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    パバステの時に展示した同棲雨クリ

    #雨クリ
    raincoatClipper

    夏の夜 その日は、今年初の猛暑日だった。
     うだるような暑さの中、雨彦とクリスが撮影に取材に番組収録にと、ぎっしり詰まったスケジュールを終えた時には、時刻は21時を回っていた。
     日が落ちても朝から続く蒸し暑さは変わらない。
     二人は共に暮らすマンション近くのコンビニでタクシーから降り、軽い買い物をする。コンビニからマンションまでのほんの少しの移動だけで、じっとりと汗が滲んできた。
    「暑いな……」
    「雨彦、大丈夫ですか?」
     帰るなりソファに沈み込んだ雨彦に声をかけながら、クリスは慌ててエアコンのスイッチを入れる。
     ごろりと仰向けに寝直した雨彦は、そのまま沈黙した。

     雨彦とクリスがこのマンションに越してきたのは、一月ほど前のことだ。
     同じユニットのメンバーとして活動していく中で、紆余曲折あって恋仲となった雨彦とクリスは、仕事の合間を縫って逢瀬を重ねてきた。
     だが、アイドルとしての仕事が増えるにつれて、二人きりの時間は少しずつ少なくなっていく。
     頭を悩ませていた二人に、同じユニットのメンバーであり二人の事情を知る想楽が言ったのが、「いっそもう二人で一緒に住んだらー?」という一言だった。その一言から、トントン拍子で話が進んでいったのは、ひとえに二人が、もっと二人の時間を作りたいと考えていたからだろう。
     そうして二人は馴染みある家を出て、このマンションで暮らし始めたのだ。

    「今日はなかなかハードなスケジュールでしたし、暑さも相まって疲れましたね……」
     クリスがキッチンで水を用意し雨彦に手渡すと、雨彦が礼を言いながら起き上がる。
     雨彦の隣に腰掛け、自分用に持ってきた水を飲むと、暑さに参っていた身体が少しだけ元気を取り戻していく心地がした。
    「この時期の外ロケはキツいものがあるな……」
    「雨彦は暑さに弱いですからね」
     暑さにやられてぐったりとしている雨彦は、今となってはLegendersの夏の風物詩だ。
     クリスは夏の海で長時間活動することもあるし、それなりに暑さに対する耐性があるとも自覚している。そんなクリスでも今日の暑さは堪えるものがあったのだから、暑さに弱い雨彦であれば尚更のことだろう。

     水を飲みながらクリスは隣の雨彦を見る。
     完全にオフモードになった雨彦は、ソファの背にもたれかかりながら豪快に水を呷った。ごくりと水を嚥下する度に、顕になった喉仏が動き、その首元を汗が一滴流れ落ちていく。
     そんな雨彦の様子に、クリスの心臓がどきりと跳ねた。
     雨彦の持つミステリアスな色気は、クリスにはないものだ。白い肌に汗を浮かべ、ソファにもたれる雨彦の様子は、これが撮影であったならさぞ絵になったことだろう。暑さからその頬はわずかに紅潮しており、その様子はまるで、クリスしか知らない夜の姿を思わせる。
     身体の奥底で、チリ、と火が灯るような感覚がした。
     雨彦がほしい。まるで連想ゲームのように、ぼんやりとそんな思考に至ったクリスは、ハッとして思わず首を横に振る。
    「古論、どうした?」
     クリスの視線に気づいた雨彦の問いかけに、クリスの肩が少し跳ねる。
    「い、いえ、何でもありません。先にシャワーを浴びてきますね」
     雨彦の目を逃れるように、クリスは慌てて立ち上がり、足早にリビングを立ち去った。



    「……いけませんね」
     シャワーを頭から浴びながら、クリスは一人ため息をつく。
     雨彦と恋仲になり共に過ごすうちに、クリスは自分の中に眠っていた欲望を自覚するようになった。
     雨彦へ向かうのは、海に向ける純粋な憧れとは違う、もっとどろりとした、底なし沼のような欲。
     こんな風に誰かを求めたことなどこれまでなかったクリスは、未だにそれに戸惑ってしまう。浅ましい、とそれを心の底に押し込めてしまったことすらあった。
     でも、そんなクリスに雨彦は、もっと自分に素直でいいのだと言う。そうして少しずつではあるものの、自ら願いを口に出すようになったクリスに、雨彦は嬉しそうに応えてくれた。
     だが、それも時と場合というものがあるだろうとクリスは少し気を落とす。
     暑さとハードスケジュールで疲れ切っている雨彦に対して、こんな感情を抱いてしまうなんて。
    「少し、頭を冷やさなければ」
     少し温度の低いシャワーを浴びながら、クリスは静かに目を閉じる。
     今日を焦らずとも、二人の時間はこれからもまだ、ここで続いていくのだから。



     クリスと入れ替わるようにシャワーへ向かい、戻ってきた雨彦は、クリスの髪がまだ少し濡れているのを確認して、ドライヤーを手に取った。クリス本人以上に入念にクリスの髪を手入れする雨彦の手つきは、今となってはすっかり慣れたものだ。
     かちりとドライヤーをオフにして置いた雨彦は、そのままクリスの髪に一つキスを落とし、クリスの身体にする、と腕を回す。
    「あ、雨彦?」
     その手つきに、クリスは驚いたように雨彦を振り返った。雨彦との付き合いも長くなってきたクリスが、その意図に気づかないわけがない。
    「ああ、そういう気分になっちまってな」
     耳元でそう言ってのける雨彦は、先程まではそんな素振りを見せていなかった。
     察しの良い雨彦のことだ。クリスの中に渦巻く感情など、とっくに見越していたのでは、とクリスは思い至る。
    「……雨彦、気づいていたのですか?」
    「……あんな熱っぽい目で見られちゃ、さすがにな」
     恥じるように雨彦から目を背けるクリスに、雨彦の目元がふっと和らぐ。
    「恋人からそんな目で見られて、応えないわけがないだろう?」
    「……ですが、こんなに暑く疲れている日に、さらに熱が籠もるような行為をするのは、雨彦の負担では」
    「確かに暑いのは苦手だが、お前さんからの熱なら大歓迎さ」
     そう話す雨彦の声音は、穏やかで優しい。
     雨彦はクリスの頬に手を添え、優しく雨彦の方へ向かせた。
    「約束しただろう?この家の中では我慢はなしだ。せっかく二人になれる場所を手に入れたんだ。俺はもっと、お前さんがしたいと思うことを叶えてやりたい。……お前さんは今、どうしたい?」
     するりと頬を撫でながら、顔を覗き込んでくる雨彦を、クリスはずるいと思う。
     そんな甘い表情で見つめられては、クリスはもう、素直になるしかない。
    「……雨彦が、欲しいです」
     良い子だ、と雨彦が笑う。
     その瞳には、先程まではなかったぎらりとした熱が宿っていた。
    「雨彦……っん、ぅ」
     雨彦に引き寄せられて、性急に口づけられる。いつもより少しだけ荒々しいキスに、クリスの身体の奥に灯った熱が、次第に大きくなっていくのがわかった。
     ここには二人を隔てる時間も、場所も、人の目も存在しない。
     お互いを求め合う二人の間に、言葉はもういらなかった。
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