どこにも行けない──オマエが死ねば、真ちゃんのやってきたことが全部ムダになっちまうンだよ!
高速で通り過ぎる電車に轢かれるべく、踏切を超えようとしたマイキーを止めるために口から滑った知るはずのなかった真実は、マイキーの自由を縛り付ける鎖にはなってくれた。マイキーにとってそれが絶望だったとしても。
最終列車が通り過ぎた線路脇で、オレは必死に語った。兄がタイムリーパーだった、幼馴染がトリガーだった、オマエが背負う衝動の正体、そしてオマエが生きて幸せな未来を送るために世界はなんども書き換えられたこと。
気狂いだと思われても仕方ないような話をマイキーは真剣に聞いて、自分の中の何かと辻褄が合ったかのように一度だけ歪に微笑んだ。
「こんな話、信じてくれるのかはわかんねえけど」
「信じるもなにも、全部オレがいなかったらよかったってハナシだ」
「マイキー!」
「わかってるよ、死なねえよ。でも、じゃあ……どうすっかなァ……」
呼吸をするのも億劫だと言わんばかりに、小さく吐き出された息。ようやくここを見つけたらしい春千夜が、息を荒げながらこちらに駆けてきた。口端の傷痕が目立つ綺麗なかんばせが、マイキーのためにぐちゃぐちゃに歪んでいる。
スッと、マイキーの顔から迷いが消えた。消したのだと思う。迷う暇も、迷うほど手元に残る選択肢が多くないことも、選べる道はひとつしかないことも、きっと受け入れるしかないから。すべてを背負ってひたすらに闇に落ちるしか道はないのだと──そうしてマイキーは、救われることを諦めた。
梵と六破羅単代を併合した関東卍會は不安定で、ひとつの綻びが崩壊を招くような危うさがある。
というのにそのトップといえば、夜な夜などこかへ消えてしまうものだから、腹心の春千夜とオレの寝不足は加速している。
関東卍會についたのは、マイキーの自由を縛り付けたことへの贖罪なのかもしれない。あるいは、真ちゃんが守ったものの行く末を見守りたいだけなのか。いずれにせよ、死ぬまで打ち明けることのない秘密を知らせて、唯一の救いに近かった「死」をを断ち切ったことに対する罪悪感はあったので、この機に乗じて関東卍會を崩壊させる気はオレにはなかった。
マイキーが消えた時は出来るだけ内部に悟られないように、春千夜とオレだけでマイキーを探す夜がはじめる。見つけられなくても、朝には帰ってくるのを知っていながら、放ってはおけなかった。隠れている場所はどうしてかいつも踏切で、都内は意外と踏切が多いことを最近知った。
今日も電車の通らない踏切をぼんやりと眺める背中を遠目で見つけては、慌てて腕の中に収めた。あの日語った言葉通り、マイキーが踏切を超えようとすることはないのだけど、生気を失った姿は何度見ても心が冷える。生気どころか正気ですら怪しい、とっくの昔に限界を超えた人間が何をするかなんてわからない。
抱きすくめられても微動だにしない体温に細心の注意を払いながら、ベンケイと、梵から着いてきた信頼の置ける部下にひとつずつメールを送る。マイキー、見つかったとの一報はベンケイへ。車の手配の依頼は部下へ。
「マイキー」
「……なに」
「帰んぞ」
「足痛ェ」
「ハァ……ほら、背中」
「ヤダ。ケンチンがいい」
「アイツは撃たれて死んだよ」
「あぁ……そうだった」
じゃあ、仕方ねぇな。そう言って砂塗れのまま、裸足でのそのそとコンクリートの上を歩いていく。何かの破片が刺さったのか、点々と小さな血の痕を残しながら。