「わたし、は…」
瞳を揺らし頭を抑えながら膝をついたクリスを見て、だからこの人は面倒なのだと想楽は思う。
こうなっては仕方ない。力を行使する為に杖を振りかぶると、自分の脇を何かが通り過ぎて行った。雪の影のような髪色で誰だかはすぐに分かったので想楽は杖を収める。
「どうした」
雨彦が声をかけるとクリスはビクリと肩を揺らす。想楽は雨彦を見たクリスの瞳に一瞬浮かんだ怯えの色を見逃さなかった。やはり、思い出しかけている。
「あめ…ひ…こ…?」
「眼を閉じて、ゆっくり息をしな。……そう、良い子だ」
クリスを包むように抱き込み、酷く優しく、言い聞かせるように雨彦が言葉を口にする。
ゆっくりと肩が上下する度に、クリスの頬の色が白く白くなって行く。この地に降る雪のように——雨彦や想楽と同じように。もう、大丈夫だろう。
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