Küche rhapsodie笹塚創×朝日奈唯
今日も朝日奈はネオンフィッシュのアジトこと、笹塚宅のキッチンに立っていた。
「ごめんね唯ちゃん、笹塚ってば制作に没頭しちゃってここ何日かろくに食事もとってないんだ……君の手料理なら、あいつも興味を示すと思うから何か作りに来てくれないかな?」
仁科からそんな風に頼まれれば、朝日奈も悪い気はしない。
アジトへ向かう途中にスーパーで買ってきた食材を、勝手知ったる他人の家のキッチンで広げながら朝日奈は真剣な顔で唸っていた。
(う~ん、今日もシチューじゃ代わり映えしないよね)
人並みに料理が出来るとは言え、そこまでレパートリーが多いわけでもない。
そして、先日の鍋の中でミイラ化したカレーだかおでんだかの惨状を思い出せば、キッチンの調理器具を勝手に漁る勇気も失せてしまう。
(お鍋ひとつで出来て、食べるのが簡単なもの……)
ふむ、と考えていた朝日奈の脳裏に、おあつらえ向きの料理が思い浮かんだ。
名案を思い付いたとばかりに、ご機嫌に鼻歌を歌いながら朝日奈は袋の中のキャベツを取り出し外葉を剥いていった。
「笹塚さ~ん!」
パソコンの前でブツブツと独り言を言いながら音を打ち込んでいる笹塚に朝日奈が声を掛けると、緩慢な動きで笹塚が振り返りかえる
そして、不思議そうな顔で朝日奈を頭のてっぺんから足の先までじっと見つめた後で口を開いた。
「……何であんたがここに居るんだ?」
「やっぱり気づいてなかったんですね……」
なるべく作業をしている笹塚の邪魔をしない方が良いだろうと、朝日奈は声を掛けずにキッチンに直行したが、
案の定笹塚は朝日奈が家に来ている事すら気づかず自分の世界に没頭していたようだ。
「仁科さんに頼まれて夕飯を作りにきました」
「あっそ」
興味無さそうにそう言ってまたパソコンの前に向かおうとする笹塚を朝日奈は慌てて引きとめる。
「ま、待ってください、今日の自信作なんです!ほら!!」
そういってずいっと笹塚の前に出されたのは、一口サイズの可愛らしいロールキャベツだった。
目の前に差し出されたロールキャベツに、笹塚がピクリと反応する。
「これ、あんたが作ったの?」
「はい、お肉も野菜もいっぺんに食べられるので作業中の笹塚さんに丁度いいと思って」
「ふうん……」
アピールポイントを力説しても相変わらずの無関心な反応に朝日奈の心が折れかけたその時、笹塚があーんと口を開けた。
「あの、笹塚さん?」
問いかけに答えず、笹塚は口を開けたままじっと朝日奈を見つめていた。
(これはもしかして……)
朝日奈がスプーンの上にのせたロールキャベツを、おそるおそる笹塚の口元に運ぶと、無表情のままロールキャベツを口に入れて咀嚼を始める。
「……うまい」
嚥下をして呟いた笹塚は、また口を開けて朝日奈がロールキャベツを運んで来るのを待っている。
まるで、餌を待つひな鳥のようなその姿に朝日奈は不覚にも胸がキュンと締め付けられるような感覚を覚えた。
次のライブの打ち合わせが予想外に長引いた仁科がアジトに戻って最初に飛び込んできたのは、世にも珍しい光景だった。
「おやおや、俺が留守の間に随分仲良くなってるねお二人さん」
作業用の椅子に座ったままの笹塚の口元に甲斐甲斐しく料理を運んでやる朝日奈と、
どこか満更でもない顔で食べている笹塚。
写真でも撮ってやれば良かった、と初めて見る相方の表情に仁科は口元を緩めた。
「あ、仁科さんおかえりなさい!仁科さんの分もちゃんと作ってますからね」
「それは楽しみだ、もちろん唯ちゃんのあーんは俺もやってもらえるんだよね?」
「……あんたは別に、やってもらう必要ないだろう」
思いがけず口を挟んできた笹塚に仁科は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの人好きのする笑顔を作って
「それは残念」
と微笑んで見せたのだった。
─了─