを包み込んだ。
    「悪い、驚かせちまったな」
    「雨彦!」
     雨彦に気付いたクリスの表情がぱっと明るくなる。バランスを取り直したクリスは体を反転させ、雨彦に向かい合う形で一歩近寄った。まるで全身で喜びを表現しているかのようなクリスの様子に、雨彦も口元が緩んだ。

     薄い簀子で区切られた半個室の居酒屋は、ほぼ満席でとても賑わっている。
     雨彦とクリスは、刺身をつまみながら、酒を煽っていた。
    「今日はペースが早いな」
    「ええ。無事、千秋楽を終えられましたから。とても気分が良いのです」
    「そうだな、俺もだ」
     そろそろ海の話が来るだろうか。箸で刺身を口に運びつつ、クリスの出方を窺った。今日はひどく気分が良いので、魚の話だろうが海の話だろうが、クリスの思う存分語らせてやっても良いな、という気分でいた。
     しかし、意外なことにいつまで待っても海の話はでてこない。もしや疲れているのか?と思い表情を見ると、どこか元気がないように思えた。
    「古論?どうかしたか?」
    「あ、いえ、大したことではないのですが……」
    「そうかい?まあ、話したくないなら話さなくてもいいが、……今日の舞台のことかい?」
    「ふふ、雨彦にはお見通しですね。実は、クラレンスたちのことを考えていたのです」
     クリスは、ハイボールのジョッキを両手で包むように持ちながら、目を伏せて語り始める。
    「あと、もう少しだったのにな、と」
     クリスのその言葉に、雨彦は「ほう?」と片眉を上げた。クリスはハイボールに踊る小さな気泡を見つめながら言葉を続ける。
    「クラレンスたちはあの物語においては悪役で、人道にもとる行為を繰り返しておりました。ですから、結果的に敗北してしまったあの展開に不満はありません。ですが……」
     クリスの瞳が、寂しそうに揺れる。
    「彼の夢は潰えました。我が子とも言えるノクスを失い……夢を失い……。もしも、彼の夢が叶ったら、どんな景色が見えていたのだろう、と思うと、少し惜しくて……」
     酔いがまわっているのか、クリスの言葉の運びは明瞭ではない。だが、彼が何を言いたいのか、雨彦にはよくわかった。彼にとっても、それは心の中にあったものだったからだ。
    「そうだな。もしも「俺たち」が勝っていたら、どうだったろうなぁ」
    「ふふ、どうでしょう。やはり、ノクスは最強になっていたでしょうから、王やダスクの騎士ですら凌ぐほどの力を得ていたでしょうね」
    「そして「俺」にとっては、真の神様のいる世界が完成していたってわけか」
    「ええ。そしてノクスは、もっともっと、さらに強くなれるはずです。「私たち」の力をもってすれば」
    「間違いない」

     そんな、特に意味もないような話を、ふわふわと繰り返す。
     ファンタスマゴリーの物語は終わった。今日の千秋楽を終えて、もう演じられることも無いだろう。それでも。
     クリスは語った。もしもの未来を。ノクスとともにある未来を。
     そして雨彦も想った。アルフレッドが彼らに寄り添う未来を。
     それは、幕が降りた今だからこそ、夢見ることのできた幻想なのかもしれない。


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