好きをシゴトに 10年も街のバイク屋をやっていれば、それなりに常連客だっている。ヤンチャしてた頃の繋がりから地元のバイク好きに至るまで、それなりに人間関係を構築していないと商売上がったりになっちまう。
店を立ち上げた頃は、言葉を選ぶ、という行為ができないイヌピーに接客をさせるわけにもいかず、実家でのアルバイトでそれなりに経験があったオレが主に前に立つことが多かった。幼い頃から真一郎くんの店に入り浸り観察していたイヌピーの経験値はオレよりも高いこともあり、気づけば客の相手はオレ、イヌピーは裏方、の図が出来上がりつつある。
客と喋んのはキライじゃねえ。初心者には懇切丁寧に教えるし、常連にはくだらない話も、東京卍會の頃の話だってする。不良上がりの輩ふたりがやってる店だ、儲けより好きなことして食えればそれでいいの精神でしかない。
イヌピーがメンテしているのはスズキの“GSX-S1000S”。やっぱ大型はロマンがあるよな。排気音の重みが断然ちげえ。ヴンヴン、と唸るエンジン音には憧れがある。店をはじめてからずっと通ってくれている常連客ーーサトウの愛機だ。この店の常連にしては珍しい、フツウのツーリング好きのオッサンだ。ヤン車を毛嫌いしているところもあって、イヌピーと相性が非常に悪い。
平日の昼間、ほかに客が入る様子もないため、客用の待機スペースでサトウとダラダラ喋っていると、不意にカバンから何かを取り出した。
「んだ、それ……ちっちぇえカメラ?」
「そうそう!龍宮寺くん知ってる?最近流行ってんだよ〜」
サトウは最新のナントカフォンをオレに見せながら解説した。
モトブログ、というジャンルの動画があり、平たく言えばバイクに乗ってる日常を撮影しただけの動画だ。仲間内でインカムをつけてワイワイ騒いでる他人の動画の何が楽しいんだ、と思ったが、ライダー目線の景色には心踊るものがある。くだらないバラエティやオッサンのロクでもない討論番組を見てるよりは確かに興味がある。
「オレもやろうと思って!」
「ウチ、撮影禁止」
「即答」
「オレもイヌピーも元暴走族なんだけど」
「だからなんだよー!いいじゃねえかよ!」
「芸能人でもあんだろ、過去にヤンチャして叩かれてるの。オマエも叩かれるし、ウチの迷惑にもなンだろ」
肩を落とすサトウにタイミング良く「終わったぞ」と声をかけてくれたのはイヌピーだ。さすがに客という立場を慮るぐらいには成長したので、ぶっきらぼうだが喧嘩腰でもなくサトウと整備の最終チェックをしてくれている。成長したよな、イヌピーもオレも。
出していた茶菓子を片しながら、余ったどら焼きにふと、マイキーは好きだろうか、と疑問に思った。どら焼きじゃなくて、さっきのモトブログってやつ。
アイツはバイク本体っつうより運転が好きなクチだったと思うけど、今のマイキーは免許はおろか、ひとりで運転すら出来ねえ。もはやオレや周りに生かされている状態だ。
たい焼きとどら焼きは食うけど、味はちょっとしかしねえ。お子様ランチの旗を見てほんの少しの安らぎを得る。そんなアイツに、オレはもっと人生を楽しんでもらいたいと思ってる。今まで苦しんできた分以上に。
***
「つうことで見てみようぜ」
「ええ……」
妙にテンション高く帰ってきたケンチンは、オレにメシを食わせて薬を飲ませるなり、スマホを掲げてナントカってやつを見るんだとやたら気合いが入っていた。
裏社会から戻ってきて数ヶ月。ムショから出てきたオレを捕まえたのは梵天のやつらではなくてケンチンで、行き場のないオレの首根っこを掴んで、何も言わずに家に置いてくれた。不眠、食欲減退、意欲の低下。精神が疲弊したままらしいことを知っているケンチンは、オレに働けとは言わない。黙って甘やかされていれば、オレは普通に寝て、起きて、ダラダラしてるだけで衣食住に困らない、いわゆるプー太郎というやつだ。
そして、ケンチンはオレに元気になってもらいたいんだろう。10年そこいら、こんな状態で生きてきたのでオレにはその「元気な状態」がどうなっていることを表しているのかすら分からないんだけど、きっとあらゆる世話を焼いてくれる裏には、ケンチンの後悔があるから、黙って受け入れている。ゴメンな、オレ、おかしいから。離れなきゃ、キズつけちまうんだよな。
「おすすめ聞いてきた」
「オススメ?」
「そう。投稿してるヤツ、いっぱいいてさ。うるさくねえのとか、トークがおもしろいのとかあるんだって」
「ふーん」
「マイキーはどれがいい?」
ケンチンのスマホにずらっと並んだ動画のサムネイル。バイクと、ヘルメットかぶった人と、文字。何が違うか分からなくて、適当に押した。